・第1章「独立戦争〜流星作戦〜」・
<銀河自由同盟軍・土星駐留基地司令部>
「和泉准佐、来ました」
「うむ、ご苦労」
薄暗い一室にまだ若い佐官候補生と、歳の頃は40代という感じの中年の男がいる。
「民間人のゼムトランへの脱出計画は進んでいるかね?」
「はい。現在の所、土星住民のおよそ5割がゼムトラン、若しくは他の同盟惑星に脱出を完了しました。残り5割も、あと4日以内で脱出が完了しそうです」
和泉 一樹准佐は手元にあるファイルを見ながら答えた。
「宙軍の艦艇調達はどうなっている?」
「残念ながら・・・独立の際、現同盟領に駐留していた艦隊は無く、従って艦艇はその殆どが惑星警備艇程度の艦艇しかありません。
僅かに、ゼムトランの艦艇工場で改装工事中であった高速巡航艦1隻、並びに先の海賊捕獲作戦により捕獲した駆逐艦が2隻。あと、天王星の技術基地に放置して有った軽巡航艦が2隻。合計5隻を確保出来たに過ぎません。
現在、急遽天王星基地にて戦時増産と言う手段は取っていますが、それでも一週間ではとても間に合いそうにありません」
「そうか、ご苦労。・・・ところで、地球連邦軍の土星に対する総攻撃の日だが、どうやら一週間後になりそうだ」
「はい」
「偵察隊の報告によれば、現在連邦軍は現在集中できる主力艦隊を全て月基地に集結し、補給を行っている。但し、主力艦隊が全て集まって行動するのは、5年前の金星上空演習以来であり、補給する物資量が並みではないからな」
レイモンド・ライズ中将は手元にあるハンドコンピューターのディスプレイに、必要な情報を表示させながら和泉と話をしている。
「時間がかかる、と。それはまた、彼らもご苦労な事ですね」
「うむ。しかし、だ。一週間経てば、彼らは怒涛のごとく同盟領に侵攻してくるであろうなぁ・・・」
そう言って、レイモンドは腕を組む。
「その為の、流星作戦です」
自信ありげに和泉が言った。
「うむ、そこなのだが。万が一、流星作戦で倒し損ねた艦隊が、他の惑星に攻撃を仕掛けてきたら、我が軍は残念ながら押さえ切る事は出来ないだろう」
それ程までに、同盟軍の事情は寒かったのだ。しかし、全員が「真の民主主義を求めて」立ち上がっている以上、いくら不利でも戦いは避けられそうにはない。
「…それは充分考えられますね」
少し考え込んでから、和泉は答えた。
「うむ、そこでだ。和泉 一樹准佐、君を少佐に特別昇任させるとともに、銀河自由同盟軍艦隊総司令に任命する。君に、敵艦隊の討伐を行ってほしい」
「・・・少佐に昇任?艦隊総司令?私がですか?」
和泉「少佐」は思わず聞き返していた。
「そうだ。大変だとは思うが、君ならこの難局を乗り越えてくれると信じている。頼むよ」
「レイモンド中将は昔から変わりませんね。士官学校時代も今も、後に引けない課題をお出しになる」
そう言うと、和泉は僅かに微笑んだ。
「解りました。但し、艦隊総司令に任ずられたからには、こと艦隊の運用については私の独断でやらせてもらいますよ」
「無論、そのつもりで君を選んだ」
「解りました。謹んで拝命いたします」
そう言って、和泉は敬礼をした。
<地球連邦軍第三宇宙港、グエン艦隊旗艦・高速戦艦「炎竜」>
『第8特務艦隊は至急八番ポートに集結して下さい』
「了解」
生返事を返しながら、グエン・ドム・リュー少佐は一人考え事をしていた。
(まさか、あの和泉が反乱にかたんするとは・・・)
彼と和泉は友人同士であった。同期で地球連邦軍に入隊したが、グエンの方が多少運が良かったらしく、地球本星付きの艦隊司令官になり、和泉はいわば閑職とも言える土星駐留軍に飛ばされた。それでも、彼らは友人同士であった。
あったはずなのだが、運命は彼らの間に、超えられない溝を作ってしまった。
「グエン司令、総司令部より入電です」
そこに、オペレーターが声をかけてきた。
「・・・ん?ああ、つないでくれ」
「はい」
慣れた手つきでオペレーターが処理を行うと、正面スクリーンに総司令部の参謀官の顔が出てきた。
『総指令部よりの命令をお伝えする。グエン司令指揮下の第8特務艦隊は、主力9艦隊が出た後、後方支援にまわり、主力艦隊の後方警備を行うこと。以上』
「・・・了解した」
『では、これで』
通信はそっけなく終了する。
(「後方支援」か。聞こえはいいが、要するにお前はいらんよと言っているような物だな)
声には出さず、しかし嫌悪感を露にしてグエンは思った。
「司令、全艦出撃準備ととのいました」
「了解。考えていても仕方無いしな。行くぞ!グエン艦隊出撃だ!」
「了解!」
(和泉、おまえと戦場であわんことを祈っているよ)
宇宙港を出て目の前に広がった宇宙空間を眺めながら、グエンは心の中でそっとつぶやいた。
<土星上空、「和泉艦隊」臨時旗艦・高速巡航艦「たちやま」>
「民間人の船団の最後の一隻が脱出しました!」
「わかりました。艦隊は現体制を維持、『ブラウニー』の作業終了を待ちます」
「了解!」
同盟領に残されていた艦艇をかき集め、事実上の「同盟軍主力艦隊」を率いて、和泉は土星上空(宙空間ではあるが)に陣取っていた。
その編成は、臨時旗艦の高速巡航艦「たちやま」に軽巡航艦「四戸部」「八戸部」、そして駆逐艦「ガダルカナル」「秋風」という編成で成り立っている。
(それにしても、まさか脱出の準備にさらに時間がかかるとは・・・)
結局、地球連邦軍総攻撃まで後48時間と言う所で、ようやく全ての民間人を乗せた移民船が他の同盟惑星に向けて出発したのだった。
「特殊工作艇母艦『ブラウニー』より入電!『我、作業終了せり。只今より艦隊に合流す』」
そのとき、オペレーターが味方艦の作業終了を告げた。
「やっと終わりましたか・・・。では、『ブラウニー』と合流の後、土星の環の部分に艦隊を移動します」
「了解!」
<土星「前」、地球連邦軍・反乱討伐艦隊「集結中」>
土星の「前」(便宜上、「宇宙平面座標軸」と言うものが存在し、それによって「前」と言うものが定義付けられるのである)で、地球連邦軍の主力9艦隊は続々集結していた。
「艦隊集結、完了しました!」
「よぉーし、ご苦労!」
地球連邦軍、遠征艦隊総司令官のリー・デイム元帥はオペレーターからの報告を聞くと司令官席から立ち上がった。同時に全艦隊通信を開かせる。
「諸君、総司令のリーだ。いよいよ反乱軍との戦闘に入るわけだが、聞けば反乱軍は1個艦隊勢力すら持ち合わせていない。対して我が軍にはこれだけの数がいるんだ。我が軍の勝利はまちがいない!諸君、反乱軍を徹底的に潰すのだ!」
「おおっ!」
主力艦隊の盛り上がりはたいそうな物であった。
「・・・はん、『窮鼠猫をかむ』にならないといいけどな」
但し、グエンはそれを冷ややかに見つめていた。
「・・・ろくに実戦経験も無く、賄賂と政治手段だけでのし上がった元帥殿に、果たしてこの大役、勤まるのかねぇ」
しかし、彼のつぶやきを聞く者はいない。
<土星「横」小惑星帯(アステロイド群)、和泉艦隊「警戒待機中」>
「地球連邦軍艦隊を捕捉しました!その数、およそ50隻以上!」
レーダーサイトの上に赤い点で敵艦隊が示される。数が多くて赤に染まっている状態に近いが。
「・・・数の上では私の艦隊の約10倍ですか。地球連邦軍は出せるだけの艦艇を出してきたようですねぇ」
オペレーターの報告を聞きながら、和泉はのんびりとつぶやいた。
「いいのですか、そんなのんきなことを言っていて?」
彼に付けられた副官、エリム・リース中尉はそう言って注意を促した。
「あせったって、彼らが地球に帰ってくれるわけではないでしょう?ならば、のんびりと構えてでも作戦の完了を待つべきなんですよ」
和泉はそう答えた。
「・・・この大軍を目の前にしてでも?」
「・・・そう。いくら数ばっかり集まっても、司令官が有能でないといわば烏合の集団だろうしね。そして、地球連邦軍において、今の所私が有能だと思えるのはただ一人・・・」
「それは誰ですか?」
つい、興味からエリムはたずねた。
「…地球連邦軍少佐、グエン・ドム・リュー。彼は私の友人でね。彼ならすばらしい用兵術を身につけているはず・・・」
一瞬、彼は遠くを見るような目付きになったのを、エリムは見た。
「『ブラウニー』より入電! 『我、第2段階作業ヲ終了セリ。コレヨリ貴艦隊ニ再合流スル』!」
「よしよし、予定通りですね。では全艦隊に通達、作戦第一段階発動します」
<土星上空、地球連邦軍主力艦隊「作戦開始」>
「降下開始!」
リー・デイム元帥は貴下の艦隊に指示を出した。それに応じて、艦隊に編入してあった揚陸艦が次々と降下を開始して行く。
「惑星防衛ミサイル群、大量に揚陸艦隊に接近!」
と、そこに大量のミサイルが土星地上から飛んで来た。
ズガーン!
たちまちディスプレイ上に広がる、炎の環。
「揚陸艦隊、かなりの損害を受けています。現在の所、敵ミサイル攻撃が激しすぎ、揚陸は不可能!」
「なにっ!」
リー元帥は、実戦を経験していない司令官だったので、惑星に対する艦砲射撃による地上防衛施設の破壊を忘れていたのである。
「ええいっ、全艦主砲一斉射撃!目標、敵地上防衛施設!」
<銀河自由同盟軍、和泉艦隊「流星作戦実行中」>
「ほら、やっぱり基本を忘れているもの。・・・まあ、長いこと実戦を経験していないから、無理もないですか」
連邦軍艦隊の様子を眺めながら、和泉は誰にも聞こえぬよう、そっと呟いていた。
それを聞いたエリムが和泉の方を見ると、心無しか和泉の横顔は何か悲しそうな表情をたたえていた。
<地球連邦軍、グエン艦隊「警戒待機中」>
その頃、同じ理由で失望している艦隊司令官がいた。ただし、こちらの場合はその声にかなりの怒気が含まれていたが・・・。
「なんて無能な司令達なんだ!惑星地表に対してのあらかじめの艦砲攻撃は常識ではないか!」
グエン・ドム・リューはそう言うと、リー元帥の旗艦へホットラインを開かせた。
『何の用だね、グエン司令?』
スクリーンに、機嫌の悪そうな顔をしてリー元帥の顔が現れた。
「私にも惑星戦へ参加させていただきたい!少しは足しにはなると思うが・・・」
『すると何かね、私たちでは役不足とでも言いたいのか?』
「いや、決してそんなことは・・・」
『では、はじめに与えられた貴官の任務を遂行せよ!』
そう言うと、ホットラインは向こうから強制的に切られてしまった。
「ちっ、無能どもめが・・・!」
グエンは床を蹴ってくやしがったが、結果として命令違反を起こす気にはなれなかった。 それが、後に彼の命を救うことになる。
<地球連邦軍、主力艦隊「占領作戦実行中」>
「地上防衛施設をほぼ壊滅しました!」
「よーし!全艦隊、降下開始!」
オペレーターの報告を聞いたリー元帥はそう司令を出した。それに従い、50隻余りの艦艇が次々と土星地表に向けて降下を開始して行く。
「ふっふっふ、反乱軍め、一気に叩き潰してくれるわ!」
<銀河自由同盟軍、和泉艦隊>
「地球連邦軍艦隊が降下を開始しました!」
「やれやれ、こんな罠に本当に引っかかってくれるなんてね・・・」
オペレーターの報告に和泉は頭をかきながらそう呟くと、静かに司令を出した。
「作戦第二段階、発動します」
<土星地表、地球連邦軍主力艦隊「占領作戦実行中」>
その頃、降下をして行った地球連邦軍の艦隊はさらなる地上対空兵器と交戦をしていた。
「敵地上兵器、ほぼ壊滅しました!」
「やっとか!」
リー元帥はそこで一息付くと、すぐに別な命令を出していた。
「直ちに地上の主要建造物を占拠せよ!抵抗する物は射殺してかまわん!」
しかし数分後、それはとある報告で全く報われないことが判明した。
「統治政府の建物を占拠しましたが、人が見あたりません!」
「それ以外の建物についても同様です!」
「一般市民の姿も見あたりません!」
次々と入ってくる報告の意外性にリー元帥は呆然としていた。が、やがて一つの結論に達した。
「連中は民間人全員の脱出を図ったんだ!くそ、全兵士を呼び戻せ!直ちに出撃し、他の反乱惑星の鎮圧に向かう!」
<銀河自由同盟軍、和泉艦隊>
「連邦運艦隊が上昇を始めようとしています!」
オペレーターの報告にうなずきながら和泉は司令官席から立ち上がった。
「作戦第三段階、発動します」
「了解!」
<地球連邦軍、グエン艦隊「警戒待機中」>
「・・・!司令、流星群が主力艦隊に向けて急速に移動しています!」
オペレーターが急を告げる。
「しまった!全ては仕掛けられた罠だったんだ!主力艦隊に緊急通信!続いて全艦砲撃戦用意!目標、流星群!」
慌ててグエンはそう司令を出した。しかし・・・。
「だめです!妨害電波により通信不能!」
「そんな・・・」
グエンは悔しさのあまり言葉を一瞬失った。が、すぐに立ち直ると、矢継ぎ早に司令を出し始めた。
「流星群を中心として索敵開始!その付近に敵の艦隊がいるはずだ!続いて第一級戦闘配備!」
「司令、主力艦隊の方は・・・?」
「今さら間に会わん!申し訳ないが、自力で脱出を図ってもらう」
「し、司令・・・!」
<地球連邦軍主力艦隊「上昇中」>
「宇宙空間より流星群が大量接近!」
「な、何だと!」
その報告を受けたリー元帥は一瞬判断が遅れた。そして、それが致命的なミスになる。
ズズーン!
容赦無く、艦隊に降り注ぐ流星群。
「第二艦隊旗艦撃沈!」
「第三、第四、第七駆逐艦群、全滅!」
「第十二重巡航艦、航行不能!」
「司令、命令を・・・!」
次々と入ってくる被害報告にリー元帥は呆然としていたが、ふと気が付くと、常識的な命令を下した。
「全艦隊、全力で流星群より回避せよ!」
しかし、その命令は遅すぎた。
「本艦に流星群が接近!回避できません!」
「なに・・・」
リー元帥の乗っていた旗艦は4つの流星の直撃を食らって、一瞬にして爆発、四散した。
それにより、ただでさえ混乱していた地球連邦軍艦隊は、さらに混乱の度合を深めることになる。
こうして、本当に運のよかった者以外は滅びの道を歩む結果となってしまったのだ。
<地球連邦軍、グエン艦隊「索敵、戦闘体制」>
目の前で起きた惨事に、グエン艦隊の面面は茫然となっていた。
「・・・しゅ、主力艦隊、ほぼ全滅しました・・・」
オペレーターのやっとの報告を、半ば無意識にグエンは聞いていた。
「・・・しかし、50隻を一気に全滅させるとは・・・」
そう言うと、彼は司令席に深く座り込んでしまった。
「・・・敵艦隊を発見しました!編成は高速巡航艦1、軽巡航艦2、駆逐艦2、特殊工作艇1。司令官は、和泉 一樹少佐です!」
「やはり和泉の奴か!」
そう言うと、彼は再び立ち上がった。
(和泉、おまえが戦場に、しかも「敵」として出てくるとは、な)
しばらくの間、彼は自分の考えに浸り込んでいた。
「司令、敵艦隊は後退を開始しました!」
オペレーターの声で、グエンは全てを決めた。
「よし、我が艦隊は全力を持って敵艦隊を叩く!前進!」
<グエン艦隊 vs 和泉艦隊>
「かなり前方の小艦隊の司令官が判明しました!グエン・ドム・リュー少佐です!」
「やっぱり来ていたか、グエン」
和泉はそう言うとスクリーンを眺めた。
「どうします?」
エリムがたずねてきた。
「・・・出来れば彼とは戦いたくはないが、そうも行かないだろうな」
和泉は頭をかく。
「グエン艦隊、前進してきます!」
「よし、受けて立ちましょう。」
オペレーターの報告で、彼は心を決めた。
「各艦のミサイル残弾数は?」
「先ほどの作戦でほぼ使い尽くし、全艦共に後一斉射分だけです」
手元のハンドコンピューターを操作しながらエリムが答えた。
「敵艦隊の編成は?」
「高速戦艦が1、軽巡航艦2、駆逐艦2です」
「ふむ。数の上ではほぼ互角で、こっちには身重の特殊工作艇母艦がある分不利ですか・・・。よし、相対速度を0に保ちつつ後退、同時にミサイル発射準備を」
「敵艦隊との距離が先ほどから全く変化しません!」
「和泉め、速度をあわせて逃げる気か・・・?」
グエンは爪をかみながら考えた。いらいらしたときの彼の癖である。
「よし、速度を上昇!敵艦隊との距離を詰めろ!」
「敵艦隊、加速!急速に接近してきます!・・・ミサイル射程内に敵艦隊を捕捉!」
オペレーターはひっきりなしに入ってくる情報を和泉に伝えている。
「よし、かかったな・・・それにしても、グエンらしいな・・・」
和泉はそうつぶやくと、手を上にのばした。そして、瞬間的に振りおろす。
「ミサイル、斉射!」
「!敵艦隊より、小型熱源群接近!」
「先手を取られた!全艦全力回避!」
グエンは大声で命令を怒鳴り、あわてたように各艦が回避にはいる。
「命中、来ます!」
ズズーン!
「二番軽巡航艦、撃沈!」
「一番駆逐艦、大破!戦闘不能!」
「右副エンジン、被弾!切り放します!」
「2番副砲、大破!使用不能!」
被害はかなりにわたっている。
「全艦主砲斉射、3連!・・・撃てっ!」
「敵艦隊より主砲射撃!」
「全艦回避せよ」
和泉はすぐに命令を出した。しかし・・・。
「『ブラウニー』の回避が遅れています!」
「ああっ、しまった!」
しかし、もう遅い。
ズズーン!
「『ブラウニー』、撃沈しました!」「軽巡航艦<八戸部>、大破、戦闘不能!」
「駆逐艦<秋風>、中破!機動力減少!」
「軽巡航艦<四戸部>、火災発生!・・・爆沈しました!」
これが、地球連邦軍が今回あげた、唯一の戦果らしい戦果であった。
「・・・グエンの実力を甘くみたか・・・?」
「司令、命令を!」
エリムの声で和泉は少し考え込んでいたが、次の命令を出した。
「全艦、全速で敵艦隊に突入を。そして、全主砲、副砲斉射」
「気でも狂ったか、和泉!?」
和泉艦隊が突入するのを見て、思わずグエンは叫んでいた。
「よし、応戦だ!全主砲斉射・・・」
グエンは応戦指示をだそうとした。しかし・・・。
「敵艦隊、我が艦隊の反対側に抜けて行きました!」
オペレーターがそう報告した。
「反対側だと?」
「はい。そのまま逃走して行きますが・・・」
戸惑ったようにオペレーターがグエンの方を見上げている。
「・・・逃げたな。おいしい所だけ持っていきやがって・・・」
思わずグエンはつぶやいていた。
「追いますか?」
副官のジョン・ウィルソン大尉が聞いてきた。
「・・・いや、これ以上追っても仕方ないだろう。それより土星から戻ってきた艦艇はあるか?」
「はい、4〜5隻ほど」
「よし、集めろ。地球に帰るぞ」
「了解」
一礼すると、ジョンは仕事に戻って行った。
(さて、最終的に被害はどのくらいになるか・・・)
グエンはジョンの後ろ姿を眺めつつ考えていた。
<ゼムトラン、銀河自由同盟軍総本部>
戻ってきた和泉を、レイモンド・ライズ中将が笑顔で迎えた。
「和泉君、よくやってくれた」
「はあ・・・」
「マスコミの反応を見たかね?彼らはこぞって君を英雄だと称えているよ」
「はあ・・・」
「明日、また来てくれ。中佐に昇進だ」
「はあ・・・」
レイモンド中将の話を、和泉はうわの空で聞いていた。作戦の疲れも有ってか、とにかく彼は眠いのだった。
部屋を出ると、そこにエリムが待っていた。
「エリム中尉?」
「ご苦労さまでした」
ニッコリと笑うと彼女は和泉の手を取って歩き出した。
「さあ、行きましょう」
「ち、ちょっと・・・どこへ行くんだい?」
いきなり手を取られて、和泉はあっけにとられている。
「教えてほしいですか?」
いたずらっぽく彼女は笑うと、まだ状況の飲み込めていない和泉をさらに強く引っ張って行った。
「『ウサギの耳』亭ですよ。艦隊幕僚の皆さんがあそこでお待ちです。和泉司令の昇進祝いですって!」
エリムはそう言って、うれしそうに手を引いていく。
(やれやれ、まだ眠れそうにないな・・・)
そんなことを考えつつ、和泉はエリムに引っ張られて行った。
<地球、地球連邦軍総司令本部>
「・・・で、今回の戦死者、未帰還者は約8000人。その中にはほとんどの上級艦隊司令官が含まれています」
「生き残ったのは、オレ達下級司令官だけって事か」
「はい」
自室でジョン大尉の報告を聞きながら、グエンは頭の中では別なことを考えていた。
「ところで、司令に中佐の辞令が出ています」
「ふーん・・・へ?中佐に昇進?」
「はい。『敵に対して損害を与えた功績によって』、だそうです」
「ほーう・・・」
(今回の昇進は、何か素直には受け入れそうにもないな・・・)
頭の中で、また別なことを考え出したグエンであった。
「ところで、和泉の奴も昇進していると思うか?」
つぶやくように、、グエンはたずねた。
「はい。恐らく中佐くらいには・・・」
「そうか。あいつも中佐か・・・」
ふと、グエンの顔に笑みが浮かんだ。
「何がおかしいので?」
ジョンが聞いてきた。
「・・・ん?いや・・・。よし、今日は二人の昇進祝いだ!とことんまで飲むぞ。・・・そうだ、お前もつき合えよ」
「はい、喜んで」
グエンはすぐにワイングラスを3つ取り出して、それらの全てにワインをついで行った。
そして、二つのワイングラスを宙にかかげた。
「遥か星の彼方の親友に、乾杯!」