小樽水上オルゴール堂2:ヨコハマ編
「第1話『買い出しのはじまり』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子)


− 1 −

「え? 買い出しですか?」
 いつもの朝の風景。
 いつもと変わらない朝食の時間に、宗一郎がいつもとは違う事を言い出した。
「そう、買い出し」
 バターを塗ったトーストをかじりながら、芹凪の問いにそう答える宗一郎。
「別に、急ぐ物で無かったら、私が行って来ても良いよ?」
 こちらはイチゴジャムをたっぷりと塗ったトーストをかじって居る美菜子。
「そりゃあ有り難いが美菜子、お前一人でヨコハマまで行けるか?」
「へ? ヨコハマ!? ・・・むぐっ!?」
 どんどんどん。
「はい、ミナちゃん、コーヒーのおかわり」
「うぐ・・・んぐっ、んぐっ・・・はぁ・・・ありがとう、芹凪姉ちゃん」
 ほうっと、大きく一息つける美菜子。
「そんなに驚くとは、ちょっと予想外だったなぁ」
 ちょっと驚いた顔の宗一郎。
「だって、いきなりヨコハマとか言われても、驚くなって方が無理だよ〜」
「ははは、そうか、いやスマンスマン」
 苦笑いをしながら、宗一郎は頭を掻いた。
「・・・でもマスター、何故突然ヨコハマなのですか?」
「うん、それなんだけど・・・」
 そう言うと、宗一郎は懐から一通の封筒を取り出した。
「実はね、向こうに知り合いが一人居るんだよ。もう何年も連絡取って居なかったんだけど・・・」
「それがこの前来てたその手紙だったの?」
 美菜子が、今日3枚目のトーストに手を出しながらそう言った。
「まあね・・・って、美菜子、お前本当にそのジャム好きなんだなぁ」
「うん、芹凪姉ちゃんが作るイチゴジャム、おいしいよ」
 そう言って、幸せそうに『トースト付きイチゴジャム』をかじる美菜子。
「んぐ、んぐ・・・おいしい」
「ふふ・・・ありがと」
 芹凪がそう言ってにっこりと笑う。
「もぐもぐ・・・で、その手紙、何て書いてあったの?」
「ああ。何でも、ヨコハマの街で、古臭いオルゴールをいくつか手に入れたから、見に来ないかって。ついでに、その中から気に入った物を3つほど、譲ってくれるそうだ」
 そう言って、宗一郎は封筒から手紙を取り出す。
「その人も、オルゴールが好きなのですか?」
「ん〜・・・彼の場合、『オルゴール』と言うよりは、アンティーク全般を集めるのが趣味らしいんだ。昔、一度遊びに行った事があるけど、その時は部屋中アンティークに埋もれてたっけな」
 そう話しながら、宗一郎はちょっとだけ遠くを見る様な目つきをした。
「・・・でも、ヨコハマってどうやって行くの? 昔ならともかく、今じゃこの蝦夷の国を出るのも大変だよ?」
 美菜子が、もっともな質問。
「うん、それなんだよなあ。港から船が内陸の方の国の方に出ているんだ。それに乗せてもらおうと思ってるんだけど・・・」

− 2・芹凪ビュー −

 あの日は、結局あれでお話しはおしまい、と思っていたのですが・・・。
 数日後の夕刻、あれは確かマスターが町に買い物に行った日の事でした。

 何やら、大あわてで駆け込んで来る音がしたかと思うと。
「はぁっ、はあっ、せ、せりなっ!!」
「どうしたんですかマスター、息切らせて走って来たりして?」
 台所で夕食の支度をしていた私の所に、文字通り『血相を変えた』マスターが駆け込んで来ました。
「はぁっ、ふ、ふね・・・よこ・・・ふう、はあ」
「はい、取り敢えずお水飲んで落ち付いてください」
 そう言ってお水の入ったコップを渡すと、マスターはそれを一気に飲み干しまして。
「・・・ふぅ、ありがとう。いや、実はね・・・」
 そう言ってマスターが話し出したのは・・・。

「え? 本当にヨコハマ行くの?」
 夕食時、その話をミナちゃんにした所、ミナちゃんは目を丸くして聞き返して来ました。
「うん、何かマスター、今日町に行った時に話決めて来たみたい」
「ふ〜ん・・・そうなんだぁ」
 そう言うとミナちゃんは、箸を置いて下を向くと、
「でも、そうなると私達留守番かぁ・・・ちょっと淋しいなぁ」
と言いまして。
「あら? みんなで行くのよ?」
「・・・え? えええっ?!」
「うん、誰が置いてくなんて言ったかい?」
 マスターが微笑みながらそう言います。
「えーと、本当に急だけど、一週間後に出るから。その間に準備をして置いて」
「一週間ですか・・・本当に急ですね」

 それからが大変でした。
 お店を一時的に閉めると言う事でご近所にご挨拶回り、裏のおじいさんに家の鍵とシロさんたまさんを預かって頂いたり、加藤さんをはじめとした職人仲間さんに材料の受取としばらくの発注停止をお伝えしたり。


「二人とも準備いいかい?」
 鍵をかけた扉の前で、マスターが私達を見てそう言います。
「はい、ばっちりです」
「うん、おっけーだよ」
「よし・・・じゃ、いこうか」
「はいっ!」

 こうして、私達がオルゴール堂に来てから、初めての旅行が始まりました。


 ...It continues to the next season.