・第2章「探偵同好会」・


 キーンコーンカーンコーン・・・。
 最終授業終了を告げるチャイムが鳴り響き、それまで静まり返っていた学校は徐々にざわめきを取り戻した。
 知美は手早く荷物をまとめると、自分のクラスを出て、隣のクラスに行った。
 札には「1−2」と書かれている。
「綾ちゃ〜ん」
 入り口から教室内に呼び掛けた。
「は〜い、すぐ行くよ〜」
 綾乃の答えが帰って来たが、そのまま知美は教室に入っていき、まっすぐ綾乃の席に向かう。
 綾乃は鞄に荷物を片付けている所だった。
「やっほぉ、どうだった、今朝?」
「うん、宿題出された」
 はぁっとため息をつきつつ、綾乃が答える。
「私も〜。科目は?」
 こちらもため息をつきつつ、知美が答えた。
「1時間目、英語だったから、英語なの。ううっ、先生、私が英語余り得意じゃないのを知っているくせに・・・(涙)」
「同じ理由で私は数学〜(涙)。・・・ねえ、帰ったら一緒にやろうよ」
「うん、私もそう思ってた」
 はぁっと、二人してため息をついた。
「滝山さ〜ん・・・って、あれ?綾乃ちゃんはどっちだっけ?」
 と、綾乃のクラスメイトの女生徒がやって来て、声を掛けて来た。
「姉さんは座ってる方よ」
 知美がそう答える。
「そっか。・・・でも、本当にそっくりだよね〜、あなた達って。もしかして、そういう風に作ってるの、綾乃ちゃんって?」
 クラスメイトどころか、綾乃がアンドロイドだと言う話は学校内で知らない者は居ないくらい有名な話である。ただし、他にもアンドロイドが居るにも関らず滝山姉妹が有名になったのは、綾乃の場合知美と容姿がそっくりと言う事で話題になっていただけの事であるが。
「うん、そうだよ。どうしてそうなのか、理由は解らないけど」
「そっか〜」
 しきりと感心するクラスメイト。
「・・・で、何?」
「え?・・・あ、そうそう。3組の安佐野君が廊下で呼んでるよ。じゃあね」
 そう言い残して、クラスメイトは去っていった。

 廊下に出ると、雹吾が廊下の窓から外を眺めていた。
「雹の字君、お待たせ」
 綾乃が声を掛けると、雹吾が振り返った。
「おお、綾乃嬢・・・おっ、知美嬢までいたでござるか。これは丁度いい」
「何がちょうどいいの、雹の字?」
 知美が聞き返す。
「今朝の事でうちの同好会の顧問が話を聞きたいって言っているでござるよ」
「同好会・・・探偵同好会の顧問?例の、私立探偵が本業って言う非常勤講師の先生?」
「そうでござる。ご足労願えないでござろうか?」
 顔を見合わせる綾乃と知美。
「知ちゃん、私は別に構わないけど」
「うん、綾ちゃんもそう言っているし、断る理由も無いしね。行っていいよ、雹の字」
「かたじけない。こっちでござる」
 雹吾の案内で、二人は倶楽部練が有る方へと歩いていった。

「ところで、徳さんが保健室に連れていったあの子、どうなったの?」
 歩きながら、知美が雹吾に尋ねた。
「ああ、北上嬢の事でござるか?」
「ふ〜ん、あの子、北上って言うんだ・・・って、雹の字!何であんた、あの子の名前を知ってるの!?」
「ん?ああ、今部室の方に来ているでござるよ」
「部室に来ている?何で?」
 知美が聞き返す。
「今朝の事、うちの顧問に相談したかったらしくて、放課後になったと同時に部室の方に来てたでござる。で、今朝の関係者を全員呼ぶと言う事になったでござるよ」
「あ、そうなんだ」
 綾乃が頷いた。
 やがて、倶楽部練が見えて来た。ここにも桜の木が植えてあり、見事に花を咲かしている。
「あそこが部室でござる。今の所、部員は拙者、徳川、水木しか居ないでござるがね」
 その言葉に、ちょっと驚いたように知美が声をあげた。
「そ、そんなに人数少なくて、同好会として成り立つの?」
「うちの学校、名前だけあって実際には部員が居ない同好会って、かなりの数が有るでござるよ。実は探偵同好会もそのうちの一つでござったが、まあ放課後のお茶をする場所が欲しくて、我々で復活させたでござるよ。まあ、たまに探偵の真似事もしているでござるがね」
 そう言って、雹吾は部室のドアを開けた。
「秋田先生、連れて来たでござるよ」
「おお、滝山。よく来てくれたな。まあこっち来て座ってくれや。・・・ところで、どっちがどっちだ?」
 中に入ると、丸めがね、くたびれた背広、無精髭のいでたちの男が、宗一郎、健、そして朝襲われていた「北上」と言う女子生徒と何やら話をしていた所だった。
「おじゃましま〜す。私が姉の綾乃です。今日は、右にヘアピンをしているのでそれで見分けて下さい」
「私が妹の知美です。同じく今日は左にヘアピンね」

 全員がいすに座った所で、秋田健介は話を始めた。
「さて、じゃあもう一度話をおさらいしてみようか。・・・おお、そう言えばお前ら、ジュースとか飲みたかったらそこの冷蔵庫に入っているやつ勝手に飲んでいいぞ」
「と言っても、これって俺らの部費なんだよなぁ」
 そう言いながらも、宗一郎がコップを取り出した。
「どうせだから全員分出そうか、先生?」
「そうだな。俺も欲しくなった」
「じゃあ、そうすっか」
 そう言って、次々とコップを出してゆく宗一郎。
「あ、私も手伝うよ」「じゃあ、私も」
 それを見た綾乃と知美が、冷蔵庫からジュースのペットボトルを取り出した。
 そして、全員にジュースが行き渡った所で、秋田が話しはじめた。
「さて、じゃあさっきの続きだ・・・」

 約30分ほど、全員がいろいろな話をする。話の中心は、勿論朝襲われた「北上ユイ」である。
「・・・ん〜、結局の所、これだけじゃあ襲われた・・・って言う理由が解らんなぁ」
 聞いた話を紙にまとめていた秋田が、頭をかきながらつぶやいた。
「身代金目的では無さそう、しかし、計画性が有る。恨みと言う線も考えにくい・・・」
 そう言って、秋田は鉛筆をほうり出した。
「北上、お前、誰かに似ているとか無いのか?」
 その問いに、ユイは困ったような顔をした。
「それは・・・多分無いと思います」
「先生、私と綾ちゃんじゃあないんだし、そうそう無いとおもうよ、そう言う事は」
 横から知美がそう付け加える。
「ん〜、そうだよなぁ・・・。じゃあ、今までには襲われたことは?」
「有りません」
「そうか・・・駄目だ、結論出せないわ」
 そう言って秋田は立ち上がった。
「ん?もうこんな時間か。じゃあ、今日の部活はもう終わりにしよう。あ、そうそう、念の為と言う事も有る。お前ら、一緒になって帰れ。特に北上は家のそばまで誰か付いて行ってやれ。また襲ってくるとも考えられるしな。先生はこれから私立探偵仲間に聞いてみる。なんか有ったら、明日にでも教えてやるよ」
 その一言で、今日の部活は終わった。

「あの・・・今日は本当にどうもありがとうございました」
 帰り道での事。ユイはそう言って、その場に居合わせた全員に頭を下げた。
「ん?」
 全員が思わず顔を見合わせる。
「特に、徳川君。気絶した私をおぶって学校の保健室まで連れていってくれて・・・」
「あん?ああ、別に気にする事ね〜ぜ」
 そう言って、照れたように宗一郎は鼻の頭をかく。
「そうそう、困った時はお互い様でござるよ」
「本当に・・・ありがとうございました」
 もう一度そう言って、ぺこっと頭を下げる。
「あ〜、あとそれ。俺達同学年なんだし、敬語を使うこと無いぞ」
 宗一郎はそう言って、ぷいっと歩き出した。
「・・・あの、徳川君、怒っているのでしょうか?」
 恐る恐る、ユイが知美に尋ねる。
「ああ、徳さんはいつもあんな感じなんだ。ぶっきらぼうに見えるけど、本当はすごくいい奴だから、安心して」
 そう言って、知美はにっこり笑う。
「くぉら、知美!勝手な事言うんじゃねぇっ!」
 前を歩いていた宗一郎が拳を振りかざす。
「ほほう、宗一郎、私とやる気かい?」
 知美は不敵な笑顔を浮かべると、腕まくりをする。それを見た宗一郎はげっとした顔になる。
「な、名前で呼んだって事は・・・マジ?・・・ま、まあ、争いはなにも生み出さないし」
「こら〜っ!話をそらすなぁ!」
「はいはい、どうどう」
 腕を振り回す知美を、綾乃が後ろから押さえる。
「・・・くすっ」
 それを見たユイは、手で口元を押さえて微笑んだ。
「あ、やっと笑ったね」
 それを見た綾乃が微笑む。
「え?」
「だって、ユイちゃん、さっきからずっと不安そうな顔しかしていなかった。笑った方がかわいいよ」
「え?」
 そう言われて、ユイは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。

「ところで水木、今朝の連中の事、なんか解りそうか?」
 先程から、歩きながら小型端末を操作している健に、宗一郎が尋ねた。
「いや〜、難しそうだよ。何せ、北上さんの何が目的で誘拐しようとしたかが解らないしねぇ。身代金目的とか、はっきりしていれば簡単なんだけど」
 端末の操作する手を休めず、健は答えた。
「今日の発信分の電子新聞にもそれらしいことは一切書いてない。警察に届けたにも関らず、だよ」
「それはまた、妙な話でござるな」
 雹吾がそれを横からのぞきながら言う。
「う〜ん・・・確かに妙だね。あれだけの事でありながら、マスコミが全然動いていない」
「それって、どういう事?」
 知美が尋ねる。
「早い話、警察側で報道管制をかけたか、あるいは発表されていないか、と言う事です。問題は、何故伏せているのか。何か隠す理由が在るのか、世間に発表されるとまずいのか?」
 そう言うと、健は小型端末の電源を落とす。
「これ以上は、歩きながらは無理だね。明日までに何とか調べてみるよ。秋田先生に任せっぱなしと言うのも気が引けるしね」
「いつも思うけど、たけさん君ってすごいよね」
 綾乃がそう言うと、健は怪訝そうな表情をする。
「あの〜、最新技術の塊である筈のあなたに言われても、何かぴんと来ないんですけど?」
「あ、そうか」
 そう言って、ぺろっと舌を出す綾乃。
「あ〜、たけさん、うちの姉ってほら、時々自分がアンドロイドである事すら忘れているから、駄目駄目」
 意味ありげな笑顔を浮かべて、知美がそう言う。
「・・・それもそうですね」
 頷く健。
「え〜、だって、別にいいじゃないの」
 それを聞いて、雹吾と宗一郎がふき出した。
「ぷぷぷっ」
「あははっ!」
 つられて全員が笑い出す。ただ一人、笑われた綾乃はふくれっ面をしていた。

「ところで、北上さんって、家はどっちの方向?」
 「桜街道」を降りきった所で一同は立ち止まり、知美がユイに尋ねた。
「あ、私は清水町だから・・・」
「と言うことは丁度徳川と同じ方向って訳でござるな。じゃあ、徳川、ボディガード役、頼んだでござるよ。では、拙者はこれにて」
 そう言うが早いか、雹吾はすたすたと立ち去っていった。
「私達も逆方向だしね」「じゃあ、みんな、また明日ね〜」
 滝山姉妹も手を振って立ち去る。
「じゃ、僕も。この後親に頼まれた用事も有るので。じゃあ、また明日」
 健も立ち去ってゆき、あっという間にその場に宗一郎とユイが取り残された。
「・・・」
 頭をぽりぽりとかく宗一郎。ふと、ユイの方を見やると、上目使いぎみに宗一郎の事を見ていた。
「・・・じゃ、行こうか?」
「・・・はいっ!」
 嬉しそうに頷くユイ。

 そして、立ち去る彼らを車の中からのぞく4つの目があった。
「あの子が?」
「そう。内調から回って来た書類にあった、超能力少女」
「本人は能力に気がついていないってあるけど?」
「どうやらそれは本当らしい。部活の時にそれらしく聞き出してみたが、隠している様子は無かった」
「ふぅ〜ん。・・・あなたの人を見る目は確かだから、信じるしかないわね」
「ああ、そうしてもらうと助かる。ところで、そっちはなんか解ったことあったか?」
「全然手がかり無し。迷彩服の男達・・・だから、目立つかなと思ったんだけど、逃走中に着替えたのか、目撃証言が無いのよ」
「まあ、その程度の準備はしているだろうけどな」
「そうね。・・・このヤマ、難しそうね」
「だな」

 そして、車はタイヤを鳴らして急発進。後には、舞い散る桜の花が有るのみだった。

 続く。