小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「お茶会にて」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第13話/投稿作品/投稿者:ちひろさん)


それはまだ、ケンタが加藤さんのところにごやっかいになってる頃のこと。
オルゴール堂のお茶会に呼ばれて、のこのこと顔を出しに行ったときのことです。
外に季節外れの冷たい雨の降る、そんな日。
その日のお茶請けは小樽では珍しい月餅でした。

「残念ながらウーロン茶とかジャスミン茶が手に入らなかったんです」

と言う芹凪が、取って置きの緑茶を出してくれました。

「あー すんません。でも、よく月餅なんて手に入ったっすね。
ヨコハマでも街まで行かないと売ってねえのに」

不思議な、でもちょっと懐かしそうな顔で月餅を見ながらケンタがそう言いました。

「ええ、札幌の方に住むお得意さんが”たまたま手に入ったから”ってお裾分けしてくれたんです。内地から届いた荷物に入ってたそうです」

微笑みながらそう芹凪が返します。

「あー なんかお茶もうまいなー。つーか、芹凪さんの煎れ方が上手いんだな。これ」

ずずーっとお茶を飲むケンタ。
ちょっと趣のあるような、そんな湯飲み茶碗です。
これもどうやら芹凪の趣味みたいですね。

「そんなことないです。煎れるときのお湯の温度をちゃんと守っただけですよ」
「それって、知ってても難しいって言うじゃん。 やっぱ芹凪さんは煎れ方がうまい
んっすよ」
「またまた。そう言うおせじを言って。なにも出ないですよ」
「おせじなんかじゃねえっすよ」

照れて頬を赤く染める芹凪。
本心から褒めちぎるケンタ。

「これだけ上手くお茶が煎れられるのって、オレ、他に2人しかしらねえや……」
「他に2人? どなたですか?」

なんの気なしにつぶやいたケンタの言葉。
それが芹凪には気になったようです。

「あー 聞こえました? んーっと、うちのばあちゃんと、近所の姉ちゃんなんすけどね」

そう言って、ケンタがポリポリとほっぺを掻いています。
照れくさそうにも、見えますね。

「そういえば、ご実家におばあさんとお姉さんが居るって言ってましたね」
「うん、あー、姉ちゃんっつっても近所の床屋さんとこの姉ちゃんなんだけどね。
なんかこう、芹凪さんに雰囲気がよく似てるような、そんな姉ちゃんなんだ」
「この間うちで買ったミナちゃんのオルゴールを送った方ですね?」
「そうそう、姉ちゃんもばあちゃんも、オルゴールは大好きだから」
「そうなんですか。あのオルゴール、気に入ってもらえるといいな」
「ああ、それなら大丈夫。きっと気に入るよ」
「よかった、ケンタさんがそう言うなら、きっとそうなんでしょうね」
「うん、きっと。しい姉ちゃんならきっと気に入ると思う。あの人そう言う人だから」
「素敵な人なんですね」
「んー 芹凪さんと同じロボットの人なんっすけどね。なんつーかこう暖かくて、
一緒にいて穏やかに気持ちになれるっつーか、優しい気持ちになれるっつーか」
「ふふ、ごちそうさまです」
「あ、いや、そう言う訳じゃねえっすよ。オレっちがガキの頃から、しい姉ちゃんには
可愛がってもらってたから、なんつーかこうホントの姉ちゃんみたいな、そんな気が
するんっすよ」
「わたしにはおのろけにしか聞こえなかったですよ」

そう言って笑う芹凪。

「いや、だからそうじゃなくってー」

ちょっとからかわれた格好のケンタが、躍起になって否定しています。

「でもきっと、素敵な人なんでしょうね。わたしも一度会ってみたいな」

窓の外に目をやりながら、芹凪がそんな風につぶやきました。
外はまだ雨が降り続いています。
お茶会にしては珍しく、宗一郎も美菜子も居ません。

「遅いっすね。宗さんにミナちゃん」
「ええ、すぐ帰ってくるって言ってたんですけどね…… この雨だからどこかで雨宿り
かも知れないですね」
「あー そうかも」
「ええ」

ふっとタイミングがあって、2人で窓の外を見つめる格好になりました。
それに気付いて、思わず2人とも吹き出しています。

「そういや雨で思い出したけど、こっちって梅雨がないんっすね」
「ええ、蝦夷の国には梅雨がないんです。わたしもこっちに来てびっくりしました」
「なんか、アレがないとピンとこないっつーか、夏が来た気がしないんっすよ」
「内地の人はそうかもしれないですね。わたしはもう慣れちゃいましたけど」
「ま、じめじめしてねえし、カビも気にしなくていいし、楽っちゃー楽っすけどね」

そう言って笑うケンタ。
つられて芹凪も笑い顔です。

「そういや、ここってオルゴールがいっぱいあっけど」
「ええ、オルゴール堂ですから」
「あー いや、そうじゃなくて」
「はい」
「例えばさ、その日の気分で曲が勝手に変わるようなのってないかな?」
「それはさすがにないですね」

芹凪、ちょっと苦笑気味です。
確かにそう言うオルゴールは聞いたことがありません。

「あー やっぱり」

ケンタも苦笑い。
思いつき、だったのかも知れません。

「そう言うことを言うと、きっとオルゴール達にこう言われますよ。
『……それは、機械である私には不可能です』って。だってその日の気分なんて自分以外
にはわからないんですから」
「あー そりゃあそうだ。そんな都合のいいことなんて普通ねえよな」
「ええ。でも」
「でも?」
「落ち込んだ気分を解消したり、楽しい気分をより楽しくすることはできますよ」
「そっか、そういやオルゴールを聴いてると落ちついたりするっけな」
「その時々で、適切な曲を選ばないといけないですけどね。曲がうまくその時の気分に
はまると、とても心地よくなれます」
「やっぱ、オルゴールっていいよなあ…… なんつーか、優しい気分になれるっつーか。
穏やかな気分になれるっつーか」
「ええ。私ね。そう言うときはオルゴール達が『私は、その為にこそ造られた存在(もの)
ですから』って誇らしげに言ってるような気がするんです」

そう言うと芹凪は、お店の方を柔らかな目で見つめました。

「きっとそうなんだろうなあ」

ケンタもテーブルに肘をついて、芹凪と同じようにお店の方を見ています。


ゆったりと流れる時間。
お茶を飲みながら交わす会話。
いつしか外の雨も上がったようですね。



「ただいまー」
「ただいま」

どうやら宗一郎と美菜子が帰ってきたようです。

「もー 思いっきり降られちゃった」
「お帰りなさい。タオルここにあるからこれで拭いて、とりあえず着替えていらっしゃい」
「まだお菓子残ってる?」
「お帰り、ミナちゃん、宗さん。ちゃんと二人の分は残してあっから」

帰ってきて早々、濡れてる身体よりもお菓子を気にする美菜子。
相変わらずですね。
宗一郎は笑いながらタオルで髪の毛を拭いています。

「いや、ずっと雨宿りしてたんだけど。どうにも埒があきそうにないから走ったんだ」
「そしたら家つく頃にやんじゃったんだ。もうちょっと待ってればよかった」
「お菓子がなくなるといけないから走ろうって言ったのは、美菜子だぞ」
「あ、それはそうだけど」

ぶうぶう文句を言う美菜子。
軽く返す宗一郎。
これまたいつもの風景。

「はいはい、風邪ひかないうちに着替えてきて下さいね」

たまりかねて芹凪が止めに入ります。
そうしないといつまでたっても動かないから。

「「はーい」」

宗一郎と美菜子、二人の声が重なってその場はお開き。
着替えに行きました。

「ミナちゃんも宗さんも気の毒だなあ」

ケンタがそんな風に言います。

「お買いものにいく前に、傘を持っていった方がいいって言ったんですけどね」

苦笑混じりの芹凪。

「オレ、もしかしてついてるのかな? 来るときも降られなかったし、これなら帰りも
大丈夫そうだし」
「そうですね。あの雨じゃバイクだと辛いですから、きっとついてるんですね」
「ここ、坂が多いから余計にね」
「そう言えば、ケンタさんの育ったヨコハマも坂が多いんですよね?」
「うん、ま、坂道はお手のもんだけどね。でもやっぱ、雨の日の坂道は恐いよ」

そんな会話をしているうちに、美菜子と宗一郎が着替えてきました。

「月餅、月餅♪」
「大丈夫ですよ。ちゃんと取ってあるから」
「お、うまそうな月餅だなあ」
「うまさはオレっちが保証しますよ」
「ヨコハマ生まれのケンちゃんがそう言うなら、ホントに美味しいんだね。
楽しみ楽しみ〜」

月餅をみんなで囲んで、やっと全員揃ってのお茶会です。

「それにしてもやられたなあ」
「ホント、まさかあんなに降るなんて、思ってもみなかったよ」

宗一郎と美菜子が口々に雨に降られた話をします。

「そりゃあ災難でしたね。オレっちも後来るのが10分遅かったらバイクに乗ったまま
降られてましたよ」
「ケンタさん、ついてますね」
「うー それに引き替えあたしと宗さんはアンラッキー」

お茶を飲みながら、美菜子がひとしきり恨み言です。




しばらくして。

「あーーっ!」

美菜子が椅子からガタッと音を立てて立ち上がりました。

「どうした?美菜子」
「ミナちゃんどうしたの?」
「大事なもん一個買うの忘れてたー」
「なに忘れたんだ?」
「ほら、芹凪姉ちゃんに頼まれたアレ」
「あら、アレ忘れちゃったの?」
「うん、最後でいいやって思ってたら急に雨が降ってきたから慌てちゃって……
ごめんなさいっ」
「んー いいんだけど、それじゃ今夜のお夕飯、別のにしないといけないね」
「えー あたしあれ好きなのにー」
「仕方ないだろ?美菜子。忘れたのはおまえなんだし」
「うー 今から自転車で行くのも遠いし」

どうやら頼まれた食材を一つ買い忘れたみたいです。
それもどうやらちょっと遠くのお店屋さんみたい。

「今から行って帰って夕飯に間に合わすには……」

美菜子が首をひねっています。
なんとしてでも食べたいもの、みたいですね。

「あ、そうだ!」

そんな美菜子の声に、みんなの視線が集まります。

「ケンちゃんがいるじゃん。バイクならひとっぱしりだよ」
「こら、ミナちゃん。お客さまにお買いもの頼もうなんてダメですよ」
「いくらなんでも、そりゃあよくないな。美菜子」
「えー でもさー」
「あー オレっちでよければ行ってきますよ」
「そんな、悪いですよ。元はと言えばミナちゃんが忘れたのがいけないんだし」
「さっすがケンちゃん、話がわかるなあ。うん、君だけが頼りだ!」
「ミナちゃん、言うに事欠いてそんな言い方は……」
「こら、美菜子。調子に乗るんじゃない」
「ま、ここにはいつも世話んなってますし、雨も上がったから行って来きますよ」

そう言うとケンタは椅子から立ち上がり、ポケットからバイクのキーを取り出しました。

「ねえ、ケンちゃん。いいの?ホントにいいの?」

言い出した美菜子もなんだか悪そうにしています。

「うん、ひとっぱしりのところだろ? 軽いもんだ」

そう言って笑うケンタ。
ちょっと格好いいですね。

「ケンタ君、悪いな」
「ごめんなさいね」

恐縮そうな宗一郎と芹凪。

「いいから、そんな気にしないで下さいよ」

そんな2人に軽く手を降るケンタ。

「で、どこになにを買いに行けばいいんすか?」
「えっと、駅向こうの……」



パルルルルン と言う軽快なエンジンの音があたりに響きました。

「そいじゃ行ってくっから」

ケンタはそう言うと、雨上がりの坂道を、小樽の街に向かって駆け下りて行くのでした。



そして、いつもより1人分多いお皿が並べられたその日の夕食は、
いつもよりちょっぴりにぎやかで、いつもよりも楽しいものになりました。


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