小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「例えばこんな、休日の過ごし方」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第14話)
それは、すっかり風が涼しくなって、服も秋物に衣更えをした頃。
「うーん・・・珍しくする事が無いなぁ」
今日は店は休み。
で、部屋のかたづけをしようと思っていたのだが、朝ご飯の後にすぐに終わらせてしまったので、全くと言っていいほどする事が無かった。
「工房に・・・行ったんじゃあ、休みの意味が無いよな」
一瞬工房に向かおうとして、そう言えば今日は休みにするんだったと言う事を思い出して、思わず苦笑いをする。
「こんな時は・・・」
改めて、部屋の中をぐるっと見渡す。
こういう時にうってつけの物はと言えば・・・あ。
ごそごそ。
ごそごそ。
「よし、あった」
物置を探索する事およそ10分。
私の手には、釣り竿が握られていた。
「こういう時は、海に行ってのんびりと釣り糸を垂れると言うのも良いだろう、きっと」
そう結論づけて、釣り竿片手に家の中に戻った。
さて、竿はある。
問題は、一人で行くか、それとも芹凪か美菜子を連れて行くか・・・。
そう考えてると、階段を美菜子が下りて来るのが見えた。
ちょうど良い、聞いて見よう。
「おーい、美菜子〜」
「うん、何、宗さん?」
何やら出かける格好の美菜子が、シロを抱いたまま階段をおりきって、階段を下りた所でシロを降ろす。
「これから釣りに行こうと思ってるんだけど、一緒に行くか?」
「あ・・・ごめんなさい、今日はこれから由希子ちゃんとサイクリングに行く約束なんだ」
「ありゃ、先約済みかぁ。じゃあ仕方ないな」
「ゴメンね、今度また誘ってよ」
すまなそうな顔をして、美菜子がそう言って来た。
「ああ。じゃあ、気をつけて行っておいで」
「うん、ありがと」
美菜子はそう言って、玄関の方に歩きかけたが。
「・・・あ、そうだ。宗さん、芹凪姉ちゃんなら今日は暇している筈だから、誘ってあげたら?」
「芹凪が暇してる? そうだな。じゃあ、芹凪を誘って行って来るかな」
「そうそう。たまには芹凪姉ちゃんもデートに誘ってあげないと、宗さん嫌われちゃうぞ」
にゃははと、いたずらっぽく笑う美菜子。
「『デート』って、お前ねぇ・・・」
「あはは、冗談冗談。じゃ、いってきまーす!」
美菜子はそう言って、逃げるように出かけていった。
「・・・慌ただしいなぁ」
ひたすら苦笑いするしかなかった。
「さて、美菜子にはふられた。となると、美菜子が言ってた通り、芹凪誘うかな・・・お」
そう言って居間に行くと、丁度洗い物を終えたらしい芹凪が、台所の方から出て来た。
「芹凪、今日は暇かい?」
「え? ・・・えっと、そうですね。今日は特に予定を考えていませんでしたが」
「じゃあさ、これから一緒に釣りをしに行かないかい?」
「釣り、ですか? ・・・そうですね。ではご一緒させていただきます」
そう言って、芹凪はにっこりと笑った。
そうして30分後。
元々鉄道の駅があった所に腰をかけ、のんびりと釣り糸を垂らしながら海を見つめる姿が3つ。
「たまさん、海に落ちないように気をつけて下さいね」
「にゃあー」
「はい、頑張って今日の晩ご飯のおかずを釣り上げます。もちろん、たまさんの分もです」
「にゃ!」
天気は非常に良く、波も穏やか。
側ではたまとたわむれながら、のんびりと釣り糸を垂れる芹凪。
「・・・たまには、こんな休日も、悪くは無いなぁ」
「そうですね」
こくんと、頷く芹凪。
「・・・何か、ミナちゃんには悪い事しちゃったけど」
「悪い事? 何それ?」
「え? え、えっと・・・」
何だ?
珍しく、芹凪がどもってる。
「えっと、その・・・ま、マスターを独り占めしちゃった事です」
そう言って、赤くなる芹凪。
「ははは、何だ、その事か」
笑いながら芹凪の頭をなでてやる。
「気にしなさんな。芹凪を誘えって言ったの、美菜子なんだし」
「え? そうだったのですか?」
「ああ。だから、今日の魚釣りは美菜子のお墨付き。遠慮する必要はないよ」
「・・・そうですか。では、お言葉に甘えて・・・」
そう言って、私の隣にちょこんと座り、そっと寄りかかって来た。
「たまには、こんな休日も良い・・・ですよね?」
寄りかかり、少し顔を赤く染めながら芹凪は聞いて来た。
「・・・そうだね」
それからしばらく後。
そばに置いたバケツの中には、まだ一匹の魚も入って居なかった。
「・・・釣れませんね」
バケツの中を改めてのぞき込みながらそうつぶやく芹凪。
「ま、釣りをするって事が目的であって、それに魚がかかってくれるかどうかって言うのは2次的なモノだからね」
「・・・そうですね。では私も釣りを楽しむ事にします」
「そうそう、それが一番」
そう言って、改めて釣り糸を海に垂らす。
ぽちゃん。
小さい音を立てて、釣り針は海の中に沈んで行く。
そして、陽もかなり傾いて来た頃。
海から吹き上げて来る風は、肌に少し刺さる様な冷たさを含み始めて。
夕闇に染まるいわし雲、海の水面、たまの毛並、芹凪の横顔。
バケツの中は、まだ空っぽのままだった。
「・・・マスター。そろそろ帰って、晩ご飯の支度をしないと、もうじき美菜子ちゃん帰って来ますよ」
「そうだね。じゃあ、帰ろうか」
「はい」
そう言って、立ち上がったその時。
くいっ。
くいっくいっ。
「あ、竿が引いてる!」
ぐっと竿を持ちなおし、リールを巻き始める。
「ぐ・・・こ、これは・・・」
引く力はかなり強い。相当の大物か?
「マスター、頑張って下さい!」
「にゃ〜!」
側で芹凪とたまが応援してくれている。
「うむむむむむむ! ええいっ!」
そうやって釣り上げたのは、驚いた事に鮭が一匹。
「やった! これで今日の晩ご飯のおかずは、これに決まりだな、芹凪!」
「はい! 腕によりをかけて、おいしい料理を作ります」
結局、今日の成果は、最後に釣り上げた鮭が一匹だけだった。
だけど、目の前でおいしそうに食べている芹凪や美菜子の、その顔を見れただけでも良しとしよう。