小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「おばあちゃんのなめこ汁」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第8話)


 小樽市内、甘味処「兎屋」。
 芹凪と美菜子のお気に入りの場所で、宗一郎には秘密の場所。
 二人は今日も「買い物のついで」に寄って居た。
「んぐ、んぐ・・・本当、いつ来てもここのお汁粉、おいしいよね〜」
「そうね〜」
 実に幸せそうにお汁粉を食べて居る二人。
 ちょっとだけ微笑ましい光景ではある。

「ごちそうさま」
「『でした』は?」
「・・・でした」
「はい、よくできました」
 芹凪はそう言ってクスクスと笑う。
 と、そこに店員の一人が近づいて来た。
「それにしても、本当、あんたたちって仲のいい姉妹だね〜。私なんか、いつも妹と喧嘩ばっかりして居るから、ちょっとだけ羨ましいわ」
「あ、由佳里さん」
 もはや「常連」と言っても良い二人が、この店で知り合った、「友達」。
 『由佳里』と呼ばれた彼女は、青紫色の髪の毛の色をしていた。
「妹さんも、アルファー型ロボットの人?」
「そりゃあそうよ。それとも何、人間の人の妹でも居ると思った?」
「何となくね」
「・・・うーん、そう見えるのかなぁ・・・」
 頭をぽりぽりとかく由佳里。それを見て、芹凪と美菜子は楽しそうにくすくすと笑って居た。

「ところで、二人にちょっと試して欲しい物があるんだけど」
 と、由佳里は話を変えて来た。
「何ですか?」
「コレなんだけど、甘いものの受け用に、今度はお味噌汁でも使って見ようかなあとか思って、一応作って見たんだ。飲んで見て感想を聞かせてくれない?」
 そう言って、一旦カウンターに戻った由佳里は、湯のみにみそ汁を入れて戻って来た。
「あ、良いですよ」
「んじゃ、遠慮無く、頂きます〜」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ん〜、こう言う感じで出す場合って、お味噌汁の具はそんなに多く入れない方が良いと思いますよ」
「うん、私もそう思った。それに、ワカメは湯のみの壁にくっついちゃうから、食べにくいね」
「そっか、なるほど〜・・・」
 ふんふんと、メモを取りながら頷く由佳里。
「・・・なるほど、じゃあまた別な具で試して見るわね。ありがとう、二人とも」
「いえいえ、お役に立てて私も嬉しいです」
「うん、私でよければまた力になるよ〜」

「でも、お汁粉の後にお味噌汁って、意外と合うかもね」
「そうね・・・由佳里さん、いつもああやって、どうやったらおいしく食べてもらえるかって、研究してるみたい」
 兎屋の帰り道、粉雪が舞い散る中を二人はオルゴール堂へと帰っていって居た。
「・・・ところで、お味噌汁って言えば、芹凪姉ちゃんが時々作る、なめこ汁」
 と、美菜子が何かを思い出したように話し出した。
「あれ作ると、宗さん本当に幸せそうに食べて居るけど・・・何か秘密でもあるの?」
 そう言われて、芹凪はちょっと思案顔。
「・・・そう言えば、このお話、ミナちゃんにはまだして無かったわね」
「・・・何のお話し?」
「これは、まだマスターが札幌の実家の方に住んで居て、私がマスターの所に来たばかりの頃の話なんだけど・・・」


 その頃、マスターはオルゴール職人として修行を始めたばかりの頃で、毎日遅くまで仕事をなさって居て。
 私は、そんなマスターの力になれればと思って、実家のお婆様に、色々とお料理のコツとかを習って居た。
 お婆様は誰にも親切で、ロボットの私にも親切にお料理を教えてくれたのだけど、余り体が丈夫な方ではなくて、寝たり起きたりを繰り返して居て。

 そんなある日の事。
 お婆様が、私にお味噌汁を教えてくれると言った。
「宗一郎がね、私の作るなめこ汁が好きでね。コレをあなたにも是非覚えて欲しいの」
 そう言って笑ったお婆様の笑顔が、今でも忘れられない。

「・・・そう、沸騰する前に昆布を上げて、その後にニボシを入れるの」
「おみそは合わせ味噌が好きみたいね、宗一郎は」
「なめこを入れた後、好みで大根おろしとかを入れてもおいしいわね」
「余り煮立て過ぎると、今度はお豆腐がおいしく無くなっちゃうから、気をつけてね」

「・・・はい、よくできました」
 そう言って、お婆様はにっこりと笑って。
「でもね、一番大切なのは、食べて欲しい人に、『おいしい』って言ってもらえるように、って、願いながら作る事。愛情を込めて作る事が大事ね」
 そうおっしゃって下さって。


「・・・ふーん、じゃあ、芹凪姉ちゃんの料理の腕って、その頃鍛えられたんだ」
 なるほどと、頷く美菜子。
「そうね。私のレパートリーは、ほとんどお婆様の教えかしら?」
「なるほど。で、そのお婆様って人は、今どうしてるの?」
 そういわれた瞬間、芹凪は少しだけ顔を伏せた。
「・・・その一週間後に、風邪をこじらせて・・・」
「・・・え・・・」


 お葬式が終った後も、私はずっと泣いて居た。
 人間でもない私を、「ひ孫が出来たみたいで嬉しいよ」と言って、ものすごく可愛がってくれたお婆様。
 もう、あの声が聞けないと思うと・・・。

「・・・芹凪」
 そこに、遠慮がちにマスターが話かけてきて。
「・・・はい・・・」
「すまないけど、お味噌汁を作ってくれないか。ちょっと、葬式の後片づけとかでご飯食べれ無くてさ」
「・・・はい」
 そして、私は一週間前に教えてもらったばかりのなめこ汁を作って、マスターに出した。
「頂きます」
 ぺこりと頭を下げて、なめこ汁に口を付けるマスター。
「・・・この味は・・・そうか。ばあちゃん、芹凪にコレ、教えて居たんだ」
「・・・はい、お婆様が私に教えてくださった、最後の・・・お料理でした」
 そう言って、また涙が流れ出す。
「・・・でも、お婆様は、もう・・・」
「・・・・・・芹凪」
 マスターは、泣いて居る私の頭を、そっと撫でてくださって。
「でも、ばあちゃんの料理は、確かにお前の中で生きている。ばあちゃん、それがきっと嬉しいと思うぞ」
「・・・そうですか?」
「ああ。それに・・・オレも嬉しい」
 そう言って、マスターは私をギュッと抱きしめて。
「・・・だから、もう泣くな。な?」
「・・・・・・はい、マスター・・・」


「・・・そうだったんだ・・・何か、悪い事聞いちゃったかな・・・」
「ううん、良いのよ。もう、思い出話だって言って良いくらいになったから」
「そっか・・・そうだ、芹凪姉ちゃん、お願いが有るんだけど」
「何?」
「私にも、それ、教えてくれないかな?」
「うん、良いわよ」
「やったあ! じゃあ、帰ったらさっそくやって見ようよ!」
 そう言って、美菜子は芹凪の手を引いて、最後の坂を駆け上がって行った。

(お婆様。私の妹も、あのなめこ汁を作りたいって言いました。今度ミナちゃんと一緒に作ってお墓参りに行きますね)
 ふと振り返った曇りの空。
 一筋だけさした光の柱に、芹凪は面影でも見たのか、そう心の中でつぶやいた。

〜 おしまい♪ 〜