・第1章「文化祭準備開始」・


「しかし何だね、体育祭の2週間後に文化祭と言うのも、うちの学校は随分と変わっていると言うのか・・・」
 放課後。部室で帰りのホームルームの時に配られたプリントを眺めながら、宗一郎は呟いた。
 ここは、東京府立桜ヶ丘高校の、「クラブハウス」と言う、いわゆる各部の部室が集まっている所。その一角にある「探偵同好会」の部室に、宗一郎の姿は有った。
 他には誰も来ていない。
「ん〜、しかし皆さん、ホームルームが長いのかねぇ。ずいぶんと遅いけど」
 いすの背もたれによっかかり、思いっきり伸びをする宗一郎。
「私はホームルーム終わったよ?」
「どわっ!?」
 突然後ろから声が聞こえて来たので、宗一郎は見事にバランスを崩して、イスごと後ろに倒れ込んだ。
「きゃっ!・・・あ、ご、ごめんなさい。驚かせるつもり・・・だったけど・・・ごにょごにょ
 後ろ、つまりドアの所にユイが立っていて、申し訳なさそうに両手の人差し指を突き合わせ、ごにょごにょと呟いていた。
「あはは・・・いや、まあいいけど」
 そう言うと、宗一郎は服のほこりを払って椅子に座り直した。
「それにしても、何時の間に部室の中に入って来たんだい?いくら何でも、俺相手に気配を消すったら、大したもんだけど・・・」
「あ、実は、『力』、使ったんだ」
 そう言って、ぺろっと舌を出すユイ。
「・・・なるほど・・・」
 変に感心する宗一郎。
「・・・って、そんなに『力』使っていいのか?」
「うん、使ったからどうなるって言うのは無いから。ただ、後ですごくお腹が減っちゃって・・・」
 そう言うとユイは苦笑いする。
「そうすると、太っちゃうのよね・・・えへへ」
 再びぺろっと舌を出すユイ。
「別にユイちゃんは太ってるとは思えないけど」
 宗一郎はそう言って、再び文化祭のプリントを取り上げた。
「女の子って、100gでも太っちゃうのが嫌なのよ。・・・そのプリント、何?」
 鞄を置いたユイが、宗一郎のプリントを横から覗き込んだ。
「これ?帰りのホームルームで配られた、文化祭の案内」
 宗一郎はそう言って、ユイに見やすいように傾けた。
「あ、これね」
 そう言いながら、ユイは宗一郎の肩に寄りかかる。
「を?!」
「ふふっ、こういうの、馴れない?」
「ま、まあな」
 そうしどろもどろになりながら、宗一郎は赤くなっていた。
「・・・やれやれ、部活が始まる前からお熱い事で」
 と、突然扉が開いて、知美が入って来た。
「あ!・・・えへへ」
 照れて離れるユイ。
「まあいいけどね。ところで、綾ちゃんはまだ来ていないの?」
 何やら色々な荷物を抱えて入って来た知美は、その荷物を置きながら聞いた。
「綾乃さんはまだ来ていないけど」
 ユイが答える。宗一郎は又プリントに見入っていた。
「そうか〜。教室のぞいて来たけど居なかったから、担当区域の掃除かな?」
「おはようでござる〜」
 と、雹吾が部室に入って来た。
「あ、安佐野君。おはよう」
「うぃ〜っす」
「おはよう、雹の字。ところで、放課後になっているのに『おはよう』とは、これ如何にって感じなんだけど?」
 知美が質問をする。
「ああ、それはでござるが・・・」
「お水のお姉さんが出勤の時におはようって言うのと同じ事さ」
 と、雹吾の言葉をフォローしながら、健が部室に入って来た。
「なるほど・・・って、健さん!何であなたそんな事知っているのよ?!」
「僕としては、それで納得する知美さんもすごいと思うんだけど?」
 そう言うと、健はにやりと笑った。
「うっ・・・」
 言葉に詰まる知美。
「まあ、今日はこの辺で勘弁しておくかな。それよりも、もっと大切な話があるんだ」
 適当に話を切り上げる健。一方のしてやられた形になった知美は、憮然とした表情で椅子に座った。
「何だ、大切な話って?」
 宗一郎が聞き返す。
「先ほど拙者と健で話した事でござるが、文化祭のプリント、見たでござるか?」
「ん?ああ、これか?」
 プリントをひらひらさせる宗一郎。一方の雹吾はそれを見て肯きながら話を続けた。
「そうそう、それでござる。それの、部活に関する文化祭参加規定、読んだでござるか?」
「部活に関する文化祭参加規定?」
 言われて、宗一郎は机の上にプリントを置いた。その場にいた全員がそのプリントを見る。そして、宗一郎が読み上げはじめた。
「何々・・・?
 『文化系部に関する文化祭参加規定
 各文化系部活・同好会の皆様、今年も恒例の文化祭の時期がやってまいりました。つきましては、各部活・同好会の出し物を早急に決定して、学生会・文化祭実行委員会まで提出をお願いいたします。なお、例年通り出し物の内容に関しては一切の制限を設けませんが、必ず1つは出し物を出すようにお願いいたします。
  桜ヶ丘高校学生会・文化祭実行委員会』
・・・何だこりゃ?」
「つまり、何か出し物を出さないといけないらしいのでござる」
「え〜っ?そんな話、聞いていないよ?」
 知美が抗議の声を上げる。
「こっちも今日知ったでござるよ。先程実行委員の方が拙者の所に来てこの事を告げて行ったでござる。何でも、締め切りは今週一杯らしいでござるよ」
 そう言うと雹吾は、困ったような表情をした。
「で、大事な話って言うのはそれさ。さっきから雹吾と話をしているんだけど、全く思い付かないんだ。それで、全員で相談しようと思って」
 健がそう言って、腕組みをする。と、その時扉が勢い良く開くと、綾乃が入って来た。
「はぁ、はぁ。遅くなってごめんね〜。担当区域の掃除に時間がかかっちゃって」
 そう言うと、綾乃は椅子に座った。
「お疲れ様、綾ちゃん」
 知美がそう言うと、綾乃の額の汗を拭いた。
「あ、ありがと」
 そう言うと、綾乃は改めて部室の中を見渡して、異様な雰囲気なのに気が付いた。
「・・・どうしたの?」
「うん、実はね・・・」

「出し物ね」
 そう言うと綾乃は困った顔をしてしまう。
「そう、それでみんな困っているの」
 そう言うと、知美はため息をついた。
「出し物って、出店みたいな物で良いって事かな?とすれば、喫茶店辺りがオーソドックスで良いと思うけど」
 健がそう言ってプリントを改めて見直す。
「・・・ん〜、多分そんな感じで良いと思うんだけど」
 知美がそう言う。
「月並みだけど、そんな感じで良いかもな」
 宗一郎がそう言って、立ち上がった。
「ちょっくら学生会まで行って、聞いてくるわ」
「あ、私も行くよ」
 ユイも立ち上がり、宗一郎の後を追う。
「じゃあ、その件は任せるでござる。拙者達は早速準備にかかるでござるよ」
「ああ、解った」
 そう言って、宗一郎とユイは出て行った。
「じゃあ、喫茶店をやるとして、どういうコンセプトでやるか、だね」
 健がモバイルパソコンを取り出し、ワープロソフトを立ち上げた。
「探偵同好会だから、推理小説を集めて置いておく・・・って言うのは、どうかなぁ?」
 綾乃が遠慮がちにそう言った。
「ふむ。綾乃さんは推理小説喫茶、と」
 手際良く計画案を打ち込んでゆく健。
「仮装と言うのは?」
 何故か目を輝かせて案を出す知美。
「知美さんは仮装喫茶店・・・お客が仮装するの?」
「あ、それも面白いかも。でも、うちは演劇部じゃないから、そんなに衣装は用意できないわよ」
「それもそうだね。じゃ、仮装するのは我々だ、と」
「コーヒーにこだわるでござる。豆で用意しておいて、入れる時に挽くって言うのはどうでござるか?もちろん紅茶と日本茶は入れる為の葉をきちんと用意するでござる」
「豆と葉にこだわる、ね」
 少し経って、打ち込みおわったのか、健が顔を上げた。
「んで、僕の意見としては、店の規模を大きくしない。カウンターと合わせて、10人程度しか入れないような小さな店で、だけどさっきの案を入れて、小粒だけど味の有る店・・・って言う事でやったらどうかな?」
「さすがたけさん君、将来は経営者かな?」
 そう言って綾乃がにこりと笑う。
「ん〜、うちのおやじが店やっているからね。その影響かもしれないけど」
 照れたように笑う健。
「じゃあ、そんな感じで良いでござるかね?」
 雹吾がそう言ったその時であった。
 ドン!
 何かがドアにぶつかる音がした。
「? 何だろう?」
 綾乃が立ち上がり、ドアを開けた。と、開いたドアの隙間から、右腕から血を流している女生徒が部室の中に転がり込んで来た。
「きゃあっ!・・・あ、あのっ、大丈夫ですか?!」
 驚き慌てた綾乃が、焦りながら女生徒を支える。
「・・・ごめんなさい・・・大丈夫、ちょっと釘に引っかけただけ・・・」
「大丈夫でないでござるよ!綾乃嬢、保健室に連れて行くでござるよ」
 そう言うと、雹吾が走りよって来て、女生徒に肩を貸した。
「さ、つかまるでござる」
「あ、ありがとう・・・」
 かなり痛むのか、女生徒の顔色は青ざめたままだ。
「健、後は任せるでござる」
「承知。こっちは文化祭の準備を続けておくよ」
「すまんでござるな」
 そう言って、雹吾、綾乃がその女生徒に付き添って行った。
「・・・さて。では名探偵知美殿。彼女に関する推理結果をお聞かせ願えますか?」
 見送った後、健がそう言って知美の方を向いた。
「ん〜、同じ学校の学生だと言うのは解るわね。同じブレザー着ていたし。ただ、釘で引っかけたというのはうそ。上着に引っかけたような跡は全く無かったから。で、隠していると言う事は、何か人には言えないような事情があるって事ね」
 何処から取り出したか、鳥撃帽をかぶり、シャーロックホームズばりに考えるふりをする知美。
「ふむ、なるほど」
「何がなるほどなんだ?」
 と、丁度その時、宗一郎とユイが帰って来た。
「あ、実はさっきこんなことがあってね・・・」
 二人に事の次第を説明する知美。
「また『D』の関係か?」
 宗一郎が話を聞いて、眉をひそめた。
「ん〜、今の所それとの接点というのは考えずらいわね」
 その言葉を知美が否定する。
「理由は?」
「連中、手段に訴え出るなら真っ先にユイちゃんを狙ってくると思うんだけど、今回はそれはなかったのよ?全く関係無い女生徒が被害に遭っているから、彼女は『D』とは無関係な何かの事件に巻き込まれた」
 人差し指を立てて、ゆっくりと揺らしながら話す知美。
「・・・そうか、それもそうだな」
 そう言うと、宗一郎は椅子を出して座る。その隣にユイも座った。
「ところで、さっき学生会に行って来て聞いた話だけど・・・」

 その後、保健室から帰って来た雹吾と綾乃を加え、探偵同好会としての出し物は「本物を目指す『探偵小説の読める』喫茶店」を出す事になった。

 続く。