・第1章〜オアシスの街・エステンドにて〜・
「しかしまあ、エステンドは遠いな」
「他の街もしかり、ですよ」
「どうだろう、精霊術でぱっと移動するのは…?」
「そんな事をしたら、旅の楽しみと言う物がなくなりますよ。すぐ疲れてしまいますし」
「じゃあ、せめて昼間だけ歩いて、夜は…」
「だ・め・で・す!」
「あ〜あ、せめて俺にも精霊術が使えたらなぁ・・・」
「一応あなたも精霊術師じゃないですか。3位級ですけどね」
イムリーダ砂漠の、オアシスの街と街をつなぐ「道」は、地面が砂だけに、一見すると存在しないようにも見える。
しかしながら、1位級(最下位級)の精霊術の使える者であれば、砂の精霊に道案内をさせる事ができる。そして、旅人は普通は1位級の精霊術が使えるのである。
(もっとも、1位級は砂の精霊の「道案内」程度しか使えない)
「お前だって剣術は3位級のくせに」
「そのかわりお互いに6位級を持っているじゃないですか。私は精霊術、あなたは剣術を、ね」
「でもってお互いその逆が3位級、と」
「それがお互いの良い所ですよ。二人とも両方6位級だったら、おもしろくもない」
先程から、その「砂の街道」を、二人連れが軽口をたたきながら歩いている。
先に話している、剣術6位級・精霊術3位級の男の方は、「吟遊詩人のフーイ」ことフーイ=グリック。
もう一人の、剣術3位級・精霊術6位級の方は、「賢者クティル」ことクティル=レイファム。
彼らの話の中にあったように、彼らはエステンドの街を目指していた。
「フーイ、エステンドの街が見えてきましたよ」
「え? どれ?」
確かに、遥か向こうに蜃気楼のようにオアシスと、それをとり巻く街が浮かび上がって見えてきた。
「この距離だと・・・今は昼ちょっと前くらいだから、着くのは晩かな?」
「そんな所でしょう。久々に宿に泊まれますね」
「そうだな」
彼らは再び歩きだした。
フーイの言葉通り、日が傾いた頃、二人はエステンドの街の入口付近まで来ていた。
「さ〜て、宿に飯に風呂!」
フーイが伸びをして立ち止まったその時であった。
「フーイ、あれを・・・」
「・・・ん?」
クティルの指さした方向には、二人の黒いヨロイの騎士に腕を引っ張られている女性の姿があった。
「あの騎士の鎧・・・グロエステの『長槍騎士団』か?」
目を細めながらフーイが様子を見る。
「多分間違い無いでしょう。彼らは戦争の時はともかく、平時はよい噂を聞きませんしね」
そう言いつつ、彼らはいつでも戦えるべく、身構える。
「よし、じゃあ、例の手で行くぞ」
「承知しました」
そう言うと、彼らは二手に別れた。
「お願いです!お放し下さい!!」
「まあまあ、そう言わずに」
「オレ達にちょっとだけつき合ってくれればいいんだよ」
黒い色の鎧を着た騎士達はそう言って、女性を無理やり引っ張ろうとしていた。
「騎士殿、いやがっているんだから、放してあげたらどうだ?」
そこにフーイが騎士達の背後に登場。
「ん?何だ貴様は?!」
騎士達は振り返ってフーイの方を見る。
「さすらいの吟遊詩人、フーイ=グリック。女性の扱いはもっと優しく、ソフトにね」
「ふざけるな。吟遊詩人の分際で、我々に口出しするな」
長身の騎士の方がフーイの前に立つ。だが、フーイの方はまったく臆した風でもない。
「吟遊詩人に言われても仕方無いような行為が、高名な長槍騎士団の騎士のすることかい?」
これはフーイの明らかな挑発だったが、効果はてきめんだった。
「何だと?!」
二人の騎士は身構える。だが、フーイは平気な顔をして続ける。
「それとも何だ、君らは女性の尻を追いかける事が名声を上げる方法なのかな?」
「貴様、言わせておけば!!」
二人の騎士は身構えた。
「フーイ、もういいですよ」
と、いきなり彼らの後ろで声がした。二人の騎士が振り向くと、そこには後ろに女性をかばったクティルが立っていた。
「き、貴様、何時の間に?!」
「ついさっきですよ。逆上して周囲の状況を見落とすようでは、騎士として失格ですね」
「何だとっ!!」
二人はついにその一言で「切れた」らしく、クティルに飛びかかって行った。・・・が、クティルの行動の方が一瞬だけ早い。
「風と砂の精霊達よ、汝らは親しき友人なり。我が周囲で、楽しく舞い踊れ!」
瞬間、クティルの周りに砂嵐が発生する。
「おわぅ?!」
二人の騎士達は、その砂嵐に阻まれてクティルに近づけもしない。
「無理無理。彼の精霊術力には、俺でもかなわんよ」
後ろからフーイが声をかけてきて、騎士達はまた振り返った。
「・・・くそっ、こうなったら貴様だけでも・・・!」
そう言うと、二人は腰にぶら下げてあった槍の「柄」を構えた。
次の瞬間、「黄色い槍」がその先に現れる。その長さは、彼らの身長の3〜4倍はあるだろう。
精神剣術の応用の極端な例である。無論、これほどの物になると、並外れた精神力と、それを増幅させるブースター的な役割をする物が必要になるが。
「じゃ、こっちも武器を出すかな?」
そう言うと、フーイも腰にぶら下げた剣の柄を構えた。こちらは、一般的なサイズの「短剣」が、青白い光を放って現れた。
「ふん、そんな短い剣で我らに対抗しようなど、笑わせてくれるわ。食らえっ!!」
騎士達はそう言うと、長槍を「腰溜め」にして突っ込んで来た。そして、長槍がフーイを貫こうとしたその瞬間、フーイの姿はその場から消えていた。
「何っ?!」
慌てて騎士達は辺りを見回した。・・・よく見ると、フーイは紙一重で槍をかわし、しゃがんでいたのだ。
「へへっ、そんなんじゃあたんないよ」
「このっ!」
そのまま槍は振り下ろされたが、今度はフーイはそれを右にかわす。
「長槍騎士団の弱点その1。槍が長すぎるので、細かい動きには対応しづらい」
そう言いつつ、フーイは槍を上下左右にひょいひょいとかわしながら騎士達に近づいて行った。
「そして、その2。君達は接近戦には異常に弱い」
そう言った瞬間、フーイは二人の槍の柄を剣で叩き折ってしまった。
もちろん槍は消え去る。これは、精神剣術が「柄」を媒体を使用して、精神力の「剣」を出すためであり、その媒体が壊されたら、通常は「剣」は出せなくなる為である。
「さて、『戦略的撤退』をするなら今のうちだよ」
フーイが剣をもて遊びながらそう言うと、騎士達は逃げだした。
「おぼえてやがれ!」
お約束の捨て台詞を残して。
「さて、クティル、出て来てもいいよ」
フーイがそう言うと、砂嵐が消えて、クティルと先程襲われていた女性が出て来た。
「これで終わりじゃあつまらないですね」
出て来るなりクティルはそう言った。
「お前もそう思う?」
そう言うと、二人は視線を騎士の方に向けた。見ると、黒騎士達はグロエステの方向へと、よたよたと走っている。
「ま、鎧を着ているからよたよたは無理もないけど・・・手加減はしないぞ、いいな?」
フーイがクティルに言う。
「もとよりそのつもりです」
涼しい顔でクティルは答える。
そして、彼らは騎士の方に向き直ると、同じ印を結んだ。
『我等が声の聞えしイムリーダの砂の精霊達よ、我等が声に答えたまえ。
かの疾走せし二人の騎士は、無礼にも汝等が友人たる我々を傷つけようとした。
我々は無事だが、それでは汝等の気はすまぬだろう。
汝等が力を持って、彼らにそれなりの罰を与えたまえ』
呪文を唱えた後、フーイが不満そうに言う。
「これだけじゃあおもしろくない、付け加えるぞ。『汝等の思うがままに!』」
「え?ち、ちょっとまった、それは・・・」
クティルが止めようとしたが、既に呪文は効果を発していた。
見ると、騎士達は一度高く空に放り投げられた後、落ちて来た所を今度は砂に埋められてしまった。
騎士達の絶叫が聞こえる。
「あ〜あ、あの分だとあの鎧は錆び付いてしまいますよ」
クティルがあきれ顔で言う。
「気にしない、気にしない。それに相当する事を連中はしたんだから」
「それもそうですね。あっはっはっ」
二人は大笑いをしていた。
「あ、あの・・・」
と、先程の女性が恐る恐る声をかけて来た。
「おお、すっかりあなたの事を忘れていた。大丈夫ですか?」
クティルが思い出したように尋ねる。
「は、はい。危ない所をありがとうございました」
「い〜え、礼には及びませんて」
フーイはそう言うと、荷物を担ぎ直した。
「ところで、あなたはエステンドの人なのですか?」
クティルも同じ様に荷物を担ぎ直しつつ聞いた。
「はい、エステンドで宿をやっている父の手伝いをしています。・・・そうだ、あなた方、旅のお方でしょう?良かったら、うちの宿に来ませんか?」
「・・・そうか、そうか。それは、娘がすっかり世話になっちまって、すまねえな」
フェミルと名乗った、先程助けた女性に案内されて着いた先には、いわゆる『はたごや』と呼ばれる物があった。
事情を知ったフェミルの父親、ラザスはそう言うと、快く二人を迎えてくれた。
「ところで、お二人さんは、これからどこへ?」
ラザスは、二人に飯と酒を振る舞いながら尋ねて来た。
「これより北の方角に有る、『エスフェラント王国』を経由して、『レアル』と言う村へ。ちょっと仕事を頼まれましてね」
出された食事をほおばりながら、クティルが答える。
「それは又、遠い所へ。・・・と言っても、イムリーダ砂漠はここで終わりだし、後の行程は土の上だから、楽になりますね」
「・・・でもお父さん、エスフェラント王国って、今、グロエステと危ない状態に入っているんじゃなかったかしら?」
フェミルがそう言うと、フーイとクティルは同時に顔を上げた。
「それ、本当かい?」
真顔でフーイが尋ねる。
「・・・うむ。最近、エスフェラントから来た行商人に聞いた噂なんだが、何でも領土の事でグロエステがエスフェラントにいちゃもんを付けているらしい。
両国の中間に位置する、『レザリオン』と言う小さな都市国家の外交努力のおかげで、両国とも今は表面上はを保っているが、王都エスフェラントでは、かなりの数の兵隊が集められていたらしい。
多分、万が一に備えてだろうな」
「なんとまあ・・・」
クティルが驚いたような声を上げる。
「まあ、深い事を考えるのはよそう。今日は、無事にエステンドに着いた事を祝して、乾杯と行こうじゃないの!」
フーイがそう言ったので、その話はそれ以降話題に上ることはなかった。
翌日。
すっかり支度を整えたフーイとクティルの二人は、ラザスとフェミルに別れの言葉を告げていた。
「親父さん、すっかり世話になったね。宿代までただにしてもらっちゃって」
「何のなんの。娘の命の恩人に、これじゃあこっちが申し訳無いくらいだ」
「なぁ〜に。旅は道連れ。人生と言う長い旅路の中で、たまたま俺達が正義の味方として登場しただけの事さ。
じゃあ、またここに来た時は泊めてくれな」
「おう、二人とも元気でな」
「お二人とも、本当にありがとうございました」
フーイとクティルはまた街道を歩き出した。ただ、今度は砂漠の端と言う事も有り、だんだんと砂が少なくなって来ている。
「クティル、そろそろ砂の精霊達の守備範囲から外れるぞ」
「そうですね。じゃあ、道案内の精霊を開放しますか。
『道案内をしてくれた砂の精霊達よ。君達のおかげでこうして砂漠を越える事が出来た。 君達はもう帰っても良いよ』」
そう言うと、一度足元の砂が宙に舞ったかと思うと、そのまま地面の砂の一部に戻ってしまう。
「彼ら、帰りましたよ」
「よし。じゃあ、気を引き締めて行こうか。レアルの村へ」
「はい」
続く。