サールメン王国、王都「サールメン」。
イームレン大陸のほぼ中央に位置するこの都市は、単にサールメン王国の王都としてだけではなく、近隣諸国の交易の中心地として栄えていた。
この都市の、ほぼ中央に位置する「市場通り」では、今日も商人達が威勢の良い声を張り上げていた。
「らっしゃい、らっしゃい! ここのリンゴは安いよ!」
「何の、こちらのタムイモだって安いさ!」
「そこのお嬢さん、あんたにぴったりの服があるけど、どうだい?!」
ここに来ると、ありとあらゆる生活物資が手はいるばかりか、近隣諸国の珍しい品も手に入る。逆に言えば、大抵のもので手に入らない物はないのである。
その通りの中に、数人の男達に追われている一人の少年の様な格好をした少女の姿があった。
「ひつこいなぁ、もう」
後ろを振り返り、まだ追っ手がついてきているのを確認したエミィは、ため息をついた。
エミィは比較的小柄な身体つきで、見方によっては「きゃしゃな」と言う表現があてはまるかもしれない。頭にはターバンを巻きつけ、髪の毛のほとんどを隠している。服装はと言えば、いわゆる軽業師が着るような、薄紫色の体にほぼぴったりの服を着ている。
「たまに街に散歩に出ればこうだもんな。 いやになっちゃう」
そうつぶやいて前を向いたエミィの視界に、自分の方向に向かってくる荷車の姿がうつった。
「あ・・・!」
驚きつつも、エミィは軽いステップを踏むと大きくジャンプした。そして、背丈の三倍はあろうかというその荷車を、“軽々と”飛び越えてしまった。
「えいっ!!」
止まると思った追っ手の方は、いきなりエミィが荷車を飛び越えてしまったからたまらない。
「わ、わ〜っ!!」
“ドシーン!”
止まりきれずに、次々と荷車に正面衝突してしまった。
「あてて・・・くそ〜っ、待て〜っ! このじゃじゃ馬がぁ〜っ!!」
その中の一人、隊長格らしい長身の男がすぐに復活して、又走りだす。ほかの者達はまだへばったままだ。
「♪待てと言われて、止まるバカがどこにいる〜、ってね。それにしても、じゃじゃ馬はひどいなぁ。・・・本当の事だけど」
ぺろっと舌を出して、花歌まじりにエミィは逃げる足を止めない。
「それにしても、ターレインもいいかげんあきらめれば・・・」
「いいのに」、と言おうとしてエミィは上空から来る「それ」の存在に気がついて、慌てて横にとびのいた。そして、一瞬前までいた辺りを、網を付けた小型飛行艇がかすめていく。
「あちゃ・・・。飛行警備隊まで出してきたよ。ターレインもよっぽどトサカに来ているんだな」
横道に逃げこみながら、しばしエミィは考えこんでいた。
「魔法で“あれ”、ぶっ飛ばしてやろうかしら?」
本気でそうも考えたが、町の中で魔法を使うことは基本的に禁止されている。
「・・・よし、そっちが飛ぶなら、こっちも飛んでやれ!」
そして、エミィは「それ」を付けている人をさがした。・・・いた。
「へぇ、私と同じくらいの年かな?それで飛行艇乗りとは、よっぽど優秀なのかな?よし、彼にしようっと」
エミィの走っていった方向には、荷物をいっぱい抱えた、ゴーグルを付けた少年がいた。
その時、サリュート・イーレーン(サリュ)は市場から立ち去ろうとしていた。
「うーん、さすがはこの辺りの交易の中心地だな。必要なものが全てそろってしまった」
この辺りでの飛行艇乗りのシンボルともいえるゴーグルを頭に付け、両手にいっぱいの荷物を抱えて、サリュは彼の飛行艇のある所へ行こうとしていた。
と、そこに一人の少年≠ェ走りよってきた。
「きみ、飛行艇乗り?」
「へ?・・・まあ、そうだけど」
その「少年」とは、先程の飛行警備艇から逃げてきたエミィであった。
「お願い!追われているの。ボクを連れて逃げてくれないかな?」
突然の話の展開に、サリュは少しの間あっけにとられてしまった。
「・・・逃げるって、“あれ”から?」
サリュが指さした方向には飛行警備艇があった。
こっくりとうなずくエミィ。
「やれやれ・・・。何か、厄介なことに巻き込まれそうな・・・」
「何か言った?」
思わず本音をつぶやいたサリュにエミィが聞き返す。
「い、いや、何も・・・ま、いいか。おいでよ!こっちに僕の飛行艇があるんだ!」
そう言うと、サリュは町外れの方向に向かって走りだした。おくれまじ、と、エミィも付いてゆく。
町外れ(と言っても、それほど離れてはいない)の草原に、サリュの飛行艇は置いてあった。ここに来るまでに、二人は何とか飛行警備艇の追跡を逃れてきたのである。
その飛行艇を見て、エミィはあぜんとした。
「これ・・・飛行装甲じゃない!」
「そうだよ。これが僕の飛行艇・・・飛行装甲“ガーリック”さ」
ドアロックを解除して、荷物を積み込みながらサリュが答える。
「でも、これって確か“天空騎士”以外は使えないはず・・・」
そう言いかけたエミィの前に、サリュは“ガーリック”の中から長剣を持って出てきた。その柄には、天空騎士であることを示す銀の翼の紋章が付けてあった。
「きみ・・・もしかして?」
「そう、その“もしかして”。僕の名前はサリュート・イーレーン。平民出身の天空騎士さ」
エミィはその名前を聞いたことがあった。平民階級から初めて出た天空騎士として、かなり有名になった人物である。その本人が目の前にいるのだ。
「・・何か、すごい人に頼んじゃったかなぁ?」
「何を?」
つぶやいたエミィの声に、サリュは出発の準備をしながらたずねた。
「逃げる事を、ね」
「別にいいんじゃ・・・あ、やべ・・・」
サリュが空を見て舌打ちをしたのを見て、エミィもそちらの方を見た。
「わ、見つかった?」
その方向には、遥か遠くではあるが先程まいてきた飛行警備艇のシルエットがあった。
「よし、急いで逃げよう。早く乗んなよ。ちょっと狭くなっているけど」
「へ? あ、うん・・・」
こうして二人は“ガーリック”の中に乗りこんだ。
“ガーリック”の中は、それでもかなりの広さがあった。一応、一定期間の居住も可能なようになっている。
サリュは乗りこむとすぐに出発の準備を始めた。エミィはその後ろで、飛行装甲の中をものめずらしそうにながめている。
「飛行装甲を自作したって、本当の話だったの?」
出発の準備をしているサリュに、エミィがたずねた。
「へ〜ぇ、そんな話まで広まってるのか。僕も意外と有名人だね」
そう言ってサリュは笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「あれ?エンジンの自動点火装置が働かないや」
カチカチとスイッチを押しながらサリュは首をかしげた。
「それって、どう言う事?」
エミィがたずねる。
「つまりは飛べないって事」
「え〜っ?! どうするの?!」
あわてるエミィに、
「だーいじょうぶ、むぉわ〜かせて!こんな時のために、これがあるのさ」
と、サリュは操縦台の横にある大きなハンドルをゆっくりと回し始めた。
「何、それ?」
「エンジンの非常用手動点火装置」
そう言うと、サリュはハンドルの回す速度を思いっっっっっっっっっ、きり速めた(ああ、つかれた(笑))。
《ヒィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン》
《ズドーーーーーン!!》
次の瞬間、エンジンはものすごい爆音とともに点火した。
「よし、かかった!」
そう言うと、サリュはブレーキロックをはずした。
ゆっくりではあるが“ガーリック”は動きだす。
「・・・ねぇ、今、爆発、しなかった・・・?」
エンジンの方を見ながら、恐る恐るエミィがたずねる。
「ああ、これは“爆発点火式エンジン”と言って、そう言う風になっているんだ」
「・・・」
あきれて声も出ない。と、何かの“気”を感じてエミィは後ろを振り向いた。
「わっ、追って来た!」
後ろの方に、かなりの数の飛行警備艇が追って来ているのが見える。
と、ふわっと体が浮くような感覚にとらわれた。
「よーし、飛んだ!」
“ガーリック”は、「よたよた」としながらも離陸していた。
「ねぇねぇ、もっとスピードでないの?! 追い付かれちゃうよ!」
エミィが叫ぶ。 実際、“ガーリック”と飛行警備艇の差はどんどん縮まっている。
「まいったな・・・う〜ん、これを今使うと、下手したら地面に穴があくしな〜」
頭をかきつつサリュはとあるレバーに手を伸ばした。しかし、触らない。
「んも〜っ!! この際何でもいいから、早くしてよ〜っ!!!」
それを見て、半分やけを起こしてエミィは叫んでいた。どうやら、自分が客だという事を忘れているらしい。
「へぇへぇ・・・ま、この際だから、いっか」
そう言ってサリュは、開き直ってレバーを引いた。と、これは外から見ればわかることなのだが、始めからあったエンジンの横に小型のエンジンが、又、機体下部の膨らんでいる部分に大型の双発エンジンが出てきた。
「追い付かれちゃうよ〜っ!!」
ふと見ると、飛行警備艇はすぐそこまで迫っていた。良く見ると、機体の横から網を出して、絡め取ろうとしている。
「サブ・エンジン点火、アフターバーナー点火!どこかにしっかりつかまっていろよ!」
「え?」
サリュの言った意味がわからず、エミィは思わず聞き返していた。そしてそれが、思わぬ結果をうみだした。
「アフターバーナー全開! 全力加速!!」
ズバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーム!!!
後ろから見ていると、さながら機体下部が爆発したかのように見えた。
次の瞬間、“ガーリック”は、弾かれたように猛烈に加速を開始した。もちろん、後ろに追い付きかけていた飛行警備艇はあっという間においていかれた。
「きゃ〜っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そして、猛烈に加速した“ガーリック”の中で、エミィは加速のGのために、後ろの壁に叩き付けられ・・・はしなかった。そのかわり、サリュが買ってきた荷物がその圧力を吸収し、荷物は圧力とエミィの重み(?)で無残にもつぶれてしまったのであった。
一方の飛行警備艇はと言えば・・・。
「目標、異常加速を開始しました! ターレイン様、とても追い付けません!」
「くそ〜っ、あのじゃじゃ馬にも困ったもんだ!!全く、私の立場も考えずに・・・」
飛行警備艇の中で悔しがるターレインの前で、“ガーリック”はあっという間に遥か彼方に消え去ったのであった。 ちゃんちゃん♪
「ねぇ、これからどこに行ったらいいんだい?」
高度2000パレン(1パレン≒0.5b)まで上昇した“ガーリック”の中で、サリュがエミィに聞いた。
「・・・そういえばお客さん、まだあなたの名前を聞いていなかったな。名前は?」
「え?え〜と、エミィ・・・って言うの」
「ふーん、何か女みたいな名前だね」
後ろを振り向かずにサリュが言う。
(「女みたい」で悪かったわね。本当に私は女なの!)
口には出さずに心の中で舌を出すエミィであった。
「で、エミィ。どこへ行く?」
「うーん、そうねぇ・・・」
そう言いながらエミィは頭のターバンをはずした。その中から、素晴らしく長い黒髪が出てくる。今は少しくしゃくしゃだが、しっかりと伸ばすと腰の辺りまではあるだろう。
「とりあえず、サリュートの家に行ってもいいかな?」
「う〜ん、・・・ま、別にいいよ」
頭をかきながらサリュは答えた。
「ありがと。それともう一つ」
エミィは髪を直すと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
(いい事思い付いた♪)
「きみ、一つ重大な間違いをしているよ」
「へ?なにが??」
サリュは後ろを向かずに聞き返す。もっとも、飛行装甲を操縦しているときに、よそ見などしたらどうなるかは・・・想像にお任せしよう。
「ちょっと手を貸してくれないかなぁ?」
「ん?こうかい?」
サリュは、そのままの格好で左手だけを後ろに回した。
「そうそう」
エミィはそう言うと、その手を取って自分の胸の所に押しあてた。
ふにっ。
男性にはない、独特の感触・・・(おいおい(笑))。
「え・・・?!」
次の瞬間、ガーリックは大きくバランスを崩した。サリュが右手で『思いっきり』、操縦桿を倒してしまったからだ。
「わ〜っ!!」 「きゃ〜っ?!」
危ういところで元に戻る。
「エミィ・・・君、女だったの?」
後ろをふり向いたサリュに、エミィは笑って答えた。
「ボクの本名は“エミリィ・サールメン”。サールメン王国の第3王女よ。何なら証明するための紋章もあるけど、見る?」
「いや、いい・・・」
サリュは頭を抱えこんでしまいたい気分だった。エミリィ王女といえば、近隣諸国にじゃじゃ馬王女としてかなり有名なお姫様だからだ。それが、今後ろの座席に乗っている、となると・・・。
「とんでもない人を乗せてしまった・・・」
「何か言った?」
「い〜え、何も」
そう言うと、サリュは前に向き直った。
「ところで、エミリィ様?」
「エミィでいいわよ。で、何?」
無邪気な声が返ってきて、サリュはげっそりとしてしまった。
「いいのかい?国では大騒ぎに・・・」
「大丈夫、父上も母上もおおらかな人だから。困るのはターレインぐらいかな?」
「・・・かわいそうなターレイン殿・・・」
ターレインは王宮付きの天空騎士である。サリュも一度だけ顔を合わせたことがある。それより、天空騎士としての仲間意識が先に働く。
「それよりきみ、責任は取ってもらいますからね」
身内の身の上を案じ始めたサリュに、エミィは話しかけてきた。
「・・・何が?」
「平民出身の天空騎士ともあろう者が、事もあろうに大国サールメン王国の第3王女の胸を触ったこと♪」
「げっ・・・」
今日は厄日だと、サリュは心から思った。
(それとも、これも女難か・・・?いずれにしても、悲惨だ・・・)
どっちにしても、かわいそうな奴・・・(笑)。
「天空騎士物語」 用語解説
◎「天空騎士」
「飛行装甲」と呼ばれる、特殊な飛行艇を操ることが許されている、一種の騎士階級。 必ずしも剣が使える必要はなく、例えば魔術師であってもよい。また、サリュのように必ずしも宮仕えをしているという訳ではなく、自由騎士としてすごしている者も少なくは無い。
◎「飛行装甲」
天空騎士にのみ使用が許されている、特殊な飛行艇。装甲が通常のものより厚く、空中戦も一応行えるようになっている飛行艇。やわな戦闘飛行艇よりも強い。
大抵の場合は個人に合わせて作られるものだが、中にはサリュのように自作してしまうものもいる。そう言った飛行装甲には、通常付いていないような装備が付いている場合が多い。