小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第6話『おじいちゃんのオルゴール 〜後編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第6話)
ダイニングで芹凪の入れた紅茶を飲んで、少し落ち着いたのか。
由希子ちゃんは、私の問いに答えるような形で、ぽつぽつと話しはじめた。
「実は・・・その、仕掛けオルゴールって、私の母方のおじいちゃんの、形見の品なんです」
「形見の品・・・?」
「はい。
実は私の家、私が小さい時にお父さんが事故で死んじゃって。だから、お父さんの顔って、私よく知らないんですよね。
それで、私が大きくなるまで、高瀬のおじいちゃんの家・・・母方の実家ですけど、その家に預けられていたんです。
おじいちゃんは、私をとても可愛がってくれて。で、おじいちゃんが私と遊んでくれる時、見せてくれたのが、そのオルゴールだったんです。
だから、家に帰っても、私は良くおじいちゃんのオルゴールを見に、おじいちゃんの家に遊びに行っていたんです。
・・・私にとって、おじいちゃんとオルゴールは、何にも変えがたい宝物でした。
だけど、3年位前から、おじいちゃん体をこわして入院していたんですけど・・・その頃、高瀬の叔母さん達が、じゃまだからってオルゴールを物置にしまっちゃって・・・。
結局、一月ほど前、おじいちゃんは天国に行っちゃって、その時おじいちゃんの持ち物はその叔母さんたちに処分されちゃったって・・・。
私、もう一回だけオルゴールの音色が聞きたかったんですけど、その前に叔母さんたちに売られちゃったって聞いて・・・」
「・・・そっか、それで、街中捜し回っていたんだ」
「え? 何で知っているんですか?」
美菜子がそう言ったのを、由希子ちゃんはすごく驚いた顔で聞き返して来た。
それは私も初耳だぞ?
「美菜子、それ、どこから聞いた話なんだい?」
「今日、昼間に商工組合の会長さんとかから聞いた話で、由希子ちゃんの話が出て来たんだよ。『古いオルゴールを捜し回っているお嬢さんが居る』ってね」
「ああ、なるほど」
納得。
「そうか、話は解ったよ」
「それで・・・おじいちゃんのオルゴール、今どこにあります? 宜しければ見せて頂きたいのですが・・・」
「ああ、構わないよ。こっちの工房においてあるんだ。おいで」
私の案内で、由希子ちゃんを工房に連れて行く。
その後を、芹凪と美菜子がついてきた。
普段、観光客とかを招き入れて作業をしている所を見せた事もあるし、それに工房は店と隣り合っているので、工房と店は簡単に行き来出来るようになっている。
「・・・あ・・・オルゴール・・・」
由希子ちゃんは、作業台の上に置かれたオルゴールを見つけ、ぽつりとつぶやいた。
先程までの作業で、外側のほこりっぽいのはほぼ落とし終わっている。
由希子ちゃんは、オルゴールを愛おしげになでていた。
「取り敢えず、その3年分のホコリは落としたんだよ。そして、中身も調べたんだけど・・・」
中は・・・ちょっと、困った事になっていた。
「・・・宗さん、どうしたの?」
それに敏感に気がついたのか、美菜子が聞いて来る。
「・・・うん、余り保存状態が良くなかったらしく、中のオルゴールの機構部分が結構傷んでいるんだよね。何より、バネが折れていて、今の状態では鳴らないんだ」
「え? 壊れちゃっているんですか?」
それを聞いて、驚いたような顔をして由希子ちゃんが聞き返して来た。
「うん・・・しかも、これに使われている部品は、どれもかなりの年代のものでね。今の規格品じゃあ修理出来そうに無いんだ。設計図を引いて、1から作り直さないと・・・」
「・・・そうですか・・・」
由希子ちゃんは、オルゴールをなでながら何かを考えていたようだったけど。
「・・・あのっ、このオルゴール、修理して貰ったら、おいくらになりますか?」
何かを決心したような顔。
・・・でも、夢を壊してしまいそうで、本当は言いたくなかったのだが・・・。
「うーん・・・部品は使える物は使いまわすとしても、まずバネがダメになっているし・・・安く見積もっても、4万円は行くと思うなぁ・・・」
「え・・・よ、4万円・・・ですか・・・」
ああ、やっぱりがっくりしている。だから言いたくなかったんだけど・・・。
芹凪が、私のそんな心情に気がついたのか、私の上着のすそをつかんで来た。
私が落ち込んで居る時とかの、彼女流の気の使い方だ。
美菜子もそれは同じらしく、由希子ちゃんの頭をなでている。
「・・・あの・・・こちらでアルバイトして、たまったお金で修理してもらって、私がオルゴールを買うって言うのは、ダメでしょうか?」
しばらく考え込んでいた由希子ちゃんは、次に口を開いた時にはそんな事を言って来た。
「バイトかぁ・・・そうだね、丁度うちもバイトさんを一人雇いたいなと思っていたんだ」
「え? 宗さん、この前バイトは・・・」
私は、それ以上言おうとした美菜子を、目で制した。
美菜子もそれに気がついたらしく、あわてて口を閉じる。
「うん、じゃあ、いつからでもいいから、うちで働いてもらおうかな」
「ええっ、本当にいいんですか!?」
心底嬉しそうな由希子ちゃん。
「但し、君は学生さんだから、親御さんの許可をちゃんと得てからでないとダメだよ。そして、学業優先だから、成績が落ちてもダメ。でも、成績を上げろとは言わない。今のレベルを維持する事。それが守れるなら、うちで働いてもらう。いいかな?」
私は、真面目な顔をして由希子ちゃんにそう言った。
由希子ちゃんは、目をぱちくりさせていたが。
「はいっ!」
次の瞬間、嬉しそうに元気よい返事が帰って来た。
早速次の日から、由希子ちゃんはアルバイトに来ていた。
もともと大した忙しい所でもない店だが、それでも3時のお茶会のゲストが増えた事を、芹凪も美菜子も喜んでいるみたいだし、良しとしよう。
ちなみに、心配していた商工組合の会長さんには、事の次第を伝えておいた。
「なるほどねぇ。宗一郎君、私たちに何か手伝える事があったら、遠慮無く言ってくれ。私も、そのお嬢さんの手伝いをしたくなったよ」
「ありがとうございます。・・・それでしたら、人形の汚れ落としと修理をやって頂ける、人形師の方を紹介して頂けませんか? 流石に、あれはうちの専門外なので」
「ああ、それだったら人形屋の川島さんがいいだろう。私から頼んでおくよ」
「すいません、お願いします」
「お〜・・・宗君、こりゃあ目茶難しいぞ」
部品の設計図を取り終わった次の日、私はその設計図を持って、加藤さんの所に直接出向いた。
加藤さんにその部品を作ってもらおうという訳なのだが・・・。
「難しいですか?」
「ああ、こりゃ今のどの規格にも合わねぇ代物だろう? 一つづつ削り出してくしか手はねぇんだわ。時間も金もかかるなぁ」
そう言って加藤さんは腕を組んでしまう。
「ああ、別に構いませんよ。ちょっと、訳ありの物でしてね」
「訳あり・・・なるほど、そう言われっちゃぁ、やんねえ訳にもいかねぇな」
そう言うと、加藤さんはその設計図を改めて見直した。
「んじゃまあ、オレも暇見てやっとくからさ。そうだなぁ・・・出来上がったら電話すんよ」
「すいません、お願いします。あの、で、お代はどのくらい・・・?」
「お代? ああ、いって。オレが趣味でやるんだから」
そう言って加藤さんはにっと笑った。
「え? でもそれは悪いですよ」
「いやいや。訳ありなんだろ? んじゃあ、完成したその訳ありの写真、送ってくれれば、それで良いからさ」
「・・・ありがとうございます」
私は、加藤さんの心づかいに深く感謝した。
「じゃあ、今日はこれで帰りますね」
「ほいほい、お疲れさんでした」
「由希子ちゃん、お疲れさま。気をつけて帰ってね」
「由希子ちゃん、お疲れ〜。また明日ね〜」
その日、バイトが終わって由希子ちゃんが帰った後。
「さて、そしたら夜のお茶の前に一仕事するかなぁ」
私はそう言いながら、唯一磨き終わっていなかった背面の板を磨こうと、手を触れた。
こん。
「・・・?」
こんこん。
「・・・・・・ん?」
こんこんこん。
「宗さん、どうしたの? さっきから背面板叩いてさ?」
そんな私の行動を見て疑問に思ったのか、美菜子が尋ねて来た。
「・・・いや、何か音がこの板だけ変だから・・・」
そう言いながら、あれやこれやと背面板を触っていると。
ぽろっ。
「あれ? 何か、外れたなぁ」
驚いた事に、背面板は二重構造になっていた。
「宗さん、何か入ってるよ」
横からのぞきこんでた美菜子が、何かを取り出した。
「・・・封筒?」
それは、すっかり茶色に変色してしまった封筒だった。
それでも、書いてある文字はしっかりと見える。
「・・・片桐 由希子様・・・って、由希子ちゃんの名前が書いてある!」
私は、悪いとは思いつつ、中を調べさせてもらう事にした。
中には、便箋が一枚。
そこに綴ってあった言葉は・・・。
「・・・なるほど・・・これは・・・」
「宗さん、これは本気でこのオルゴール、修理しないとダメだね」
そう言って、美菜子がにっこりと微笑む。
「そうだな・・・ま、たまにはこう言う『仕事』も、あってもいいんじゃないの?」
「どうしました?」
と、ちょうどそこに、夜のお茶の時間になったのか、芹凪がお茶を持ってやって来た。
「これを見てごらん」
私は、芹凪に便箋を見せた。
「・・・なるほど・・・これは、頑張らないとだめですね、マスター」
芹凪も、そう言ってにっこりと微笑んだ。
そして、私が修理を始めてから約4ヶ月後の、とある夜・・・。
「さ、お披露目だよ」
目の前には、いすに座って真剣な表情の由希子ちゃん。
私は、オルゴールにかけてあった布を取り払う。
そこには、ぴかぴかになった仕掛けオルゴールがあった。
「わぁ・・・綺麗・・・私が昔見たのと、おんなじ・・・」
由希子ちゃんは、昔と同じ姿を取り戻したオルゴールを見て、感無量の様子だ。
「さあ、鳴らして見なよ」
「え? もう音も鳴るんですか?」
「そりゃあそうさ。部品さえあれば、こっちは一応オルゴールのプロだからね」
私はそう言って、にっこりと笑った。
「じゃ、じゃあ・・・」
由希子ちゃんの手で、ゆっくりとばねが回されて。
そして・・・オルゴールは鳴りだした。
音楽に合わせて踊る3人の人形達。
その動きは、リズミカルであり、優雅であり。
流れるように踊る、人形達。
そして、それにぴったりとあっている、音楽。
まるで、音楽も人形も、全てがそのためにあったように・・・。
「すごい・・・」
「いい音色ですね・・・」
芹凪も美菜子も、すっかり心を奪われているようだ。
私もそうだった。これほどまでに素晴らしい出来のオルゴールは、今までにお目にかかった事は無い。
「・・・おじいちゃん・・・」
と、ぽつりと、由希子ちゃんがつぶやいた。
見ると、目に大粒の涙を湛えていた。
ぽんぽん。
美菜子が、由希子ちゃんの肩に手を添えて。
「由希子ちゃん、泣きたい時は、思いっきり泣いた方がいいよ。我慢すると、体に毒だから。ほら・・・」
そう言って、美菜子は由希子ちゃんをそっと抱き寄せた。
「・・・うっ、ううっ・・・お、おじいちゃーん! うわーん!!」
由希子ちゃんは、美菜子に抱かれたまま、堰を切ったように泣き出していた。
私も、もらい泣きをしている芹凪を抱き寄せて頭を撫でてやりながら、やはりもらい泣きをしていた。
「はい、じゃあこれ4ヶ月分のバイト代ね。それと、オルゴールの引渡書と」
私は、そう言って由希子ちゃんに封筒を渡してあげた。
「え? で、でも、私のバイト代は、修理費に・・・」
「由希子ちゃん、この手紙を見てごらん。この手紙は、オルゴールの中から出て来た物なんだ」
そう言って、私はもう一通の封筒を手渡す。
それを受け取って、中を見た由希子ちゃんは、一瞬驚いた顔をして、そして、手紙をぎゅっと抱きしめると、また目に涙を貯えていた。
「・・・おじいちゃん・・・ありがとう・・・。皆さん・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」
そして、にっこりと微笑んだ。
その笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも、一番素敵な笑顔だった。
手紙には、こう書かれていた。
『由希子へ。
この手紙を見る頃には、おそらくおじいちゃんはこの世には居ないと思う。
心優しい由希子の事だから、きっと悲しむと思うが、人間、誰しも生まれてそして浄土へ向かうものだ。
ただ、後に残された由希子にとっては、寂しい事だろうと思う。
だから、君が一番好きだったこのオルゴールを、君に贈ろう。
そして、君がオルゴールを聞いていた時に見せてくれた、あの優しい笑顔を、このオルゴールに、ずっと見せてあげて欲しい。
お母さんと仲良く、元気で暮らすんだよ・・・。
高瀬のおじいちゃん』
...It continues to the next season.