・第3章「新入部員」・
次の日の放課後。
探偵同好会の部室には、昨日の6人がそろっていた。
「・・・しかし、1日にして部員数が倍か。これだったら最低構成数の4人を上回ったから、学生会に予算申請できるな」
入部届と、反対側に座ってにこにこしている3人を見ながら、秋田はつぶやいた。
そう、昨日ここを訪れた綾乃、知美、ユイの3人がそろって入部届を出したのだ。
「しかし一体、どういう風の吹きまわしだ?確かにここも顧問の俺が居る以上、倶楽部単位をやる事はできるけど・・・」
倶楽部単位というのは、ここ桜ヶ丘高校の独自制度で、きちんと顧問が居る部活・倶楽部であれば、部員として登録するだけでもらえる単位である。しかも、その単位をつかって、他の単位が足りない正規教科の単位を有る程度まで補う事も可能だ。
「まあ、それも有りますけど・・・」
「何て言うか、楽しそうだったから」
綾乃と知美がそう言って笑う。ユイも微笑みながら、
「ここに居るとまた襲われても安心ですから。それに・・・」
「それに?」
「・・・あの、徳川君に護身術教えてもらう約束になっていて、それで」
ちょっと照れたような風に、ユイがそう言ってちらっと宗一郎の方を向く。
「・・・ま、まあな」
いきなり話を振られた宗一郎は、読んでいた探偵小説を顔の上まで持ち上げてそう答える。
「あ、徳さん照れてやんの」
「ば、ばっかやろ〜!知美、ちゃかすんじゃねぇっ!」
それを見ていた綾乃とユイは、くすくすと笑い出した。
「さて、昨日の続きだが・・・」
秋田がそう切り出して、部屋の中に緊張の糸が張る。
「結局、こっちは手がかり無し。先生の私立探偵仲間にも聞いてみたが、結局解らんかった」
やれやれと言いたげに、肩をすくめる秋田。
「たけさんは、どうだった?」
知美が健の方を向いて言う。
「こっちも駄目です。政府関係のオンラインまでもぐって調べてみましたが、何も出て来ませんでした」
「いっ!?」
と、お茶を飲んでいた秋田が声をあげる。
「水木、お前、そんな事までしていたのかっ!?」
「はい、ああいった官公庁のパスワードなんて、簡単な物ですから」
得意げに言う健を見て、秋田はげっそりとした顔をした。
(昨日、うちのオンラインに入って来たの、こいつだったのか・・・。あそこに書かないでおいて、正解だったな・・・やれやれ。しかし、パスワード変えんと駄目だなぁ・・・)
「あの・・・先生、どうかしたんですか?」
湯呑みを持ち上げたまま考え込んでしまった秋田を見て、綾乃が聞いて来た。
「んあ?・・・あ、ああ、何でも無い。水木、お前の事だから大丈夫だとは思うが、捕まるようなマネはするなよ」
「はい」
解ったのかどうかはは別として、健は頷いた。
「じゃあ、この件に関してはしばらくは保留。一応、先生の方でも引き続き調査はしておくから、お前達は適当に部活してろ」
そう言って、秋田は立ち上がった。
「あれ、先生、どっか行くの?」
宗一郎が読んでいた小説を閉じて聞いた。
「ああ、今日はこの後、職員会議があって、その後ちょっと仕事が入っているんでな。またしばらくは顔を出さんと思うが、まあ、お前達の事だ、放っておいても部活はしてるだろ?」
「・・・まあ、確かに」
笑いしながら答える宗一郎。
「まあ、そう言う訳だ。じゃ、またな。・・・と、そうだ。滝山、北上、お前達の入部届、受理したから、後の事は会長の安佐野に聞いてくれや」
「はい、解りました」*3
「じゃ、またな」
バタン。
「・・・なんか忙しそうだったね」
秋田が出ていった入り口を眺めながら、綾乃がつぶやく。
「ああ、秋田先生は本業が有るでござるからなぁ。そっちが忙しいと部活は顔を出さないでござるよ」
本を読んでいた雹吾が答える。
「さて、じゃあ、部活の説明をするでござるか。と言っても、特に部則は無いでござる。まあ、お茶代に月千円程度集めているでござるがね」
「それが部費なの?」
知美が聞く。
「そうでござる。それ以外は特に必要無いでござるね。推理小説は図書館に行けばあまるほど有るでござるし、見たいのが無ければ図書委員に申請すれば買ってくれるでござる。後は・・・特に無いでござるよ。休みたければ連絡無しで休んで良いでござるし、辞めたければいつでも辞めていいでござる」
それを聞いた知美は少しあきれていた。
「な〜んか、適当ねぇ」
「ちょっと、知ちゃん。それはあまりにも失礼よ?」
綾乃が知美を突っつきながらそう言う。
「別にいいでござるよ。もとよりそのつもりでござるし」
「そうそう、要するに、他の部活から勧誘を受けるのが嫌だったから、と言うのも有るしね」
頷きながら、宗一郎がそう言った。
「でも、徳さんはブラバンに入ってるじゃん」
と、端末をいじっていた健が顔をあげて言った。
「ブラバン?徳さん君、楽器できるの?」
興味津々で綾乃が聞いてくる。
「ん〜、まあ、ちょっとだけ」
照れたように鼻の頭をかいた宗一郎は、ふとユイの方を見ると、何か言いたげなユイの表情に気がついた。
「・・・っと、そう言えば、護身術教えるったっけ?」
「・・・うんっ!」
嬉しそうに返事をするユイ。
「ほほう、じゃあ、徳川先生のお手並み拝見と行きましょうか」
意味ありげな笑顔を浮かべ、知美がそう言う。
「そりゃあ、お前らみたいに本格的に格闘やってる連中からすれば大した事じゃないよ」
苦笑しながらそう言って、宗一郎は立ち上がると、雹吾に手招きをした。
「雹の字、ちょっと手伝ってくれや」
「承知、でござるよ」
それからしばらくの間、宗一郎は雹吾を暴漢役と仮定して、護身術の講義を行った。
「・・・と言う感じかな。じゃあ、おさらいをかねて、ちょっとやってみてもらうか」
それを聞いたユイが立ち上がって宗一郎の方に行く。一方、綾乃も立ち上がり、知美と向かい合っていた。
「えっと、こんな感じだったっけ?」
綾乃が、知美の伸ばした腕をつかみ、力をそらす要領で返す。
「・・・あのさ、綾ちゃんって、本気さえ出せば強いんだから、やる必要ないんじゃないの?」
返されながら知美が聞いて来た。
「ん〜・・・でも、知ちゃん、いつも言うけど、そう何時も何時も『本気』出す訳に行かないじゃない」
手を放して、困ったように綾乃が言った。
「・・・まあ、ね」
その横で、ユイと宗一郎は向かい合っていた。
「じゃあ、俺が暴漢役な。いいか?」
「・・・うん」
多少不安そうな表情をしながら、ユイは頷く。
「じゃあ、行くぞ。えいっ!」
宗一郎は多少手加減ぎみに手を伸ばした。それを巧くかわして掴み、反対にそらすユイ。
「OK!それでいいんだ・・・いたたっ!」
「あ、ごめんなさいっ!」
痛がった宗一郎に驚き、慌ててユイは腕を離す。
「大丈夫?」
「まあ、この程度ならたいした事無いよ」
そう言って、苦笑しつつ宗一郎は腕を揉んだ。
「じゃ、今日の部活はこれでおしまいでござるかな?」
時計を見つつ、雹吾がそう言ったので、今日の部活はお開きとなった。
「ここの桜並木も、今が満開って感じだなぁ」
帰り道。昨日のように6人が固まって歩きながら、ふと健がつぶやいた。
「そうね。花見にはちょうどいいかも」
綾乃が頷く。
「そう言えばさ、新入部員も入った事だし、お花見かねて今度の休みにでも歓迎会、やらない?」
「お、いいねぇ。たまにはいい事言うじゃん、水木」
宗一郎が突っ込む。
「『たまには』は余計だよ」
憮然として、健は反論した。
「まあまあ。・・・ともかく、花見はいいかもな。部長、どうする?」
健をなだめると、宗一郎は雹吾に話しを振った。
「拙者は賛成でござるよ。綾乃嬢、知美嬢、ユイ嬢、いかがでござる?」
「私は賛成〜」「綾ちゃんもいいって言ってるし、私もいいよ」「私も」
にこにこしながら返事をする3人。
「じゃあ、そうでござるなぁ・・・次の日曜日辺りにでも・・・」
と、その時であった。
カランカラン!
何か、空き缶のような物が彼らの足元に転がって来た。彼らが反応するよりも早く、「それ」はふたが開き、中から色の付いた煙が吹き出す。
バシュ〜っ!
「げ、なんだこれ!?」
「なんにも見えないよ〜」
「痛っ!何かぶつかった!」
そして、悲鳴。
「嫌〜っ!離して!」
それがユイの悲鳴だと気がつくのに、それ程の時間を要しなかった。
「ユイ嬢!!」「ユイちゃん!」
声のする方向に、雹吾が走り出す。遅れまじと、宗一郎がその後を追った。
バタン!
と、煙の切れた所で丁度、ユイがいつのまにか来ていたワゴンタイプの車に無理矢理乗せられて居る所が見えた。
「あの連中、昨日の!?」
「待てっ!」
慌てて走り寄る5人。しかし、車は急発進して、猛加速をして走り去ろうとしていた。
ヒュっ!
走り去ろうとする車に、健が何かを投げ付ける。
「くっそ〜、卑怯だぞ!」
宗一郎と雹吾は、走るのをやめない。
キキーッ!
と、目の前に見覚えのあるぼろ車が止まった。
「秋田先生!」
「安佐野、徳川、水木!乗れっ!追うぞっ!」
「は、はいっ!」
言われた3人は乗り込む。
「滝山!お前達はこの電話番号に連絡してくれっ!俺の名前を出せば、力を貸してくれる筈だっ!」
そう言うと、秋田は窓から紙を綾乃の方に放り投げ、そのまま車を発進させていった。
「と、知ちゃん・・・どうしよう!?」
後に残された綾乃は、おろおろしていた。
「綾ちゃん、しっかり!・・・まずは、この電話番号に電話しようよ」
知美はそう言って、綾乃の手に握られた紙をひったくる。
「え〜っと・・・『吉野 晴香』・・・って、これ、数学の先生じゃないの!?」
「えっ!?本当に?」
綾乃と知美は紙をじっくりと見た。そこには、確かに彼女達の数学の担当教師の名前が書かれていた。
「・・・知ちゃん、あの先生って、私立探偵だって話聞いたことある?」
「・・・いや、無いわよ」
それっきり、二人はお互いに見つめあったまま黙り込んでしまった。
続く。