小樽水上オルゴール堂シリーズ・番外編
「思い出の自転車」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・番外編第2話)


 きゅっきゅっ。
 きゅっきゅっ。

 心地よい音を立てて、自転車が鳴る。
 しっかり手入れをして、来年またこの大事な友達と、この小樽の町を駆け抜けよう。

 きゅっきゅっ。
 きゅっきゅっ。

 ・・・よし、終わり。
 私は、自転車を壁際に置いた。
 そこには、自転車の部品や工具とかが一杯置いてある。

 ・・・いつからだろう、自転車が好きになったのは・・・。
 そう、あれは確か・・・。

 私は、思い出しかけた記憶を確かめるように、壁際に置いてあるもう一台の自転車を部屋のまん中に持って来た。
 その自転車は、既にあちこちの部品が壊れてしまっていて、もう乗る事が出来無い、新聞配達の人達が使う頑丈な自転車だった。
 でも、もう動かなくても。
 この自転車は、私の大事な思い出だから。
 ・・・そう、そうだよ。この自転車から、この家での、そして、この街での生活が始まったんだよ。

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 水上の家に初めて来た時、はっきり言って憂鬱だった。
 勝手が解らぬ土地。今まで住んでいた所と全然違う風土。
 知らない人達。
「あら、マスター。この方は? ・・・って、私と同じセリオ型みたいですけど・・・」
「ああ、この娘、訳合ってね、今日からうちの家族だ。芹凪、仲良くしてやってくれな」
「解りました。・・・初めまして、HM−13・b4型、芹凪です。宜しくね」
「・・・HM−13・f375、美菜子」
「美菜子ちゃんね。いいお名前ね。・・・うーん、でも、どうせだから、『ミナちゃん』って呼んでいいかしら?」
「・・・み、ミナ、ちゃん?」
「うん。どうかしら?」
「・・・別に、いいけど・・・」
「じゃ、決まり」
 そう言って、芹凪さんはすごく嬉しそうに微笑んでいた。


 それからしばらくの間、私は新しい環境になじめず、部屋に引き籠る日が続いていた。
「ミナちゃん、部屋に引き籠っていたら、体に毒だよ?」
「・・・外に出たくない・・・」
「どうして?」
「・・・前住んでいた所と、全然違うし・・・」
「そうなの・・・」
 芹凪さんは、そんな私を気づかうように、いつも様子を見に来てくれていた。
 でも、そんな優しささえ、憂鬱だった・・・。


 数日後、宗さんが自転車を持って来た。
「美菜子、余り部屋に引き籠ってると、体に悪いぞ。この自転車を貸してあげるから、どこか遊びに行って来たらどうだ?」
「え? でも、ここの土地、解らないし・・・」
「そう言うと思って。はい、地図。街中の水没した所もこれに書いてあるから、コレ見れば迷うことはないだろう」
 宗さんは、そう言って、私に地図と自転車を渡した。

 それから、私はこのイヤな空気を払いのけるべく、ひたすらこの自転車で走り回った。


 そんな、ある日の事。
「・・・あれ? あそこ歩いてるの、芹凪さん・・・」
 いつものように私が自転車で街の中を走り回った後、町の商店街から家に帰る道を走っていたら、前のほうに見慣れた後ろ姿を見かけた。
「どうしたの、こんな所歩いて?」
「・・・? あら、ミナちゃん」
 見ると、買物袋をぶら下げている。
「今日のお夕飯のおかずの買い出し。ミナちゃん、麻婆豆腐は、好き?」
「・・・嫌いじゃないけど・・・」
「良かった。私の麻婆豆腐、これでも自慢のメニューなんだから、期待してね」
「・・・うん・・・」
「じゃあ、私は歩いて帰るから。先に帰っていて」
「・・・うん・・・」

 私は、そのまま自転車をこぎだした。
 だけど、後ろを振り返ると、芹凪さんが、にこやかに手を振っていて・・・。

 私は、芹凪『姉ちゃん』のもとに走って戻って行った。
「? どうしたの、ミナちゃん?」
「ほら、その荷物、貸して」
 私は、買物袋を手渡してもらって、前の駕籠に入れると、後ろを指差した。
「ほら、乗りなよ。芹凪姉ちゃん」
「・・・ね、姉ちゃん?」
「・・・そ。ロットで見ても、雰囲気でも、何か芹凪さんって、お姉ちゃんだから。だから、これから『芹凪姉ちゃん』って、呼ばせてね」
 私はそう言って、にっこりと笑った。
 ・・・こんなに自然に笑えたの、何かすごく久しぶりだ。
「・・・うん、良いよ!」
 芹凪姉ちゃんは。すごく嬉しそうに頷くと、後ろに横乗りでのった。
「しっかりつかまってよ・・・んじゃ、行くよ〜!」
「大丈夫? 重くない?」
「何言ってるのさ、芹凪姉ちゃんも私も、体重は同じでしょ?」
「あ〜っ、何かひどい事言ってる〜!」
「あはは、気にしない気にしない! それじゃ、しゅっぱ〜つ!」


 それから、私はこの街が、この水上の家が、そして、宗さんも芹凪姉ちゃんも好きになった。
 それは、やっぱり、この宗さんが貸してくれた自転車のおかげだと思う。
 ちょっとした事が原因で、この自転車は壊れてしまい、今は走ることはない。
 でも、どれだけ時間が流れても、私はこの思い出の自転車をうちに置いておくだろう。


 いつの日か、また芹凪姉ちゃんを後ろに乗せて、買い物に行く為に・・・。

〜 おしまい♪ 〜