小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第3話『夜 〜宗一郎の場合〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第3話)
夜。
外は暗く、街灯の明り以外は色彩を失った街。
その、街灯の明りが綺麗で。
だから、そんな夜が、私は好みだ。
縁側で部屋からもれる薄明かりの中で、私は、夜の小樽を眺めながら、今日出来上がったオルゴール達の外箱を磨く。
きゅっ、きゅっ。
きゅっ、きゅっ。
心地よい音が、リズム良く響く。
「マスター、お茶が入りましたよ。一息入れませんか?」
部屋から、芹凪の声が聞こえて来た。
「う〜ん・・・あと一つで終わるから、ちょっと待っててくれないか?」
「わかりました」
ぱたん。
芹凪は、作業場の美菜子を呼びに行ったのだろう。ドアの閉まる音が聞こえた。
きゅっ、きゅっ。
きゅっ、きゅっ。
・・・よし、出来た。
明日、この10個のオルゴールが店に並ぶ。
彼らは、誰に買われて行くのだろう。
彼らは、どんな想いで聞いてもらえるのだろう。
「さて・・・」
出来上がったオルゴールを、段ボールの箱につめこみ、部屋に戻る。
ちょうど、ドアから芹凪と美菜子が入って来た。
「あ、マスター、終わりですか?」
「ああ、ちょうど終った所だよ」
「お疲れ様でした」
芹凪がそう言って、にっこりと笑う。
「美菜子の方は、どうなったんだ?」
「うん、取り敢えず、これ・・・かな?」
そう言って、私に見せたコップオルゴール。
よく見ると、コップの形がいつもと違う。
「? 形が違うのに挑戦したのか?」
「ううん、このコップ、最後の整形でちょっと失敗しちゃったんだけど、でも形が面白いから、加藤さんに頼まれた贈り物用にって思って」
そう行って、美菜子が私にそのコップオルゴールを見せてくる。
「・・・ふうん・・・この色合いが良いねぇ」
「でしょ? これ、色付けたの芹凪姉ちゃんだよ。姉ちゃん、いいセンスしてるよね〜」
「そ、そうかしら?」
「うん、いい感じだよ。何か、二人の本気が伝わってくるみたいだしな」
「えへへ・・・」*2
私がそう言うと、二人は照れたように頬を染めながら笑った。
いつだろう。
この二人が、うちに来たのは。
時代が凪いでいるこの世界で、幾多数多もの偶然を経て、彼女たちはうちに来た。
そして、それが当たり前だったかのように、彼女たちは今もうちに居る。
『だって、今私たちがここに居るのが紛れもない事実じゃないですか?』
『そうそう。私たちがここにいる事が、それ自体が理由なんだよ』
一度、聞いて見た時。
そんな答えが、彼女たちから帰って来た。
『だから、私たち、幸せですよ』
そう言って、二人はにっこりと笑った。
「今日のお茶うけは、抹茶羊羹です」
芹凪がそう言いながら、お盆に羊羹の乗った皿を乗せて、キッチンから姿を現した。
「今日、裏のおじさんに、この羊羹を頂いたんですよ」
「へぇ、抹茶羊羹かぁ・・・お、結構行けるねぇ」
「ええ〜? 抹茶、渋いからあまり好きじゃないなぁ・・・」
「ミナちゃん、この羊羹は甘いわよ。食べて見たら?」
「う・・・じゃ、じゃあ、一つだけ・・・(ぱくっ)・・・あ、本当だ、これおいしいよ!」
今ここにある、ささやかな幸せ。
彼女たちから、沢山の幸せを貰っている。
私は、彼女たちに、何をあげれるだろう・・・。
「・・・? どうしたのですか、マスター? こちらを向いて、にこにこして?」
「宗さん、にやにやしているみたいで、気持ち悪いよ?」
「え? あ、イヤ、スマンスマン。相変らず、仲のいい姉妹だなぁって思ってな」
あははと笑って、適当にごまかす。
「そりゃそうさ、だって姉妹だからね〜」
そう言って、けらけらと笑う美菜子。一方の芹凪は、何も言わずにニコニコと微笑んでいる。
そうだ、な。
何を上げれるか、とかじゃなくて。
今、ここにいるから、だから幸せで。
「よし、芹凪、美菜子、ちょっとこっちにおいで」
「? 何ですか、マスター?」
芹凪はちょっと首をかしげながらも、私の隣にやって来る。
一方の美菜子は、私の様子がちょっとおかしい事に敏感に気が付いているようだ。
「・・・何か、宗さん、変だよ?」
「大丈夫だって、別に取って食おうとか、そう言う訳じゃないからさ。ほら、美菜子もおいで」
それを聞いて、恐る恐るやって来る美菜子。
私は、二人を抱き寄せて。
「わっ!? ま、マスター? どうしたのですか?」
「ど、どうしたの、宗さん!?」
「まあまあ、いいからいいから。少しの間、こうさせておいてくれ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ちょっと、頬を染める二人。
こんな、平凡な幸せでもいいから、長く続きますように。
私は、目に見えぬ何かにそう祈っていた。
...It continues to the next season.