・第2章「現在準備中」・


 数日後。
「じゃあ、カップとかその他の器材は全部うちのおやじから借りてくる。各人は最低10冊は推理小説用意できるよね?」
 ホワイトボードに要点を書き込みながら、健が全員に聞きかえす。
 全員が肯いた。
「宜しい。んで、テーブルとかは学生会から借りれるからよし。お茶菓子関係はうちの母親に頼んであるから、問屋が当日持って来てくれる筈」
 そこまで一気にホワイトボードに書き込んで、健は一息ついた。
「んで、仮装するんだっけ?」
 健が知美に尋ねる。
「うん♪」
 やけに楽しそうに答える知美。
「で、どういった仮装をする?」
「当然探偵同好会だから、探偵関係ね。んで、今回のコンセプトは、ずばり『シャーロックホームズ』で行きましょう」
 そう言うと、知美は何やら大きな荷物を取り出した。
「実は、友達に頼んで、衣服は借りてあるんだ。んで、誰をシャーロックホームズにするかだけど・・・」
 そう言って、知美は他の5人を眺め回した。
「うん、やっぱりユイちゃんかな?」
「ええっ、わ、私?!」
 突然指名を受けたユイは、かなりびっくりしたような顔をした。
「そう。女シャーロックホームズって言うのも、なかなか意表を突いていて良いと思うんだけど?」
 そう言ってにっこりと笑う知美。
「そうなると、当然ドクター・ワトソンは宗一郎ね」
「・・・やっぱそうなる訳?」
 頬杖を突いたままぶっきらぼうに聞き返す宗一郎。
「当然でしょ?あなた、ユイちゃんのパートナーな訳だから。んで、モリアーティ教授は・・・」
「ちょっと待った。それって、アニメの方?それとも小説の?」
 知美の説明を遮って、健が尋ねた。
「ん〜・・・一応小説なんだけど・・・アニメの、って言うのも奇抜で良いかもね」
「となると手下が二人いりようになるけど?」
「そうか、それはだめね。じゃあ、アニメの設定は却下。んで、教授は雹の字かな?」
「承知、でござるよ」
 何故か嬉しそうに答える雹吾。
「健さんはスコットランドヤードの警部さんね。名前は・・・なんて言ったっけ?」
「あのねぇ・・・それでも探偵同好会のメンバーなの?」
 苦笑いしながら健が突っ込む。
「まあまあ、それは置いておいて。んで、ハドソン婦人は私、と」
「と、知ちゃん?」
「ん?なあに、綾ちゃん?」
「あの、私は?」
 綾乃が恐る恐る聞いて来た。
「んふふふ・・・綾ちゃんにはおとっときの役が有るのよん♪」
 そう言うと、知美は鞄から何やら細長い物を二つほど取り出した。
「綾ちゃん、『本気モード』の時に使うあの耳、ちょっと出してもらえる?」
「耳?センサーの事?」
「そう」
「?うん、いいけど・・・」
 かしゃっ。
 そう言うと、綾乃はセンサーを出した。
「それにねぇ、これをかぶせると・・・うん、ぴったり!」
「・・・な、何これ?!」
 何と、綾乃のセンサーには、「うさみみ」がかぶせられていた。
「綾ちゃんはねぇ、ホームズが良く通うバーのバニーガールって事で」
「って事で、じゃ無くてぇ・・・」
 半べそをかきながら知美に抗議する綾乃。
「ん〜、でも似合っているよ」
「フォローになっていないよぉ」
 健の言葉にも、半泣きで答える綾乃。
「ほら、皆似合っているって言っているんだし、綾乃ちゃんの魅力で一つ、お願い!」
 そう言って、顔の前で手を合わせる知美。一方の綾乃は既に目に涙まで浮かべていた。
「ううっ・・・こ、今度だけだよ?」
 しぶしぶ、かなり嫌そうに綾乃は承諾した。
「ありがとう!だから綾ちゃんって好きだなぁ」
「こんな時に好かれてもうれしくないよぉ」
 文句を言いつつ、うさみみを外す綾乃。
「じゃあ、これで決まりだね」
 健がそう言って、ホワイトボードの書き込みを終えた。
「じゃあ、当日は集合はここ。集まった後、店の準備を始めて、文化祭開始時間までに準備を終わらせるようにしよう」
 そう健が言って、今日の同好会はお開きになった。

「さて、じゃあそろそろ鍵を締めて帰るとしようか」
 全員が部室の外に出た事を確認して、健は部室の鍵を取りだした。
 一応、この「探偵同好会」の会長は健と言う事になっている。その為、普段の部活動の時の鍵の管理は彼が行っていた。
「しかし、さっきからずっと気になっていたでござるが・・・」
 部室を後に歩きだした彼らは、すっかり葉っぱのみとなった「桜街道」をおしゃべりしながら歩いて行く。
 その道すがら、雹吾が話を切り出した。
「バニーガールって、小説とかで出て来たでござるか?」
「ん〜ん、多分出て来ていないと思うよ」
 それにあっさりと答える知美。
「え!?じゃ、じゃあ私のバニーガールって・・・」
「もちろん、私の趣味♪」
「ひ、酷いよ〜!」
 ぽかぽかぽかぽか。
 またしても目に涙を浮かべながら、綾乃は知美を叩いた。
「あはは、ごめんごめん。でもさ綾ちゃん、いつも言っているけど、少しは自分に自信を持った方がいいよ。何てったって、私の姉さんなんだから、すこぶるつきの美人ということは保証済み!」
 そう言って、知美はクスクスと笑った。
「・・・はぁ。知ちゃんのそのアクティブな性格、少しでも私に有ればね・・・」
 溜め息をつきながら綾乃がそう言う。
「あ、綾乃さんは十分にアクティブだと思うけど・・・」
 ユイがそんな綾乃を慰めるように言った。
「・・・ありがとう、ユイちゃん」

 そんな話をしながら、いつも別れる所まで来た時の事。
「あ、あの・・・」
「?」
 彼ら6人に、後ろから声をかけて来た女生徒がいた。
「あ、昨日の腕にケガをしていた・・・」
「昨日はありがとう。一言、お礼を言いたくて・・・」
「いや、別にお礼を言われるほどの事は・・・」
「していないでござるよ」
 綾乃と雹吾が同時に答える。
「あ、一応自己紹介しておかないと駄目ね。私は、2年4組の二小見 アリス」
「あ、私は1年2組の滝山 綾乃です」
「私は1年1組の滝山 知美。綾ちゃんの妹です」
「北上 ユイです。1年6組です」
「拙者は安佐野 雹吾、1年3組でござる」
「1年3組、徳川 宗一郎」
「同じく1年3組の水木 健です。よろしくね」
 一通り自己紹介が終わる。
「え?あなたたちって、全員1年生だったの?」
「ん〜、まあ雹の字なら2年に間違われても良い体格してるけどね」
 驚くアリスに健が答えた。
「・・・ところで、あなたのそのケガ。本当に釘なのですか?」
「え・・・?」
 アリスが驚いたような表情をする。
「悪いですけどこっちは探偵同好会を名乗っているだけあって、それなりにものを見る目って物を付けているつもりです。・・・あなたのその傷、どう見ても釘に引っかけただけじゃつかないと思うのですが?」
「・・・・・・」
 しばらく、その場に沈黙が流れた。
 聞いた時の格好のまま立って答えを待つ健と、うつむいたまま黙りこくるアリス、そしてそれを固唾を呑んで見守る他の5人。
「・・・ごめんなさい、今は言えないわ」
「・・・そうですか。まあ、人には言えない事情ってものがありますし。ま、何か困ったことがあったらいつでも相談に来てください」
 そう言って、健は足早に立ち去ってしまった。
「・・・え、え〜っと・・・」
 残されたメンバーはおろおろするのみであった。
「あ、あのっ、どうもすいませんでした」
 あせって知美が頭を下げる。
「あ、いいの。別に気にしないで。そのうち相談に行くつもりでいたから」
 アリスがそう言う。
「・・・まだ、気持ちの整理がつかないから。気持ちの整理が付いたらきっと行くから。・・・じゃあ、私の家はこっちだから・・・」
 そう言い残して、アリスは足早に立ち去って行った。
「・・・ん〜、健さん君、何か今日はすごく強気だったような・・・」
 後に残された5人は、しばらくしばらくその場に立ちすくんでいた。

 続く。