小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第4話『おじいちゃんのオルゴール 〜前編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第4話)


『ねぇ、おかあさん、たかせのおじいちゃんところにあそびにいこうよ〜』
『あら、この前行ったばっかりでしょう?』
『だって、あのおにんぎょさんのおるごーる、みにいきたいんだもん!』
『あらあら・・・本当に由希子は、おじいちゃんのオルゴールが好きなのね』
『うん! おじいちゃんもだいすき、おるごーるもだいすき!』
『ふふふ・・・仕方ないわね。じゃあ、明日にでもケーキ焼いて、遊びに行きましょうか』
『うんっ! わたし、いっぱいいっぱいおてつだいするよ!』


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 それは、お昼を過ぎて、マスターが地元の商工組合の寄合に行っている時でした。
『・・えねえ、ここなんてどうかしら?』
『そうねぇ・・・何かぱっとしないお店だけど、でも餅はもち屋って言うからねぇ』
 私がお店のお掃除をしていると、外からそんな声。

 カランカラン。

 そして、お店に入ってきた、ちょっとお太めの、中年の女性がお二人。
「いらっしゃいませ〜」
 お二人は、ものめずらしそうにお店の中を眺めていらっしゃいます。
「へぇ、ちょっと、このお店、見かけによらずすごいんじゃない?」
「そうね、これは思っていたよりも本格的かしら?」
 お二人は、そうおっしゃいながらお店の中を見回しています。
 ・・・何か、店員の私が、まるで無視されているみたいですね。

 やがて、一人の方が話しかけてきました。
「ちょっと、そこのロボットのお嬢さん」
「はい、何でしょうか?」
「ここのお店のご主人と話がしたいんだけど、呼んできてもらえるかしら?」
「申し訳ありません、あいにくうちのマスターは地元の商工組合の寄合に行っておりまして、あと1時間くらいは帰ってこないと思うんですよ」
「あら、それは困ったわねぇ」
「そうねぇ、どうしましょう?」
 あんまり困っている様に見えないのは、気のせいでしょうか?

「じゃあ、あなたでもいいわ。このお店、古いオルゴールの買い取りとかって、やっているのかしら?」
「古いオルゴールの下取りですか? 物にもよりますが、一応やっておりますけど」
「あら、良かったぁ! じゃあ、今持って来るから、ちょっと見てちょうだいよ」
 そう言って、そのお二人は一旦店の外に出られましたが。
「はい、ちょっと御免なさいねぇ」
 そう言いながら運ばれて来たオルゴールは、少し大きめの、箱の中にお人形さんが3人入っている、いわゆる『仕掛けオルゴール』と呼ばれる物の様でした。
「これなんだけど。いくらになるかしら?」
 まだ引き取るって決めた訳じゃないのですけどね。
「少々お待ちください、もう一人の店員を呼んでまいりますので」

 どちらにせよ、オルゴールに関しては私の知識は大した事はありません。
 私は、ミナちゃんを呼びに工房の方に行きました。
「ミナちゃん、ちょっといいかな?」
「? どしたの、芹凪姉ちゃん?」
「今、お店の方にお客さんが来ていて、そのお客さんが、古いオルゴールを引き取って欲しいって言ってきたの。私じゃ解らないから、見てもらえないかな?」
「そっか、今宗さん居ないんだっけ。いいよ、丁度一つ仕上げ終わって、店に飾りに行こうと思っていた所だから」
「ゴメンね」
「気にしない、気にしない」
 ミナちゃんは、そう言って右手をひらひらさせてくれました。

「えーと、引き取って欲しいオルゴールって、これ?」
「そうなのよ。もう、いくらでもいいから引き取って欲しいの」
 お店に入るとミナちゃんは、さっそくそのオルゴールをあれこれと見ています。
 その間に、私はお客様にお茶をお出しします。
「麦茶ですが、どうぞ」
「あら、気がきくわねぇ。ありがとう」
「うーん・・・これは・・・難しいなぁ・・・宗さんじゃないと解らないかも・・・」
 と、ミナちゃん、オルゴールの前で腕を組んで考え込んでしまいました。
「難しい? あなたたち、オルゴール屋なんでしょ? 何難しい事があるの?」
 お二人のうち、年上っぽい女性が聞いてきます。
「えっと、簡単に言えば、私も専門家じゃないって事。宗さん・・・うちのオーナーなんだけど、宗さんはオルゴール職人だけど、私はまだ見習いだから」
「あら、ロボットのくせに見習いとかって有る訳? 何か今時のロボットって、意外と役に立たないわねぇ」
 これはもう一人の女性の方。
 流石にこれには私も「かちん」ときました。

「ただいま〜・・・って、お客さんかい?」
 ・・・でも、私たちがそのお二人に何か言おうとした時。
 丁度マスターか帰ってきました。
 もう少し遅かったら、きっと何か言っていたに違いありません・・・。

「・・・と言う訳」
 ミナちゃんがマスターに事の次第を説明します。
「なるほど。これは大変失礼いたしました」
 そう言ってマスターは軽く頭を下げます。
「でも、この子たちの事を悪く言うのはよして下さい。この二人は、私の大事なパートナーですから」
 そう言って、マスターはオルゴールと向かい合います。
 言われたお客様たちは、ちょっとあっけにとられたみたいです。
 マスター・・・ちょっと怒っているみたいですね。
 私たちの事、悪く言うからです。
 私だって、怒ります。

「・・・そうだなぁ・・・美菜子、君はどのくらいで見立てた?」
 しばらくそのオルゴールを調べてから。
 マスターはおもむろに、ミナちゃんに聞きます。
「うーん・・・1か2?」
「そうだね、いい所だ。じゃあ、間をとって1万5千円かな?」
 そう言って、マスターはお客様の方に向き直り。
「と言う事で、これ、1万5千円で引き取らせて頂きますけど、宜しいですか?」
「あら? もうちょっと高くならないの?」
「そうですね。でも、オルゴールの外見がご覧のようにかなり汚れていますし、オルゴール自体も故障しているのか動きませんしね。それに、何度か修理した痕跡もございますので、これ以上は無理ですね」

 お客様たちが思っていたよりも安くなったからか、ちょっとだけ不満そうでしたが。
 それでも先程の事もあるのか、代金を受け取ると、さっそく山分けがどうこうと言うお話しをされながら、お店を出て行かれました。

「・・・何だよ、その『ロボットのくせに』って言い方!」
 お客様が出て行かれた瞬間、ミナちゃんがそう言って怒り出しまして。
「そうですよ、ひどい差別です」
「そうか、そんな事まで言ってたのか〜。ま、この時代になってもまだああいう人間が居るって方が、私は驚きだけどね。でも、良く我慢したね、お前たち」
 マスターはそう言って、私たちを抱き寄せて、頭をなでてくれました。
 なでられると、怒っている気持ちも何かだんだん無くなっちゃってきて・・・。

「すまないね、悪い時に留守にしちゃって」
「いえ、そんな・・・マスターもお仕事ですし・・・私もお仕事ですから」
「そ、そうだよ・・・これくらい、平気さ」
「・・・そう言ってくれると助かる」
 マスターは最後に、そう言って私たちをきゅっと抱きしめてくれました。
「あっ・・・」
「あ・・・」
 私たち、マスターにこうやってきゅっと抱きしめられるのが、一番好きです・・・。


「さて、じゃあこのオルゴール、修理して汚れを落として、売れるようにしないとなぁ」
 そう言いながら、マスターはちょっと思案顔。
「どうかしたのですか?」
「・・・ん? ああ、実はね、商工組合の方から、小さいのを急ぎで1ダース入れて欲しいって依頼があったんだ」
 マスターはそう言って、頭の後ろをかきます。
 本当に困った時に出る、マスターの癖です。
「何でも、今度の商店街の記念行事で、記念品として先着12人に配るらしいんでね。まあ、店にある分で8個は何とかなるけど、4個はどうしても作らないとね」
「そっか、それは急がないとだめだね〜。確か、一月後でしょ、商店街の記念行事って?」
「そうなんだ。頼まれた以上は間に合わせないと行けないからね。と言う事で、しばらくはこのオルゴールは手を付けれないんだ」
「そうですね〜・・・」


 こうして、取り敢えずこの仕掛けオルゴールは、工房の片隅に置いておかれる事になりました。


 ...It continues to the next season.