・第7章「2度あることは・・・」・
定期テストが終わって数日後の事。
探偵同好会の一同(秋田を除く)は、校長室に呼ばれていた。
「いや〜、君達の活躍で幸いな事に生徒たちにもそれ程ケガ人が出なかったし、いくら感謝しても足りないくらいだ。本当にありがとう」
校長はそう言って、一人一人の手を握った。
「そんな大した事じゃないでござるよ」
雹吾が困ったような顔をしながらそう答える。
「いやいや、そんな事は無い。あの手並み、連携、どれをとっても素晴らしい。本当に感謝しているよ・・・」
・・・校長の「お礼の言葉」は、その後延々と1時間続いた。
「はふぅ、人のお話を聞くのって、こんなに疲れるとは思わなかった」
部室に戻り、ふらふらになりながら、綾乃がそう言う。それを、横から支える知美。
「ホント・・・あの校長先生、話長いんだもん」
「そうでござるなぁ・・・」
「はぁ〜・・・」
全員がため息をついたのは言うまでもない。
「ところで、徳川君、もう左腕は大丈夫なの?」
一息着いた所で、ユイが宗一郎に話しかけて来た。
「え?ああ、もう大丈夫だ」
そう言いつつ、左腕をぐるぐると回してみせる。それを見て、安心したような笑みを浮かべるユイ。
「良かった!」
「心配かけてすまんな」
宗一郎の言葉に、にっこりと微笑むユイ。
「・・・で、話は変わるけど、結局何だったんだ、あれ?」
事後調査を行っていた健の方を向いて、宗一郎は尋ねた。
「ん〜・・・結論から言って、あれは内部事情に詳しい何者かによる仕業だね」
読みかけの本を放り出して、何やらファイルを取り出す健。見ると、何かをプリントアウトしたらしき紙束がぎっしりとつまっていた。
「何者かの仕業?それってどういう事?」
知美が聞き返す。
「あの掃除ロボット用の制御端末を調べてみて解ったんだけど、誰かがプログラムを書き換えてた形跡が有るんだ。しかも、外部からのアクセスで」
「外部からのアクセスって・・・あれってオンラインでつながっているの?」
綾乃が、しごくもっともな質問をする。
「確かに、僕もオンラインで繋がっているとは思わなかったんだ。ところが、あれはしっかりと繋がっていた。学校のサーバーを通して、メーカーに動作状況の報告を毎日入れているらしいんだ。それで、メーカーは修理とかのサポートを行うシステムになっているらしい。ところが・・・」
「それを逆にたどって、プログラムを改変した物が居る・・・ってとこか?」
「そうだね」
宗一郎の言葉に頷く健。
「そんな芸当できる人、水木君の他に居るのかしら?」
ユイが首を傾げながらそう言った。健は苦笑しながら答える。
「僕でなくても、多少ネットワークの知識が有れば、特にきついセキュリティとかが掛かっている物でも無いし、簡単に入れるとは思う。ただ、問題は何故学校のサーバーを通している事を知っていたか、なんだよね」
「つまりは、内部の者か、内部事情に詳しい者、でござるな」
雹吾の言葉に頷く健。
「あれか?秋田先生が言っていた、『Dの工作員』」
「可能性は無いとは言えないけど、断言はできない。プログラムからだけじゃあ、誰と判定できないからね」
宗一郎の言葉にそう答えると、健は肩をすくめた。
「そもそも、この事と今までの事が繋がっているのかすらまだ解らないしね。秋田先生じゃないけど、情報が少なすぎるんだ」
「そうでござるな。・・・と、時間もいい具合でござるし、今日はもうお開きでござるかな?」
時計を見て雹吾がそう言い、今日の部活は終わりとなった。
帰り道での事。
「しっかし、今日の校長の話、長かったな〜」
「うん。私なんか、何にもしていないのに感謝されちゃって、困っちゃった」
歩きながらおしゃべりをしつつ、宗一郎とユイは帰り道を歩いていた。
既に桜の花も散り、夏が近づいてこようとしている。
「ん?」
「どうしたの?」
ふと前を向いて立ち止まった宗一郎を見て、怪訝そうに尋ねるユイ。前を向くと、そこには以前廊下で見掛けた転校生が立っていた。名前は・・・確か「片桐」だったか・・・。
「よう、片桐君、どうしたんだこんな所で?」
いつもの調子で声を掛ける宗一郎。しかし・・・。
「お前には用は無い。私が用が有るのは北上ユイ、お前だ」
そう言うと、片桐は手のひらを宗一郎の方に向けて構えた。
「はあっ!」
念を込めるように気合いを入れる片桐。と、同時に宗一郎が吹き飛ばされる。
「おわッ!?」
一瞬何が起きたか理解できなかった宗一郎だったが、とっさに空中で態勢を整えると、飛ばされた先に有った家の塀を利用して着地する。
「な・・・何だ今のは・・・?」
「徳川君!」
ユイが宗一郎の方に駆け寄ってこようとした。しかし。
「あ・・・か、体が・・・?」
突然、不自然な格好でその場に硬直してしまう。
「ユイちゃん!?」
見ると、片桐がユイの方に同じように手を突き出していた。
と、どこからともなく黒塗りの車が数台あらわれた。そして、片桐の後ろに止まる。
「片桐様、到着しました」
「よし、じゃあ北上ユイを車にのせろ。すぐ出発するぞ」
車から出て来た黒服の男にそう指示をして、立ち去ろうとする片桐。
「てめぇ!待て!」
宗一郎が駆け寄ろうとした。・・・が。
「お前に用事は無いと言っている!」
片桐が再び手をかざすと、宗一郎は又しても吹き飛ばされてしまった。
バタン。
やがて、車は宗一郎を残して走り去ってしまった。
「・・・ま、待ちやがれ〜っ!」
今度は着地に失敗していた宗一郎が、体の痛みに顔をしかめつつ、走り出す。
ぶうううん!
「徳さん、乗って!」
と、その場にバイクに乗った健があらわれた。
「おう!」
そのまま飛び乗る宗一郎。バイクは、タイヤを軋ませながら発進した。
「しかし、どうして解ったんだ?」
風圧に耐えつつ、宗一郎は尋ねた。
「秋田先生から携帯端末の方に電信メールが届いていたんだ。『今日、Dの工作員が本格的に動き出すから注意しろ』って・・・今日は端末を家に忘れていたから対応が遅れたんだ」
すまなそうに答える健。
「一応雹吾と滝山さん姉妹にも連絡は入れておいた。だけど、多分間に合わないね」
「気にすんな。・・・それより健、お前、何時の間にバイクの免許取ったんだ?」
「ああ、これ?学校には内緒だよ。入学してからすぐに取りに行ったんだ」
やがて、先程の黒塗りの車が見えてくる。
「あれだよね!?」
健が車を見て尋ねた。
「おう、そうだけど・・・どうする?」
「車に乗り移るって訳にも行かないし・・・」
と、一番最後尾を走っていた車の窓が開いた。
「何だ?」
見ると、黒服の男がこちらを向いて、銃を構えた。
「鉄砲だぁ!?」
「大丈夫、ここは街中だし、そう簡単に発砲はしてこない筈!」
自信ありげに言う健。
ダーン!
「・・・って、撃って来たじゃね〜かよ!!」
車が揺れてか、弾はあらぬ方向へと飛んで行く。
「あはは・・・嫌だね〜、常識の通用しない連中って」
乾いた笑いを浮かべる健。
「そんな事より!どうするんだよ、相手は飛び道具持ちだぞ!?」
「大丈夫、こっちにも用意してあるさ。徳さん、左のポケットの中に黒いボール入っているから、それを出してくれる?」
「ん?どれどれ」
ポケットを探ると、確かに丸い物が有る。取り出すと、確かにそれは黒いボールだった。
「で、これをどうする?」
「奴にぶつけて」
「・・・簡単に言うけどよ〜」
そう文句を言いつつ、狙いを定める宗一郎。
ビュッ!
狙い違わず、ボールは銃を構えた黒服の男に命中した。
ぐしゃっ。
と、ボールが割れて、中から黒い液体が飛び出し、男の顔についた。
「うわ〜っ!!なんだこれ〜っ!」
と、男が顔をかきむしりだした。と、体勢が崩れ、車から落ちてしまう。しかし、車はそんな事はお構いなしに走り続ける。
「あらあら・・・仲間意識の薄い事」
転がって来た男をよけつつ、健はつぶやいた。
「おい、何だよ、あの黒い液体?」
転がった男を眺めつつ、宗一郎が尋ねた。
「ああ、あれかい?外気に触れると固まりはじめる液体に、とろろ芋の粘着成分と、隠し味で唐辛子の濃縮液。皮膚に触れると痛かゆいんだよね〜♪ でもあんなに効果有るとは思わなかったよ」
何やら楽しそうに答える健。それを聞いた宗一郎は苦笑いを浮かべた。
「またけったいなモノを作ってからに・・・」
「お、次の奴が顔を出したよ。先生、やっちゃって下さい♪」
「うむ、拙者に任せろ」
次々と顔を出してくる黒服に、これまた次々とボールをぶつける宗一郎。
結果、黒服は脱落者が続出し、後はユイの乗せられた車だけとなった。
「ところで、連中どこに向かっている?」
最後の1個のボールをぶつけた宗一郎が健に尋ねる。
「・・・こっちの方向は・・・多分、港の方向だと思う」
「港?船で逃げようってのかな?」
やがて、港が見えて来た。
ユイを乗せた車は、そのまま埠頭の方へと走って行く。それを追う健と宗一郎。
「おい、あのままじゃあ海に飛び込むんじゃあ・・・」
と宗一郎が言いかけたその時。
ざぱーん!
車が海に飛び込んだ。健はぎりぎりの所でバイクを止める。
「何考えてんだ!?」
しかし、次の瞬間。
「・・・おい・・・うそだろ?」
車が水面を走って行くのが見えた。
やがて車は、港の中央付近に浮かんでいた飛行艇に横付けすると、中の人間が乗り込むのが見えた。
そして、唖然としている宗一郎と健をその場に残し、飛行艇は飛び去ってしまった。
「・・・くそっ!」
宗一郎が地面を重いっきり殴りつける。
キキーッ!
と、そこに見覚えの有るぼろ車が走りついた。
「徳さん君!たけさん君!」
車から、綾乃、知美、雹吾、秋田が降り立って来た。
「・・・ごめん、間に合わなかった・・・」
健がやっとの思いで言葉をしぼり出す。
「連中、何で逃げた?」
「何か、飛行艇みたいな物を使って逃げました。それより・・・」
「車が海の上を走った。そうだろ?」
秋田の言葉に、目を見開く健。
「・・・先生、何故それを?」
「詳しい説明は後だ。追うぞ」
「え・・・でも、どうやって?」
健の質問に、意味ありげに笑顔を浮かべる秋田。
「こっちにも、隠し玉は有るって事よ。・・・おい、『時風』、そこに居るんだろ?さっさと浮かんでこい!」
秋田が何やら時計に向かって話しかけた。すると・・・。
ざぱーん!
突然目の前の海中から、白塗りの潜水艦が浮かび上がって来た。
「せ、潜水艦!?」
突然の事に驚く宗一郎。他のメンバーも、声には出さないが驚いている。
やがて、潜水艦は埠頭に横付けすると、ハッチを開いた。
「さあ、乗れ」
秋田の言葉に、思い出したように6人が乗り込んだ。
「先生、これは一体・・・?」
あまり広いとは言えない船内。そんな中で、コントロールルームとおぼしき所に出た所で、健が秋田に尋ねた。
「こいつはまだ試作機だが、運用試験をかねて借りて来た。コードネームXSS−002、通称『時風』だ」
『はじめまして、皆さん。時風です。よろしくお願い致しますね』
と、スピーカーから鈴を転がしたような声が聞こえて来た。
「しゃ、しゃべった!?」
「おう、こいつは綾乃と同等の能力のAIを積載してる。だから、こいつの操縦から食事の支度までは、こいつが全部面倒を見てくれるんだ」
「私と・・・同じ?」
綾乃が聞き返す。
「おう。但し、体が潜水艦だから、食べ物とかはいらんけどな」
「・・・先生、あんたって、ただの私立探偵じゃないだろ?一体何者だ!?」
と、今まで黙っていた宗一郎が秋田に強い調子で聞いて来た。
「・・・まあ、それはいずれ明かす。今はそれより、ユイの方だ。時風、さっき飛んでった飛行艇、追跡はしているな?」
『勿論です』
「よし、じゃあ全速で追え」
『了解しました』
と、軽い振動音と共に「時風」が動き出した。
「よ〜し、これからが本番だ!」
秋田は気合いを入れるかの如く、指をぽきぽきとならすと、いすの一つに座った。
「おう、取り敢えずお前らも座れや」
続く。