小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第8話『それぞれの初雪模様 〜芹凪の場合〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第8話)
マスターを見送った後。
ふと庭を見ると、雪はもうほとんど解けていました。
「・・・でも、これからはだんだん積もって行くから、ね」
私は一旦家の中に入って、汚れてもいいような格好をすると、物置に向かいました。
この物置には、雪はねの道具以外にも、いろいろな物が入っています。
そのうち整理しようとはいつも思っていますけど、ついつい忘れちゃうんですよね。
「よい、しょっと」
私は、今年の春先にしまい込んだ雪はねの道具一式を、順序良く外に並べて行きます。
このあたりは、海から吹く風があるからそんなに積もらないのですけど、それは私たちの感覚でのお話し。
この前、旅行で来たお客様にお話を聞いたら、何でも南の国の方は、全然雪は降らないとか。
今度、雪のない冬ってどんな感じか、見に行ってみたいですね。
「これで全部かな?」
物置の前に、雪かきスコップが二つ、雪かきダンプが一つ、雪押しが一つ並びました。
「今年もお世話になりますね、皆さん」
私はそう言って、もう一度物置に入ります。
今度は、庭の冬囲いの道具を出す為です。
むしろ、竹ざお、荒縄。
マスターが、物置にある分だけでは足りないからと言って、今買いに行っていますけど。
でも、確かにこれだけでは足りないですね。
もっと無かったかしら?
私が物置を更に探して見ると。
「・・・あら? これは・・・」
どこかで見覚えが有る、細長い箱。
確か、この箱は・・・。
外に持ち出して、開けて見ます。
「あ・・・やっぱり」
中には、弦が無くなっている、胡弓(こきゅう)と言う楽器が入っています。
「こんな所にあったのね・・・」
今のオルゴール堂が建っている場所に来る前、マスターと私は、もっと小樽の町中に近いアパートに住んでいました。
その頃、お隣に楽器職人さんが住んでいらっしゃいまして。
オルゴールと楽器の組み合わせ、と言う訳ではありませんが、私たちとお隣さんはお友達でした。
そして、そんなある時、私の誕生日プレゼントだと言う事で、マスターとお隣さんに贈ってもらったのが、この胡弓です。
「・・・そうね、確か引っ越しの荷物整理の時に、弦が切れちゃって・・・」
「あれ? 芹凪姉ちゃん、それ、何?」
私が胡弓を部屋に持って上がると、丁度隣の部屋からミナちゃんが、油まみれの格好で出て来ました。
「これ? 私の宝物。でも、肝心のものが無いから使えないのよね〜」
「何々、楽器?」
「うん、胡弓っていう、中国の楽器よ」
ミナちゃん、興味深そうに胡弓を眺めていましたが。
「・・・そう言えばさ、裏のおじさんって、確か昔は楽器職人さんもやっていたって言ってたよ。もしかしたら、弦、何とかなるんじゃないの?」
「え? それ、本当?」
裏のおじさんは知っていますが、そんなお話しは初めて聞きます。
「うん、ずっとずっと前に、街であった時に一緒にお茶したんだけど、その時にそんな話してたよ」
「ああ、確かに昔はそんな事もやってたよ。今じゃ、若いのに後を譲って、ワシはのんびり畑仕事だけどね」
早速、裏のおじさんの所に行って聞いて見ますと、そういうお返事。
「昔ですか・・・。それじゃあ、これ、見て欲しいって言っても、無理かもしれませんね・・・」
ちょっとだけ、残念です。
私はそのままお暇を告げて帰ろうとしたのですが。
「あ、ちょっと待った。見るだけなら構わないよ。どれ、見せてごらんなさい」
おじさんそう言って、私のほうに手を差し出してくれました。
少し迷いましたが、
「では、お願い致します」
私はそう言って、ケースをお渡しします。
「どれどれ・・・ほほう、胡弓か。これは、2本弦だから『二胡』だね」
そう言って、慣れた手つきであちこちを見て行きます。
「・・・ん、これの弦は・・・確かこの中に・・・」
そして、何やらそばにある箱の中を探していらっしゃいましたが。
「お、あったあった。まだ使えるかな・・・ふむ」
そう言いながら、手早く弦を張りなおして。
そして、弓を構えて、軽く弾き始めます。
「・・・ふむ、こんな所だね。元が良い物だから、そんなに傷んでいないし」
「・・・ありがとうございます。あの、お礼のほうは・・・?」
「なぁに、気にしなさんなって。そうさなぁ・・・じゃあ、後でお茶、ごちになりに行くからさ、その時にでも、聞かせてよ。それがお代だ」
おじさんはそういって、にっこりと笑っていました。
私は、家に戻ると、手早くお茶会の支度を始めました。
もうすぐマスターも戻ってくる筈ですし、加藤さんも裏のおじさんも来られる筈です。
ぴんぽーん。
「お〜い、芹凪〜、今帰ったよ〜」
「あ、お帰りなさい、マスター」
丁度お茶会の支度が終った所で、マスターが帰って来ました。
久しぶりに披露する胡弓。マスター、見たらびっくりするかしら?
私は、そんな事を考えながら玄関にマスターを出迎えに行きました。
...It continues to the next season.