小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第14話『神楽の歌 〜後編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第14話)


 ・・・・・・。
 ・・・・・・。
 ・・・外部コネクト要求。
 モード:ゲストログイン。
 ID:HM−13b4_serina。
『・・・HM−13b4?』
「初めまして、神楽さん。私、隣町の小樽に住む、芹凪って言います」
『あ・・・ああ、初めまして、芹凪さん。・・・でも、まさかこの端末にアクセスしてくるセリオ型ロボットがまだ居たとは思わなかったよ』
「ええ。今日は常田様のオルゴールの修理でこちらに来たので」
『オルゴールの修理? オルゴール屋さんなの?』
「そう。と言っても、私が職人って訳じゃないですけどね」
『そっか。 で、一体何の用?』
「実は、ちょっと相談したい事があって・・・」

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「・・・ん・・・」
「・・・神楽姉ちゃん?」
「・・・ああ、智弘かい?」
「うわぁ! やっぱり神楽姉ちゃんなんだ! 姉ちゃん!」
『・・・良かった・・・』
 「外」で、智弘君と、私の体を使った神楽さんが抱き合っています。


 そう、私の体を、一時的に神楽さんにお貸しする事にしたのです。
『しかし、あんた、生体ユニット化されているんだろう? 私はそのままの体を使っているから、多分あなたの体をコントロールする事が・・・』
「ええ、長い時間は無理です。でも、短時間・・・そうですね、1時間くらいなら、エネルギー変換が無くても稼働することは可能です」
『・・・でも』
 と、そこで神楽さんは、少し考えるような仕草。
『何で、初めて顔を合わせる私に、そこまでしてくれるの?』
「・・・そうですね・・・お人好しのおせっかい、では理由になりませんか?」
『お人好しのおせっかい?』
「ええ。・・・『家族』って、大事にして上げたいものですよね・・・」
『・・・そうだね』


「・・・と言う事で、1時間だけですけど、取り敢えず・・・何、しましょうか?」
「じゃあさ、じゃあさ、またクッキー焼いてよ!」
「・・・そうね、じゃあ、神楽さん、私からもお願いしようかしら」
「わかりました」
「じゃあ、ボクも手伝うよ!」
「私も手伝わせてもらうわね」
 そうして、常田さん御一家は部屋から出て行かれて。
 私は、はるか昔に使って居た物と同じメンテナンスコンピュータの中に、一人。
『・・・さて、じゃあ私も「こっち」を見て置こうかしら』
 私は、神楽さんのボディの方の原因不明のエラーを調べにかかりました。


 どのくらい時間がたったでしょう?
 いえ、1時間よりちょっと短いくらいだって、解って居るんですけど、どうしてこう言う時間って、長い様で短い様で・・・。
 気が付くと、また常田さん御一家がメンテナンスコンピューターのそばに集まっておられました。
 神楽さんは、私の体をコネクタに接続しながら、智弘君となにか話をして居ます。
「・・・神楽姉ちゃん、もう戻っちゃうの?」
「ああ・・・約束だし、仕方ないよ。1時間だけって言う芹凪さんとの約束だからね」
「・・・姉ちゃん・・・そんな約束なんかどうでもいいじゃない。ボクは姉ちゃんにずっと居て欲しいんだ!」
「智弘?」
『え?』
 そ、それは困ります。私が帰れなくなっちゃうし、神楽さんも止まってしまうかもしれないし・・・。
「その体も、神楽姉ちゃんなら使えるんでしょう? だったらこのまま黙って貰っちゃえば・・・」
「智弘!」

 ぱん。

 部屋に響く、乾いた音。
 そして、ほっぺたを押さえて信じられないものを見たような顔をして居る智弘君と、悲しそうな顔をして居る神楽さん。
「・・・智弘、それは泥棒だよ。悪い事はしてはいけないって、奥様からいつも言い聞かされて居るじゃない」
 神楽さんは、膝を折って智弘君の目線で話をして居ます。
「いいかい、私にも智弘や、旦那様奥様が居るように、芹凪さんにも大事な家族が居るんだ。あんたのワガママで、相手のご家族が悲しい思いをしてしまうんだよ」
「・・・ぼ、ボクだって悲しいもん!」
「そうだね、私だって悲しいさ。でもね、智弘がそう言う事をする事の方が、私はもっと悲しいよ」
 そう言った神楽さんは、本当に悲しそうな顔をされて。
「・・・うん・・・ごめんなさい、神楽姉ちゃん」
「解れば、宜しい」
 にっこり笑って、神楽さんは立ち上がりました。
「じゃあ、最後のお願い。姉ちゃん、あの歌を歌ってよ」
「ん? ああ、あの歌かい。いいよ」
 コネクタを繋ぐ手を止めないまま、神楽さんは歌い始めました。


 それは、遅い春を喜ぶ歌。
 雪解けの水に反射する日の光、元気よく芽を出す若草、目にも鮮やかな桜の花・・・。


 そして、気が付くと私は「私」に戻って居ました。
「・・・芹凪お姉ちゃん?」
「・・・はい、何でしょうか?」
「その・・・ゴメンね、あんなこと言っちゃって」
 智弘君は、そう言ってぺこりと頭を下げました。
「・・・別に良いですよ。誰だって間違いはありますから。でも、ちゃんと謝る心が大事ですよ」
「うん、それ、良く神楽姉ちゃんにも言われたよ」
 そう言って、智弘君はにこっと笑いました。


「では、これで失礼致します。またオルゴールの故障とかございましたら、お伺い致しますので」
「はい、ありがとう。・・・芹凪さんにはすっかりお世話になっちゃったねぇ」
「いえ、そんな事はありませんよ。・・・では」
 ぺこりとおじぎをして、私は小樽行きの路面電車乗り場に行こうとしました。
「あ、芹凪姉ちゃん、ちょっと待って!」
 と、奥に引っ込んで居た智弘君が、何やら包みを持って来て、私のところへ。
「これ、神楽姉ちゃんが焼いたクッキー。神楽姉ちゃんが、お礼でこんな事くらいしか出来ないけど、って言ってた」
「・・・うん、ありがとうって伝えて置いてね」
「うん」
 そう言って、また歩き出そうとした所で、私は大事な事を思い出して、常田さん御一家の方に向き直りました。
「あ、そうでした。大事な事を忘れて居ました」
「何かしら?」
「あの・・・神楽さんの事なんですけど、もしかしたら直るかもしれませんよ」
「え?」
 そこで、私は、体を貸して居る時に神楽さんの体を調べた事、不調の原因が何となくわかった事、多分それを直せる人間が小樽に居る事を告げた。
「ですから、帰ったら私の方からそちらにお願いして置きますので」
「本当に? 本当に、神楽お姉ちゃん、直るの?」
「約束は出来ませんけどね」
「うん・・・ありがとう!」
 そう言って、智弘君はにっこりと笑ってくれました。


 来た時と同じように、路面電車で、でもすっかり陽は暮れてしまって。
 結局、私が家に帰りついた時には、もうすっかり辺りは真っ暗。
「・・・・・・」
 今日は、色々と考えさせられる事が一杯ありました。
 オルゴールの事、神楽さんの事。
「・・・もし・・・」
 もし、私が動かなくなった時、マスターはどうなさるのでしょう・・・。
「・・・・・・」


「そうか、そんな事があったんだ」
 夜。夕食が終って一度部屋に戻って、でもそればかりを考えて居て寝つけなくて、マスターのお部屋に。
「何か、帰って来てから元気が無さそうだったから、ちょっと心配して居たんだ」
 そう言いながら、マスターは優しそうな顔をしてくれます。
「・・・マスター」
「ん? 何だい、芹凪」
「その・・・私がした事って、余計なお世話だったのでしょうか?」
「ん〜・・・でも、常田さんたちは喜んでくれたんだろう?」
「ええ」
「だったら、余計なお世話ってことはないだろう、きっと」
 そう言って、マスターは優しく頭を撫でてくれました。
「そう・・・ですよね、きっと」
「うん、そうだよ」

「それと・・・」
「何だい?」
(もし、私が動かなくなっちゃったら・・・)
「・・・いえ、何でもないです。それより、今日は、その・・・」
「ん・・・一緒に寝ようか?」
「・・・・・・はい」


 その夜。
 私はちょっとだけ泣きながら、マスターに抱きしめられて寝ました。
 偶然で出会った、妹の事を想いながら・・・。


 ...It continues to the next season.