・第8章「海中より愛を込めて」・
「じゃあ、説明してもらおうか」
座るなりで、宗一郎が秋田に尋ねる。
「大体にして、あの片桐っていう転校生野郎が工作員だとは思わなかったぜ。それに、海の上を走る車と言い、手をかざすだけで人一人を吹き飛ばす力と言い・・・あいつ、ただもんじゃないだろう?」
「まあな。信じるかどうかは別だが・・・あいつは超能力者だ」
「超能力者!?」
秋田の答えに、全員がハモる。
「ああ。・・・『オペレーションD』って言う組織が、F国に有るって言う話、前にしたこと有るよな?」
こくっ。
無言で頷く一同。
「あれだが・・・調べているうちに、何となく解って来た。あれは何かと闘う為に作られた、一種の戦闘集団だ」
「戦闘集団?軍隊とはまた違うんですか?」
健が聞き返す。
「いい質問だ。あの国にも当然ながら、軍隊は存在する。だが、政治概念からなのか、軍隊と言っても大したレベルじゃない。比較したらまだ自衛隊の方がマシなくらいだ。だが、オペレーションDはそれとはまったく関係無い」
「じゃあ、一体・・・?」
知美がつぶやくように尋ねた。
「簡単に言えば、『グリーンベレー』に似たような物だと思ってくれればいい。但し、構成している人間は・・・全員が何らかの超能力を持っている人間だ」
「超能力を持った人間の特殊戦闘集団・・・もしかして、あの片桐も?」
宗一郎の言葉に、秋田は頷く。
「残念ながら、その通りだ。で、何故にそんな連中に北上が狙われたからと言うと・・・」
「ユイちゃんも超能力者。それも、かなりのレベルの、な」
「・・・え?徳さん、何でそんな事知ってるの!?」
宗一郎の言葉に、知美が驚いたように聞き返す。
「ほら、飛行機に連れ去られそうになった時、落ちてくるユイちゃんが、何かの光に包まれただろ?」
「うん・・・あ、もしかして!」
「そう、その『もしかして』だ。帰り道で、ユイちゃん本人がそう言っていた。でも、自分の力でコントロールできるもんじゃあないらしい」
そう言うと、宗一郎は腕組みをする。
「そう、徳川の言うとおり、北上はかなりのレベルの超能力者で、その力を欲した為、連中に狙われた・・・と、こういう事らしい」
そう言って、秋田は一息ついた。
「先生・・・それで、ユイちゃんはどこに連れていかれたか解るんですか?」
綾乃がもっともな質問をする。
「それは、時風に直接聞いた方が早いな。おい、時風、地図を出してくれ」
『はい、わかりました』
机が一瞬光り、そこに地図が映し出される。
「今居るところがここ。で、連中が向かう先は、日本から南東にずっと進んだ所に有る、人工の浮島だ。そこに、オペレーションDの施設と思われる建造物が有る。F国の本国にはそう言う施設は無いから、まず間違いなくここだ」
「どのくらいで付くでござる?」
「そうだな・・・今の速度を維持すれば大体16時間。但し、ずっと海の中を潜って行く訳にも行かないから、正味1日と見たほうがいいか」
「ずいぶん時間が掛かるでござるな」
雹吾の言葉に、困ったような顔をする秋田。
「すまんな。これでも全速で飛ばしているが、相手は空を飛んでいったしなぁ・・・」
「じゃあ、こっちも飛行機を使えばよかったんじゃないの?」
「確かに、滝山・・・知美の言う事にも一理ある。がしかし、空を飛んで行くと、当然敵のレーダーに引っ掛かる。隠密に事を運ぶにはあまり適さんな」
「それで潜水艦と言う訳ですか・・・」
綾乃の言葉に秋田は頷いた。
「まあそう言う訳で、明日はもっと大変な事になると思う。まあ、だから今日は少し休んどけ。腹減ったら、時風に言えば作ってくれるし、眠けりゃ部屋を用意してくれる。シャワーも一応付いている」
そう言うと、秋田は立ち上がった。
「じゃあ、後はくつろいでいてくれ。オレは昨日寝ていないんでな、ちょっと寝させてもらうわ。時風、後は頼む」
『解りました』
そう言い残して、秋田は部屋をでていった。
「・・・しかしまあ、これはかなりのテクノロジーですね」
健が周りを見渡しながらそうつぶやいた。
「まったく、綾乃さんですら驚きだと言うのに、自分で考えて行動できる潜水艦ですか?つくづく技術の進歩には驚かされます」
『そう言って頂けるとうれしいです』
時風がそう返してくる。
「しかし、『潜水艦』って言う事は、戦闘能力とか有るんですか?」
健が時風に質問をする。
『一応、私の姉である「雪風」と、私は戦闘能力を付与されています。しかし、いずれ登場するであろう私達の妹は、戦闘能力を外された、汎用潜水艇になる筈です』
「なるほど」
「・・・・・・」
先程から、腕組みしたまま徳川はずっと黙り込んだままだ。何かを考えるかのように、じっと机に視線を落としている。
「・・・徳さん君、どうしたの?さっきから黙ったままで」
それに気が付いた綾乃が声を掛けた。
「・・・あ?ああ、何でも無い」
「何でも無いこと無いよ」
「何だそりゃ?」
「だって、この世の不幸を一身に背負ったような顔しているもん」
心配そうに、宗一郎の顔をのぞき込む綾乃。
「・・・ま、相手が超能力者とはいえ、むざむざとやられちまった自分が悲しくてな」
宗一郎はそう言って、ため息をついた。
「徳さん君、過去をくよくよしても始まらないよ。それより、未来をいい方に変える努力をしたほうがいいと思う」
「・・・そうだな」
「って、これ、吉野先生の言葉なんだけどね」
そう言って、にっこりと笑うと綾乃は立ち上がった。
「知ちゃん、メンテナンスコンピューター、ある?」
「うん、一応ハンディのやつ持って来た」
そう言って、知美も立ち上がった。
「時風ちゃん、コンセントが有る空いているお部屋、貸してくれないかな?」
『はい。じゃあ、そちらの出口から床の矢印に沿って歩いていって下さい』
「解ったよ。・・・じゃあみんな、私ちょっとメンテナンスしてくるね」
「私も付き合ってくる。夕食の時は呼んでね」
そう言って、軽く手を振って綾乃と知美は部屋から出ていった。
「まあ、のんびりやるでござるよ」
そう言うと、雹吾はその場で目を閉じる。一方、健は先程から時風とおしゃべりを続けていた。
「・・・そうだな、未来を変える努力、だな」
そう言うと、宗一郎も立ち上がり、部屋から出ていった。
「さて、敵の本拠地が近づいて来た訳だが・・・」
地図を見ながら秋田がつぶやく。
港を出てから23時間ちょっとが経過している。当然の事ながら既に日本は遥か彼方だ。
雹吾が秋田の方を向いて話しかけた。
「秋田先生、どうやってユイ嬢を助け出すでござるか?」
「うん、それだが。・・・これは昨日言わなかった事だが、彼ら・・・『オペレーションD』の本拠地というのは、地球の衛星軌道上に設けられた宇宙ステーションだ。そこへ向けて飛んで行くシャトルと言うのが有って、それが3日に一度のサイクルで飛んでいる。で、次の飛行時間が丁度・・・6時間後、だな」
腕時計で時間を確認しながら秋田が言う。
「宇宙ステーションだぁ!?連中、そんなもん持ってんのかよ?」
宗一郎が驚いたように声をあげる。
「すまんな、教えるのが遅れて。・・・で、そのシャトルでまず間違いなく北上は宇宙ステーションに送られると思う。そこで、だ」
「乗せられる前に何とかユイちゃんを助け出す訳ね」
「そう、知美の言うとおりだが、それではちょっと決定打に欠ける。・・・幸い、この浮島には超能力者はそれ程居ない筈だ。先程も言ったとおり、本拠地は宇宙ステーションだからだ。で、決定打として準備したのが・・・」
『私と言う訳ですね?』
「そう、時風だ。こいつで、シャトルの離陸用の滑走路を破壊する。同時に浮島に突入して、ユイを助け出す訳だ」
「先生、そのシャトルって、水平離着陸なんですか?」
健が手をあげて質問した。
「そうだ。と言っても、離陸の時はさすがにリニアカタパルトを使っているみたいだがな」
「リニア・・・カタパルト・・・って、何、たけさん君?」
綾乃が解らない顔をして健の方を見る。
「リニアカタパルトって言うのは、リニアモーターの原理を利用した加速装置なんです。例えばこの場合なら、シャトルを平面リニアの上に乗せて、そして加速させて一気に打ち上げる。接地面が無いから抵抗は空気だけですし、加速効率は現存するどのタイプのカタパルトよりも高いです。但し、割と広い空間が必要になるので、宇宙船とかの大型機にしか使われていませんけど」
「よく知っているなぁ、水木」
感心したように秋田が言う。
「昔、模型を作った事が有るんですよ」
照れたように健は頭をかく。
「まあ、そう言う訳だ。取り敢えずそのカタパルトさえ壊しちまえばシャトルは飛べない。余裕でつかまったお姫様を助けに行ける訳だな」
『お話の途中申し訳有りませんが、浮島のレーダー範囲内に入りました。30分後には接岸できます』
時風がそう報告する。
「そうか、解った。・・・で、浮島の潜入だが、お前達にも来てもらうぞ。と言っても、健はこっちに残って、時風のサポートに回って欲しい」
「解りました」
「残りの4人とオレで突入する。オレは陽動に回るから、お前らで北上を助け出してこい」
「で、潜入はどこからするんですか?」
知美がもっともな質問をする。
「人工浮島と言っても、一部は本物の島を利用している。そこに、排気・排水用のダクトが有る。そこから入る」
「そこって、監視されていないのか?」
「・・・色々調べた結果、そこが一番手薄で、なおかつ安全に侵入出来る場所らしい。但し、絶対と言う保証は無い」
宗一郎の質問に、少し考えてから答える秋田。
「まあ、敵地に乗り込むのに安全も何もあったもんじゃないけどな」
宗一郎の言葉に、全員が頷いた。
「・・・よし、時間だ。さっき打ち合わせた通り、先ずは大型ミサイルを3発撃ち込んで、リニアカタパルトを破壊、次にオレがプラスチック爆弾をまき散らしながら走り回るから、お前らは北上を助け出す。いいな!?」
「はい!」「承知でござる!」「おう!」
それぞれ返事を返す5人。
「じゃあ、行くぞ。時風、ミサイル3発!目標はリニアカタパルトだ!」
『了解。既に準備は出来ています』
「よ〜し、発射!」
ごん。
秋田の声とほぼ同時に、軽い振動音がしたかと思うと、「時風」のメインモニター上にイメージで描かれたミサイルのデザインが浮島めがけて飛んで行くのが表示される。
『着弾まであと10秒。
・・・ミサイル、敵レーダーに補足されました。対空機関銃の射撃を確認。
2番ミサイルに被弾、飛行に影響無し。
着弾まであと3秒・・・2・・・1・・・着弾。
リニアカタパルトの破壊を確認。緊急浮上します』
「よし、行くぞ!」
浮上した所は、丁度秋田が言っていた排気ダクトの部分だった。
「じゃあ、手筈通り水木は時風とここを少し離れて、敵の攻撃に備える。オレが合図したらまたここに来てくれ」
「解りました。ご武運を」
そう言うと健はハッチを閉める。同時に、緊急潜水を行う時風。
秋田たちは排気ダクトの中を走り出した。
「先生、で、ユイちゃんはどこに居るか解るんですか?」
走りながら宗一郎が尋ねる。
「残念ながらそこまでは解らんかった。だが、多分居るとすればシャトルの発着場付近だと思う。お前達、そっちに行ってくれ。オレはコントロールセンターとかの有る方向に行く」
そう言うと、ちょうど別れ道になっていた所から秋田は曲って、あっという間に姿を消した。
「しかしまあ、一介の学生がこんな映画みたいな事をしてもいいのかねぇ?」
走り続けながら、宗一郎が思わずつぶやく。それを聞いていた知美が、
「いいんじゃないの?これはこれで、なかなか楽しいピクニックよ」
と言って笑った。
「ピクニック、ねぇ・・・。学校無断で休んでか?」
「あ〜っ、そう言えば今日は平日だったんだ!」
綾乃が思い出したように言う。無論、「本気モード」のあのセンサーも出してある。
「・・・父さん達、心配していないかなぁ?」
「大丈夫だって、一応書き置きして来たんだし」
「書き置き・・・ったって、何て書き置きして来たんだ?」
「ん?『少しの間だけ出かけて来ます。心配しないで下さい。綾乃と知美』って♪」
「・・・・・・心配するなって方が無理だって〜の」
あきれる宗一郎。
「! ちょっと待って!」
と、綾乃が突然立ち止まった。
「どうしたでござる?」
「お願い、少しだけ静かに」
そう言うと、綾乃はセンサーの方向を微妙に調節しながら辺りを見回した。
「・・・遠くで爆発音が聞こえる。先生、はじめたみたいね」
「そうか、じゃあこっちも急がないとな」
続く。