・第6章「転校生」・


「では、ホームルームを始める前に、転校生の紹介をする。・・・片桐君、入りたまえ」
 ガラガラガラ。
 ガラガラガラ。ぴしゃっ。
「彼は、神戸より転向して来た片桐 正吾君だ。じゃあ、軽く自己紹介をしてくれ」
「はい。・・・片桐 正吾です。出身は武蔵野、子供の時親の仕事の関係で神戸に行きました。趣味は音楽鑑賞です。よろしくお願いします」

「今時期に転校生とは、めずらしいでござるね」
 HRが終わり、1時間目が始まる前のちょっとした休み時間。席が固まっている雹吾、宗一郎、健は集まっておしゃべりに花を咲かせていた。
「ん〜、6月に、だろ?普通、転勤とかって言ったら、年度末に固まる筈だしな」
 そう言いながら、宗一郎はそれ程興味はなさそうに、教科書を読んでいる。
「何時に無く真剣だね」
 その様子を見た健が宗一郎にそう言った。
「ば〜か、再来週には定期テストだろ?今からでも遅いくらいだ」
「そうでござるな。・・・来週からは同好会も休部にするでござるか?」
 雹吾がそう提案する。
「いんや、同好会はそのまま『勉強会』にした方がいいんじゃね〜の?」
「また、何時『D』の連中が来るとも解らないしね」
 宗一郎の言葉に、健が同調する。
「それもそうでござるな。じゃあ、早速今日から勉強会にするでござるか」
「そうだな・・・ん?」
 と、ふと宗一郎は視線を感じて、顔をあげる。上げた方向には、こちらを向いている転校生の顔があった。
 ついっと、転校生が顔をそらす。
(・・・?)
 顔をそらす瞬間、宗一郎は転校生が笑ったような気がした。しかも、嘲るような冷たい笑み。
 しかし、よく見ると転校生は教科書に視線を落としているだけであった。
「・・・気のせいか?」
「どうしたでござる?」
 雹吾がその様子に気がつき、声を掛ける。
「いや、何でも無い」
「そうでござるか」
「・・・気がする」
 しかし、その言葉は誰にも聞かれる事は無かった。

 放課後。
「やれやれ、お勤めご苦労さん・・・って感じかい?」
 軽く背伸びをして、肩をほぐす宗一郎。
「徳川、拙者と水木は掃除当番でござるから、先に部室に行って鍵を開けておいて欲しいでござる」
 と、教室の向こう側から雹吾がそう言って鍵を放り投げてくる。
「おう、解った」
 後ろ手でそれを受け取ると、宗一郎は鞄をもって席を立った。

「隙ありっ!」
 教室をでた瞬間、宗一郎は誰かに紙を丸めた物で叩かれた。
「え・・・ユイちゃん?」
 そこには、にっこりと笑ったユイが立っていた。
「えへへ、ごめんね」
 そう言って、ユイは宗一郎の前に立つ。
「これから部室に行くんでしょう?」
「う・・・ああ」
「じゃあ、一緒に行こうよ」
 そう言って、ユイは歩き出す。後を追うようにして、宗一郎も歩き出した。
「しかしまあ、『隙あり』とはねぇ・・・」
「ふふふっ、もののふたる者、常日頃より周囲の敵に気を回せ、でござるよ」
 雹吾のしゃべり方のまねをしながら、ユイはくすくすと笑う。
(・・・明るくなったなぁ)
 そんなユイの様子を見ながら、宗一郎はふと、そんな事を思った。

 部室の前では、既に綾乃と知美が待っていた。
「お、早いじゃん」
 手をあげて、軽く挨拶をする宗一郎。同時に、部室の鍵を知美の方に放り投げる。
「まあね。今日は最後の時間、先生の用事とやらで早く終わったんだ・・・よっと」
 鍵を受け取りつつ、知美はそう答えた。
「私は、今日は1時間少ない日だから・・・」
 綾乃はそう言って、床に置いていた鞄を取る。
「ところで、定期テスト、もうすぐだよね」
 扉が開いた部室の中に入りつつ、ユイがそう言う。
「ああ、それで今日雹吾と健と相談したんだけどさ、今日からテスト勉強の為の勉強会を開かないかって」
 部室に入り、いつも座っている席に座りつつ宗一郎がそう提案する。
「勉強会?いいね、それ」「あ、それ私も賛成」
 知美と綾乃がそう言って席に付く。
「うん、それ、いいね」
 ユイもそう言って、早速勉強会が始まった。

「よう、久し振り・・・って、お前達何勉強しているんだ?」
 後からやって来た雹吾と健を交え、勉強会に熱が入って来た頃。秋田がふらりと部室の方に顔を出して来た。
「先生、何言ってんの?再来週から定期テストだぜ?」
「部活を利用して、6人で共同戦線を張っているでござるよ」
 宗一郎と雹吾がそう言い返す。
「そ、そう言えばそうだったな。まあ、非常に宜しい事だ、うん。・・・お、そう言えば、もし解らん事あったら先生にも聞いていいぞ」
「でも先生、私達の学年担当じゃないよ?」
 知美がそう言って顔をあげる。
「あ、そうだったな、そう言えば。ま、仕方ないか。取り敢えず、赤点取らない程度に頑張ってくれや」
 そこまで言って、ふと思い出したように秋田が話を変えて来た。
「ところで、ユイの事に関してだが、追加情報が手に入った」
「何?」「何ですか?」「何でござる?」
 6人が一斉に秋田の方を向く。
「何でも、例の『オペレーションD』だけど、どうやらエージェントをうちの学校に送り出して来たらしい」
「エージェント?工作員って事ですか?」
 ユイが聞き返す。不安そうな表情は隠せない。
「そうだな。だが、どんな奴かと言うのが解っていない。まあ用心するに越した事は無いがな」
 そう言いながら、秋田は顎鬚をいじった。
「で、未だにその連中、何が目的かって解っていないの?」
 宗一郎が尋ねた。
「そうなんだ、すまんな。どうもこの件に関しては、情報が少なすぎる」
 頭をかきつつ、秋田がそう言う。
「たけさんの方は?」
 知美が健の方を向いて尋ねる。
「ん〜、こっちもそうです。オンラインの情報に引っ掛かってこないと言うことは、よほど上手く情報を隠しているか、あるいはオフラインでしか情報をやり取りしていないか・・・。いずれにせよ、今の所は何も有りません」
 そう言って健は肩をすくめる。
「?」
 と、綾乃が窓から外を眺めた。
「どうしたの、綾ちゃん?」
 それに気がついた知美が声を掛ける。
「うん、何かグランドの方が騒がしいんだけど・・・」
「大方誰かがケガでもしたんじゃ無いのか?」
 宗一郎がそう言う。
「いや、違うわ。・・・これは・・・あれは!?」
 と、綾乃が驚いた声を上げたので、全員が窓によって来た。
 見ると、何やら銀色の物体がグランドの真ん中で暴れている様にぐるぐると回っているのが見える。
 止めようとしているのか、周囲に生徒が集まっている。
「あれって・・・用務員のおじさんが使っている『掃除ロボット』じゃ無いの?」
「ふむ・・・そうですね。あの形は多分間違い無いでしょう」
 綾乃の質問に、健がそう答える。
「それがなんでグランドで・・・?」
 と、突然その掃除ロボットが、まるで意思有るかの如く周囲の生徒を襲いはじめた。
「あれは・・・暴走しています!」
 健がそう叫ぶ。
「止めなきゃ!」
 知美がそう言って部室を飛び出した。遅れまじと残りの全員が続く。

 グランドは、逃げ惑う生徒で、パニック状態に陥っていた。
 連絡を受けたらしき何人かの教師も居るが、手の着けようが無いのかおろおろとしているばかりだ。
「たけさん、あれのコントロールって、確か用務員室の端末だよね?」
「そうだけど・・・あ、そうか!じゃあ、そっちは僕に任せて!」
「うん、お願い!」
 知美に言われて、健は用務員室に向けて駆け出した。
「しかし、どうやって止めるでござるか?」
 様子をうかがいながら、雹吾が知美に尋ねる。
「一応たけさんの方にコントロールの端末を任せたけど、あれじゃあ多分無理よね。で、確か、あれの緊急停止ボタンが、『背中』にあたる部分に有った筈なの。それを押せば、止めれる筈だけど・・・」
「問題は、どうやって押すかよね」
 綾乃はそう言いながら不安そうな表情をする。
「・・・今考えたんだけど。私と綾ちゃんであのロボットの注意を引き付けるから、雹の字と徳さんでスイッチ押してくれない?」
 と、ロボットの方を向いたまま知美がそんな事を言い出した。
「・・・大丈夫でござるか?」
「なんなら、オレが引きつけるけど?」
 雹吾と宗一郎が同時に言ってくる。
「いや、これは私達じゃないとダメ。あれも、一応物が見えるんでしょう?だったら、そっくりな私達を見て・・・」
「そうか!綾乃嬢と知美嬢なら瓜二つでござるから、あのロボットも迷う筈でござるな!」
「なるほど・・・」
 感心したように声をあげる雹吾と宗一郎。
「え〜、知ちゃん、私自信無いよ?」
 と、綾乃が知美の方を向いて自信無さそうに言った。
「・・・『綾乃』ちゃん、行くよ」
 と、知美が綾乃の方を向いて、真顔で「名前」を呼んだ。
 最初はびっくりした顔をしていた綾乃だが、すぐに真顔になり、
「・・・うん、解った、『知美』ちゃん」
 と答える。
「おい、お前ら、今名前で・・・」
 宗一郎が何か言いかけて、言葉を止める。
 かしゃっ。
 身構えた綾乃の耳の上から、以前見た事が有る金属板が顔を出したからだ。確か本人が「センサー」だと言っていたもの。
 見方によっては、うさ耳にも見える。が、今はそんな事を言っている場合ではない。
「・・・本気モード・・・」
 そうつぶやいて、頭を軽く振ってから身構える宗一郎。
「・・・解った。そのつもりならこっちも覚悟を決めんとな。雹の字、気合い入れていくぞ!」
「承知、でござる!」
「じゃあ、行くわよ。レディ・・・ゴー!!」
 そして、知美のかけ声で4人は一斉に掃除ロボットに向けて走り出した。
「先生・・・大丈夫でしょうか?」
 ユイが不安そうに秋田の方を向いて言う。
「お前の友人達を信用しろ。お前を2回も救い出したんだ、言うだけの事はしてくれる筈だ」
 そう言って、秋田は軽くユイの肩を叩いた。

「綾乃ちゃん、いくら本気だからって、壊しちゃダメだよ!」
 走りながら知美が綾乃に話しかける。
「解ってる!だけど、不可抗力って言葉も有るからね!」
 綾乃はそう答えた。
「それは仕方ないよ。じゃあ、綾乃ちゃんは右、私は左!」
「解った、知美ちゃん!」
 掃除ロボットの間近まで近づいた所で、綾乃と知美は二手に別れた。
 そして、同時に仕掛ける。
「え〜いっ!」「やあっ!」
 しかし、掃除ロボットは後ろに下がって、それをかわす。
 ぶんっ!
 同時に、内蔵しているモップが付いたアームで横になぎ払って来た。
 ジャンプしてよける綾乃と知美。
 と、もう一度同じアームが回転して来た。
 今度はしゃがんでかわす知美。しかし、綾乃はかわしきれなかった。
 がしっ!
 間一髪、両腕でガードする綾乃。しかし、その衝撃で横に吹き飛ばされる。
「綾乃ちゃん!」
 知美はそう叫ぶと同時に、綾乃にアームを振りおろそうとしていた掃除ロボットに跳び蹴りを食らわせる。
 ぐらっ。
 掃除ロボットが傾く。
「せりゃあ!」
 と、気合いの声と共に宗一郎がロボットの懐に飛び込んだ。停止スイッチを押そうと手を伸ばす。しかし・・・。
 どがっ!
「げっ!」
 ボディの部分から別のアームが飛び出し、宗一郎をなぎ払った。一応左腕でガードをするが、そのまま宗一郎は地面に倒されてしまった。
「はあっ!」
 バキッ!
 その時雹吾が、宗一郎にむけられたアームを蹴飛ばす。アームはあらぬ方向に曲ってしまう。
「えいっ!」
 同時に、綾乃が足払いの要領で掃除ロボットの「足」にあたるタイヤの部分を蹴飛ばす。
 ぐらり。
 先程知美に跳び蹴りを食らった時よりも大きく傾く掃除ロボット。それを見た知美が、再び跳び蹴りをする。
 ぐしゃ〜ん!
 そのまま、掃除ロボットは倒れてしまう。だが、相変わらずアームを振り回し、更には起き上がろうとしていた。
「こんのやろ〜っ!」
 と、起き上がって来た宗一郎が、掃除ロボットの方に向かってかけ出した。
 びゅん!
 上段から振り下ろされるアーム。しかし、宗一郎は紙一重でそれをかわすと、跳び箱飛びの要領で掃除ロボットを飛び越した。
 かちっ。
 ううううぅん・・・。
 と、同時に掃除ロボットの動作が止まる。
「へっ、やったぜ!」
 反対側でほこりを払いながら立ち上がる宗一郎。
「徳川、すごいでござるな!一体どういう技を使ったでござるか?」
 雹吾が寄って来て尋ねる。
「ん?いや、例の緊急停止スイッチ、あれが上に向いたのが見えたから、飛び越し際に押しただけの話さ」
「そうでござったか。しかし、とっさによくあの技が出来たでござるな」
「ほんとほんと、徳さんの事見直しちゃった」
 知美も寄って来てそう言う。
「あのなぁ・・・オレを誰だと思ってんだ?」

「・・・しかし、知美にも『本気モード』があったんだな」
 後の処理をその場に居あわせた教師に任せ、部室の方に引きあげて来た7人。
 一息着いてから、思い出したように宗一郎がつぶやいた。
「な・・・何その、私の『本気モード』って?」
 少し慌てたように知美が聞き返す。
「うん、知ちゃんも『本気モード』有るよ。私の事を『綾乃ちゃん』って呼ぶ時は、完全に入っちゃっているから」
 自分で充電用のコンセントを繋ぎながら、綾乃はそう言ってくすくすと笑い出した。
「あ、も、もう!綾ちゃんったら、何て事言うの!」
 真っ赤になりながら、知美が綾乃に食って掛かる。
「まあまあ・・・」
 こちらもくすくす笑いながら、ユイが止めに入る。
「照れる知美ってのも珍しいな・・・ん?」
 と、しゃべりかけた宗一郎が不意に言葉を止めて、何かに気がついたように自分の左腕を眺めた。
 つつぅ。
 と同時に、袖口から一筋の赤い液体が滴り落ちる。
「・・・げ」
 そう一言言って、慌てて上着を脱ぐ宗一郎。上着を脱ぐと、左腕の部分が真っ赤に染まっていた。
「と、徳川君!?どうしたの、それ!?」
 びっくりしたようにユイが声を上げ、宗一郎の側によってくる。
「・・・さっきのロボットとのバトルの余韻で気が付かんかったけど・・・どうやら吹き飛ばされた時にガードしたのが原因らしいな・・・いてて」
 そう言って、思い出したように、痛みに顔をしかめる宗一郎。
「大丈夫?ねえ、大丈夫?」
 泣きそうな顔をしながら、ユイが必死に尋ねて来た。他の全員も、一様に心配そうな顔をしている。
「大丈夫・・・と言いたい所だが、正直ヤバいような気もする」
「徳川、取り敢えず保健室に行け!」
 秋田の言葉に、頷いて立ち上がる宗一郎。
「私、連れて行くから」
 そう言って、ユイが宗一郎の手をとって立ち上がる。
「いいよ、それ程の物でも・・・」
「いいから行くの!」
 宗一郎の言葉に、強く言い返すユイ。見ると、少し瞳が潤んでいる。
「う・・・わ、解った」

 保健室へ向かう廊下。ユイが宗一郎の肩を支える形で歩いていた。
「すまんな」
 宗一郎が照れたようにユイの方に向いて言う。
「これで感謝されちゃったら、私、いくら徳川君に感謝しても足りないよ?」
 こちらも照れたように答えるユイ。
 と、ふと宗一郎が前の方に視線を向けると、今朝の転校生が丁度歩いてくる所だった。
「よう、・・・え〜と、片桐君って言ったっけ?」
「やあ、どうも・・・って、どうしたの、その左腕?」
 片桐は、少し驚いたような顔をして左腕を見る。
「ん、まあ、ちょっと色々あってね」
「そうか。まあ、お大事に。じゃあ」
 軽く手をあげて、すれ違う片桐。
「・・・今の人は?」
 ユイが尋ねて来た。
「ん?ああ、今日、うちのクラスに来た転校生」
「ふ〜ん・・・」
 そう言いつつ、ユイが後ろを見ると、片桐の視線とぶつかった。
「・・・?」
 ついっと、踵を返して去って行く片桐。
「ん?どうした?」
「え?ううん、何でも無い」
(今の片桐って人・・・笑ってた?)
 振り返る時、ユイは片桐の唇のはしが釣り上がるのを見たような気がしたのだ。
(・・・気のせいかしら?)

 続く。