小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「水上家の新年模様」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第7話)
「おはよう、芹凪」
「あ、おはようございます、マスター」
リビングに眠そうな顔をして、宗一郎が出て来た。
「ふわぁ〜・・・。流石に年越しをあれだけにぎやかにやったら、新年早々眠いなぁ」
「ふふっ。はい、コーヒーです」
そんな様子がおかしいのか、くすくす笑いながら芹凪は宗一郎の前に、入れたてのコーヒーを置いた。
「お、ありがとう。・・・ところで、美菜子は、まだ寝てるのかな?」
コーヒーを一口飲んで、カップを置いてから、宗一郎は芹凪に聞いて見た。
と、丁度いいタイミングでリビングのドアが開いて、眠そうな顔の美菜子が顔を出す。
「ふにゅ・・・あけましておめでとうございまふ〜・・・」
ふらふら〜っと、いつもの席に座って、挨拶をして・・・そのままテーブルにごん。
「・・・す〜」
「寝てるし」
黙ってずっと見ていた宗一郎はひたすら苦笑いしていた。
「ほーら、美菜子! ここで寝るならふとんで寝なさいって」
宗一郎は、美菜子のほっぺたをふにふにとつっつきながらそう言った。
「・・・うう・・・でも、初詣とおせち・・・」
「全く・・・年明けてもこいつは変わらんなぁ」
「くすくす・・・そうですね」
芹凪と宗一郎は、そんな美菜子の様子を見てひたすら苦笑いをしていた。
「ふぅ・・・やっぱり外は寒いね」
もこもこに着込んだ美菜子が最後に家から出て来て、ドアに鍵をかける。
「じゃ、行こうか」
「はい」
やっぱりもこもこに着込んだ芹凪が、一緒に横に並ぶ。
「えいっ」
「うわっ?」
と、美菜子が宗一郎の腕にぶらさがって来た。
「おいおい、どうした?」
「えへへ、たまには、ね」
「あ、ミナちゃんずるい〜。私だって、えいっ」
「おわっ」
結局、右に芹凪、左に美菜子がぶらさがる格好で、裏の方にある小さい社の方に3人は向かって行った。
「さて、んじゃここで待つか〜」
社の前はちょっとした広場になっていて、3人以外にも何人かが集まっていて、それぞれが思い思いに初日の出を待っている。
「・・・でも、晴れてよかったですね」
まだ宗一郎の手にぶらさがったまま空を見上げた芹凪が、風に流されるちぎれ雲を眺めてそう言う。
「そうだな。昨日の朝で、まだ雪が少し降ってたから、どうなるかと思ったけど」
空を見上げて、白い息を吐きながら、宗一郎が答えた。
「おや、正月早々仲が宜しくて、結構じゃなぁ」
「あ、裏のおじいさん」
裏のおじいさんが声をかけて来て。芹凪と美菜子は照れたように顔を赤くしたまま、それでも宗一郎の手にぶらさがっている。
「もうすぐ日の出じゃよ。ほら、東の空が明るくなって来た」
しばらくそんな感じで立ち話をしていたら、裏のおじいさんが東の空を指差して。
「あ、出て来た出て来た〜」
そして、手を合わせる4人。
「じゃ、いつものように、おみくじ引いて行くか」
「うん」
「そうですね」
初日の出を拝んだ後、お社のそばで売っているおみくじを引いて帰るのが、水上家の毎年の恒例行事。
「お願いします〜」
「あ、はい、どうぞ」
3人、それぞれにおみくじを引いて、そしてちょっと離れた所に集まる。
「んじゃ、見て見ようか・・・お、今年は中吉だな。まあまあって所か」
「私は吉でした」
「あ、私も中吉だよ〜」
で、中身をしばし読んで見て。
「・・・ほう、商いは『のんびり待て』か。ま、うちの店って、いつものんびりしてるから、それが丁度良いって事かな?」
「私は、『待ち人は来るが遅れる』何て書いてあります。マスター、待ち合わせには遅れないでくださいね」
「あはは、努力するよ。で、美菜子はどうだった?」
「・・・うう・・・」
くじのとある場所を見て、固まっている美菜子。
「・・・ミナちゃん、どうしたの?」
「・・・あうぅ、『健康は食べ過ぎに注意』だって・・・」
とても悲しそうにそう答える美菜子。
「・・・ぷっ」
「・・・くすっ」
「あ〜! 宗さんも芹凪姉ちゃんまで笑った〜! ひどい〜!」
「ははははは、いや、スマンスマン。でもなぁ、何かお前らしくてな」
「ふふっ、いくらご飯がおいしいからって、食べ過ぎは体に毒よ、ミナちゃん」
「・・・ひどいよ〜、私そんなに食い意地張って無いよ〜」
「芹凪姉ちゃん、私はお餅3つね〜」
「私は二つでいいよ」
「はい、かしこまりました」
家に戻った3人は、早速おせちとお雑煮の準備。
お雑煮に、頼まれた数だけの餅を入れて、芹凪がテーブルに戻ってくる。
「はい、ではさめないうちにどうぞ」
「じゃ、いただきま〜す!」
「いただきます」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・むぐっ!?」
「わっ、美菜子、どうした!?」
どんどんどんどん。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・喉に・・・」
「・・・あわてなくても、まだまだ一杯有るから、ゆっくり食べてね」
「・・・うん・・・」
慌てたのと、恥ずかしいのとで真っ赤になっている美菜子だった。
「ほら、おみくじのとおりだ」
「うぐ・・・宗さん、やっぱりひどいよ」
「ねぇねぇ、宗さ〜ん」
ご飯も食べおわり、居間のじゅうたんの上でのんびりしていた宗一郎の所に、美菜子が何かなついてくる。
「・・・ったく、猫じゃないんだから」
もししっぽと耳が有ったら、まんま寄ってくる猫だなぁと、宗一郎は思った。
「ごろごろ・・・すりすり・・・」
「あのなぁ、年の初めだけなついたってダメなんだぞ」
「え〜? 私、いつだって宗さんになついてるよ〜」
「あ、ミナちゃんってば、一人だけずるい〜」
丁度後始末を終えた芹凪も、居間に入ってくると宗一郎のそばにちょこんと座った。
「はいはい、美菜子もちゃんとそこに座りなさいって」
「ふにゅう・・・」
しぶしぶ?、美菜子も芹凪の横に座る。
「はい、じゃあ二人に今年のお年玉」
「ありがとうございます」
「ありがとう〜♪」
「・・・ったく、二人ともいつまでたっても子供なんだから・・・」
軽くなった財布を手に、苦笑いしている宗一郎だった。
「じゃ、書き初めをしよう」
そう言って、宗一郎が部屋に並べた、すずりと半紙と筆。
「二人とも、ここに今年の抱負とか、そう言った事を何でもいいから書いてごらん」
「はい」
「ん〜、私は何だろう・・・」
「では、私も」
「じゃ、出来た奴を見せあおう。私のは、これだな」
「『適度に商売繁盛』、ですか?」
「ま、ご飯食べるのに困らない程度に儲かってくれれば、私はそれで良いよ」
「マスターらしいですね。私は、これです」
「『家内安全』?」
「うん。ミナちゃん、放っておいたらすぐケガとかしそうだから」
「ひどいな〜」
「そう言う美菜子は、何を書いたんだ?」
「え? い、いや、あの何でもないよ」
そう言って、半紙を後ろに隠す美菜子。
「こら、見せて見なさい」
「うう・・・これ・・・」
「何々? 『旅食べ歩き』?」
「・・・・・・」
「ふむ、別にいいんじゃないの?」
「え?」
宗一郎の予想外の反応に、とまどう美菜子。
「いいかい、確かにうちは商売なんてやっているけど、機会が有れば旅行とかは一杯しておくべきだ。こんな時代だからこそ、って言う物が、きっとこの蝦夷の国の中でも、それ以外の隣の国とかでも見れる筈だ。そう言うのを、見て歩くのも悪くはないよ」
「・・・うん」
「そうだな、今度どこかに旅して見るか? もちろん3人で」
「うん! きっと行こうよ!」
そう言った機会が意外とすぐに訪れる事を、その時3人は知らない。
「今日寝て見た夢は、初夢って言うのは知っているよな?」
「うん、知ってるよ」
そろそろ寝ようかと言う時。居間で今日最後のお茶をしている時に、宗一郎がそんな話をして来た。
「確か、『1富士2鷹3茄』・・・でしたっけ?」
「そうそう。それが出てくる夢を見ると、縁起が良いって昔から言われてるね」
そう言って、宗一郎は最後のお茶を飲み干した。
「じゃ、そろそろ寝ようか」
「はい。では、おやすみなさい、マスター、ミナちゃん」
「おやすみ、宗さん、芹凪姉ちゃん」
「おやすみ、芹凪、美菜子」
それぞれにおやすみの挨拶をして、階段を上がって自分の部屋に引っ込んで行く。
「ふぅ・・・」
ベッドに入った宗一郎は、しばらくベッドのそばのライトを付けたまま、天井を眺めていた。
こんこん。
と、控えめにドアがノックされる。
「はい?」
『あ、芹凪です。入っても宜しいですか?』
「ああ、いいよ」
「失礼します」
芹凪は、パジャマ姿で部屋に入って来た。
「どうしたんだい?」
「いえ、あの・・・」
「・・・?」
「その・・・今日は、一緒に寝ても宜しいですか?」
ちょっと顔を赤らめながら、遠慮がちにそう言う芹凪。
「・・・まあ、いいよ。ほら、入りなさい」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、そっと宗一郎の隣に入ってくる芹凪。
こんこん。
『宗さん、寝た?』
「ありゃ、美菜子か? 入っておいで」
「お邪魔します〜。宗さん、一緒に寝ても良いかな・・・って、芹凪姉ちゃん?」
「あ・・・」
ふとんから、頭の部分だけ出てる状態で、隠れている芹凪。
「・・・あはは、やっぱり姉妹だね。考えることは同じだよ」
「仕方ないなぁ・・・じゃあ、美菜子は反対側に入っておいで」
「うん」
芹凪が入った反対側に、美菜子が入ってくる。
「んじゃ、二人とも、おやすみ」
両手で軽く二人の頭をなでてやる宗一郎。
「「おやすみなさい」」
その夜、3人は幸せそうな顔をして寝ていた。
今年1年が、皆様にとっても良い年でありますように・・・。