小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第15話『新しい家族と春の便りと』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第15話)
それは、ある、雪混じりの雨の日の事でした。
「はぁ・・・今日もお客さん、来そうに無いね〜」
工房から出来上がったばかりの新しいオルゴールを持って来たミナちゃんが、陳列ケースに並べながらそう言いました。
「そうね・・・もうすぐで冬も終わると思うから、その頃になったらまたお客さん、来るかしら?」
私も、お掃除をしながらそう言います。
カランカラン。
と、ちょうどその時ドアが開いて。
「あ、由希子ちゃん、こんにちわ〜」
「あら、由希子ちゃん、いらっしゃい」
「あ、こんにちわ、芹凪さん、美菜子さん」
アルバイトの由希子ちゃんがやって来ました。
「外、寒かったでしょう? もうすぐでマスターも商店街から帰ってくるから、そうしたらみんなでお茶しましょうか」
「あ、はい・・・」
そう言って、由希子ちゃんが返事をしたその時。
「にゃ〜」
「・・・? 由希子ちゃん、何か言った?」
「え、えっと、その、何でもないです。あは、あははは・・・」
「くぅ〜ん・・・」
「・・・由希子ちゃん、服の中に犬さんと猫さんが居ますね?」
「え゛? い、いいいいいえ、そそそんな事・・・」
「にゃ〜」
ごそごそごそ。
「あ、動いちゃダメ〜!」
と、由希子ちゃんの上着の合わせ目から、飛び出した二つの塊。
「うわ〜、可愛い〜!!」
そこには、まだ幼い犬さんと猫さんが居ました。
ミナちゃん、早速その子達を抱き上げています。
犬さんも猫さんも、見慣れない光景に驚いているのか、周りをきょろきょろ見回しています。
「由希子ちゃん、この子たち、どうしたの?」
「え、えっと、実は・・・・・・」
「・・・なるほど、道端に捨ててあったのかい。何か可愛そうだなぁ」
「ええ、だからついつい拾って来ちゃったんです・・・」
その後、マスターが帰って来て、みんなでお茶会。
由希子ちゃんからの詳しいお話しは、その時に聞きました。
ちなみに、今日のお茶会にはその犬さんと猫さんも一緒です。
テーブルの上で、お皿に出されたミルクをおいしそうに飲んでいます。
「ねぇねぇ、宗さん」
「ん? どした、美菜子?」
「さっき、芹凪姉ちゃんと相談したんだけど・・・その・・・」
実は、マスターが帰ってくるちょっと前に、私とミナちゃんで、この子たちをうちで引き取ろうと言う話をしたのです。
あとは、マスターが何と言うか、なのですが・・・。
「うん、そうだね。新しい家族が増えるってのも、まあいいんじゃないの?」
「え? じゃ、じゃあ、うちで引き取って良いの?」
「その代わり、その子たちは芹凪と美菜子で、責任を持って面倒を見るんだよ。いいね?」
「ありがとうございます、マスター!」
「わぁ、ありがとう、宗さん!」
その日のうちに、私は猫のタマさんを、ミナちゃんは犬のシロさんの面倒を見る事になりました。
「宗さん、宗さん!!」
工房で、最近修理を依頼されていたオルゴールを調べていると、何やら美菜子がにぎやかに外から戻って来た。
足元にはシロも居る。どうやらシロの散歩の途中で何かを見つけて来たらしい。
「どうしたんだい、美菜子?」
「ほら、これ・・・」
そう言って差し出された手のひらの上には、小さなフキノトウが一つ。
「ほう、フキノトウか・・・そうか、小樽も、もうそんな季節なんだね」
「うん、そうだね〜」
「へぇ、フキノトウが出てたの?」
その後のお茶会の時。
美菜子は早速芹凪にも報告していた。
「うん。それね、シロが見付けたんだよ」
「わん!」
得意げに一吠えするシロ。
「そっか、お手柄だったな、シロ」
私がシロの頭を撫でてやると、シロはその手にじゃれて来た。
「でね、宗さん、あの、その、毎年の約束・・・」
「ああ、解ってるって。フキノトウが出て来たら、その年の自転車は解禁、だろう? だけど、まだ時々雪が降るから、十分に気をつけるんだぞ」
「やった〜!」
美菜子はそれを聞くと、躍り上がって喜んでいた。
「ところでミナちゃん、そのフキノトウって、生えていたのはそれだけ?」
「ううん、まだまだ一杯あったよ。でも、どれもこんな感じで小さかったけどね」
「ふーん、まだ小さいの・・・そうね、ミナちゃん、そこ、案内してもらえるかしら?」
そう言うと、芹凪は何やら籠と手袋、それにナイフを準備し始めた。
「いいけど・・・何するの?」
「フキノトウって、小さいうちは食べられるのよ。せっかくの春の便りですから、おひたしにでもしてみんなで頂かない?」
「お、いいねぇ。季節の味覚を味わえるっていうのは、この上無い贅沢だね」
そう言うと、芹凪もこくんと頷いて、にっこりと笑った。
「うん、そう言う事なら、私も頑張って採るよ!」
「じゃ、早速行きましょうか」
「よし、じゃあ私も行くぞ」
結局、家族総出でフキノトウ採りに出かける事に。
その日のフキノトウのおひたしは、絶品だった。
「シロ〜、買い物に行くよ〜!」
「わんわん!」
玄関から声をかけると、どこからともなくシロが走ってきて、玄関の所にちょこんと座ると、尻尾を振って私をじっと見つめている。
私がリュックをさし出すと。
「くぅ〜ん・・・わん!」
少し首をかしげるような仕草をした後、シロはリュックの中に入って、首だけ出してこっちを見ている。
「よし、しっかり入ったね。んじゃ、行こうか〜」
「わん!」
今日は、宗さんと芹凪姉ちゃんに頼まれた買い物が一つづつ。
そして、私の買い物は、自転車の部品を一つ。
実は、芹凪姉ちゃん用に、今自転車を一つ作っているんだ。
もうすぐ来る、芹凪姉ちゃんの誕生日に、プレゼントをしようと思って、2年前くらいからこつこつと準備を始めたんだよね。
宗さんもそれに賛成してくれて、部品代を出してくれた。
そして、今日買いに行く変速機を取りつければ、芹凪姉ちゃん用の自転車は完成。
カゴ付きの、いわゆる婦人用自転車。芹凪姉ちゃんでも簡単にこげるように、軽くて丈夫な部品を厳選して作った、私の自信作。
「よーし、んじゃ行くよ〜。シロ、落ちるんじゃないよ」
「わん!」
「んじゃ、しゅっぱーつ!」
冬の間、しっかり整備しておいた私の相棒は、今日もいつもと同じように走ってくれる。
「・・・今年も宜しくね」
フレームをぽんぽんと軽く叩いて、私は家の前の坂を駆けおりていった。
「加藤さん、こんにちわ〜」
「お〜、ミナちゃん、久しぶりの自転車かぁ」
「えへへ〜」
あちこちに買い物をして、一番最後にちょっと用事を思い出して、加藤さんの所に寄っていった。
「ミナちゃんが自転車って事は、もう小樽も春だなぁ」
そんな事を言いながら、加藤さん、何やら荷作りをしている。
「? 加藤さん、荷物なんか作って、どこか行くの?」
「ん? ああ、これはオレのじゃなくて、ケンちゃんのよ」
「え? ケンちゃん、どこか行くの?」
「や、どうも親方、すまないっすね。・・・って、ミナちゃん久しぶり」
丁度奥の部屋から、ケンちゃんが出て来た。
「うん、久しぶり。・・・ケンちゃん、どこか行くの?」
「うん、そろそろここで働き出して、1年経つしね。ぼちぼち動こうかなぁって思ってさ」
「・・・そっか」
ケンちゃんは、ヨコハマの人。遠い遠い、小樽にも似た坂と港の町。
「ねね、もし、私がヨコハマに行ったら、町を案内してね」
「ああ、いいっすよ」
そう言って、ケンちゃんはにっこりと笑った。
そうだね、じゃあ、出発のときは見送りに来ないと。
『春は、旅立ちの時でもあるんだよ』
ずっと前に、宗さんに教えてもらった言葉。
今は、そんな言葉にも頷ける。
そんな事を考えながら、私は家への坂道を登っていった。
頭の中で、ケンちゃんに贈る手土産の事を考えながら。
「そうだね・・・やっぱり、オルゴールかな?」
「わん!」
私のつぶやきに、賛成するようにシロが一声鳴いた。
「タマさん、タマさん、お昼ご飯の時間ですよ」
階段の下から、2階に声をかけますと。
「にゃ〜」
とたたたた、っと、軽い足音を立ててタマさんが2階から駆けおりて来ます。
「うにゃっ」
「きゃっ!? ・・・もう、タマさん、驚かさないで下さい」
最後にタマさんは、私の肩にすとんと飛びおりました。
今日は、マスターは商工組合の寄り合いでお昼ご飯。ミナちゃんはシロさんと小川さんの所でガラス工芸作り。
私はタマさんとお留守番です。
簡単にお昼をすませて、ふと外を見ますと。
「あら、何かすごくいい天気」
午前中はちょっと曇っていたけど、今はすっかり晴れて、ぽかぽか陽気になっています。
「タマさん、縁側に出ましょうか?」
「にゃ〜」
決まりです。外に出てひなたぼっこですね。
がらがら。
引き戸を開けて、縁側に出ます。
後ろから、タマさんもついてきます。
「よいしょっと」
縁側の端の方、いつもマスターがオルゴールを磨いている場所の、ちょっと海側。
ここからは、小樽の町と運河と、海がよく見えます。
私が座ると、タマさんは私のひざの上に乗って、背伸びをするように景色を眺め始めました。
「・・・・・・」
時折海から吹き上げる風はまだ冷たいですけど、それでもお日さまの光はぽかぽか。
「・・・ふにゃ〜ぁ」
タマさんはあくびをすると、私のひざの上で丸くなって、お昼寝を始めました。
「・・・タマさん、気持ちいいですか?」
私は、タマさんをゆっくりと撫でながら、町並みを眺めています。
そうやっていると、何かこっちまで眠くなって来ちゃって・・・。
「ただいま〜。芹凪、今帰ったよ・・・って、あれ?」
商工組合の寄り合いから帰ってくると、芹凪とタマが縁側で昼寝をしていた。
「・・・全く、二人とも猫みたいなんだから・・・って、タマは猫か」
「・・・それにしても・・・」
私は思う。
「春と共にやって来た新しい家族達。芹凪と美菜子に任せて正解だったな・・・」
すっかりなじんだ家族達と、にぎやかな毎日。
願わくば、このささやかな幸せが長続きします様に。
...It continues to the next season.