小樽水上オルゴール堂シリーズ
「第12話『神楽の歌 〜前編〜』」
(Episode:HM−13b4・芹凪、HM−13f375・美菜子(ToHeartオリジナルキャラ)
/連載SSシリーズ1作目・第12話)


 それは、とある雪が一杯降った、寒い日の事でした。
 私がお店で、一人で店番をしていますと。

 カランカラン。

「こんちわ〜、郵便です〜」
「あ、ご苦労様です」
「んじゃ、ども〜」

 郵便社の方が来ていって、封筒一通。
 はて、どなたからでしょうか?

 宛て先は「水上 宗一郎様」、つまりマスター宛て。
 裏返して差出人を見ると、札幌の住所の知らない御方。
 マスターのお知り合いの方でしょうか?

「マスター、手紙が届きましたよ」
 丁度10時のお茶会の時間でしたので、お茶の用意をしてから私はマスターに封筒を手渡しました。
「お、ありがとう。・・・ほう、常田さんか」
「お知り合いの方ですか?」
「ん? ん、まあ、うちの常連さんだよ。ここのお宅には、古いけど立派なオルゴールが一杯あってね。いつも修理とかをうちで請け負わせて頂いているのさ」
 そう言いながら、マスターは封筒を開けて、中の便箋に目を通し始めました。
「ふぅ、やっと終ったよ〜」
「ミナちゃん、お疲れさま」
 工房から遅れてやってきたミナちゃんに、お茶を手渡します。
「ありがとう。あ、今日はアップルティーだね」
 にっこりと笑って、おいしそうにお茶を飲むミナちゃん。
 何か、その笑顔を見て居ると、不思議と自分で入れた紅茶でもおいしく感じます。

「・・・うーん・・・」
 と、マスターが便箋を眺めながら、何やら思案顔。
「美菜子、今日、これから暇か?」
「え? えっと・・・ごめんなさい、今日はこの後小川さんの所に行って、新しいオルゴールの器作りの研究する約束だから・・・」
「そうか・・・困ったな・・・」
 マスター、そう言って後頭部をかいています。
 本当に困って居るようです。
「どうかなさったのですか?」
「うん・・・常田さんの家のオルゴールのうちの一つが、また調子が悪くなったんで見に来て欲しいって事なんだけど・・・」
「マスターも手が離せないのですか?」
「うん、今修理が4件たまっていて、これを何とか終わらせたいからねぇ」
 そう言って、マスターは腕を組んで考え込んでしまいます。
「宗さん、その人、すぐ来て欲しいって言ってるの?」
「うん、お孫さんがすごく悲しんでいるから、早めに来て欲しいってね、この手紙に書いてあるんだよね・・・」
「そっか、それは困ったね〜」
 ミナちゃんも困った顔をしています。
 二人して思案顔。

「・・・あの、もし宜しければ、私が行って来ましょうか?」
「え? でも芹凪、そのオルゴールの修理って、どの程度の物か解らないぞ?」
 驚いた顔のマスター。
 それもその筈。私は、普段は余りオルゴール制作とか修理ってやった事はありません。
「でも、一応一通りの事はミナちゃんから教わっていますし、取り敢えず見に行くだけでもその方の為になるのでは・・・」
「そうだなぁ・・・」
 しばらく何かを考えていたマスターでしたが。
「そうだな。よし、じゃあ芹凪、悪いけどちょっと行ってきてくれ」
「はい、かしこまりました」
 私は、にっこりと笑ってそう答えました。


「・・・で、これが修理用の工具一式。私がいつも使っているセットだから、多分芹凪姉ちゃんでも使いこなせると思うよ」
 ミナちゃんが、私に革の袋に入った工具セットを手渡してくれました。
「うん、ありがとう」
「もしだめだったら、後日改めて出向くって事で、常田さんに伝えておいてくれ」
「わかりました。あ、そうそう、もし帰りが遅くなったら、その時は先にご飯食べておいて下さい。おかずとお味噌汁はすでに作ってありますから、温めなおせばすぐにも食べれますから」
 普段は家事なんてやらない二人を残して行くので、ちょっと心配かな?
「まかせとけって。芹凪がうちに来る前は、これでも自炊していたんだ、何とかなるさ」
「でも、マスターこの前目玉焼きを焦がしましたよ?」
「うっ・・・」
「くすくす・・・冗談ですよ」

 札幌へは、路面電車を使って行く事にしました。
 冬ですし、車はマスターが修理したオルゴールを運ぶのに使うと思いますしね。
 簡単に仕度をして、家を出ます。
「では、行って来ますね」
「ああ、頼んだよ」
「芹凪姉ちゃん、気をつけてね〜」
 二人の見送りを受けて、私は駅に向かいました。


 まずは、坂を降りた所から、1本目の路面電車です。
 昔は小樽の町からでも電車で札幌まで行けたのですが、あの大異変以来、海岸線を走って居た鉄道線路は、今では海の底。
 今では、尾根道を伝って走って居る路面電車と、その横を走るぼろぼろの道路だけが頼りです。

 1本目の路面電車は、坂の下から小樽の町の中まで。
 そこで乗り換えて、2本目の路面電車は、札幌に近い町外れの乗合場まで。
 そして、その乗合場で3本目の路面電車で、札幌まで直行です。
 路面電車の行先表示は「札幌←→小樽(直通)」となって居て、この蝦夷の国では割とあちこちに走って居る長距離直通の路面電車です。
 今は冬ですので、普段走って居る3両編成の路面電車の前後に、ササラで出来ている雪かきのついた「ササラ電車」も一緒にくっついて居ます。
 この冬でしか見れない組み合わせも、何からしくて好きなんですけど、乗るのは実は今日が初めて。
 ちょっとだけ、どきどきして居ます。

『札幌行き直通電車、まもなく出ます〜。お見送りの方はそろそろ降りといて下さい〜』
 そんなアナウンスが入って、それからちょっとして。
 カランカラン。
 一番後ろの客車に取りつけてあるカネが鳴らされて。
 ごとごとん。
 重い音がして、扉が閉まって。
『ひゅ〜!』
 空気のもれるような、そんな汽笛が鳴って。
 がくん、と言う振動と一緒に、札幌行き路面電車は走り始めました。

 常田さんのオルゴール、私でも直せれると良いですけどね。
 そんな事を考えながら、私の乗った路面電車は、一面の雪野原の中を、札幌を目指して走ります。


 ...It continues to the next season.