・第5章「秋田探偵事務所」・


「まあ、狭くて汚い所だけど、入ってくれや」
「おじゃましま〜す」*6
 あの後、その場を逃げ出して来た一同は、ユイがまだ目覚めないので、取り敢えず秋田の探偵事務所に行く事になったのだ。
「へェ〜、これが、秋田先生の事務所」
 ものめずらしそうに見回す健。
「おい、その辺の器材とか、勝手にいじるなよ」
「解っていますって」
 そう言いつつ、既に何かの機械に手を伸ばしている健。
「・・・っと、おい、徳川。北上はここにでも寝かせとけ。ベッドは俺の服とか脱ぎ散らかしているし、ちょっと開けれん」
「解りました」
 ずっとユイを抱いていた宗一郎は、秋田が示したソファーに寝かせる。そして、宗一郎自身もソファーのそばに座り込んだ。
「さて、と。・・・おう、飲み物は冷蔵庫から勝手に出して飲んでいいぞ。ただし、酒も入っているけど酒は駄目だ」
「それくらい解っているでござるよ」
 そう言うと、雹吾は冷蔵庫を開ける。
 と、綾乃が床にぺたりと座り込んでしまった。見ると、顔色が悪い。
「綾ちゃん、もしかして、エネルギー切れ?」
「・・・う・・・ん、そう・・・みたい・・・何かすごく・・・疲れて・・・」
 苦しそうに、知美を見あげる綾乃。
「今繋ぐから、省電力モードに少しの間切り替えて」
「う・・・ん・・・」
 そのまま、動きが止まる綾乃。
「おいおい、大丈夫か?」
 それを見た秋田が近づいて来た。
「・・・しかし、アンドロイドのエネルギー源って、何なんだ、知美?」
「綾ちゃんの場合、普段は私達と同じようにご飯食べているんだ。だけど、今日みたいに激しい運動をすると、ちょっと電気が必要みたい」
 そう言うと、知美は綾乃の左腕を持ち上げ袖をまくり、何かをした。
 かちゃ。
 と、軽い音がして、綾乃の左腕から電源コードが伸びてくる。
「・・・電源コード?」
 目を丸くする秋田。
「先生、少しの間だけ、電源貸してくれません?綾ちゃんが家に帰れるくらいの充電で済ませますから」
「・・・お、おう、いいぞ」
 そして、知美はコードをコンセントに繋いだ。
「・・・ふぅ」
 徐々に、綾乃の顔色が戻って来る。
「綾ちゃん、どのくらいかかりそう?」
「ん・・・と、大体30分くらいかな?」
 軽く考え込み、綾乃が答える。
「おいおい、そんな物で済むのか?今時、ヒゲソリですらそんな短い充電じゃあ済まんのに」
 秋田が驚いたように聞き返して来た。
「はい、家に帰れるまで充電しておけば、家でご飯食べれば回復しますし、その後しっかりと充電もできますから」
「・・・何か、この世の価値観変わりそうね」
 それを黙って眺めていた吉野がそうつぶやいた。

 全員が一息着いて、さてこれからどうしようかと考えはじめた頃。
「・・・ん・・・」
 軽いつぶやき。眠ったような状態のユイの眉毛がぴくりと動く。
「・・・ユイちゃん?」
 宗一郎がそっと呼び掛けた。すると。
「・・・・・・あ・・・徳川君・・・みんな・・・」
 ユイが目をさました。
「・・・・・・」
 しばらくぼうっと宗一郎の顔を眺めていたユイだったが。
「・・・うっ・・・と、とくがわく〜ん!!」
 突然宗一郎の胸に飛び込み、そのまま泣き出してしまった。
「・・・え?」
 あまりの突然の事に、宗一郎は呆然とする。
「よっ、お熱いねぇ、ご両人!」
 知美が茶化す。
「知美!」
 宗一郎が睨み返した。
「・・・ごめん」
 素直に謝る知美。
 宗一郎はそっと、ユイの頭をなでる。
「大丈夫・・・もう、大丈夫だ」
 しばらくの間、ユイはそのまま泣きじゃくり続けていた。

 ユイが泣きやんで、少ししてから。
「あ、綾乃さん!?」
 コードで充電している綾乃を見て、ユイが目を丸くする。
「あ、心配しないで。ちょっとエネルギー切れかけたんで、家に帰る分だけ充電しているだけだから」
 にこにこして軽く手を振る綾乃。
「そんな・・・私の為にそんなになってまで・・・ご、ごめんなさいっ!」
「いいのいいの。悪いのは、ユイちゃんをさらおうとした連中なんだから」
 そのままの笑顔で答える綾乃。
「でも・・・」
「ユイちゃん、綾ちゃんもそう言っているんだし、あまり気にしないほうがいいよ?」
 綾乃の隣に座っていた知美も、笑顔でそう言う。
「本当に・・・ありがとう」
「お〜い、お前ら、全員親子丼でいいか?」
 と、奥の方から秋田が声を掛けて来た。
「今から帰ってもかなり遅いし、今日はあんな事もあったしな。晩飯、おごってやるぞ」
「ラッキー!」「さすが〜」「先生、大好き〜」
 様々な反応が帰ってくる。
「おいおい、そんなに誉めても何も出てこんぞ。親子丼ったって、近所の飯屋から配達してもらうだけだし」
「あ、知ちゃん、うちらはどうする?」
 と、綾乃が知美に尋ねた。
「・・・あ、そうか。うち、両親が共働きだから、ご飯の支度、私達がやっているんですよね」
 知美が秋田の方を向いて言う。
「お前達の親御さんって、帰ってくるのはいつも何時頃だ?」
「早くて7時半。遅ければ9時頃かな?仕事場がとなり町だから、ちょっと時間掛かるんですよ」
 綾乃が答える。
「今は・・・5時半か。じゃあ、お前達も飯食ってけ。帰り、車で送ってやる」
 秋田はそう言うと、返事を待たずして電話を掛けた。

「で、北上、お前にちょっと聞きたいこと有るんだけど」
「何ですか?」
 全員で親子丼を食べている間。秋田がユイの方を向いてしゃべりはじめた。
「綾乃があの飛行機を撃墜した時・・・」
「先生〜、撃墜なんて、そんなぁ・・・」
 綾乃が半べそをかきながら抗議する。
「すまんすまん。まあ、便宜上そう言わせてくれ。別に他意は無い」
 手をあわせて綾乃にそう言うと、秋田はユイの方に向き直った。
「あの時、お前、何かしたか?」
「え?何って・・・気絶していましたけど・・・」
「じゃあ、あの光は何だ?」
「え・・・光?」
 ユイはきょとんとして聞き返す。
「うん、ユイちゃん、落ちてくる時、何か光に包まれて、羽がひらひらと舞うような感じで降りて来たんだ」
 横に居た知美がそう付け加える。
「何の事だか・・・解りません」
 首を傾げて答えるユイ。
「ん〜・・・そうか。じゃあ何だったんだろうな、あの光は」
 それっきり、全員が黙り込んで、黙々と親子丼を食べていた。

「あの・・・徳川君?」
 帰りの事。家の近所まで送ってもらった宗一郎とユイが歩いている時に、ユイが宗一郎に話しかけて来た。
「ん?何だ?」
「あのね・・・あの、私が飛行機から落ちた時にみんなが見た光の事なんだけど・・・」
「うん」
「実はね、前にも似たような事ってあったの」
「・・・ふ〜ん」
「だけど、パパもママも『夢でも見たんだろう』って、取り合ってくれなくて。で、私もずっと夢だと思っていた。・・・でも、そうじゃなかったんだね」
「・・・」
 宗一郎は黙って聞いている。ユイはそのまましゃべりつづけた。
「私、もしかしたら普通の人間じゃないかもしれない。だから、みんなに迷惑ばかりかけているのかも・・・」
「普通?」
 と、そこで宗一郎が言葉を発した。
「ユイちゃん、君が言う『普通』って、何だ?」
「・・・え?」
「野球の得意な奴、空手の得意な奴、料理の得意な奴、コンピューターの得意な奴・・・この学校だけでも、色んな連中が居る。だけど、連中は精一杯輝いている。俺だって、輝いているつもりだ。普通って、何だ?」
「・・・」
「俺達、友達だろう?なんか悩みとかあったら、遠慮無く相談してみ。そりゃあ、オレが力になれるかどうかは解らない、だけど、話して楽になるって事も在るだろう?」
「・・・・・・うん」
 小さく、だが力強くユイは頷いた。
「・・・私、もしかしたら超能力者かもしれないんだ」
「超能力、ねぇ。・・・でも、もしそれが本当だったら、今日の事も説明が付くな」
 自分を納得させるように宗一郎が頷く。
「え?・・・驚かないの?」
 ユイが驚いて尋ねて来た。
「ん〜、そりゃあまあ。今まで色んな事を体験して来たし、綾乃の奴だって本当は人間じゃないだろう?何か、変な言い方だけど、慣れてしまったって言うか・・・」
 言葉が巧く探せないのか、頭をかきながら宗一郎がそう言った。
「でも、その言葉、信じるぜ」
「・・・とくがわくん・・・」
 目を潤ませるユイ。
 少し甘ったるくなった雰囲気に、宗一郎は照れたのか、話をそらした。
「あ〜、でも、そうだとしたら色々と便利かもな」
「・・・あ、これ、勝手に私がそう思っているだけだし、もしそうだったとしても自分の思い通りにコントロールできないから・・・」
 すこしうつむき加減にユイが答える。
「え、そ、そうなのか?」
「うん、全然ダメ」
「・・・まあ、実際超能力だと決まった訳じゃないし、気にする事無いよ」
「うん」
「じゃあ、また明日」
「おう、じゃあな」
 ユイの家の前で、二人は別れる。
「・・・あ、徳川君!」
「ん〜、何だ?」
「あのね」
「うん・・・」
「・・・今日、助けに来てくれて、ありがとう。本当に嬉しかったよ。じゃあね」
 にっこりと笑って手を振ると、ユイは家の中に入っていった。
「・・・助けに行ったの、オレだけじゃあないんだけどなぁ・・・まあ、いいか」
 頭をかきつつ、宗一郎も家に帰った。

 続く。