・第3章〜風雲急を告げるレアル村〜・
その夜、フーイとクティルは質素ながらも温かいもてなしを受けた。
「・・・家庭の味、なんて何年ぶりだろうな?」
食事をしながら、ふとフーイがつぶやいた。
「・・・そうですねぇ・・・我々が出会ったのが大体8年前。それ以前はお互いフリーで動いていましたから、かれこれ10年は経っているのでは?」
クティルの言葉に、フーイは肯く。
「お兄ちゃん達、10年も旅をしているの?」
それを聞きつけたメイムが尋ねて来た。
「そうだな。大体そんなもんかな?」
「ふ〜ん。10年前だったら、私はまだ6歳だったよ」
そう言って、メイムはフーイの隣によって来た。
「ね、ね、旅のお話、聞かせてくれない?」
どういう訳か、メイムはフーイの事をすっかり気に入ったようだ。
「お?おお・・・」
「こらこら、メイム。お兄さん達は長い旅で疲れているんだ。ゆっくりさせてあげなさい」
「え〜?でも・・・」
父親にたしなめられたが、不満そうなメイム。
「あ、俺達なら平気ですから。そうだな、じゃあ、砂漠の向こうの国の話を聞かせてやろうか?」
「うん、聞かせて!」
「よし、じゃあこれを使って」
そう言って、フーイは竪琴を取り出す。
「さあさあ、皆さんお耳を拝借!旅の吟遊詩人、フーイさんが語る旅物語にちょっと耳を貸しておくれ!・・・今日はメイムちゃんの為に、お代はいらないよ」
「わぁ・・・」
軽やかなフーイの手つきに、目を輝かすメイム。
「今日の話は砂漠の向こうの国のお話。砂漠の向こうには水の上に浮いた国があってだな・・・」
こうして、夜は静かにふけていった。
翌日。
特に予定も無いフーイとクティルは、保養も兼ねてもう一日この村に滞在する事にした。
「何か、久しぶりだな。こう、のんびりした時間というのは」
フーイがそう言いながら、部屋のベッドの上でのんびりと伸びをした。
「そうですね。今までだったら、旅に旅を繰り返す日々でしたしね」
「・・・でも、まだ落ち着くわけにはいかないな」
「・・・そうですね。まだ、我々はこの世界の半分も見ていない。出来ればこの大陸だけでも目に収めておきたい」
そう言うと、二人はしばらく黙りこくっていた。
こんこん。
と、不意に部屋の扉がノックされた。
「? は〜い、誰?」
クティルが返事をする。
『あ、メイムです』
「お、メイムちゃんか。どした?」
そう言いながらフーイは扉を開ける。と、そこには旅装束に身を包んだメイムの姿が有った。
「を?メイムちゃん、今日はどっか行くのか?」
「うん、今日はお父さんのお使いで、エスフェラントの衛兵さんの所へお届け物なの」
そう言って、にっこりと微笑むメイム。
「そうか・・・メイムちゃんは偉いな」
そう言ってフーイは微笑むと、メイムの頭をなでた。
なでなで。
「あっ?!」
少しびっくりしたメイムだったが、少し頬を赤く染めて、照れたように笑う。
「でね、お兄ちゃん達にお願いが有るんだけど・・・」
そう言いながら、メイムはもじもじとしながら下を向く。
「・・・よし、今日は暇だし、一緒にエスフェラントまで行くか」
「うんっ!!」
うれしそうににっこりと笑うと、大きく肯くメイム。
「と言う事で、俺はちょっくら行ってくるわ。クティルはどうする?」
「言うまでもありませんよ」
そう言って、クティルは既に荷物をまとめていた。
「さすがはクティル先生、話が早い」
「やはり、私も旅を住処にした以上、動かないとだめらしいですね」
そう言いながらクティルはまとめおわった荷物を担ぐと、部屋を出た。
「では、行きましょうか」
街道を歩きながら、3人はいろいろな話をして歩いた。
メイムは彼女の父親と母親の出会い、彼女が生まれてからの生活、質素だがその分幸せが一杯詰め込まれた生活の話。
フーイとクティルは今迄の旅の中で出会った面白い出来事、楽しき旅仲間達、血沸き肉踊る冒険(?)。
そして、あっという間にエスフェラントにたどり着いた。
「ところでメイムちゃん、お父さんのお使いって、一体何だ?」
メインストリートに通じる通りに足を踏み込んだ所で、フーイがメイムに尋ねた。
「うん、知り合いの鍛冶屋さんに包丁と短剣を預けてあるのを、受け取りに行くの」
「それだけ?」
「ううん、あと装飾物屋さんと細工屋さんと運び屋さんと・・・合わせて4つ行かないと!」
「そ、そうなんだ・・・あはは(汗)」
「うん、街に出る時は大抵用事が溜まっている時なんだ。いつもなら家族一緒なんだけど、今日はちょっと用事があるって言っていたから。だから、お兄ちゃん達と一緒に行きたかったんだよね」
そんなことを喋りながら、3人は一軒ずつメイムの「用事」を済ませていった。
「ふぅ、さすがに疲れたなぁ」
全ての用事が終わった頃には、既に昼を過ぎていた。
「確か、レアル村に通じる街道の入口の所に、飯屋があった筈だから、そこで休んでいきましょう」
「そうだな。メイムちゃん、ここいらで昼ご飯にしないか?」
「え?で、でも、すぐに帰って来いってお父さんに言われているし・・・」
何やら考え込むメイム。困ったように下を向いてしまう。
「大丈夫だ。俺が謝っておいてやるよ。それより、疲れただろ?俺が飯をおごってやるから、一緒に行こうぜ。な?」
「う〜ん・・・」
しばらく考え込んでいたメイムだが、
「・・・うん、解った。私も行くよ」
と言って、メイムはにっこりと笑った。
そして、その飯屋での事。
「ふえぇ〜、私お腹一杯。もう食べられないよ」
「俺もだ。何で又、こんなに安いのにこんなに量があるんだ?」
「何でも、近隣の安い材料を提供してくれている所があって、そこから仕入れているらしいです。・・・私ももう食べれません」
目の前に山と詰まれた食べ物に、3人は完全に食欲を失っていた。
「何だ、お客さんたち、もう駄目かい?若いからこれ位は食べれると思ったんだけどねぇ」
そう言って、豪快に笑い出す店のおやじ。
「若いったって、腹には限界ってもんがあるぞ」
呆れながら答えを返すフーイ。
「まあ普通の人間じゃあ、仕方ないか。地の属の妖精族ならこれ位平気で食うんだがな」
「おいおい、それは比べる方が間違いってもんじゃないか?」
「違げぇねぇや、わっはっは」
「・・・はぁ(ため息)」
そんなこんなでその店を出てきた3人。
「よし、んじゃ帰るとするか、レアル村へ」
そうフーイが言って、レアル村への街道へ向かいかけたその時。
「? ねえ、お兄ちゃん、街道の入り口に兵隊さんがたくさん居るよ?」
「ん?あ、本当だ」
メイムに言われた方を見ると、確かにこの国の軍隊の格好をした兵士が20人ほど居た。
「どうしたんでしょうね?」
クティルがそう言う前に、フーイが彼らの方に近寄っていった。
「あ、ど〜も、お勤めご苦労様です」
「ん? 何だおまえは?」
「はい、旅の吟遊詩人でございます。ところで、この先はレアル村に通じているのですよね?」
「レアル村に行くのか?今は止めておいた方が良いぞ。つい2刻半ほど前、村が『赤き剣』と名乗る盗賊団に襲われてな、かなりの被害が出た」
「ええっ?! ねえ、お父さんは?! お母さんは?!!」
それを聞いたメイムが慌てて兵士の方に駆け寄る。
「お前、レアル村の人間か?」
「私、ケフェルの娘です!お父さんはどうなりました?!お母さんは?!」
「・・・解らん。我々が村に到着したときには既に村から盗賊団は消えていたのでな、我々後発組はそのまま引き上げてきたんだ」
「・・・お父さん・・・お母さん・・・」
その場に座り込んでしまうメイム。
「メイムちゃん、大丈夫だ。お父さんは村一番の剣術士なんだろう?だったら、盗賊も軽く蹴散らしているさ」
フーイが近寄ってきて、メイムに声をかける。
「・・・・・・」
「フーイ、馬を確保できました!」
「そうか!よし、メイムちゃん、村まで馬で帰るぞ!」
「え?わっ!」
言うが早いか、フーイはメイムを担ぎ上げ、そのまま馬に乗せるとレアル村の方向に向かって馬を走らせた。
フーイ達は馬を走らせる。それでも、歩けば2刻はかかる距離だ。馬でも1刻はかかる。
そして、レアル村に到着した。
「・・・ひどい・・・」
村に近づくにつれ、その惨状が次第に明らかになってきた。畑は踏み荒らされ、家は焼かれるか壊されており、それは村の中心に近づくにつれ、酷くなっていった。
「あ、村長さん!」
メイムが指差す方向に、人の固まりができており、その中にメイムが村長だと言った人物が居た。
「村長さ〜ん!」
「? おお、メイムお嬢ちゃんか!お前さんは無事だったのか」
馬がとまると同時にメイムは馬から飛び降り、村長の方に駆け寄った。
「うん、私、お父さんとお母さんのお使いでエスフェラントまで行っていたの。・・・ねえ、村長さん、お父さんとお母さんは?」
「・・・そうか、お前さんは無事だったか。それだけでも良かった・・・」
「ねえ、お父さんとお母さんは?!」
泣きそうな顔をしながら、村長の服を掴むメイム。
「・・・お前の父さんと母さんはな・・・」
一息、ため息を吐いてから村長は答えた。
「この村を守ろうとして・・・」
そして、後ろを指差す。
「!」
そこには、フーイたちが昨日出会った、メイムの両親が寝かされていた。
「そ・・・んな・・・お父さん・・・お母さん・・・」
よろよろと両親の亡骸の方に近寄っていくメイム。
「ううっ・・・お父さん・・・お母さん・・・」
「・・・」
「おとうさ〜ん!!おかあさ〜ん!!うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」
「・・・・・・くっ」
「フーイ。あなたが悪い訳ではありません」
メイムの姿を見て、フーイは拳を握っていた。それに気が付き、そっと声をかけるクティル。
結局、その日は葬儀やら壊された家の修理やらで残りの時間を手伝ったフーイとクティル。
幸い、酒場周辺の家が何件か無事であったので、その日の宿にも困ることはなかったが、その日はフーイとクティルは一言も口をきかずに手伝いに忙殺されていた。
そして、数日後。
それなりに村も落ち着きを取り戻し、孤児となってしまったメイムは村長の家に引き取られることになったので、フーイたちはこの村を旅立つ事にした。
「・・・しかし、今まで旅した中で、一番の悲しい出来事だったな、この村での事は」
「そうですね。いろいろなところを旅する以上、喜びもあれば悲しみもある。でも、それら全てを目に収めて、語り継ぐのが私達の使命と定めたからには、全てを受け入れないと」
「ああ・・・」
それっきり沈黙するフーイ。
クティルはそんなフーイを見て、ため息を一つついた。
「はぁ・・・。フーイ・・・今回だけですよ」
「え?!」
「敵討ち、ですよね?」
そう言うと、クティルは装備の点検を始めた。
「・・・すまんな、クティル。あんなに目の前で泣かれちゃあ、黙っておけないしな」
そう言いながらフーイは、メイムのことを思い出していた。
あの時、しばらく泣き続けた後、それから誰とも一言も口をきかずに黙々と仕事をこなしていたメイム。
しかし、両親を失ったショックというのは計り知れないものがあるだろう。
「・・・さて、行きますか」
その日の夜。村長にだけは別れを告げ、フーイ達は村を出て行こうとした。
「何か夜逃げみたいで、変な感じだな」
エスフェラントへ向かう街道への入り口に向かいながら、フーイは言った。
「さしずめあなたは、メイムちゃんを危険な目に合わせたくないから、と言いたい所でしょうね」
「ぶっ!こら、変な事言うなよ」
「変な意味ではありませんよ。あのお嬢さん、あなたに一番なついていましたからね」
「・・・そうだな。これから幸せになってくれるといいけど」
そして、村の入り口に来た時。
「さて、じゃあまずはエスフェラントで情報を仕入れるか。攻略はそれからだ」
そう言って、街道に一歩足を踏み出した時、横の暗がりから何かが飛び出してきた。
「!」
とっさに身構えるフーイとクティル。しかし・・・。
「お兄ちゃん達、思っていたよりも遅かったね」
「メイムちゃん?!」
暗がりから、旅装束に身を包んだメイムが現れた。
「駄目だよ、私に黙って出て行こうとしたって。特にフーイお兄ちゃんはすぐ顔に出るんだから」
そう言って、くすくすと笑うメイム。
「おいおい、こんな所で危険だぞ?早く村長さんところに帰るんだ」
フーイがそう言った。・・・ところが。
「大丈夫。村長さんにはもうちゃんとお別れを言ってきたから」
「お、お別れ?」
「うん。私、昔お父さんとお母さんがそうだったみたいに、旅に出ることにしたの」
「旅って・・・まさか」
クティルがそう言うと、メイムは肯いた。
「・・・駄目?私も、お父さんとお母さんの敵討ちがしたいし」
「・・・はぁ。一途な乙女には何を言っても駄目ってか?」
そう言うと、フーイは頭を掻いた。
「いいか、俺達に付いてくるからには、自分の身は最低でも自分で守れるくらいにはなるんだ。それが条件だ。良いな?」
「え、じゃあ・・・?」
ぱっと、メイムの表情が明るくなる。
「ああ、良いとも。どこまでも付いてこい!」
「ありがとう!」
そう言うと、メイムはフーイの首筋に抱きついた。
「お、おいおい・・・」
「ふふふ、これでますます旅が楽しくなりますね、フーイ」
「・・・やれやれ・・・遠足じゃねえんだぞ!」
続く。