小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第17話『風の来た道、風の行く道 〜後編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第17話)


− 1 −

 山間を走る道。
 時々、山と山の間から見える、ちょっとだけの光。
「・・・本当に、こんな所に町なんて有るのかな・・・?」
 私がそう思って居ると、車はとある山の間の道に入って居って。
 次の瞬間。
「う・・・わぁ・・・」
 目の前には、一面に広がる光の海が見えた。
「・・・すごい・・・」
「どうだい、初めて見る旭川の町は?」
 運転席から顔を出して、おばちゃんが私の方を向いて聞いて来た。
「うん、凄い、凄いよ! 小樽の街の夜の燈もいっぱい有るけど、それよりももっともっと凄い!」
「そりゃそうさ、この蝦夷の国では、札幌の次に大きい町だからねぇ」
 おばちゃんは、そんな私を見て笑っていた。
「・・・でも、旭川って、平らな町なんだね」
 光の海を眺めていた私は、ある事に気がついてそう言った。
「平らな町?」
「うん。小樽の町って、坂が多いから、私の家から町を見下ろすと、割とデコボコに見えるんだよね。だけど、旭川の町って、どこまで見ても平ら・・・」
「そうだね。町の中に山とか無いからね」
「そうなんだ・・・」
 初めて見た旭川の町。
 光の海が、遠くまで平らに続く町。

「さて、姉ちゃん、これからどうすんの?」
 街の中に入って来て、とある家の前。
 車は止まって、おばちゃんが降りて来て、私に聞いた。
「ん〜・・・取り敢えず、もうこんなに遅くなっちゃったから、忘れ物の人を探すのは明日にするよ」
 私はそう行って、チェーンの切れた自転車を荷台からおろす。
「じゃ、どうもありがとうございました」
 そして、ぺこりとおじぎ。
「明日って・・・じゃあ、今日は?」
 おばちゃん、ちょっとだけ驚いた顔。
「取り敢えず、そんなにお金も持っていないから、どこか橋の下でも寝る所を探して・・・」
「なんだ、そんな事だったら、うちに泊まって行くといいよ」
「え? あ、あの・・・」
「なに、遠慮する事は無いよ。ウチは私の旦那と、あとチビが1人居るだけだから。一人くらい増えても大した事無いよ」
「え、で、でも・・・」
「あんた、晩ご飯も食べて無いんでしょ?」
 そう言われたその時。
『ぐ〜』
「・・・・・・」
 お腹がなった。
 そんな、丁度良く鳴らなくてもいいじゃない〜。
 自分で、顔が赤くなっていくのが良くわかる。
「あっはっは! ほらほら、体は正直じゃないの。さ、自転車は明日にでも近所の自転車屋さんに見てもらおう。さ、はいったはいった!」
「・・・・・・ふにゅぅ〜」

− 2 −

「ただいま〜。今帰ったよ」
「おう、お帰り・・・って、その後ろのお嬢さんは?」
 通された家、玄関で、おばさんの旦那さんかな? いきなりばったりと。
「あ、え、えと、その・・・」
 突然の事で、言葉が出ない。
「この子ね、上の道で、滝川の手前あたりで自転車のチェーンが切れて難儀していた所を乗せて来たんだよ。今日の宿とかも無いって言うから、ついでだから一晩泊めてあげようって思ってね」
「ふーん、そっか。ま、狭い所だけど、ゆっくりしていきなよ」
「ほら、上がった上がった」
 おばさんに進められて。
「あ、じゃ、じゃあ、おじゃまします・・・」

「あれ? おねえちゃん、だあれ?」
 通された先、居間で4歳くらいの女の子が、私の方に歩いて来て、私をじっと見て聞いて来た。
「とも、そのお姉ちゃんはお客さんだからね。あまり騒いじゃダメだよ」
「わかったよ。ふーん・・・わたし、ともえ。おねえちゃんは?」
「私? 私は美菜子。よろしくね、ともちゃん」
「うんっ」
 自己紹介すると、ともちゃんはにっこりと笑った。
「あ〜・・・そう言えば、名前聞いて無かったっけ。はっはっは!」
 そう言って、おばさんは台所の方に向かう。
「ちょっと待ってて。すぐに晩ご飯の支度をするよ」

「ねえねえ、おねえちゃん、そのおみみのしろいの、なに?」
 私がともちゃんと遊んでいると、ともちゃんが耳カバーに気が付いて、聞いて来た。
「あ、これ? これはね、『耳カバー』って言って、人間の人と私達メイドロボットとを見分ける為の目印みたいな物なんだよ」
「めじるし?」
「うん。ともちゃん、お友達にメイドロボットの人とか、居る?」
「・・・いないよ」
「そうなんだ」
「・・・あに、お嬢さん、メイドロボットの人だったのかい?」
 と、その会話を聞いていたご主人が、読んでいた新聞から顔を上げた。
「え? え、ええ、そう・・・ですけど」
「小樽に住んでいるって言ってたっけ。・・・もしかして、オルゴール屋さん?」
「え? 何で知ってるの?」
 ちょっとびっくり。私、旭川に知り合いは居ないのに。
「ああ、やっぱりこのお嬢さんか。イヤね、小樽の加藤さんから、メイドロボットのお嬢さんが一人、旭川に来たらしいから、見掛けたら連絡してくれって言われてたんだよね」
 そう言うと、ご主人は立ち上がった。
「かあちゃん、俺ちょっと隣行って電話借りて来るわ。このお嬢さん、今日うちで泊めるんだろう? 加藤さんに連絡付けとくよ」
「あ〜、そうだね。じゃあ、頼むよ」
「んじゃさ、美菜子ちゃんったっけ。ちょっと一緒に来てくんない?」

 それから、お隣さんまで行って、加藤さんに電話をした。
 加藤さんの所には宗さんも居て。
『・・・そうだったんだ。ま、今日はもう仕方ないから、明日にでも帰っておいで』
「うん、解った。・・・あの、その、宗さん?」
『ん? どした?』
「その・・・ごめんなさい・・・」
『・・・忘れ物した人、見つかるといいな』
「え? ・・・うん!」

 そして、その日はご飯を御馳走になってから、居間で寝かせてもらった。

− 3 −

 次の日。
 朝ご飯を御馳走になってから、近所の自転車屋さんへ連れていって貰った。
「ほう、こりゃあ・・・」
 自転車屋さん、何か私の自転車を、あちこち眺めているけど・・・。
「あの・・・どうしたの?」
「ん? おお、ゴメンゴメン。イヤ、これまた随分手入れが行き届いているなぁって思ってね。自転車屋としても、これ位大事にされている自転車が有ると思うと、何か嬉しくてね〜」
「あ・・・あは」
 何か照れ臭い。
「・・・っと、ほい、なおったよ」
「わあ、ありがとう!」
「どう致しまして」
「おう、自転車屋、ついでにワシのも見てくれ」
 と、そこに通りがかったおじいさん。銀色の自転車に乗って来て。
「なに、どしたの? またエンジンの調子でも悪い?」
「・・・え? エンジン?」
 ・・・もしかして・・・。
「あのっ、スイマセン!」
「・・・ワシか?」
 おじいさん、ちょっとだけ驚いた顔。
「はい。・・・あの、もしかして、昨日小樽のオルゴール堂に来ていませんでした?」
「昨日? おお、行っとったよ。あそこのオルゴールは出来が良くてな、お土産にはぴったりなんでな」
「良かった、見つかった〜! はい、お客さん、忘れ物です」
 私はそう言って、昨日芹凪姉ちゃんから預かった井桁模様の巾着袋をおじいさんに手渡した。
「おお! 昨日から無かったから探しとったんじゃよ。何、って事は、お嬢ちゃん、オルゴール堂の?」
「はい、私、小樽水上オルゴール堂の水上 美菜子ですっ!」

 凄い偶然。
 ・・・でも。
 本当によかった。

− 4 −

「じゃあ、本当にありがとうございました」
 札幌行きの長距離路面電車で帰ろうと思って、最後におばさんに駅まで送ってもらった。
「駅に来たって事は、汽車で帰るんかい?」
「え? 長距離路面電車だけど・・・」
 すると、おばさんは一瞬不思議そうな顔をしてたけど。
「ああ、姉ちゃんは知らないのか。札幌と旭川みたいな、遠い町には長距離路面電車は走っていないよ」
「え・・・ええっ!?」
 そうしたら、どうやって帰るんだろう・・・?
「大丈夫。そういう町には、汽車が走ってるから」
「きしゃ?」
「ま、見れば解るよ。じゃあ、気をつけてお帰り」
「うん・・・それじゃあ、本当にいろいろありがとうございました」
 私は、ぺこりとおじぎ。
「おちついたらさ、たまには遊びにおいで」
「うん!」

 おばちゃんと別れて、駅の中へ。
「あの、札幌まで・・・」
「はい、2500円ね」
 切符を買って、自転車を押しながらホームに出ると。
「うわ〜・・・黒い列車?」
 そこには、真っ黒く塗られた、まるい筒の様なものが乗っている列車があった。
「何だ、お姉ちゃんSLも知らないのかい?」
 と、そばを通りかかった駅員さんがそんな事を言って来た。
 SL?

すずらん号
(写真はSL「すずらん号」。2000年5月4日撮影、留萌本線・明日萌(恵比島)〜峠下、リバーサルフィルム使用)

「・・・コレがSLなんだ・・・へぇ、初めて見たよ」
「感動して眺めてる所悪いけど、そろそろ出発するよ」
「え? え、え、の、乗らなきゃ〜」
 駅員さん、私が乗るのを確認してから。
「ほい、札幌行き急行『すずらん号』、出発進行〜!」
 ぽーーーーーー。
 独特の音を鳴らして、ゆっくりと汽車は動き出した。

 私は、一番後ろ、格子で囲まれているだけの所に自転車を置いて、そこから流れていく風景を眺めていた。
「うわ〜・・・風が気持ちいいよ」
 ふと見ると、駅のそばで軽トラックのおばちゃんが手を振っていた。
 私も思いっきり手を振り返す。

 周りを見れば、緑色が濃くなって来ている、蝦夷の国。
 その合間を、風が通り抜けるように、私の乗った汽車は走っていった。
「・・・また、いつか来るよ。その時は、宗さんも芹凪姉ちゃんも連れて、ね」
 私は、小さくなっていく旭川の町並みを見ながら、そうつぶやいた。


 ...It continues to the next season.