・第1章〜『森の国』アクランテへ〜・
「おいおい、本当にこの道でいいのかよ、クティル?」
一番最後を歩いていたフーイが、何度目になるか解らない同じ言葉を口にする。
「やれやれ・・・この道を任せると言ったのは、貴方ですよ、フーイ?」
先頭を歩いていたクティルがあきれて振り返った。
「だってよ〜・・・どう見てもこの街道、使われなくなってかなりたつぜ? 心配の一つもしたくなるよ」
そう言って、フーイは道を見下ろす。
確かにその街道は、敷き詰めていた石畳がぼろぼろになっていて、所々では間から雑草が生えていたりする、いかにも「見捨てられた道」と言う感じを出していた。
「あれ? お兄ちゃん、こんな感じの所でも平気で今まで旅してきたんじゃないの?」
と、まん中を歩いていたメイムがフーイのほうに向き直って尋ねてきた。
「そ、そりゃあまあ、な。だけどよう、既に2刻半はこんな道を歩きっぱなしだと、さすがに少しは心配になってくるというか・・・」
「大丈夫だよ」
メイムはそう言って、にっこりと笑った。
「・・・随分自信たっぷりだな」
フーイが不思議そうに尋ねた。
「うん。だって、ほら」
「?」
メイムが両手を広げてみせたので、フーイがのぞいてみると、そこには体が緑色をしている小人が不思議そうな顔をしてフーイを見上げていた。
「・・・? こいつ、何?」
「あれ? 植物の精霊さんだよ? お兄ちゃん、見たことないの?」
「植物の精霊・・・へぇ、実体化した奴は初めて見たな」
フーイが感心して植物の精霊を眺める。
「オレ達はどっちかと言えば砂漠に近い所を旅して回っていたから、植物の精霊とはあまり話をしたことがないんだ。もっぱら、風か砂の精霊かな、見るったら?」
「あ、そうなんだ。私はお母さんが森の属の妖精族だったから、どっちかと言えば植物の精霊さん達と仲がいいんだ」
そう言ってメイムはまたにっこりと笑う。
「それでね、聞いたらアクランテはもうすぐだって」
「ははぁ、それで自信たっぷりなんだ」
そう言うと、フーイは立ち上がった。
「じゃあ、それを信じて行きますか」
やがて、明らかに人の手が加えられたと見える場所が近づいてきた。
「ところでクティル、『アクランテ』って、一体どう言う国なんだ?」
フーイが尋ねた。
「『森の国・アクランテ』は、森の属の妖精族と人間が一緒に暮らす、他では見かけることがない国です。それぞれの種族の代表者が3人ずつ出て、6人で政を決定しています。そのうち、一人が国の代表として他の国との交流とかを行っているようです」
「へぇ・・・人間と森の属の妖精族がねぇ・・・。メイムちゃんの両親って、ここで知り合ったのか?」
「うん、そうだよ。うちのお母さん、アクランテの森の属の妖精族の族長の3番目の娘なんだって」
「へ? じゃあ、メイムちゃんはここの族長の孫?」
驚くフーイにメイムはにっこりと笑って頷いた。
「うん。それでね、お父さんとお母さん、駆け落ちしたんだ」
「あらら・・・じゃあ、族長あたりに結婚を反対されたのかな?」
フーイがそう言うと、メイムは少し考えるように小首をかしげた。
「う〜んとねぇ、そうじゃないと思ったな・・・。確か、旅に出たいって言ったらおじいちゃんに反対されて、それで駆け落ちしたって」
「旅に? ああ、俺達みたいな生活って事か。そりゃあまあ、普通だったら反対もするわな」
そう言って、フーイが一歩足を踏み出したその時。
ザクっ!
目の前の地面に、矢が突き刺さった。
「! 危ない!」
メイムを後ろにかばうフーイ。
「誰だ!」
と、近くの木の上から、森の属の妖精族の青年が何人か降りてきた。
それぞれが、手に弓矢を構えている。
「それはこっちの台詞だ。貴様ら、何の用があってアクランテに来た?『テアリック』の手の者だったら・・・」
「アレクさん? アレクさんじゃないの?」
と、フーイの後ろからメイムが顔を出して、フーイに話しかけてきたリーダー格らしい青年に話しかけた。
「? お、お前、メイムじゃないか! 何でこんな所に居るんだ?」
「うん、ちょっと・・・」
その後、事情をフーイから聞かされて、アレクと呼ばれた青年はフーイに詫びた。
「すまんな、知らぬ事とは言え、メイムの命の恩人に弓を向けてしまって」
「な〜に、済んだ事だ、気にしなさんな」
そして、アレクの案内でフーイ達は族長の家に向かった。
「しかし、さっき言っていた『テアリック』って、一体なんだ?」
フーイが何の気なしにアレクに尋ねた。
しかし・・・。
「・・・客人には関係ない事だ。まあ、ちょっとしたごたごたがあってな」
そう言うと、アレクはため息を一つついた。
「いま、アクランテの自衛団の連中はかなり神経質になっている。客人も用が済んだら、早々にアクランテを立ち去られるが良かろう」
そう言って、アレクは口をつぐんでしまった。
「・・・?」
何となくしっくりしない物を感じるフーイであった。
(フーイ、ただ事ではありませんよ)
(ああ、解っている)
目で合図するフーイとクティル。
やがて、アクランテの中で、森の属の妖精族たちが住んでいる区画に到着した。
「あの一番大きい家が、族長の家だ。私はまだ仕事が残っている故、案内はここまでしか出来無いが・・・」
「あ〜、別にいいよ。すまんね」
「何。客人には貸しが有るからな、これ位造作もない。では」
そう言うと、アレクは何処かへと立ち去って行った。
「・・・さて、気になる事は直接メイムちゃんのおじいさんから尋ねる事にしますか」
そう言って、フーイ達は族長の家に入って行った。
「・・・そうか・・・山賊にな。・・・メイム、辛い思いをしたな」
族長・・・と言っても、長命な森の属の妖精族の事。外見はフーイ達とそう変わらない男が、フーイ達の話を聞いて表情を曇らせていた。
「・・・うん。でも、大丈夫。気持ちの整理は着いたから」
「どうだ、うちに来るか? ここは人間と作った国だ。当然ながらお前のような半妖精も多い。寂しい思いはしないと思うが・・・」
「ううん。私、お父さんやお母さんと、16才になったら旅に連れて行ってもらう事になっていたから。もう16だもん、旅に出る」
メイムはそう言って、族長の言葉を断った。
「・・・ふふふ、お前もケフェルの血が流れていると言う事か。・・・フーイ殿と言ったかな?」
「・・・あ、はい?」
突然呼ばれたので、フーイは驚いて顔を上げた。
「・・・孫をよろしく頼みますぞ」
「あ、はぁ」
「見たところ、かなりの使い手とお見受け致す。メイムを任せても大丈夫だろうて」
そう言うと、族長は微笑んだ。
「あ、話は全然変わりますが・・・」
話が一段落着いた所で、今度はクティルが話を切り出した。
「ん? 何ですかな?」
「先程、この国に入る時に、アレク殿と出会ったお話しはしましたよね?」
「うむ」
「その時に、アレク殿は『テアリック』がどうこうとおっしゃられたのですが・・・」
その話をした瞬間、族長の表情が険しい物になった。
「・・・客人、今、この国は危険な状態に有る。メイムの事も終わった故、早々にこの国を立ち去られるが良かろう・・・」
「ちょっと待った」
族長がそう言ったのを、フーイが止めた。
「そりゃあ確かにさ、俺達は・・・まあメイムちゃんは別として、確かに俺達は部外者だ。でも、だからと言って、困っている人を放って置くほど俺達は落ちぶれてはいないぜ」
「・・・・・・」
「そうですよ。何かお困りであればお話し下さい。微力ではありますが、力になりますよ」
その話を聞いた族長はしばらくの間、フーイとクティルの顔を見ていた。
ふと、族長がメイムのほうを見ると、メイムはにっこりと笑っていた。
「・・・ふっ、メイムが顔で『大丈夫』だと言っているか・・・。それ程までに信頼されているとは、客人が羨ましいな・・・」
そう言うと、族長は真顔に戻った。
「では、全てを話すと致そう。そもそもの事の起こりは、つい3つ程前の月・・・『砂の月』から始まったのだ」
族長の話はこうだった。
3ヶ月ほど前から、アクランテの国が有る森の北東に位置する商業の街『テアリック』の、主権者が交代した。
『カール・テアリック6世』と名乗る彼は、主権者の座に就くと、商売の拡大と称して、アクランテの木の伐採量を今までの10倍にして欲しいと要求してきた。
アクランテの森の属の妖精族はもとより、アクランテの人間族の方としても到底受け入れられる要求ではない。
その旨を伝えると、何とテアリックは無断で木を伐採しはじめたのだ。
止めさせようと何度か代表者を送ったが聞き入れられず、やむを得ずアクランテでは自警団を結成、伐採現場を見たら強制排除する手段に出た。
その為、それを妨害しようとしたテアリック側の兵士と小競合いになったり、現在アクランテとテアリックはいつ戦争が起きてもおかしくない状況になっていると言う。
「・・・と言う訳だよ」
「そりゃあまた・・・その商人がすべての諸悪の根源・・・って言う訳か」
「そうだな。今の所、人間族の代表が一生懸命押さえようと努力している。我々とて同じだが、我々妖精族にとっては森は命だ。若い連中の中には、戦を仕掛けようと言う者もいる」
そう言うと、族長は溜め息をついた。
「フーイ、思ったより深そうですよ、この話は」
クティルがそう言うのを、頷きながらフーイは聞いた。
「・・・じゃあ、取り敢えずそのテアリックの街を一度偵察してくるか」
そう言って、フーイは立ち上がった。
「メイムちゃん、君はクティルとここで待っていてくれ」
「え〜っ、どうして?」
メイムが不満そうに文句を言った。
「そりゃあ、危険だからさ。半妖精とは言え、君は半分ここの人達の血が流れている。そんな君を見て、テアリックの人間が黙っているとも思えないしな」
「それは私も同感だな」
フーイの言葉に族長も頷く。
一方のメイムはふくれたままだったが・・・。
「・・・うん、解った。じゃあ、早く帰ってきてね」
しぶしぶ、頷いた。
「よ〜し、いい子だ。・・・クティル、後は頼むぞ」
「任せてください」
フーイはそう言うと、メイムの頭をなでてから族長の家を後にした。
「・・・大丈夫かな、彼は? 一人で行ってしまったが・・・」
族長が、フーイが出て行った後を眺めながらそうつぶやいた。
「何だったら、うちの若い者達を貸してもよかったのに」
「まあ、彼にも何か策が有るのでしょう。我々は黙って待つだけです」
クティルはそう言った。
(フーイ、くれぐれも気をつけて・・・)
続く。