・序章「決死の脱走劇」・


 ビーッ!ビーッ!
 けたたましく鳴り響く警報音。途端、それまで静まり返っていたその研究所の内部には、武装をした男達があふれはじめた。
「何事だ!!」
「ミスター片桐!実験体203号が檻を破壊して逃走を図ろうとしております!」
 武装した男の一人が、まだ高校生程度の背丈しかない男〜「片桐 正吾」〜にそう報告する。
「何だと!今やつは何処に居る?!」
「Dブロックの方角に逃げ込んだ所は解っておりますが、それ以降は・・・」
「何としても捕らえよ!奴は1週間後にはルナベースに送り込む予定になっている!」
「はっ!」
 敬礼を残し、走り去る男。
 それを見送りながら、片桐は小さく舌打ちをした。
「何と言う事だ・・・」
 ピン!
 と、部屋の一角に置いて有る装置のコンソールのランプが点灯した。
「? 私だ」
『エイラック司令よりの通信が入っております』
「司令の?!よし、繋いでくれ」
『かしこまりました』
 次の瞬間、正面に位置している大きなディスプレイに、中年の男の姿が映し出された。
「司令、そちらから通信をしてくるとは、一体どのようなご用件でしょうか?」
『うむ。先ほど決定した事項だが。ユイ=キタカミの捕獲ミッション、あれはしばらく調査ミッションに戻す』
「? 何故です?」
『こちらで追調査したのだが、今のこの時点で再度事を起こすのは賢明ではない。よって、調査ミッションに戻す』
「・・・解りました」
『うむ。そして、その任務を実験体203号を使って行ってくれ』
「・・・承知しました」
『うむ。成果を期待しているぞ』
 そうして、通信は切れた。
「・・・今更北上ユイの捕獲ミッションを調査に戻せ、だと?そんな事が出来るもんか!」
 バン!
 片桐はそう言って力いっぱい机を殴り付けた。
「奴等は私の輝かしき歴史に泥を塗ったんだ、それを野放しに出来る物か・・・!」
 跡が付くほど手を強く握り締める。そして、片桐は廊下に出た。
「まだ203号は捕獲できないのか?!」
 そばにいた作業員を捕まえ、問いただす。
「はっ、申し訳有りません!目下全力で追跡中なのですが、なにぶん例の能力で翻弄されていまして・・・」
「そんな事は解っている!エイラック司令よりの指示で、奴を使う事になった!急いで捕獲してルナベースに送るぞ!」
「はっ!」
「麻酔銃であれば、発砲も許可する!急げ!」

 たったったった。
 その男は、エアダクトの中を走っていた。
 先ほど廊下にいた作業員と同じ格好をしているその男は、何かから逃れるように走っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
 吐く息は苦しげで、何度か立ち止まりそうになりながらも、それでも走り続けた。
 やがて、ダクトは排気口へと出た。当然ながら、排気口は金網で厳重に蓋がされており、出れよう筈が無い。
 しかし、男は手を金網にかざした。すると、いきなり手の形が変わって、ペンチになったではないか。
 パチン、パチン。
 ペンチで器用に金網を外してゆく。そして、その男が通れるほどの大きさになってしまった。
 男は何のためらいも無く穴を通り抜ける。
 外には、満天の星空が広がっていた。見た所、辺りには誰も居ない。
 男は用心深く一歩足を踏み出した。その瞬間、サーチライトが突然点灯し、彼を映し出した。
「居たぞ〜!」
「捕まえろ〜っ!」
 そばから銃を持った作業員達がばらばらと走ってくるのが見える。男はしかし、慌てた風でもなく、その場に体を丸めた。
 と、突然彼の体が光ったかと思うと、そこに男の姿はなく、一羽のカラスが居た。
 カラスは大きくはばたくと、空に飛び立つ。
 バン、バン!
 その時、作業員達が発砲した。しかし、夜にカラスを撃つのは至難の技と言えよう。
 ぐらり。
 しかし、一発だけかすったのか、カラスになった彼の姿がぐらついた。しかし、持ち直し、そのまま飛び去ってしまう。

「逃げられただと!」
「申し訳ございません!」
「・・・まあ仕方有るまい。・・・で、追跡はしているな?」
「はっ、体内に埋め込んであったビーコンが生きていますので・・・」
「よし。私も出る。追うぞ!」