・番外章1「綾乃と知美」・
「でもさぁ、徳さんと・・・ユイちゃんだっけ?なんかいい雰囲気じゃなかった?」
桜街道の入り口で全員と別れた後の帰り道。綾乃と知美はおしゃべりをしながら帰り道を歩いていた。
「う〜ん、確かに、ユイちゃんの徳さん君を見る目、ちょっと違ったね」
言われて、綾乃が答える。
「でしょ、でしょ?これは、助けてもらった人にときめいた・・・ってやつかなぁ?」
「くすっ・・・何か知ちゃん、楽しそうね」
「そう?・・・でも、綾ちゃんもそう言いながら、気になっているじゃないの」
「え?」
「だって、見方が違うなんて、じっくりと観察しないと解らないわよ、普通?」
そう言って知美は笑う。
「ええっ?だ、だって、見ていたら何となく解るじゃないの?」
言われておろおろする綾乃。それを見て、知美は更に笑い出した。
「ふふふっ、冗談よ」
家に着いた頃、既に時計は夕方6時半を回っていた。
「あら・・・ちょっと遅くなっちゃったね。晩ご飯どうする、知ちゃん?」
「う〜ん・・・うちら二人だけだったらコンビニ弁当でもいいんだけどね〜」
滝山家は両親が共働きをしている。故に、晩ご飯の支度は綾乃と知美の交代で担当しているのだ。しかし、仲の良い二人の事。ほとんどいつも一緒にやっている事を、両親はきちんと知っていた。
仲良き事は美しき事かな。
「今日は綾ちゃんだっけ、晩ご飯当番?」
「そうなの〜。・・・本当にどうする?」
台所に立ち、冷蔵庫の中身や食器棚の中を確認する二人。
「あ、綾ちゃん、スパゲティが有るよ」
と、食器棚を探していた知美がスパゲティを見つけて来た。
「冷蔵庫は・・・野菜がいっぱい。・・・じゃあ、今日は簡単にサラダスパゲティかな?」
「じゃあ、私は掃除するね」
「うん、お願い」
綾乃が料理をしている間、知美はお風呂にお湯を張ったり、居間の掃除をしたりしていた。
「知ちゃ〜ん、できたよ〜」
風呂の湯かげんを見に行った知美に綾乃が声を掛けて来た。
「解った〜」
「今日さ、寄って来た『探偵同好会』だっけ?綾ちゃんはあれ、どう思う?」
夕食をとりながら知美は綾乃に尋ねた。
「ん?ん〜、そうね・・・何か、楽しそうだったね。雹の字君とか徳さん君とか、たけさん君とかも一緒だし」
はしを動かす手を止め、少し考えてから綾乃が答えた。
「やっぱりそう思う?・・・でさ、相談なんだけど・・・」
「いいよ、私は」
何か言おうとした知美の言葉を遮って、綾乃が先に言った。
「え?」
言われた知美はきょとんとする。
「あの同好会に入りたいんでしょ?」
「・・・ふふっ、さすがは私の姉、お解りが早い事で」
「ふふふっ、まあね。知ちゃんの性格ならそう言うと思ったんだ」
にっこりと笑って綾乃は答えた。
「それに、部活って言っても、それ程忙しくもなさそうだったし、性格的にあいそうだったから」
「綾ちゃんの、のんびりな所にあいそうだったしね」
「あっ、言ったな〜!」
「えへへ」
ぺろっと、舌を出す知美。それを見て、綾乃は少しふてくされていた。
「知ちゃんったら、意地悪なんだから」
「ハイハイ、解ったからふてくされない」
そう言って、知美は、綾乃のほっぺたをつんつんとつついた。つつかれた綾乃も、はじめはふてっていたが、そのうち堪えきれずに笑い出す。
「・・・くすくす」
「ふふふっ」
食事が終わり、後片付けをして、それから二人は部屋で宿題を始めた。
「・・・う〜ん、難しい・・・」
「そうだね〜・・・」
お互い、苦手な教科の宿題を出されたのだ。悩むのも仕方の無い事である。
特に、綾乃の英語能力の低さは教師たちの間では有名であった。一度、職員室に呼ばれた時も、
「お前の姉にあたるアンドロイドは、通訳の仕事をしているのも居るというのに」
とまで言われたくらいである。
まあ、綾乃の真面目な性格と、勉強熱心な事も手伝って、一応単位は取れている。しかし、ボーダーぎりぎりである事に変わりは無かった。
「・・・ねえ、綾ちゃん」
「なに?」
「この宿題、教えながらやらない?」
と、知美がそんな提案をして来た。
「え?あ、そうか。知ちゃん、英語得意だし、私は数学得意だもんね」
「そうそう。共同戦線を張れば、私達姉妹は無敵なんだから」
そして、お互いに教えあって、何とか仕上げた。
「終わった〜」
「ふえぇ・・・疲れた・・・」
机に突っ伏す二人。ふと時計を見ると、始めてから既に2時間を経過している。
「あ、こんなに時間掛かってるし・・・」
ぴんぽんぴんぽんぴんぽん。
と、玄関のチャイムが3回連続で鳴った。
「あ、父さん達帰って来たね」
「うん」
「ただいま〜」
「お帰りなさ〜い」*2
玄関の鍵を開けると、ちょっと疲れた顔の両親が立っていた。
「お疲れ様。今日はちょっと遅かったね。ご飯とお風呂、どっち先?」
にっこり笑顔で綾乃が聞いた。
「ん〜、お腹はそれ程空いていないけど、なんか軽く食べたいな」
父親がそう言う。
「今日は綾ちゃんのサラダスパゲティだよ」
こちらもにっこり笑顔で知美が答える。
「そうか、じゃあ丁度いいな。母さんもそうするか?」
「そうですね。そうしますか」
「じゃあ、支度するね」
そう言って、綾乃と知美はぱたぱたと台所の方へ走っていった。
「・・・いつ見ても思うけど、あいつらを姉妹にして良かったな」
「そうですねぇ」
そんな二人を目を細めながら見る両親。
親の食事が終わり、知美が部屋でくつろいでいる時。
「綾〜、知〜、お風呂あがったから入りなさ〜い」
「は〜い!」
本を読んでいた知美が返事をして、綾乃の方に向き返る。
一方の綾乃はというと、いすに座り、首の付け根の部分からコードを出して、メンテナンスコンピュータにつながっていた。体の方は目を閉じて、眠ったような状態になっている。
「これを見ると、うちの姉って本当はアンドロイドなんだって、改めて気がつくよね」
普段が人間以上に人間っぽいだけに、知美ですら実感が沸かない時も有るらしい。
「綾ちゃん、聞こえてる?」
知美が綾乃に話しかけた。と、メンテナンスパソコンのモニターに、一つのウィンドウが開くと、そこに文字列が浮かび上がった。
『どうしたの、知ちゃん?』
「お母さん達、お風呂上がったって」
『そう・・・う〜ん、もう少しでこれ終わるけど、知ちゃん先入っちゃっていいよ』
「ん・・・そうだ、たまには一緒に入らない?」
『え?・・・別にいいけど』
「うん、じゃあ待ってる」
かぽーん。
「ふぃ〜・・・やっぱり、一日の疲れは風呂で癒すのが一番ねぇ・・・」
湯船につかりながら、あごを浴槽にのせて、そう知美はつぶやいた。
「ん〜、同感。何か、幸せ〜って、感じだよね〜」
こちらも同じようにあごを浴槽にのせて、綾乃が同意する。
「・・・ところでさ。例の探偵同好会、部費とか有るのかなぁ?」
「あ、そう言えばそうだね」
起き上がって、知美が思案顔になる。
「私達の月のお小遣いが、一万円。そのうち、半分はお昼代とか文房具とか、必要経費でなくなっちゃうから、大体五千円位しか使えないって事か・・・」
指折り計算しつつ、綾乃がそうつぶやく。
「・・・父さんに相談してみよっか?」
しばらく考えていた知美がそう言った。
「・・・そうだね」
「相談で駄目だったら私の魅力で落としてみようかしらん」
そう言って知美は片目でウインクする。一方、それを見た綾乃は苦笑していた。
「知ちゃん、実の娘が親に色目使っても効果無いと思うよ」
「じゃあ、綾ちゃんやってみる?」
「え!?私?」
「うん。私より効果有るかもよ」
そう言って、いたずらっぽく微笑む知美。
「私でも同じだと思うよ〜(汗)。だって、この体って、知ちゃんのが原形だし・・・」
「ふふっ、冗談よ。・・・でもそういう割には、私より胸でかいんじゃないの?」
そう言って、知美は綾乃の胸を見た。
「え゛っ!?そそそそんな事無いよ?(汗)」
思わず腕で胸を隠す綾乃。
「冗談だってば。これ以上やって綾ちゃんオーバーヒートしたら困るし」
くすくす笑いながら知美はそう言った。
「んもう、知ちゃんの意地悪!」
耳まで赤くして、綾乃はそう言った。
「父さん、お願いが有るんだけど」
風呂から上がって、パジャマに着替えた二人は、居間で新聞を読んでいた父親の所に行った。
「ん?どうした?」
「あのね、私達、部活をやってみたいなって思うの」
知美がそう言う。こういった時の積極性は、知美の方が数段上であった。一方の綾乃は、今一押しが弱いので、その後ろで黙って眺めている。
「部活?何の?」
新聞から顔をあげずに聞き返す父親。
「うん、探偵同好会」
「は?何する所だ、それ?」
そこで、父親は新聞を降ろし、二人の顔を見た。
「ん〜と、顧問の先生が私立探偵をやっている先生で、探偵小説の探偵方法とかの手引きみたいな物を教えてくれるんだって」
実際、探偵同好会の活動はそれがメインだった。
「ふ〜ん、面白そうだな、それ」
「でしょ、でしょ!?」
はしゃぎながら知美が答える。
「で、財政的に苦しい綾乃姉さんと知美姉さんは、父さんに部費の出資を頼むべくこうしてお願いに上がったと、そう言う訳ね?」
台所から、エプロンを外しながら出て来た母親が笑いながらそう言う。
「あ、母さん・・・」
「何だ、そう言う事だったのか」
苦笑しながら父親がそう言う。
「母さんはどう思う?」
「私は別に構いませんよ。綾乃と知美の青春時代な訳ですし、やりたい事をやるのが一番じゃなくて?」
「・・・だそうだ。で、いくらなんだ、部費は?」
「あ、まだ入った訳じゃないし、それは明日聞こうと思って・・・」
「そうか、じゃあ、明日聞いて来たら教えなさい」
「は〜い」
「・・・」
「・・・」
「・・・ねえ、綾ちゃん」
「なに、知ちゃん?」
「何か、うまくいっちゃったね」
「そうだね・・・」
寝室。布団をかぶって、横になっている綾乃と知美が、小声で話をしている。
「私、昔やっていた空手とか中国拳法とか、そういうのはやりたくなかったんだ」
「もう極めたから?」
「ううん、そうじゃないの。確かに拳法とかも面白いんだけど、・・・何か、それだけなような気がして」
「知ちゃん・・・」
「私は、他にもやる事が有るんじゃないかなって、中学を卒業する時に思ったんだ。あの頃、勉強だって料理だって編み物だって綾ちゃんに教えてもらわないと全然知らなかったし・・・」
「・・・」
「それに、探偵同好会って、名前からしてなんか楽しそうだしね」
「・・・それだけ?」
「え?」
「知ちゃん、本当にそれだけなの?」
「な、何で・・・」
「なんか隠してる。雰囲気で解るもん」
そう言って、天井の方を向いていた綾乃はころっと転がり、知美の方を向いた。
「本当は、他にも理由、有るんじゃないの?」
「・・・ごめん。すぐにばれるね、やっぱり」
知美も綾乃の方を向く。気のせいか、少し目が潤んでいた。
「私、ずっと綾ちゃんがうらやましかった」
「うらやましい?」
「うん。・・・勉強だって、料理だって、編み物だって、何でも私よりずっとずっと、上手だったから。中学校の時はそれがすごくうらやましかった」
「・・・そうだったんだ・・・」
「うん。だから、拳法をならって、そんな弱い心を見せないようにしようと思ったんだ。・・・でも、やっぱり姉妹だね。すぐにばれちゃうなんて」
そう言って、知美は顔を布団に埋めた。
「・・・ううっ」
「知ちゃん・・・」
綾乃はそれを見ると、しばらく困ったような顔をしていたが、やがて、起き上がるとおもむろに知美の布団に入っていった。
「あ、綾ちゃん?」
そして、綾乃は知美を抱きしめた。
「知ちゃん、私に持っていない優しさを持っているじゃないの。私達、本当の姉妹じゃないのに、本当の姉妹以上に私に接してくれて。優しさをいっぱいくれるじゃない・・・」
「綾ちゃん・・・」
「いいじゃない。私達二人、お互いに無い物が有って、それを補いながら生きていけば。それが姉妹って物じゃないの?」
「・・・うん」
「・・・」
「・・・」
「・・・今日は」
「え?」
「今日は、このままで寝よ?ちょっとだけ、寂しいから」
「綾ちゃん・・・」
「・・・」
「うん、お休み」
「・・・お休み」
お休みなさい。