小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「友」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第15話)


 ――彼女は、毎年、その日になると、決まって休みを取り、その場所に行っておりました。


 それは、山が秋色に染まっていた、そんなある日。
「あの、旦那様、奥様。お願いが有るのですが・・・」
 晩ご飯の後、神楽姉ちゃんがそう言うと、おじいちゃんとおばあちゃんはうんうんと頷いていた。
「そうか、もうそんな季節か」
「そう言えば、もう紅葉もいい季節ですものね」
「はい、そうですね。・・・それで、あの・・・」
「あら、ごめんなさいね。もちろん、明日はお休みで良いわよ。気をつけて行ってらっしゃいね」
「ありがとうございます」
 神楽姉ちゃんは、そう言ってにこりと笑っていたけど。
「ねえ、何の話?」
 僕は、神楽姉ちゃんに聞いてみた。
「ん? ・・・ちょっと、私の個人的な用事。すこし遠くまで出かけなくちゃいけないから、明日は智弘と遊んであげれないけど・・・良いわよね?」
「お出かけ? だったら僕もついて行ってもいい?」
 僕がそう言うと、神楽姉ちゃんはちょっとだけ考えていたけど。
「・・・そうね、じゃあ旦那様と奥様に聞いてごらん」
「おじいちゃん、おばあちゃん、明日神楽姉ちゃんについて行っても良いかな?」
 おじいちゃんとおばあちゃんは少し考えていたみたいだけど。
「じゃあ、神楽さんの言う事を良く聞くのですよ」
「うん、解った」
 そうして、神楽姉ちゃんと二人でお出かけする事になった。

「じゃあ、二人とも、気をつけてね」
「では、行ってまいります」
「行ってきます〜」
 次の日の朝、割と早い時間に僕と神楽姉ちゃんは起き出して、出発した。
「そう言えば、こうやって神楽姉ちゃんとお出かけするのも、すごく久しぶりだね」
 歩きながら、僕は神楽姉ちゃんにそう言った。
「そうね。私が動かなくなる前だから・・・3年ぶり、かな?」
「うん。またお出かけ出来るようになって、嬉しいよ」
「そうだね。・・・って、こうやってみると、智弘、背、かなり伸びたんだね」
 手を繋いで歩き出した神楽姉ちゃんが、僕の頭の上に手を当ててそう言った。
「うん、友達の中でも、僕は背の高い方だって」
「そっかそっか」
 神楽姉ちゃんは、そう言って嬉しそうに笑っていた。

 それから、僕たちはバスを2本乗り継いで、札幌の町からかなり離れた所まで来た。
 バスを降りた頃には、太陽がかなり高い所まで登っていて。
「・・・ここ、どこ?」
 見慣れない風景。回りはうちの近所よりも自然が多くて、と言うか、家なんてほとんど無いような所だった。
「ここかい? 江別って言う街の外れの方だよ。昔はこの辺まで街があったんだけど、あの大異変から、この辺りには人が住まなくなっちゃってね」
 そう言いながら、神楽姉ちゃんはまた歩き出す。
「ふーん」
 どうやら神楽姉ちゃんは、良くここに来た事があるみたいだけど。

 少し歩いて、僕たちは、誰かの家の前に来ていた。
「・・・ここ、誰の家?」
「今は、もう誰も住んでいない筈だよ。だけど、ここは、私の思い出の場所・・・」
 そう言いながら、神楽姉ちゃんは家の横から裏の方に回って行った。
 その後ろを僕もついて行く。
 裏庭に入ると、その隅っこにある大きな石の前で、神楽姉ちゃんは立ち止まった。
「・・・久しぶりに、来たよ・・・」
 そして、神楽姉ちゃんは、そう一言。
「・・・お墓?」
「・・・うん。この家で飼われていた、次郎吉って言う名前の、猫のお墓。・・・私の、大事な大事な友達」
 そして、神楽姉ちゃんは、ふうっと一息ついてから、話し始めた。

「ずっとずっと前ね。私、常田様のお宅で働かせていただいている前に、ここの家で働いていた事があったの。
 ここの家には、丁度今の智弘と同じくらいの年の女の子と、その女の子のご両親、そして、おじいちゃんの猫が一匹居たのよ。
 その猫、理由は解らないけど、私に良くなついてくれてね。良く私とお話ししてくれたよ。
 おじいさんの猫だけど、可愛かったなぁ・・・」


 その日は、ちょっとした用事で、札幌の街まで出ていて。
 帰ってくる頃には、辺りは少し薄暗くなっていた。
 急いで家の方に戻らないと、と思い、少し足早に家への道を歩いていたんだけど。
「・・・な〜・・・」
「・・・? じろきち?」
 聞き慣れた猫の声が聞こえたような気がして、辺りを見回して見た。
 と、すぐそばにある電信柱の根元、彼がいつも昼寝をしているお気に入りの場所のうちの一つに、次郎吉はいて、こちらを向いて鳴いていた。
「な〜」
「どしたの、こんな時間にこんな所で? 帰ってご飯にしよう?」
 私は、そう言って、次郎吉を抱き上げた。
「な〜」
 と、次郎吉は、私の顔を見て一声鳴いて、そして、私の手をぺろりとひとなめして。
 そして、そのまま目を閉じた・・・。


「? それで、どうしたの?」
 そう聞くと、神楽姉ちゃんは少しだけ悲しそうな顔をして。
「・・・そのまま・・・天国に行っちゃったんだよ」
 ぽつりと、つぶやくようにそう言った。
「・・・・・・」
「・・・猫はね」
 ふっと、ため息を一つついて、神楽姉ちゃんは話し続ける。
「猫はね。自分が死ぬ所を見せない猫と、本当に抱いて欲しい人の腕の中で眠る猫と、二通り居るんだって。
 次郎吉がそこまで私を好きで居てくれて、嬉しかったけど・・・悲しかった」
 そう言って、神楽姉ちゃんは、持ってきた花を添えて、手を合わせた。
 僕も、並んで手を合わせる。

「そしてね、間もなくして私はこのお家を離れて、常田様の家で働く事になったんだけど、毎年、次郎吉の命日にだけは、ここに戻ってお墓参りをするのが私の決まり」
 帰り道。
 夕焼けの色が辺りを染めている中を歩きながら。
 神楽姉ちゃんはそう言って、少しだけ悲しそうな顔をしてにこりと笑った。
「じゃあさ、これからは毎年、僕も一緒に行くよ、お墓参り」
「え?」
 神楽姉ちゃんは、少しびっくりしたような顔をして僕の方を見た。
「だって、神楽姉ちゃんの大事なら、僕の大事でもあるからさ」
「・・・そっか。ありがとう」
 神楽姉ちゃんは、そう言って、僕の頭をなでてくれた。

 それから、毎年この時期になると。
 僕と神楽姉ちゃんは、あの場所へ出かけるようになった。
 神楽姉ちゃんの、大切な友達の居る場所へ。

〜 おしまい♪ 〜