・第2章〜エスフェラント王国・辺境の村「レアル」〜・
数日後、彼らの姿は、エスフェラント王国の王都に程近い、ミル=ファレイスと言う街にあった。
ここは、南に向かえばエステンドの街、東に向かえばシャリス=ムアレスと言う都市国家、北に向かえば王都エスフェラントに通じる、街道の交点となっている街である。
その地理条件のおかげで、ミル=ファレイスの街は昔から交易の街として栄えて来た。
「さすがに交易の街。賑やかだねぇ。ここで少し稼いで行くかな?」
フーイがそう言いつつ、早速竪琴を取り出している。
「あまりあくどい商売は駄目ですよ、フーイ」
「・・・おいおい、クティル、なかなか言ってくれるじゃないか。これはお客さんの気持ちだから、俺にはどうにもならんぞ」
「だから、歌の魔力を使ってお金を出させると」
「・・・をゐ」
「私はちょっと買物に言って来ますよ。迷子にならないで下さいね」
クティルはそう言うと、人ごみの中に消えて行った。
「・・・あの野郎〜・・・誰に似てこんなに口が悪くなっているんだか・・・」
多分それは君の事だろう。
「まあいいや。
さあさあそこの道行く皆さん、ちょっとだけちょっとだけ耳を貸しておくれ!
旅の吟遊詩人フーイさんが語る、遠い異国での心暖まる歌物語・・・」
夕方、彼らはとある宿にいた。
「取り敢えず、この国にいる間の滞在費には困らないだけの稼ぎはあったぞ」
フーイが、夕食をほおばりながらクティルに話していた。
「それは良かった。まあ、今回の仕事の依頼主からは既にいただいていますので、旅費には困らないんですけどね」
クティルも夕食を食べている。
「ところで・・・街の噂を聞いたか?俺は歌を聞かせた客の一人から聞いたんだけど」
「私は薬草を買いに行った店の主人に聞きましたが」
『最近、エスフェラントの周辺の村が、「赤き剣」を名乗る盗賊団に襲われて、幾つか全滅している』
二人そろって、同じ事を口にする。
「・・・もし・・・もしもですよ。極端に飛躍した話しになっていますが、もし、これがグロエステの戦術だったら、エスフェラントに対するグロエステの侵略は、既に始まっていますよ」
声を潜めて、クティルがそう言う。
「まあ、まずそう見て間違いないだろう。多分エスフェラントは、少しずつでも周辺の村の警備に人出を回さなくては行けない。となると、首都の守りは手薄になる。そこを、いきなり攻め込めば・・・」
「果たして、ここの国の王様がそれに気がつくほど聡明な方であるかが、ここの国の存続にかかわりますね」
「それに、所詮は俺達の力じゃあ、このでかい話しはどうにもならん」
フーイが、最後の一口を食べながらそういった。
「じゃあ、傭兵にでも志願しますか?」
クティルも食べ終ってから尋ねた。
「冗談を。冒険者風情が、軍隊同士の戦いに参加した所で、大した事も出来ないうちにお役御免になるか、無駄死にするだけさ。
俺は心の中で誓っているんだ。死ぬ時は冒険中ってな」
「それを聞いて安心しましたよ。じゃあ、今日はもう寝ますか」
「そうしよ」
次の日、早くにミル=ファレイスの町を出発した二人は、昼前にはここの国の王都、エスフェラントに到着していた。
「さて、早めに情報を集めないと。万が一に、レアル村が襲われていたりしたら、ここまで来た甲斐がありませんからね」
歩きながらクティルがそうつぶやく。
「多分、大丈夫だと思うぞ。依頼主の話しでは、渡して欲しいと言っていた手紙は、『村の剣士様』宛になっていたよな。と言う事は、少なくとも、一人以上は剣術の使い手がいると言う事になる」
「つまりは、少なくとも無防備ではない、と言いたい訳ですよね」
「まあ、そんな所だ。・・・と、あれじゃないか?」
フィルが指さした先には、衛兵詰所らしき物があった。
「聞くだけ無駄かもしれないけど、まあ、一応聞きに言って見よう」
二人は衛兵詰所の中に入って行った。
「ん?何か用か?」
中に入ると、衛兵が二人ほどいて、そのうちの一人が彼らの方を向いて来た。
「我々は旅の途中の者ですが、これからある仕事を頼まれて、レアル村に向かう事になっています」
クティルが丁寧な口調でそう言った。こう言った事はフーイはあまり得意でないとみえて、後ろで黙って立っている。
「ほう、それは又辺境まで、ご苦労な事だ」
「で、旅の途中で聞いたのですが、最近、『赤い剣』なる盗賊団が出ていて、村を襲っているそうですが、レアル村は無事でしょうか?」
「レアル村には腕の立つ冒険者が二人ほどいるらしいのでな。今の所襲われたと言う報告は入っていない」
「わかりました」
そういうと、二人は出て行く。
「どうやら、まだ大丈夫のようだな」
「でも油断は出来ませんよ。何せ相手は野党の集団。もしかしたら、と言う事も考えないと」
「よし、少し急ぐか。考えていても始まらない」
そう言うと、彼らは、休む暇も惜しんで、レアルに続く細い街道を歩き始めた。
「本街道から外れたせいか、人通りがほとんど無いですね」
しばらく歩いてから、クティルが周りを見てそう言った。
「まあ、無理も無いだろう。この道は辺境にしか通じていないし、通る人間と言えば、交易商か・・・野党くらいな物だ」
そう言った瞬間、彼らの前に、汚い格好をした4人組が現れた。
「ほら、言ったそばから」
「・・・やれやれ」
そうとは知らずに、現れた4人組は、剣を抜いて構えた。
「やい、お前等!有り金全部置いて行け!」
お馴染みの台詞を言う。
「お前等、『赤い剣』って言う集団を知っているか?」
フーイが脅しを無視して尋ねる。
「そんなもん、知るか!命が惜しかったら、さっさと金をだしやがれ!」
質問を全く無視して、野党はまたすごんで来る。
「・・・あまり手荒なまねはしないで下さいよ」
クティルはそう言って、少し後ろに下がる。一方のフーイは、剣を取り出した。
もちろん思念剣だから、少し青みのかかった「短剣」が現れる。それを見た野党たちに動揺が走った。
「お、お前、精神剣術者か?!」
「かまうもんか、剣を出している分、すぐ疲れるはずだ!やっちまえ!」
そして、フーイに4人組は同時に飛びかかって行った。
カキーン!
しゅわっ、しゅわっ。
・・・数瞬後、フーイは剣を納めた。
「おい、お前等。帰りは服無しだから、風邪引かんうちに逃げた方が得だぞ」
「何を訳のわからん・・・ををっ?!」
気がつくと、野党4人組は下着のみの姿になっていた。服「だったもの」は、ずたずたにされて彼らの足元に転がっている。
「野郎をひんむいても、面白くも何ともないがな。さて、お前等。それ以上むかれたくなかったら、俺の質問に答えろや」
じろっと、にらみを効かせるフーイ。
「ははははいっ」
にらみをきかせているフーイを見て、野党達は完全に震え上がっていた。
「じゃあ、同じ事を聞くが、『赤い剣』と言う盗賊集団を知っているか?」
「『赤い剣』、ですか?そいつら、多分、アスカトル山脈に本拠地を張っている連中だと思いますよ」
「知ってんなら最初っから言えよな」
「ひぃ、すんません!」
「よし、いいぞ。何処へでも良いからさっさと立ち去りな」
「ひえ〜」
野党達は、服だったものを手に取ると、それを体に巻き付けて、逃げ去って行った。
「・・・覚えていやがれ〜!!」
やはりお馴染みの台詞を残して。
「やれやれ。いつも思うけど、野党の出てくるパターンって、なんで同じなんだろう?」
フーイがクティルに尋ねた。
「さあ? 『正しい野党の手引書』でも存在するんじゃないんですか?」
そんなものがあったら怖いと思う。
「まあいいや。こんな所で時間を食っているわけにはいかない。先を急ごう」
二人は又歩き出した。
結果として、彼らは昼を過ぎた頃に、レアル村に到着出来たのであった。
「辺境の村だって聞いていたから、ある程度は覚悟をしていたけど・・・その覚悟の上を行くな」
フーイが思わずつぶやく。
「駄目ですよ、そんな事を言っては。村の人に失礼でしょう」
クティルがそっとつぶやく。
レアル村は、家が15〜20程しかなく、それも固まっている訳ではなく、畑のあちらこちらに点在している形で存在していた。
唯一、村の集会場を兼ねていると思われる、酒場の付近に5件ほど固まって存在しているのが確認される。
「さて、と。村の剣士と言うのは、多分農作業もやっているんだろうな。でないと、剣術だけじゃあ食って行けないぜ、この村は」
フーイが村を眺め回しながら言う。見ると、遠くの方に農作業をやっていると思われる、村人らしき姿が見えた。
「そうですね。と言うことは、酒場に行けば多分連絡を付けて頂けると思いますが」
クティルも見渡しながら言った。
「その方が早そうだな。じゃ、早速行きますか。これで、今回の仕事は終り、と」
酒場は、さすがに昼過ぎでは店の主人しかいなかった。
「おや?この村に客とはめずらしい。お客さん、誰かに用かい?」
店の親父は、フーイとクティルの姿を見ると、話し掛けてきた。
「おう、ここの村の剣士殿に、ラステンドの街から手紙をあずかって来たんだ。その剣士殿は居るかな?」
フーイが尋ねた。
「ケフェルさんのことか?ケフェルさんなら、今は多分農作業に出ていると思うが」
おやじが答える。
「やはりそうでしたか。じゃあ、ここで待たさせて頂きましょうか。我々はお昼もまだですし」
「そうだな、そうすっか」
食事も終わり、二人の腹が落ち着いてきた頃。
「こんにちわ〜」
陽気な声とともに、農作業服とおぼしき服を着た少女が店に入ってきた。
「おう、メイムちゃん、どうしたい?」
店のおやじが声をかける。
「うん、あのね、うちのお父さんがこれをフェルおじさんのところに持ってけって・・・きゃあっ!」
どたっ。
そう言った瞬間、その少女は何かにつまずいて、そのまま転んでしまった。
ごろごろごろ・・・。
店の床いっぱいに転がる、ジャガイモ。
「おやおや・・・相変わらずメイムちゃんはよく転ぶなぁ」
苦笑いするとおやじは、メイムと呼ばれた少女を立たせ、ジャガイモを拾いはじめた。
「おっちゃん、俺らも手伝うぜ」
一部始終を呆気に取られつつ見ていたフーイとクティルは、慌ててジャガイモを拾うのに協力した。
「あ、ごめんなさいね、お兄ちゃんたち」
メイムがにっこりと笑ってお礼の言葉を言う。
「なあに、気にすんなって」
フーイはそう言ってジャガイモを拾い上げた。
「お、そうだ。旅のお方よ、この子、ケフェルさんの娘さんだ。もし、手紙急ぐんであれば、この子に案内してもらいな」
おやじが思い出したようにそう言った。
「そうか、それは助かる」
「? お兄ちゃんたち、お父さんに何か用なの?」
不思議そうな顔をして、メイムが二人を見上げる。
「おう、ラステンドの街のある人から、ここの剣士様に手紙を届けてくれって、頼まれてな」
「あ、そうなんだ!じゃあ、一緒に行こう!」
にっこりと微笑んでメイムがそう言う。
「あの、お嬢さん?」
店を出て少し歩いた所で、前を歩くメイムにクティルが声をかけた。
「何?あ、あと、私のこと、メイムでいいよ」
メイムが振り返って聞き返す。
「じゃあ、メイムちゃん、君、もしかして半妖精?」
「うん、そうだよ〜」
そういって、メイムはかぶっていた帽子を脱ぎ、耳のところを見せる。と、確かに妖精族の血を引いているらしく、先が尖っていると言う特徴的な耳の形をしていた。
「へぇ・・・こんな辺境で、半妖精とは珍しいね」
まじまじと見つめながら、フーイがつぶやく。
「だって、うちのお母さん妖精族だもん」
再び歩き出しながら、メイムはそう言った。
「・・・なるほど。そういう事なら納得行きますね」
そして、しばらく歩いたところで、広めの畑で作業をしている夫婦がいるところに出た。
「お父さ〜ん!お客さんだよ〜!」
手をぶんぶんと振りながら、メイムは大声で呼びかけた。
「お〜う、悪いけど、こっちにきてもらってくれー」
「だって。行こう、お兄ちゃんたち」
「お、おう」
3人は畑の中に入ってゆく。メイムは馴れた足取りで進んでゆくが、普段こう言った所を歩いたことが無いフーイとクティルは、ともすれば足がもつれそうになりながら歩いていった。
「おう、お客さんってのはあんたらか。俺がケフェルだ。で、なんか用かい?」
額の汗をぬぐいながら、近寄ってきた二人に話し掛ける。
「あ、ああ。俺は吟遊詩人のフーイ。こいつは相棒の精霊術士でクティル。で、ラステンドの街のデールさんから、多分あんた宛だと思うけど、手紙を預かってきた」
そう言いながら、フーイは懐から手紙を取り出し、ケフェルに手渡した。
「おう、確かにデールは俺の知り合いだ。・・・そうか、デールの使いで来てくれたんか、あんたら。わざわざすまねぇな、こんな田舎まで」
「気にしないでください。我々は旅こそが住処ですから」
ケフェルの言葉に、クティルがそう答える。
「お・・・そうだ。あんたら、今晩はうちに来てくれないか?たいしたお礼はできないが、晩飯くらいはご馳走させてくれ。とはいっても、見ての通り田舎だからたいしたもてなしは出来ねぇが・・・」
「いやいや、お礼何てそんな。既に報酬は前金で依頼主より頂いてありますし・・・」
「まあまあ、そうおっしゃらずに」
と、不意に後ろから言葉をかけられた。二人が振り向くと、そこには妖精族の女性が、やはり農作業姿で立っていた。
「あ、お母さん!」
メイムが母親の元へと走っていった。
「どうします、フーイ?」
クティルがフーイに尋ねた。
「・・・ん〜、そこまで言われたら、断るのも失礼だな。ここはお言葉に甘えさせてもらうか」
「そうですね。ではお言葉に甘えさせていただきます」
そう言って、クティルはぺこっとお辞儀をした。フーイも頭を下げる。
「じゃあ、酒場で待っていてくれ。支度が出来たらメイムを使いにやるから」
「解りました」
「お兄ちゃん達、また後でね〜」
メイムの言葉に、フーイとクティルは笑顔で答えて、その場を後にした。
続く。