小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第16話『風の来た道、風の行く道 〜前編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第16話)


− 1 −

 ある晴れた日。
 私が宗さんに頼まれたお使いを終わらせて、オルゴール堂へ上がる坂を自転車で登って行くと、丁度すれ違うように坂を駆けおりていった自転車が一台。
「・・・あれって・・・」
 あの自転車、確か「原動機付自転車」ってやつだね。話には聞いた事有ったけど、本物を見たのは今日が初めて。
 振り返って見ると、その自転車に乗って居る人は坂を降り切ってから何やら右手で操作をすると、自転車に付いて居る小さなエンジンが黒い煙を吐き出して動き出した。
「ふ〜ん・・・ああいうのも良さそうだけどねぇ〜」
 そう言って、また坂を上がろうとすると。
「お客さ〜ん! 忘れ物ですよ〜!!」
 芹凪姉ちゃんが坂の上から、何かを手に持って振っていた。
「ただいま〜。・・・芹凪姉ちゃん、どうしたの?」
「あ、ミナちゃんお帰り。あの、ミナちゃんが今すれ違ったお客さん、カウンターにコレを忘れていったのよ」
 そう言って見せてくれたのは、紺色の巾着袋。染め抜きで、あちこちに井桁の模様が入って居る、何かちょっとオシャレなデザイン。
「あらら、それは大変だね〜。・・・じゃあ、私がちょっと追いかけて返して来るよ」
 私はそう言って、右手で持っていた、お使い物が入った袋を芹凪姉ちゃんに手渡した。
「そう? じゃあ、悪いけどお願いね」
「全然悪く無いよ。それじゃ、行って来ま〜す」
 巾着袋を受け取ると、私はすぐにあの自転車の人を追いかけた。

 坂を駆け降りて、黒い煙を吐き出して走っている自転車を追いかける。
 すぐに追いつくかなと思ったけど、コレが以外とあの自転車、早いんだね〜。
「う〜・・・全然追いつかないよぉ」
 しばらく走って、なかなか追いつかないので、追いつくのはやめることにして。
「・・・ま、見失わない程度に追いかけていけば良いかな?」
 そう思ってふと見ると、その自転車、「上の道」に上がる坂を登っていっちゃった。
「あらら・・・どうしようかなぁ?」
 坂の前まで来て、ちょっと考える。
 この道、札幌とか、他の町に通じているらしいんだけど、私自身は通った事がない。
 前に一度、宗さんと一緒に自転車で遊びに来た事はあるけど、「こう言う所も有るんだよ」で素通りしちゃったし・・・。
「・・・でも、忘れ物渡さないとね」
 自分にそう言い聞かせ、坂を駆け登る。

 上に上がった瞬間、ぶわっとものすごい風が一瞬吹きぬけて。
「うわっ!? ここ、こんなに風が強いんだ〜」
 下を覗いて見ると、いつも走っている道がすごく下に見える。
「・・・おっと、お客さんを・・・」
 そう思って前を見ると。
 そこにはもう誰も居なかった。
「・・・・・・あれ?」

− 2 −

「マスター・・・」
 夕食のちょっと前位の時間。
 私が工房で作業をしていると、芹凪が困ったような顔をして工房にやって来た。
「ん? どうしたんだい?」
「その・・・ミナちゃんが、まだ帰って来ないんです」
「美菜子が帰って来ない?」
「あの、実は・・・」
 そこで、私は美菜子が、買い物から帰って来た時に忘れ物をしたお客さんを追いかけていった事、それからずっと帰って来ない事を聞いた。
「ふーん・・・ところで芹凪、その忘れ物をしていったお客さんって、どんな方だった?」
「え? えっと、初老の方で、オシャレなメガネをなさっていました。あ、そうそう。銀色の車体の、小さなエンジン付の自転車で来られたのですが・・・」
「銀色の原付き自転車!?」
「え? え、ええ、そ、そうですが・・・」
 私の声に、思わずびくっとなる芹凪。
「あ、スマン、驚かせるつもりは無かったんだけど」
「いえ・・・それより、その方、マスターのお知り合いの方なのですか?」
「知り合いって程でも無いけど、たまにうちに来てくれるお客さんだよ。確かその人、旭川の人だと思ったんだけど・・・」
「え・・・ええっ!? 旭川の方ですか!?」
 芹凪が驚くのも無理はない。旭川は、札幌から約130km、小樽からだと180kmは離れている『隣町』である。
「う〜ん・・・美菜子、もしかして、旭川まで行ったかもな・・・」
「ええっ? ま、マスター・・・どうしましょう?」
「・・・そうだなぁ・・・」
 少し思案してみる。
 ・・・旭川か。
 旭川に知り合いは・・・あ。
 そこで、私は一つの事を思い出した。
「芹凪、留守番をして居てくれないか?」
「いかが致しました?」
「ちょっと、加藤さんの所に行って来るよ。確か、加藤さんの知り合いの方が、旭川に住んでいた筈だ。その人に連絡を取ってもらって、何とかしてもらおう」
「はい、わかりました」

 数分後、私は車に乗り込んだ。
「じゃあ、店の方は、もう閉めておいてくれないかい?」
「かしこまりました。お気をつけて」
「ああ、じゃあ行って来るよ」
 そう言うと、私は車を走らせ、加藤さんのお宅へと急いだ。

− 3 −

「ふみゅぅ〜・・・」
 外は段々暗くなって来て、手元が見えなくなってきている。
 こんな時に限って、何時もは簡単に出来ている作業が、全然うまくいかない。
「う〜・・・困ったよぉ・・・誰か来てくれればなぁ〜・・・」
 とは言っても、『上の道』に上がってから、ココまでずっと走って来たけど、すれ違う人も自転車も、車も居ない。
「・・・はぁ・・・お腹も空いたし・・・どうしよう・・・」

 困っている原因は、自転車。
 走っている最中に、チェーンが切れちゃって。
 道具が有ればすぐに直せるんだけど、あいにく買い物の帰りにそのまま出て来ちゃったから、道具なんて持っていない。
 まさかこんな所まで来るなんて思ってもいなかったし。
「・・・はぁ・・・」
 ここで止まって、何度目かのため息。
「・・・はぁ・・・本当に、どうしよう・・・」
 周りはもうすっかり真っ暗。
 所々、街灯は有るけど、何かへとへとで、動けそうにも無い。
「・・・・・・はぁ・・・」
 何か、ため息つくのも疲れちゃった・・・。

 そうやって、自転車を背もたれにして座り込んだその時。
 遠くの方、札幌の方向から、車の音とライトのあかり。
 それは、近づいて来て私のそばで止まった。
「おんや、姉ちゃん、こんな所でなしたのよ?」
 見ると、一人乗りの軽トラック、運転台からすごく恰幅の良いおばさんが、こっちを見ている。
「え、あ、あの・・・自転車のチェーンが切れちゃって・・・」
「あんら、それは困っとったっしょ」
 そう言って、おばさん車から降りて来て。
「まあ、私が通りがかって良かったよ。ほら、乗っけてあげるから。後ろしか乗れんけど、それでもいいっしょ?」
 そう言って、車の荷台を指差して。
「え? 乗せてくれるの?」
「ああ、困ってる時はお互い様ってね。ははははは!」
「ありがとう!」

 揺れる車、のんびりと走りながら、私は荷台の上。
 幌とかも付いていないから、空を見上げれば、そこにはいっぱいの星空。
「・・・へぇ・・・うちから見た空と、また見た感じが違うね〜」
「そりゃあ、この辺は大きい町も無いし、遮るもんも無いからねぇ」
 おばちゃんも同じようにちらっと空を見上げて、そんな事を言った。
「ところで、姉ちゃんはどこに住んでんの?」
「えっと、小樽だよ」
「小樽! そりゃ又随分遠くから来たねえ。びっくりだよ」
「・・・・・・?」
 あんまりびっくりな様に見えないのは気のせいかな?
「んで、どこに行くの?」
「えっと、この先の町・・・」
「この先ったらあんた、旭川しかないよ?」
「え・・・旭川?」
 私、そんな遠くまで来てたの?
「ま、おばさんも旭川帰る所だし、丁度いいね」
 そんな事を話しながら、車は星空の下を、旭川へ。
 そう言えば、私、旭川って行った事なかったな〜。
 どんな町なんだろう、旭川って・・・。


 ...It continues to the next season.