小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「男達の春うらら」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第11話)


− 1・花見で一杯 −

 また、この季節がやって来た。
 この季節、私には芹凪や美菜子には秘密にして居る「儀式」がある。
 今夜は天気も良い。雲一つない晴れ渡った空だ。
 そして、春は眠りを誘うのか、芹凪も美菜子も、早めに寝てしまう。

「じゃあ、私は今日はこれで・・・」
 工房で、出来上がったオルゴールの外観を磨いて居ると、芹凪がおやすみの挨拶に来た。
「うん、お休み、芹凪」
「おやすみなさい、マスター。あまり無理しないでくださいね」
「ああ、程々にして置くよ」
「では・・・」
 軽い足音を立てて、芹凪が二階の部屋に戻る。
 ふとその後ろを見ると、タマがとことこと付いて歩いて居た。
「何か、すっかりなついてるなぁ」
 まあ、仲良き事は美しきかな。
 取り敢えず、私は私の準備をしよう。

「さて、それじゃあ・・・」
 背中にリュック。滅多に使わない・・・と言うか、毎年この時にしか使って居ない、「お約束」のリュック。
 中には「たぷん」と音がする液体が一瓶。
「じゃ、行って来ます」
 寝静まって居る水上家、一応挨拶だけはきちんとして置いて、玄関に鍵をかける。
 そして、そのまま歩き出す。

「・・・ふぅ・・・着いた」
 そこは、オルゴール堂から更に丘を二つほど越えて、その先にある山を上った所。
 ちょっと小高いその山は、別段公園があるとかそう言う物ではなくて、何の変哲もない普通の山。
 でも、この季節だけ、この山は普通ではなくなる。
「・・・お〜、今年もいい感じでしょ」
 それは、一面に咲き乱れる桜の花。
 蝦夷の国では5月に入らないと見れない、桜の洪水。
 その、桜の切れ目からはぽっかりと浮かんだ三日月。
 雰囲気にひたりつつ、私は更に奥を目指す。
 そして、ちょっとだけ広くなったその場所に有るもの。
「・・・うん、今年も咲いていた」
 そこには、樹齢500年は下らないだろうと思われる、大きな大きな桜の老木。
 所々朽ちかけている辺りが、この樹の年齢を示しているような、そんな一種風格のような物を感じさせる。
「さて、それじゃあ」
 樹の幹の下、地面に座り込む。
 この季節は、まだ少しひんやりとする土の感触が心地よい。
「では、今年も咲いていた事に、乾杯〜」
 そして、老木の幹の下に大きめの湯のみが一つ、私の手にもう一つ。
 日本酒を注ぐと、ちびりちびりと飲み始める。

 そうやって、何杯目を飲んだか数えるのも面倒くさくなった頃。
「ありゃ、めずらし〜。先客さんが来てるよ」
 すっとんきょんな声と共に、桜並木の暗がりから、突然一人の女性が現れた。
「へぇ〜・・・お兄さん、花見で一杯?」
「ま、そんな所ですよ」
 そう言って、私は手に持った湯のみを掲げてみせた。
「ふぅ〜ん・・・ま、それにしてもいい場所選んでいるわねぇ。この山で一番の長老の木下で、木と一緒に酒盛りなんて」
「ま、この季節のささやかな楽しみって所かな?」
「ふんふん、なるほど」
 感心したように頷く彼女。
「・・・ところで、隣、お邪魔しても良いかな? 私も毎年この時期にここでこの木と飲むのがお約束なんだけど」
「・・・ああ、どうぞ」

 不思議だ。
 夜中に、街から割と離れた桜の森の中で、誰とも知らない女性と、酒を酌み交わす。
 自然、ついつい杯が進む。

「・・・ああ、ところで自己紹介がまだだったかしら」
「ん? ん〜、そう言えばそうかも」
「じゃあ、遅れて来た私から。名前は由佳里。小樽の街中に有る、『兎屋』って言う甘味処をやってるんだ」
「へぇ、甘い物屋さんかぁ。私は行った事無いなぁ」
「気が向いたらお店に来てよ。サービスしてあげるわよ」
「そりゃあ非常にありがたいが、残念ながら私は甘い物がどうも苦手でねぇ」
「ありゃ、それは残念」
 そう言いつつ、それ程残念そうでもなくくすくすと笑っている、由佳里と名乗った彼女。
「で、お兄さんは?」
「おっと、コレは失礼。私は水上 宗一郎。一応、オルゴール職人だよ」
「あら、じゃあ芹凪ちゃんや美菜子ちゃんのオーナーさんって、あなただったの?」
「へ?」
 意外な所から芹凪と美菜子の名前が出て来たので驚いた。
「うん、確かに彼女たちのオーナーは私だけど?」
「あらら、こりゃまた不思議な縁ね〜」

 何でも、聞けば芹凪と美菜子は彼女の店の常連客らしい。
 なるほど、そう言う事か・・・彼女たちらしい。

「ところで、変な事聞くけど・・・」
「何々? スリーサイズとか以外だったら教えてあげるわよ」
「イヤ、そうじゃなくて・・・由佳里さんって、あなたもロボットの人?」
 先程までは気がつかなかったが、よく見ると、彼女の髪の毛は青紫色をしていた。
「うん、そうだよ。A7M3型。この辺じゃあ、あまり見かけないでしょ?」
「まあね。って言うか、芹凪と美菜子以外でロボットの人を見たのは、君が初めてだけど」
「へぇ〜」

 そんなこんなで飲みながら話し続けて、気がつけば月はすっかり西の方に傾いていた。
「ありゃ、もうこんな時間かぁ。じゃ、そろそろお暇しようかな?」
 気がつけば、持って来た一升瓶は、二人で開けてしまっていた。
「そうだね、じゃあ私も、そろそろ帰るよ。明日も店開けなきゃいけないしね。そんなときにお酒臭かったら、お客さん逃げちゃうしね〜」
 そう言ってクスクスと笑う由佳里さん。
「じゃ、今日は本当にご馳走様でした」
 そう言ってぺこりとおじぎをする。
「いやいや、こっちも話し相手が居て、楽しかったよ」
「ふふふ、ありがと。お兄さん、良かったら今度店に来てよ。冗談抜きで今日のお礼も兼ねてサービスするわよ」
「・・・ま、考えておくよ」
「はーい。・・・それじゃあ、お先に〜」
「うん、また」

 軽く手を振ると、彼女は軽やかに走って帰って行った。
 さて、私ものんびり帰るとするか。

 ゆったりと歩きだして、ふと後ろを振り返る。
 そこには、まるで何事も無かったかの様に、桜の老木が一本。
「・・・来年も、また来るよ」
 そう言って、私はその場を後にした。

− 2・春雨の旅立ち −

「それじゃ、親方、おかみさん、皆さん、どうも、1年間お世話になりました」
「お〜、気をつけて帰えんなよ」
「ケンちゃんも元気でね」
「はい」

 蝦夷の国の雨は、春でも少し冷たい。
 でも、そんな雨がこの土地では春を呼ぶ貴重な一降りである事を、身をもって知りたかったから、今日を出発に選んだ。

「ケンちゃん、これからどうするの? まっすぐヨコハマに帰るの?」
 見送りに来てくれた水上さんが聞いて来た。
「いえ、これからちょっと東の方に寄り道して帰ろうと思ってます」
「そうか〜。でも東って言っても、ここは広いよ?」
 何となく心配そうな顔をしてくれている、水上さん。
「いえ、大丈夫っすよ。適当な所で切り上げるつもりで居ますから」
 そう言って、ちょっと考える。
「ん〜、そうっすね・・・札幌まで行って、それからまっすぐ南に帰るかな?」
 それから先は、はっきり言って未知の世界。
 行って見たい気もしたけど、そろそろ帰んないと、久しぶりにばあちゃんやしい姉ちゃんの顔も見たいしなあ。
「そっか。まあ、道中気をつけて」
「はい、水上さんにもどうもお世話になりました」

「ケンちゃん、お土産って言ったら何か変かもしれないけど、これ」
 と、ミナちゃんが何やら小さな包みを取り出して、オレに渡してくれた。
「お土産?」
「そ。と言っても、私オルゴールくらいしか作れないから、オルゴールになっちゃったんだけど・・・」
「イヤ、そんな悪いっすよ」
「良いの良いの、気にしない♪」
 手に持つと、小さいのに不思議と重みが感じられる、そんなオルゴール。
「ガラスコップのオルゴールも考えたんだけど、それだと途中で割っちゃったら困るから、木の箱に入ったのだけど・・・」
「いえ・・・じゃあ、ありがたく」
 結局、断るのも何だし、ありがたく頂戴する事にした。
 実のところ、自分用に買おうと思っていてすっかり忘れてたってのもあったんだけど。

「ハイ、これおにぎりです。途中で食べて下さいね」
 そう言って、差し出された包み。
「や、芹凪さんもすいませんね」
「いえ。それより、また蝦夷の国に遊びに来たら、ぜひ小樽に寄って下さいね」
 そう言って、芹凪さんはにっこりと笑ってくれた。
「ええ、必ず」

「じゃあ、オレ、コレで行きますね」
「お〜、気をつけてな〜」
「また遊びにおいでよ」
「気をつけてね、ケンちゃん」
「もしヨコハマに行ったら、街を案内してね〜」
「お気をつけて」

 ぱすん、ぶるるん。
 相棒のエンジンを点火して。
 最後にぺこりとおじぎをしてから、オレは思い出深い小樽の街を後にした。
 さて、ヨコハマまで何日で帰れるかな。
「・・・またいつか、遊びに来たいなぁ」
 そんな事を考えつつ、オレは小雨の中を走っていった。

〜 おしまい♪ 〜