・第1章「出会いは遅刻から」・


 桜の花びらが風に舞う。
 春真っ盛り。
 生徒達が「桜街道」と呼んでいる、この学校までの長い坂道には、両側の道沿いに桜の木が、文字どおりびっしりと植えられていて、いつも近所の人の目を楽しませていた。
 途中にある公園や、坂道を進んだ先に有る「東京”府”立桜ヶ丘高校」の校庭にも桜の木が植えてある。
 これは、この学校のしきたりで「生徒一人、桜1本運動」と言うのが有り、毎年卒業の時に一人一人が桜の木を植えていったからだ。

 その、桜街道の途中に有る公園を、二人の女生徒が走って横切ろうとしていた。
「はぁ、はぁ・・・知ちゃ〜ん、もう少しゆっくり走ってよ〜(汗)」
「綾ちゃん、運動不足だぞ」
「そ、そんなこと・・・はぁ、はぁ、言われても・・・はぁ」
「やれやれ・・・。(時計を見て)ん〜、ここまでこの時間で来たら遅刻しないで着けるね。よし、こっからは歩いて行こうか?」
「はぁ、はぁ・・・お願い、そうして・・・ふぅ」
 同じ制服、同じ鞄。桜ヶ丘高校指定の、薄茶色を基調としたブレザー。明らかに登校途中であるのが一目瞭然である。
 しかし、よく観察してみると、彼女達、顔形や髪型までもがそっくりである事に気が付くだろう。
 唯一、「運動不足」と言われた方の女生徒は頭の右の方に、もう一方の女生徒は頭の左の方に、ヘアピンをさしてある。
「・・・あのさ、綾ちゃん?」
「ん?なに?」
「最近、特に思うんだけど」
「?」
「あなた、アンドロイドのくせにどうして運動が苦手な訳?」
「え゛?そ、そんな事言われても・・・苦手な物は苦手なんだし・・・」
「はぁ・・・困った姉だこと(苦笑)」
「ううっ、体の性能は悪くない筈なのに・・・ぐすん(涙)」
「ハイハイ。解ったから、早く行こう」
「うん・・・ん?」
「ん?どうしたの綾ちゃん?」
「知ちゃん、あれ、『雹の字』君じゃない?」
「雹の字が居る?・・・あ、本当だ」
 「綾ちゃん」と呼ばれている女生徒が指差した方向、公園を出て少し行った所に、下駄履きの長身の男子生徒がのんびりと歩いている姿があった。
「お〜い!雹の字〜ぃ!」
 「知ちゃん」と呼ばれていた女生徒が大声で呼ぶ。呼ばれた「雹の字」は、ゆっくりと振り返った。
「?」
「おはよ〜!」
「おお、滝山姉妹か。おはようでござる〜」
 滝山姉妹が小走りに、手をあげて挨拶を帰した「雹の字」の方に走っていった。
「え〜と、どちらが綾乃嬢でどちらが知美嬢でござるかな?」
 二人に並ばれた「雹の字」は、ちょっと頭をひねりながら二人を見比べた。
「おはよう、雹の字君」
 滝山綾乃がにっこりと笑って挨拶する。
「おお、こちらが綾乃嬢でござったか。するとこちらが知美嬢でござるな」
「綾ちゃんは安佐野のあだ名の事を『雹の字君』って言い方するからすぐ解るもんね」
「そうでござるな」
「変・・・かなぁ?」
 多少戸惑いぎみに、綾乃が二人に尋ねる。
「拙者はいっこうに構わんでござるよ」
「いいんじゃないの?それが綾ちゃんの味みたいなものだし」
 そう言って、知美は綾乃の肩をぽんぽんと叩いた。そして、3人は学校に向けて歩きだす。
「ところで、徳さんとたけさんは?」
 知美が思い出したように聞いた。
「あの二人なら、まだ今日は見て居ないでござるよ」
 ゆっくりと歩きながら、安佐野雹吾が答える。
「ふ〜ん。今日は遅刻か、それとも先に行ったかな?」
 その時であった。
「・・・・・・きゃっ!」
 か細いが、はっきりと聞こえた女性の悲鳴。3人はその場に足を止めた。
「・・・聞こえた、二人とも?」
 瞬時に周りを見渡しながら知美が尋ねる。
「ええ、聞こえたわ」「確かに、女性の悲鳴であったでござる」
 二人も周りを見渡しながら答える。
「あ、あそこ!」
 と、綾乃が後ろを指差した。そちらを見ると、今通って来た公園の中央付近で、綾乃達と同じブレザーを着た女生徒が、4人の迷彩服に身を包んだ男に囲まれているのが見えた。どう見ても、いい雰囲気ではない。
「あの制服・・・うちの学校の生徒!?」
「助けるでござる!」
 言うが早いか、3人は駆け出していた。

「何ですか、あなた達は!?」
 囲まれている女生徒は、こわばりながらも気丈に周りの男達を見据えていた。
「事情を話している暇は無い。我々と一緒に来てもらおうか」
「お断りします!理由も無いのに・・・!」
 語尾は言葉にならなかった。4人の男達が一斉にナイフを取りだしたからだ。
「君に理由は無くても、こっちに理由は有る。痛い目を見たくなければ・・・ぎゃっ!」
 こちらも語尾が言葉にならなかった。
「あんた達!朝っぱらから誘拐なんてたいした度胸ね!」
 知美が投げた、ゴルフボールより少し小さめの石が後頭部に命中していたのだ。同時に、雹吾が飛ばした下駄も背中に命中していた。
「何だ貴様ら、邪魔すると痛い目を見るぞ!」
 迷彩服の男達はやって来た3人に向き直ると、ナイフをちらつかせた。
「弱い犬ほどよく遠吠えするでござるよ」
 それを見た雹吾が微笑みながら言い返す。
「な、何だとっ!」
 逆上した男の一人が雹吾に切りかかって来た。
 ブンっ!
 しかし、振られたナイフは宙を切る。
「!?」
 切りかかられた瞬間、雹吾は軽くステップを踏んで男の左側に回り込んでいたのだ。
 ズパーン!
 そのまま回し蹴りを顔面に食らわせる。男は吹き飛んでいった。
「貴様らっ!・・・おい、構わん、やっちまえっ!」
 それを見た他の3人の男達が、それぞれ雹吾、綾乃、知美に切りかかって来た。

 雹吾は一定の間合いをもって男と対面していた。男の方は、先程仲間が一撃で吹き飛ばされていたのを見ている事も有り、ナイフを正面に構え、じりじりと近づいてくる。
(さて、下駄は既に両方とも飛ばしているから飛び道具は使えない、回し蹴りは先程披露してしまったから警戒されているでござろうし・・・)
 そう考えていると、男の方が先に動いた。
 ブンっ!
 ナイフを横になぎ払って来た。
 雹吾、紙一重で後ろに下がる。と、男は再び横になぎ払って来た。
 がしっ!
 それにあわせて雹吾はナイフを持った手を蹴りあげる。そのまま、蹴りあげた足をかかと落としの要領で相手の頭に叩きつけた。
 がすっ!
 間髪入れず、再び回し蹴り。
 ズパーン!
 雹吾の相手の男は吹き飛ばされた。

 少し時間がかかっていた雹吾に対し、知美は一瞬で勝負が決まっていた。
 女だからと言うので油断したのか、不用意に近づいた男に対して、知美は瞬時に相手の懐に飛び込み、あごと胸にひじ打ちを食らわせ、相手が怯んだ所で、蛙飛びの要領でアッパーカットを食らわせた。
 男は吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。

 対して、かなり時間が掛かっていたのが綾乃である。
 じりじりとにじり寄ってくる男に対し、ちょっと引きつった笑顔を浮かべ、じりじりと後退する綾乃。
「え、え〜と、あ、争いは何も生みませんよぉ・・・」
「ふざけるな、このアマぁ!」
「きゃ〜っ!?」
 男は上段からナイフを振り降ろした。かろうじて、横に避ける綾乃。しかし、完全にはかわしきれず、なびいた髪の毛の先を少し切られた。
「あ、髪の毛・・・」
 切られた事に気がついて、きっと男を睨み返す。少し目に涙がにじんでいた。
「・・・髪は女の命なのに〜っ!」
 不意に綾乃が放ったストレートパンチを、しかし油断していた男は避ける事ができなかった。
 ズパーン!
 きれいに決まり、3m以上吹き飛ばされる男。
 それを見ていた知美は、やれやれと言う顔をしていた。
「綾ちゃん、本気さえ出せば私より遥かに強いのに・・・」
「そんな、ひけらかすような物じゃないでしょう?」
「そうそう、能ある鷹は爪を隠すでござるよ」
 ほこりを払いつつ雹吾が二人に近寄って来た。その時である。
「てめえら、動くんじゃねぇ!」
 一番最初に雹吾に吹き飛ばされた男が、始めに囲まれていた女生徒の首筋にナイフを突きつけ、怒鳴っていた。
 その場に硬直する3人。無論、襲われている女生徒も硬直している。
「わりィがこっちの勝ちだな。お前達には関係無い事だったが、見られた以上は消えてもらわなければいけない。一緒に来てもらおうか」
「あ、きったね〜!」
 知美が怒ったような声で言う。
「黙れ!・・・おい、お前ら!いつまで寝てるんだ!」
 人質を取った男は、地面でまだうなっている他の3人の男に怒鳴った。
 その瞬間!
 がんっ!
「ぐえっ!?」
 後頭部を何かで思いっきり殴られ、そのまま崩れ落ちる男。
 後ろには、にこやかな顔をして立っている、雹吾と同じ制服を着た男子生徒が二人立っていた。
「あ、徳さん君にたけさん君!」
 綾乃が声をあげる。
「ふっふっふ、か弱き女性を人質に取ろうなんざぁ、この天下の副将軍、徳川宗一郎様が黙っちゃぁいないぞ!」
「そして、右に同じく老中、水木健、ここに見参なり!」
 やや芝居の掛かった登場のしかたに、知美はあきれた。
「何で私の回りって、こう時代劇に感化された連中が多いのかねぇ?(苦笑)」
 ふと見ると、男達はまとまって逃げていってしまった。
「・・・あ、逃げた」
「放って置けよ。それよりもこっちの方が心配だ。・・・おい、大丈夫か?」
 徳川宗一郎が、先程まで人質に取られていた女生徒の方に声を掛けた。
 しかし、顔色を真っ青にしたままの女生徒は反応しない。
「?・・・おい?・・・もしもし?」
 と、ふらっとなったかと思うと、そのままその女生徒は宗一郎に倒れかかった。
「おっと!・・・気ィ失ってるぜ?」
 宗一郎が抱き留めた女生徒の顔を見て、水木健の方に言った。
「気を失ってる?多分、緊張の糸が途切れたからだと思いますよ」
 何故か冷静に分析する健。
 ぴー、ぴー、ぴー・・・。
 ・・・と、綾乃の時計のアラームが鳴り出した。
「・・・あ、授業始まっちゃった・・・」
 時計を見てつぶやく綾乃。それを聞いて、呆然とする一同。
「・・・取り敢えず、学校行こうか」
「そだね・・・」

 続く。