・番外章2「宗一郎とユイ」・
夕暮れ時の道路。
真っ赤な太陽が、歩いている二人の影を長く映し出している。
「・・・しっかし、薄情な連中ばっかりだなぁ。どうせ護衛するなら、全員で行った方がまだ安全度が高いだろうに」
ゆっくりと歩きながら、宗一郎はそうぼやいた。
「それだけ、皆さんが徳川君を信頼しているって事じゃないですか?」
その隣を歩いているユイがそう言う。
「あ〜、だから、その敬語」
宗一郎は困ったような顔をしてユイの方に向いて言った。
「さっきから言っているけど、俺ら同学年なんだし、そういうのって違うじゃん」
「・・・そうね、これから気をつけます」
にっこりと笑ってユイが答えた。
「まだ残ってる」
「あ、そっか。これから気をつけるね」
「うむ、よろしい」
うんうんと頷く宗一郎を見て、ユイはくすくすと笑った。
「・・・何かおかしいか?」
「ふふっ、そうじゃないの。何か、徳川君って、最初の印象通り、優しい人だなぁって思って」
目を細めてユイがそう言う。
「優しい?俺が?」
突然そんな事を言われ、多少動揺する宗一郎。
「うん。朝、私が空き地で気絶した時に、おぶってくれたよね?あの時、誰かにおぶられるの、私何となく解ったんだ。で、遠くでみんなが『大丈夫か、徳さん』って言っているの、聞こえたし・・・」
「そりゃあまあ、誰かがおぶっていかないと、そのまま公園に放り出す訳にも行かないし。・・・それに、北上さんが言うほど俺は優しくないぞ」
鼻の頭をかきながら宗一郎はそう答えた。
「あ、私の事、ユイでいいよ」
「え?」
「できれば、みんなと友達になりたいの。私、あまり友達多い方じゃないし、それに、また何時襲われるか解らないし・・・」
そう言うと、ユイは少し不安そうな顔をした。
「・・・呼び捨てもなんだから、ユイちゃんでいいか?」
「・・・うんっ!」
鼻の頭をかきながらそう言った宗一郎に、ユイは嬉しそうに頷いた。
「ところで、みんな格闘技とかやっているのかな?」
再び歩き出しながら、ユイは宗一郎に尋ねた。
「格闘技?」
宗一郎は少し考えながら答えた。
「・・・ん〜、雹の字はやっている。俺もあいつには勝てない。と言うか、俺らの仲間うちではあいつが一番強い」
「そんなに強いの?」
「あいつが二人吹き飛ばしたの、見ただろ?」
「あ、そっか」
「知美の奴も昔やっていたって話を聞いた事が有る。俺と戦ったら、本気を出されれば勝てないかもしれない。綾乃は元がアンドロイドだし、本気を出せば強い。まあ、あいつの場合、性格が穏やかだし、一度も本気を出す所を見た事無いけど」
「あ、あの二人だったんだ。アンドロイドと人間の姉妹って」
「あれ?知らんかった?」
宗一郎が聞き返した。
「うん、私、クラスが6組だから、1〜3組の人ってあまり知らないんだ」
「そうか。俺も雹の字も健も3組だしな。綾乃は2組で知美は1組だし」
「うん」
「・・・で、さっきの話の続きだけど、健の奴は基本的に運動は苦手な筈。俺は・・・昔、護身術程度だけど、かじった事が有る。そこそこ渡り合う自信なら有る」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「でも、どうして?」
一人で納得しているユイに、宗一郎は尋ねた。
「え?・・・私を助けに来てくれた時、なんかみんな、すごく手慣れていたって言うか、ナイフ持っているのに全然恐がらなかったから・・・」
「ん〜、まあ何て言うか、必死だったからな、俺もあいつらも。何て言うか、お人好しばかりだから、困ってる奴がいると、放って置くことができないんだよな」
そう言って、宗一郎は頭をかく。
「それにしても、ナイフ持ちだったよ?」
「武器って言うのは、それを使う時に使うパターンが大体決まっていくんだ。それさえ見極めれれば避ける事はできる。たとえばナイフなら、大まかに分けると突いてくるか振ってくるかの2つのパターンしかないから・・・」
そこまで話をしていて、じっと見つめるユイの視線に気がつき、宗一郎は言葉を切った。
「・・・わ、わりィ。この辺はちょっと専門的な話だったな」
「ううん、いいよ。それに、私も護身術、教えて欲しいから」
「・・・護身術を教えて欲しい?」
「うん。私も自分の身くらい、自分で守らないと」
そう言うと、ユイは真剣な顔をして宗一郎の方を向いた。
「お願い、私に護身術、教えて!」
宗一郎はそんなユイの真剣な顔をじっと眺めていたが、
「・・・そうか、そうだな。じゃあ、早速明日からでも教えてやるよ」
と言った。
「うん、ありがとう!」
ユイはそう言って、嬉しそうに頷いた。
「で、教えるのはいいけど、どこでやったらいいかな・・・」
「あ、あの・・・探偵同好会じゃ、駄目?」
「へ?」
「私、探偵同好会に、入りたいなって思って・・・」
「おお、それは歓迎、いつでもどうぞ。実は部員少なくて、しかもいつも顔あわせているメンツが腐れ縁仲間じゃねぇ」
そう言って、宗一郎は苦笑する。
「私みたいな女でも、居れば華やぐしね?」
ユイがいたずらっぽく微笑みながらそう言う。
「・・・図星だけに何も言えん。女の子が一人でも居れば、それはそれでまた違った感じだしな」
頭をかきつつ宗一郎が苦笑する。
「じゃあ、明日から行くね。これからもよろしく、徳川君」
にっこりと笑ってユイはそう言った。
「お、おう、よろしく」
その笑顔を見て少しドキっとした宗一郎は、鼻の頭をかきながら照れたように横を向いた。
「あ、私の家、ここだから」
そして、しばらくまたおしゃべりをしながら歩いていくと、やがてユイの家に着いた。
「あ、ここだったんだ。俺ん家、区画向こうの赤い屋根の家」
「え、じゃあ、すごく近所だったんだ」
「じゃあ、これからしばらくは護衛で帰ってやれるな」
「え・・・うん!」
何故か嬉しそうに頷くユイ。
「じゃあ、今日は本当にありがとう。また明日ね、バイバイ」
「おう、じゃあな」
小さく手を振って、ユイは家の中へと姿を消した。
「・・・さて、帰るか」
のんびりと宗一郎は歩き出す。
「・・・しかし、やっぱ『優しい』のかねぇ、俺って。綾乃と知美のやつもはじめて会った時に確かそんな事言っていたな」
先程のユイの言葉が思い出される。
『徳川君って、最初の印象通り、優しい人だなぁって思って』
「・・・」
思い出すと、顔が火照ってくる。
「・・・何を言っているんだか」
そう言って、自分の頭を軽くげんこつで叩くと、宗一郎は家に帰った。
次の日の朝。
「いってきま〜す」
宗一郎はそう言って、家を出た。
「・・・ん〜、今日もいい天気だ」
軽く伸びをして、学校に向けて歩き出す。と、その時であった。
「おはよう、徳川君!」
不意に名前を呼ばれ、声のした方向を振り返る。
「・・・おう、おはようさん」
声を掛けて来たのはユイであった。
「学校行く所?」
たたたっと走って来て、宗一郎のそばに立つ。
「まあな。・・・え〜と、ユイちゃんもか?」
「うん!・・・ね、一緒に行かない?」
「あ?・・・ああ、いいよ」
「ありがとう!」
にっこりとユイは笑い、二人は歩き出した。
「徳川君、いつもこの時間に学校に行っているの?」
歩きながらユイが話しかけてくる。
「ん?ん〜、そうだな・・・。寝坊さえしなければ、大体この時間かな?」
少し考えながら、宗一郎は答えた。
「・・・ね、これからしばらくは、一緒に学校に行かない?」
ちょっと照れたように、ユイが提案する。
「・・・ん〜、そうだな。あの連中、この辺りで待ち伏せしてくるとも限らんしなぁ」
また少し考えて。
「じゃ、そうすっか」
「うんっ!」
ひときわ嬉しそうに頷いたユイであった。
やがて、桜並木が見えてくる。