・第4章「追跡」・
「先生!目標の車にはセンサーを付けてあるから、どこに行くかは解りますよ!」
車の中でいつもの端末に何やらアンテナの付いた装置を接続しながら健がそう言った。
「・・・この時ばかりは、お前のその能力、感謝するぞ」
秋田が前をじっと見たまま、そう言った。
「あいつら、どこに向かってる?」
横からのぞき込みながら宗一郎が尋ねた。
「・・・ちょっと待って・・・電波が安定しなくて・・・よし、取れた!」
多少苦労しつつ装置を操作して、健が答える。
「・・・この方向は・・・駅の跡地があるあの空き地の方向だ!」
「駅の跡地って・・・あの売り手が付かんくて荒れ地になっているあそこか!」
そう言うと、秋田は車の方向を変えた。
「行き先さえ解りゃあ、こっちから先回りだ!」
「・・・ところで秋田先生、何であそこに居たのですか?随分タイミング良かったけど」
ふと思い出したように、健が尋ねた。
「ああ、色々情報を探っていたらな、とんでもないことが解ってな。取り敢えず、昨日の連中だが、ありゃあ某国のスパイだ」
「スパイ!?何でそんな連中がユイちゃんを狙うんだ?」
宗一郎が驚いたように尋ねる。
「ん〜、それについてはまだ解らん。ただ、『オペレーションD』と言う、何かの暗号のような物と、それに北上が何か絡んでいると言う事が解った」
「オペレーションD?」
と、健が端末から顔をあげる。
「健、なんか知ってるのか?」
宗一郎が尋ねた。
「うん、僕もはっきりとは知らないけど、何かの集団だと言う事までは解っている。F国の機関だと言う事も解っている。それ以上は、残念ながら掴めていないんだ」
「水木・・・お前、それどうやって調べた?」
と、健に秋田が尋ねた。
「え?あ、これですか?こっちからアクセスした事がばれないように、ロシア、アメリカ、フランス、イギリス、フィンランド、中国、ドイツ、フィリピン、ベトナム、イラン、サウジアラビアをそれぞれランダムに5回経由して、それからF国に接続した時にたまたま見れたんですよ」
「はぁ・・・お前、そう言う一介の私立探偵でもやらんような事、平気でやる訳?」
得意げに説明する健に秋田はあきれたような声を出した。
(しかし水木の奴、侮れんな。俺ですらまだ掴んでいないような情報を・・・)
その頃、滝山姉妹も同じように車に乗っていた。ただし、こちらの運転手は彼女達の数学の先生であったが。
「でも知りませんでした。吉野先生が秋田先生の大学時代の後輩だったって」
「ふふっ、『縁とは奇なる物』よ。しかも、あの当時から私も先輩も探偵研究会に所属していたしね。まあ、あの頃の名残で、今でも時々先輩の手伝いをするんだけど」
「そうだったんですか〜」
にこやかに話す知美と吉野。
「・・・ユイちゃん、大丈夫かな・・・」
と、今まで黙っていた綾乃がぽつんとつぶやいた。
「あの時、私が本気を出してさえいれば・・・」
そう言って、綾乃は顔を伏せる。
「・・・綾ちゃん・・・」
「綾乃さん、起きた事は仕方ないじゃないの。過去をくよくよするより、未来をいい方に持っていく努力をすべきじゃなくて?」
車を運転しながら吉野がそう言った。
「・・・・・・はい」
か細い声で、返事をする綾乃。
「声が小さいっ!」
「は、はいぃっ!!」
「うむ、宜しい」
しばしの沈黙の後。
「・・・ぷっ」
「くすくす」
「あははっ!」
笑い出す3人であった。
「ところで吉野先生、秋田先生達の行き先、解るのですか?」
笑いが止まった所で、綾乃が吉野に尋ねた。
「うん、一応目星は付いているわ。それに、ほら」
吉野は、耳に付けていたイヤホンを綾乃に渡した。
「?」
訳が解らずそれを着ける綾乃。すると・・・。
『ザザ・・・うすぐ、駅の跡地に着くぞ』
「え!?これ、秋田先生の声!?」
「本当?ね、ね、綾ちゃん、聞かせて聞かせて!」
「先生、これは一体・・・?」
知美にイヤホンを渡しながら綾乃が尋ねる。
「盗聴機の様な物。秋田先生に了解をとって、秋田先生の襟のボタンの所に付けてあるの。先生が私に連絡をしろって言っていたから、多分これで行き先を教えてくれる筈だと思ってね」
「そうだったんですか〜」
しきりと感心する綾乃。一方の知美はと言うと・・・。
「あ、本当だ、聞こえる聞こえる!・・・お、徳さん、ユイちゃんの事すごく心配そうねぇ。ふふふっ、実は相思相愛だったりして。きゃ〜」
・・・手がつけられない(笑)。
「知ちゃん・・・(苦笑)」
綾乃もあきれている。
「・・・っと、ついつい楽しんで目的を忘れる所だったわね」
綾乃の視線に気がつき、知美は苦笑しながらイヤホンを吉野に返した。
「しかし、かなり出遅れたから、到着するのは遅くなりそうね」
吉野はそう言いつつ、車のスピードを先程から落とす気配は無い。
メーターは常に100Km以上を指している。
「せ、先生、大丈夫ですか?」
あまりの早さに、綾乃が恐る恐る尋ねた。
「ん?大丈夫よ。シートベルトさえしっかりと締めていれば」
「そ、そう言う問題じゃなくて・・・」
「しゃべっていると舌噛むわよ。もっと飛ばすから、しっかりつかまっていなさい!」
そう言って、更にアクセルをふかす吉野。
「あうぅ〜・・・」
あまりの早さに、恐怖のため言葉が出ない綾乃。
「スリル満点〜」
喜ぶ知美。
「さあ、もうすぐで着くわよ!」
「着いた!・・・でも、何も無いぞ?」
車から降り立った宗一郎は、辺りを見回した。
「かなり近道したからな。多分、連中より先に着いたんだろう」
秋田も降りながらそう言う。
「連中、ここに何の為に来るんだ?たけさん、本当にこっちでいいんだろうな!?」
「大丈夫、そこの角を曲がって来た。もうすぐここからでも見える筈だ」
端末を見ながら答える健。
そして、その言葉通り、程なくしてユイを乗せた先程のワゴンタイプの車が見えて来た。
「来たぞ!」
「よし、ユイ嬢を助け出すでござる!」
言うが早いか、雹吾と宗一郎が駆け出す。秋田と健は車に乗り込み、車を発進させた。
「てやっ!」
宗一郎が、その辺に転がっていた石を拾いあげ、車に向かって投げ付けた。ほとんどが外れたが、最後に投げた石がフロントガラスに命中し、ガラスは粉々にくだけ散る。
そのショックでかは解らないが、車は急停止した。
キキ〜ッ!
「よっしゃあ、足は止めた!」
と同時に、反対側に秋田が車を止める。丁度、囲んだ形となった。
「てめえら!ユイちゃんを返せ!」
宗一郎が車に近づいた。と、車の入り口が開き、男が一人、ユイを抱えるようにして出て来た。
その首筋には、ピストルが突きつけられている。
「と、徳川君・・・」
ユイが青ざめた顔でそう一言言う。それを押さえつけるようにして、男がしゃべり出した。
「おい、お前ら、この娘の命が惜しかったら動くな。少しでも妙な動きをしてみろ。ズドンと一発で終わりだ」
その場に硬直する秋田、雹吾、宗一郎、健。
ヒューン。
と、何やらジェット機が飛んでくるような音がした。音の方を見ると、この空き地に、見慣れぬ形の小型旅客機のような物が降りたって来た。唯一、旅客機と違う所は、完全に黒い色で塗装されている事と、機体の横に機関銃銃座が飛び出している事だろうか。
その機関銃が、火を吹いた。
ダダダダダダダダッ!
「わ〜っ!?」
慌てて秋田の車の影に隠れる4人。
「ちくしょ〜っ!銃に飛行機なんて、有りかよ〜!?」
秋田が叫ぶ。と、その時彼らの後ろに、赤い車が止まった。
「先生!みんな、大丈夫!?」
丁度そこに吉野、綾乃、知美が到着したのだ。
「あ、ユイちゃんが飛行機に連れていかれる!」
と、知美が叫んだ。
見ると、引きずられるようにユイが飛行機の方に連れていかれていた。
「させるか〜っ!」
宗一郎はそう叫んで、車の影から身を乗り出す。
ダダダダダダダダッ!
と、そちらの方に機関銃が向いて、慌てて伏せる宗一郎。
そうこうしているうちに、ユイは飛行機の入り口に入れられ、飛行機はハッチを開けたまま飛びたとうと走りはじめた。ユイは、入るまいと入り口に手をかけて抵抗をしている。
「・・・許さない・・・」
と、それをじっと見つめていた綾乃が、低くつぶやいた。
「・・・え?綾ちゃん?」
それに気がついた知美が綾乃の方を振り返る。
「許さない!絶対に、許さないっ!!」
と、両耳の上の辺りから、かしゃっと音をたてて、金属製の板のような物が飛び出した。
「あ、綾ちゃん、本気入った・・・」
それを見て、たじろぐ知美。
「それって一体・・・」
秋田が知美に尋ねようとして、その語尾は言葉にならなかった。
綾乃が猛烈な勢いで飛行機の方に走り出したからだ。その速度は、ゆうに今飛び立とうとしている飛行機よりも早い。
「絶対に、許さないんだから〜ッ!!!」
「綾乃さ〜ん!右の内側のエンジンだ!それを壊せばそいつは飛べなくなる!」
と、突然健が叫んだ。
同時に、全員が飛行機の方に走り出す。しかし、綾乃のスピードには到底追い付けない。
ダダダダダダダダッ!
機関銃は綾乃の方に火を吹く。が、綾乃の足があまりにも速く、全然後ろの方を撃っているにすぎない。
ふわり。
飛行機が浮く。
ヒュン!
と、綾乃は飛行機の真下まで行くと、思いっきりジャンプした。
ズガーン!
そして、綾乃は健に言われたとおり、右の内側のエンジンを殴りつけ、壊してしまった。
ガガガガガガ・・・。
と、空中で無気味な振動を始める飛行機。見ると、残り3機のエンジンからは火を吹いている。そして、そのまま降下を始めた。
「あ、ユイちゃん!」
と、その振動で、何とユイが空中に投げ出された。そのままユイは一直線に地面に向かって落下していく。
「うおおおおおおおおっ!」
と、追い付いて来た宗一郎がユイの落下点に入る。
「間に合え〜っ!」
その時。
きらっ。
突如、ユイの体が光に包まれた。
「えっ!?」
そして、落下速度が急に落ちて来て、ふわふわと羽が舞うかのごとく、ゆっくりと降りて来た。
ぽすっ。
そして、宗一郎の手の中にユイは収まる。
「・・・俺、なんか夢でも見てんのか?」
ズガーン!
と、背後で墜落する飛行機。そのまま、爆発、炎上する。
「夢、じゃねえよな?」
宗一郎はそばに寄って来た雹吾に尋ねた。
「・・・さても面妖な?妖術、奇術のたぐいでござろうか?」
「・・・まさか。映画じゃあるまいし」
宗一郎はひたすら首を傾げる。
「・・・『飛行石』なんて、この世に実在するのか?」
走り寄って来た健も、そんなギャグを飛ばしつつ首を傾げる。
唯一、それを後ろで眺めていた秋田と吉野は、別段驚いた顔をしていなかったが、誰も気がついていなかった。
「・・・あれが?」
「そう、彼女の能力のうちの一つ。もっとも、本人は意識して出した訳じゃなさそうだな。その証拠に、徳川の腕の中で気絶している」
そう言うと、二人はゆっくりと近づいていった。
「ユイちゃん、大丈夫?」
綾乃は徳川の腕に抱かれているユイの顔をのぞき込んだ。
「何か、落ちた時のショックで気絶しているみたいだ」
宗一郎がそう言って、その場にしゃがみこむ。
「やれやれ・・・一時はどうなるかと思った。・・・にしても、あの光、あれ綾乃の仕業か?」
「ううん、違うよ。私、他の人に影響を及ぼすような能力って、無いから」
「徳川、あまり深くは考えない方が良いでござるよ。後でユイ嬢に尋ねた方が早くないでござるか?」
「・・・それもそうだな」
雹吾の言葉に、納得する宗一郎。
「で、でも・・・な、何かすごくまずかったのかな・・・?」
綾乃が、墜落した飛行機を見ておろおろしながら知美に言う。
「ん?ん〜・・・ユイちゃんも帰って来たし、結果オーライって事でいいんじゃない?」
「・・・にしても、綾乃、お前って本当にすごい運動性能だなぁ」
と、後から歩いて来た秋田が綾乃に向かって言う。
「先生、びっくりしたぜ。なんか改めて、綾乃はすごいって事、目の当たりにしたからなぁ」
「そ、そんな事有りませんよ〜」
「いや、僕も驚きましたよ。まさか土壇場であんな芸当をこなしてしまうんですからねぇ」
健も綾乃の方を見ながら言った。
「ところで、あの頭から出していたもの、あれ何かしら?」
吉野が綾乃に尋ねる。
「あ、あれはセンサーです」
「センサー?」
「はい。普段は必要無いのですけど、ああいう風に高度な運動をする時に、私の目と耳だけじゃあ情報が遅いから、センサーで情報を直接取り入れて、制御の補助を行っているんです」
「・・・改めて綾乃さんがアンドロイドなんだって、知らされた感じね」
吉野が感心したようにつぶやく。
「・・・そう言えば、たけさん君、『右の内側のエンジンを壊せ』って言っていたけど、どうしてそんな事知っているの?」
ふと、思い出したように綾乃が健に尋ねた。
「おお、水木、俺もそれ知りたい」
秋田も興味ありげな顔で健を見る。
「あ、あれはですね。たまたまあの飛行機の事を知っていたからなんですよ。あの飛行機はあそこがいわば『弁慶の泣き所』って奴でして」
「・・・知っていた?」
一同、聞き返す。
「はい。・・・約10年ほど前、日本の狭い国土にあわせて、旅客機の滑走路を短くできないか、と言う研究テーマで、短距離離着陸が可能な小型旅客機の研究が、日本各地の航空学校の教授達、政府の研究機関、航空自衛隊等のトップ頭脳集団を集めて行われました」
「ふむ、ふむ」
「開発コードネームは『飛鳥』。完成したら、世界で初の短距離離着陸ジェット旅客機になる予定でした。しかし・・・」
「しかし?」
話を促す一同。
「何にせよ、金が掛かりすぎるのが日本の欠点でして。これも、一応完成して飛行試験まで行ったんですけど、実用化した時の一機辺りの値段の試算が、ボーイング767型機が2機も買える値段になってしまったんです。そのため、国内の旅客航空会社はどこもそれを採用しようとせず、結局没になってしまったんです」
「・・・それが、あの飛行機だったのでござるか?」
炎上を続ける飛行機の残骸を見ながら、雹吾が尋ねた。
「そう。あの独特の、エンジンが翼の内部に埋もれた形、たったこれだけの広さで離着陸できる性能、どれをとっても『飛鳥』に間違い無いよ」
「・・・しかし、じゃあ、何で没になった飛行機が飛んでいる?しかも、ご丁寧に機関銃まで付けて」
座り込んでいた宗一郎が尋ねて来た。
「・・・そこまでは解らない。自衛隊で採用したと言う話は聞かないし、噂ではその後、試験機のデータは設計図と共に第3国に売られたと言う話だけど・・・」
「・・・それが、連中だったとしたら?」
知美がふと思い付いたように言う。
「・・・可能性は無いとは言えませんね。F国で軍事輸送機として採用され、実際に運用されている、と言う話かも。見た所、フェライトまで塗っていたみたいですし」
ウ〜ウ〜。
と、空き地の方にサイレンの音が近づいて来るのが聞こえた。
「あ、まずい。ここに居たら後々厄介な事になる。お前ら、取り敢えず車に乗れ!ここから逃げるぞ!」
「は、はいっ!」
こうして、一同は秋田と吉野の車に分乗し、その場から逃げ出した。
続く。