・番外章3「花見で一杯」・
「ところで、この前話していたお花見の事でござるが、今度の日曜日に行おうと思っているでござる。各々方いかがでござるか?」
2回目のユイの誘拐未遂事件が発生した後のとある日の放課後。いつも通り探偵同好会のメンバーが集まって部室でお茶やおしゃべりをしている時に、ふと思い出したように雹吾が話を切り出して来た。
「そう言えば、花見をしようって話、してたっけね」
知美が読んでいた本を下ろしてそう言った。
「にしても、次の日曜日とは、また急な話ね〜」
「明後日・・・?」
と、これも本を読んでいたユイが聞き返す。
「そう。ちょっと急ではありますけど、今度の日曜日辺りが桜の見頃の終わりみたいですし。この機会を逃せば、後は来年までお預けになっちゃうんですよね。今拾って来た桜情報もそう書いてあります」
サテライトサービスを利用して桜情報をダウンロードしていた健がそう言った。
「ん〜、そうだね。明後日なら暇だし、私はいいよ。いいよね、綾ちゃん?」
「・・・ん?お花見?うん、いいよ」
何やらコンピューターゲームに熱中していた綾乃が答える。
「・・・綾乃、お前アンドロイドのくせにコンピューターゲームとかやんのか?」
新聞を読んでいた宗一郎が綾乃の方を見てそう言う。
「あ〜っ、徳さん君、それって差別発言〜。アンドロイドでも面白い物は面白いの!」
少しふくれっ面をして言い返す綾乃。ふくれっ面をしながらも、再びゲームに熱中し出す。
「へいへい、悪うござんした。・・・っと、オレは明後日でいいぜ、雹の字」
「あ、私もいいよ」
ユイも答える。気のせいか、少し嬉しそうな表情をしている。
「じゃあ、決まりでござるな。じゃあ、実行委員長の健殿、具体的な計画を説明するでござる」
「はいはい。・・・え〜っと、場所は以前から目を付けておいた、裏山の小高い丘になっている空き地と考えているんだけど、どうだろう?」
そう言って、健は黒板に学校からの簡単な地図を描く。
「へ〜、いい所見つけてるじゃん」
感心したように宗一郎が言う。
「いくらなんでも、桜街道とか、途中の公園にはできないからね。街の騒音とか、他の人の騒がしさとかを考えると、あそこなら滅多に人も来ないし、うちらだけで小ぢんまりと花見をするにはいいなと思って」
黒板に地図を描き終えた健がそう言って全員の方に向き直る。
「で、集合は11時半くらい。『花よりダンゴ』って言葉も有るけど、どうせやるなら食べ物とか飲み物とか持ちよったほうがいいしね」
「あ、それは賛成だな」
と、知美はそう言って何やら考え込みはじめた。
「・・・んじゃあ、こうしない?場所と飲み物の確保は男子の仕事で、お弁当の準備は女子の仕事・・・って言うのは?」
「はぁ・・・その辺の会社のサラリーマンじゃ有るまいし・・・」
頬杖をついて宗一郎がそうつぶやく。
「あら、じゃあ徳さん、お弁当作ってくる?」
知美がいたずらっぽく微笑む。
「う・・・わ、解った。確かに場所取りを女の子に任せる訳にはいかんしな」
あせったように宗一郎がそう言った。それを見て、くすりと笑うユイ。
「じゃあ、そう言う事で、決まりだね」
健がそう言って、全員が頷いた。
「ん〜、いい天気だ〜。何て言うか、花見日和とでも言うのかい?」
そして当日。
学校の裏に有る小高い丘。ここにも例外無く桜が植えられている。但し、正確にはここは学校の敷地ではないし、場所的な事もあってか、滅多に訪れる人も居ない。
そんな、小高い丘の上に有るちょっとした空き地に、ビニール製の敷物を敷き並べつつ、宗一郎がつぶやく。
時計は午前11時15分。まだ集合時間には早いが、彼は先にこの場所に来ていて、場所取りをしていた。
ちなみに、雹吾は飲み物の買い出し、健は「やっぱり宴会の華と言えばカラオケだよね」とか言いながら自宅から携帯カラオケセットを持ってくる手筈になっている。
女性陣3人は、ユイの家に集まって、お弁当を作っている筈だ。
「桜が僅かに散る中、花を愛でつつ空を眺める。・・・風流だねぇ〜」
そうつぶやいた時。
「な〜に一人で浸ってるのよ?」
「げ、聞いていたのかよ?」
何時の間にやって来たのか、綾乃、知美、ユイがその場に居た。
知美は何やら意味ありげな笑みを浮かべている。
「それにしても、徳さんって随分風流人だったんだねぇ」
「何言ってんだよ。うちは副将軍家だぞ?その中でも特に光圀公は学者として有名だが歌人としても名を馳せていたんだ。その血が流れているんだから、オレだってたまにはなぁ・・・」
言いかけて、宗一郎は続きを言うのをやめた。バカくさいだけだ。
「え?水戸光圀って、手下を連れて世直しの旅をしていたんじゃないの?」
持って来た荷物を置きながら綾乃が尋ねる。
「それはテレビの作り話。本当の光圀公って言うのは、学者として日本中をまわっていたんだ。だから、世直しなんかしたことがない」
「知らなかった・・・」
綾乃はそう言って、しきりと感心している。
「ところで、他の人は?」
同じように荷物を置き、靴を脱いで敷物の上に座った知美が宗一郎に尋ねる。
「ん?まだ来てない。オレがちょっと早かったからな。・・・って、考えたら、お前らも随分早かったじゃね〜か?」
「うん、何か3人で楽しくお料理作っていたら、あっという間に終わっちゃって、ね」
嬉しそうにユイが答える。
「なるほどね」
「お待たせでござる〜」
と、丁度いいタイミングで雹吾がやって来た。
「いやいや、すっかり遅れてしまったでござるな」
そう言いながら雹吾は、ジュースのペットボトル等が大量に入ったビニール袋を敷物の上に下ろし、額の汗をぬぐう。どうやら、ここまで走って来たらしい。
「いんや、まだ10分早いぜ」
その荷物をまとめながら、宗一郎がそう言った。
「そうでござったか?・・・ふむ、まだ水木が来ていないようでござるな」
「お待たせ〜」
その時、これまたいいタイミングで健があらわれた。
「いやあ、ごめんごめん。うちの母親が甘酒作ってくれてさ。それとカラオケセット持ってくるのに手間掛かっちゃって」
見ると、健は右手にカラオケセットらしい小さい鞄を、左手にはかなり大きめの水筒を持っていた。
「ちょっと早いけど全員そろったし、始めようか?」
知美がそう提案し、全員が頷く。
「じゃ、せっかくだし、ここは健の母さんの甘酒で乾杯と行くか」
弁当が広げられ、紙コップが手渡された時。宗一郎がそう提案する。
「そうだね。せっかく作ってくれたんだし、頂かないと失礼よね」
知美も頷いて、健から水筒を受け取ると、注いで回りはじめた。
「あ・・・と、知ちゃん・・・」
と、綾乃が甘酒が注がれたコップを手に、何やら困ったような表情で知美の方を見ている。
「? どうしたの、綾ちゃん?」
「私・・・甘酒って・・・飲んだこと無いよ」
「あ、そっか」
「何、綾乃はアルコール分解機能は持っていないのか?」
と、横でそれを聞いていた宗一郎が聞いて来た。
「あ、それは大丈夫だと思う。私の場合、普通の人が食べれる食べ物なら大抵の物は取り込んでエネルギーに変換できるから・・・」
「そうか、じゃあ大丈夫だろう。それも、元をただせばコメだ」
「・・・そっか」
言われて、一応納得する綾乃。
「じゃあ、乾杯でござる」
「かーんぱーい!」
紙コップが掲げられ、各自は甘酒を飲み干した。
・・・いや、約一名ほど、中の液体を眺めたまま動作が止まっているのが居た。
綾乃である。
「・・・綾ちゃん、大丈夫だって。これ、甘酒っていうけど、お酒じゃないから。甘い飲み物だし、おいしいよ?」
動作が止まっている知美に綾乃が話しかける。
「・・・そ、そう?」
「うんうん、ほら、くいっと」
「う、うん」
こくっ、こくっ、こくっ。
軽くのどを鳴らして、甘酒を飲み干す綾乃。
そしてそのまま・・・。
「ふえぇ・・・」
ばたっ。
「あ、綾ちゃん!?」
綾乃はそのまま、気持ちよさそうに寝息をたてはじめた。
見ると、顔がすごく赤くなっている。
「・・・おい、知美・・・」
それを見ていた宗一郎が目を丸くしながら話しかけて来た。
「・・・綾乃って、実はめちゃくちゃアルコール系弱いんじゃないか?」
「そう・・・みたいだね・・・私も知らなかった・・・」
茫然としながら、それでもやっとの思いで言葉を返す知美。
「あ、あの・・・綾乃さん、大丈夫?」
横から覗き込みながら、ユイが恐る恐る声を掛ける。が、無論、反応が無い。
「・・・い、いや、ほら、姉さんちょっとアルコール系に弱いらしくて、寝ちゃっただけだから、心配しなくてもいいよ、ユイちゃん」
どもりながら知美がユイにそう言う。
無論、説得力など有ろう筈も無い。
「・・・しかし、まさか甘酒一杯でダウンするとは・・・」
健も驚きを隠せない表情をしている。
「・・・と、取り敢えず、姉さんは寝かせておこうよ。ね?」
知美がそう提案し、取り敢えず花見の宴は続けられる事になった。
「・・・でも、綾乃さん、こうやってみると何か艶めかしいね」
宴は進み、食べ物が半分ほど消費され、カラオケ合戦が始まった頃。ユイが宗一郎の方に話しかけて来た。
「ん?綾乃が艶めかしい?」
知美の上着を掛けられて、桜の花びらが少し降り懸かっている綾乃。頬をほんのりと朱色に染めて、幸せそうな顔をして眠っている。
「・・・かもな。アンドロイドに『艶めかしい』って表現が当てはまるかどうかは別としてだけど」
「うん」
それっきり、黙り込む二人。
「はいはいはい!次はユイちゃんの番だよ〜!」
と、そこに騒がしく知美がマイクを持ってやって来た。
「え?で、でも私、あまり歌は得意じゃないし・・・」
「はい、お約束は却下。たまの宴会なんだし、聞くのはうちらしか居ないんだから。ほらほら、早く早く!」
半ば無理矢理にマイクを押しつけられ、困った顔をするユイ。
「・・・そうだ!徳川君、手伝ってくれない?」
と、ユイが宗一郎にデュオを申し込んで来た。
「オレ?まあ、別にいいよ」
そして二人が歌いはじめる。
驚くべき事に、ユイはその場に居合わせた誰よりも歌が上手かった。透き通るような声、心地好いトーン、軽く踊りながら取るリズム。
思わずその場に居た全員が見とれてしまう。
「・・・はぁ・・・隠された才能って奴かしら」
ため息交じりに知美がつぶやく。健もその横で頷いて居た。
「確かに、ユイさん、お世辞抜きで歌上手いですね」
そして、二人の歌が終わった。
「ユイちゃん、歌上手いじゃないの!」
マイクを受け取りつつ、知美がそう言った。
「え、それ程の物じゃないけど・・・」
「謙遜しなさんな。一緒に歌っていて驚いたぜ。本当に上手いな」
宗一郎もそう言って、マイクを置く。
「・・・本当にぃ、じょうずですよぉ・・・」
と、後ろの方から何やら間の抜けた声が聞こえた。
「?」
振り返ると、今起きたらしく、綾乃が身体中に桜の花びらを付けたまま、赤い顔をしてにこやかに座っていた。
「綾ちゃん、大丈夫?」
知美が側に寄って行く。
「う〜ん・・・だいじょうぶぅ・・・じゃないかもぉ・・・」
のんびりと答える綾乃。
「・・・何か、本当に酔っ払っているみたいでござるな」
雹吾がその様子を見て言った。
「うん・・・たぶんねぇ・・・なんかおかしいよねぇ・・・あまざけでよっちゃうなんてぇ・・・うふふ・・・わたしぃあんどろいどのはずなのにぃ・・・ふふふぅ」
「・・・これ以降、綾乃にアルコール系の飲み物は禁止だな」
宗一郎の言葉に、綾乃以外の全員が頷いたのは言うまでもない。