・第9章「いざ、尋常に!」・


 ダクトをしばらく走った後、4人は空気取り入れ口から室内に進入した。
 そこは、何かの倉庫らしく、木箱やらダンボールやらが雑多に積まれていた。
「・・・で、どっちだと思う?」
 宗一郎が、辺りを見渡しながら雹吾に尋ねた。
「下手にうろつくと、何が有るか解らないでござるからなぁ」
「ちょっと待って」
 綾乃が再びセンサーで辺りの様子をうかがった。
「・・・多分、こっちだと思う」
 と言って、指差したのはちょうど正面の入り口だった。
「根拠は?」
「うん、反対の入り口の方向から、たくさんの金属音と人の走る音がするから。・・・あんまり自信無いけど」
 そう言うと、申し訳無さそうに綾乃はうつむく。
「まあ、情報が無いよりはましよね?」
「そうそう、知美嬢の言う通りでござるよ」
 そして、4人は再び走り出した。

 途中、幾つかの空き部屋を通り過ぎた後、彼らはちょっとだけ広くなっている空間へと出た。
「・・・ここは・・・?」
 辺りを見回す4人。と、どこからとも無く声が聞こえて来た。
『ようこそ我が基地へ、諸君』
「誰だ!?」
 声をあげる宗一郎。と、部屋の壁の一部が開いたかと思うと、そこから片桐と数人の黒服の男達、そして彼らに囲まれてユイが出て来た。
「ユイちゃん!」「て、てめぇ!」
 身構える4人。しかし、片桐は落ち着き払ってしゃべりはじめた。
「いやあ、僕は君達の能力を少しみくびっていたようだ。まさかこんな所まで追いかけてくるとはねぇ。しかも、ご丁寧に先にシャトルの離陸能力をなくすとは、実に戦略的にも長けている」
「おい、貴様らの目的は何だ!?大体にして、『オペレーションD』って、何なんだよ!?」
「おや、我々のコードネームを知っているとは驚きだ。・・・まあいい、ついでだから教えてさしあげよう。『オペレーションD』は、正式名称を『オペレーション・ディフェンス・アース』と言って、まあ直訳すれば解ると思うが地球を防衛する為の組織だ」
「地球を・・・防衛する・・・?一体何から?」
 怪訝そうな表情を浮かべ、知美が聞き返す。
「良い質問だ、お嬢さん。地球を防衛するとなると、当然敵対する者が出てくる訳だ。ここで指す敵対者とは、地球外生物・・・平たく言えば、『宇宙人』の事さ」
「宇宙人?」
 思わず全員が聞き返す。
「そう、宇宙人だ。・・・アメリカ合衆国はエリア56にて宇宙人と手を結び、彼らと共同でUFOの開発を行ったりしている。ところが近年、彼らとはまた違った宇宙人の存在が明らかになった。彼らは自らを『支配者層』と名乗り、地球を乗っ取ろうと工作を始めて来た。当初、アメリカ政府は独自にこれにあたっていたのだが、それだけでは力不足だ。そこで、F国に傀儡政権を樹立、そこを中心にして地球防衛軍を発足させた。これがいわゆる『オペレーションD』であるわけだ」
「それと、ユイちゃんが何の関係が有るんだ?」
「宇宙人の科学技術力は我々のそれを遥かに凌駕している。少なくとも、地球で同じレベルに達するにはあと500年は必要だろう。しかし、そこまで待っている余裕は我々には無い。そこでだ、その超技術力に対抗すべく、特殊能力をもった者が集められた。それが私を含めたESP能力保持者、すなわち超能力者さ」
「で、ユイちゃんはその基準にあっていたから、それで誘拐した訳か?」
「徳川君、誘拐とは人聞きの悪い。彼女には我々の計画に協力してもらうべく、ご同行願った訳だよ」
「人の意思も聞かずに強引に連れさる何ざぁ、その辺の誘拐犯とレベルは一緒だ!」
「やれやれ、どう言っても理解はしてもらえそうにないね」
 そう言うと、片桐は品定めをするかのごとく、4人を見回した。
「理解なんかするもんか。でなけりゃ、助けになんか来ないさ」
「なるほど、一理ある。・・・しかしまあ、その努力もここまでだ。残念ながら、我々の目的の為には、この北上ユイの能力は欠く事が出来ない。まあ、ここまで来たその努力に敬意を表して、君達は無事に返してあげよう。但し、ここ数ヶ月の北上に関する記憶は無くさせて頂くが」
 そう言うと、さっと右腕を上げた。同時に、周りに居た黒服達が4人を取り囲む。
「抵抗しようなんてバカな事は考えないほうがいい。彼らは柔道黒帯クラスだ。腕を折られる程度ではすまされないと思うよ」
 そう言って、腕を組んで冷たく笑う。
 取り囲んでいる黒服は8人。
「・・・雹吾、ああ言っているけど、どうする?」
「ん〜・・・一人辺りの割り当て、二人でいいでござるか?」
 宗一郎の問いに、残り3人が頷く。
「君達、もう一度言うけど・・・」
「バカを見るのはてめえの方だよ!」
 そう言うが早いか、宗一郎はすぐ側に居た黒服の男を一撃で吹き飛ばした。
 それを合図に、雹吾、綾乃、知美も側の男に向かって行く。

 ・・・そして5分後。その部屋には完全にのされた黒服達が、まるでマグロの様にごろごろと転がっている風景が見られた。
 部屋の反対側では、信じられない物を見た顔をしている片桐が立っている。
「こいつら、本当に柔道黒帯かぁ?全然弱いやん」
 そう言いながら宗一郎は片桐の方に近づいて行く。それに気がついた片桐は、しかし例の冷たい笑みを浮かべた。
「それ以上近づくな!僕の超能力は知っている筈だ」
 そう言って、宗一郎の方に手を構える。
「ああ、知っているとも。超能力しか頼る物が無い、情けない男の事もな」
「・・・言ってくれるねぇ」
 宗一郎の言葉に、片桐は笑みを顔に張り付けたまま答えた。しかし、一瞬笑みが引きつったのを宗一郎は見逃してはいない。
「解った。僕だって多少の武芸は心得ている。ここでは超能力は使わず、正々堂々と勝負してあげよう」
「ほう、おもしれぇ。オレが勝ったらお姫様は返してもらうぜ」
「いいだろう、その代わり、僕が勝ったら君達の記憶は消させてもらう。殺すには惜しい人材だしね」
 そう言うと、片桐は身構えた。
「では、拙者が・・・」
 そう言いかけた雹吾を、宗一郎は右腕で制する。
「雹吾、悪いな、ここはオレの役割だ」
 そう言うと、宗一郎は上着を脱ぎ捨てた。
「徳川宗一郎、本気で行かせてもらうぜ!」
「・・・そうでござるか、では任せるでござる」
「・・・徳さん君・・・本気で怒っている・・・」
 それを見た綾乃が少し後ずさる。
「・・・徳さんにも『本気モード』有るんだね。普段の様子からは解らなかったけど」
 知美もそう言って、後ろに下がった。
「徳川も、本気を出せば強いでござるからな。彼を信じるでござるよ」
 雹吾が後ろに下がった。

 中央に進み出た片桐と宗一郎。お互いに軽く礼をする。
 ズザッ!
 そして、身構えた。
「いざ!」
「勝負!」
 その瞬間、二人が動いた。
 ブンッ!
 先に仕掛けたのは片桐の方だった。優に4mは有るであろう間合いを一瞬のうちに詰め、足払いを仕掛ける。しかし、宗一郎はそれを後ろに飛んでかわす。
 しゅっしゅっ!
 下からややアッパー気味に片桐のパンチが襲いかかる。しかし、宗一郎は紙一重でかわし、なおかつかわしながらその腕をたたき落とすべく手刀を叩きつける。しかし、これは片桐にかわされた。
 ブンッ!
 下から宗一郎のあごを捕らえるべく、片桐の鋭い蹴りが入った。しかし、それを左腕で叩き落とすと、そのままの勢いで宗一郎は横に回り込み、ボディにパンチを叩き込んだ。
 ばしっ!
 叩かれた瞬間、横に飛んでダメージを減らす片桐。追い打ちを掛けるように宗一郎は回し蹴りを放った。
 ひゅっ!
 しかし、これを片桐は飛んでかわす。しかも、そのまま空中で一回転して、かかと落としの要領で宗一郎の頭にかかとを叩きつけた。
 がしっ!
 しかし、両腕でガードする宗一郎。なおかつ、そのまま体勢を崩させるべく押し返す。片桐はそれを察知して、宗一郎の腕を踏み台にして飛び、3m程の間合いを取った。
「・・・すごい・・・徳さん、あんなに強かったんだ・・・」
 それを見ていた知美が思わずつぶやいた。いつもの悪ふざけでやり合っている宗一郎の姿はそこには微塵も無い。
「徳川の護身術は、彼の従兄弟のおじさんが教えてくれた、<斉木流>と言う格闘術でござるよ」
「え?でも本人は護身術しかやっていないって・・・」
「彼はおのれの主義として、女性に手をあげる事を潔しとして居ないでござるからな。だから今までかくしていたでござるよ。昔、拙者と彼が出会った時に手合わせをした事があったでござったが、結局拙者は彼には勝てなかったでござる」
「え!?徳さんって、雹吾よりも強いの!?」
 信じられないような顔をする知美。綾乃も同じような顔をしている。
「そう。綾乃嬢と知美嬢に出会ってから、その事を隠すようになったでござるがな。そう言えばよく言っていたでござる。『知美がこの事を知れば、絶対に勝負を仕掛けてくる筈だ。オレは女には手を出さん主義だから、その為にも格闘をやっていた事、黙っていてくれ』って」
「・・・そうだったんだ・・・」
「もっとも、最近は格闘に全く手を付けていない筈でござるから、今勝負したらどうなるか解らないでござるがね」
 ばしぃ!
 片桐のローキックが宗一郎のももにヒットした。しかし、宗一郎は気にした風でもなく、そのまま軽くパンチを繰り出す。
 しゅっしゅっ。
 片桐は軽く下がり、中段蹴りを放って来る。それを、蹴りあげてかわす宗一郎。
 そして、お互いに距離をとって身構える。
「・・・やるねぇ」
「お前こそ」
 次の瞬間、再び距離を詰める二人。が、片桐の方が一瞬早く、中段蹴りを放って来た。すんでの所でガードする宗一郎。しかし、間に合わない。
 ばしっ!
 脇腹にクリーンヒットする。そのまま片桐は体勢の崩れた宗一郎にラッシュを仕掛けて来た。
 ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ。
 カメのようにガードしている宗一郎。
「と、徳さん大丈夫なの!?」
 それを見ていた知美が雹吾に不安そうな表情を向ける。
「・・・いや、大丈夫でござるよ。徳川はタイミングを見ているでござる」
「タイミング?」
「そう。反撃のタイミングでござる」
 がしっ。
 と、片桐のパンチを受け止めた宗一郎が半テンポずらしたタイミングで反撃に出た。
 ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ!
 たまらず、片桐は後ずさる。
 その瞬間、宗一郎が大きく踏み込んだかと思うと、大きくバック転をした。そして、その向こうでスローモーションのように吹き飛んで行く、片桐。
 どたん。
「・・・・・・」
 何が起きたのか解らず、沈黙してしまう雹吾達。そちらの方にゆっくりと振り向くと、宗一郎はにこりと笑った。
「『斉木流・満月の舞』。ま、やっぱ勝つ時は派手にいかんとな」
 倒れた片桐はぴくりとも動かない。
 宗一郎は後ろ手に縛られたまま気を失っているユイの方に行くと、縛っているひもを解いて、そのまま抱き上げた。
「雹の字!引き上げるぞ!」

「宗一郎!あんた、よくもこの私をだましてくれたわね!」
 秋田も無事に帰って来て、再び「時風」に乗り込んだ一同。当然、敵の追跡が有る物と思われたが、何故か全く追撃を受けることなく今の所来ている。
 既に、日本まであと3時間の距離に近づいた所だ。
 そこで、思い出したように知美が宗一郎にかみついて来た。
「な・・・だますとは人聞きの悪い」
「い〜え、十分だまされたわ。あんた、前に『護身術しかしたことがない』って言ったわよね?」
「え゛・・・いや、あれはその・・・」
「帰ったら、勝負よ!」
「・・・ユイちゃん、何とかしてくれ」
 宗一郎はそばにいたユイの後ろに隠れる。
「・・・くすっ。知美さん、それくらいで許してあげて」
「こら、宗一郎!女の子を盾にするとは卑怯だぞ!」
「あのな〜!」