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翌日。
連休の初日。
はぁ〜、幸せ〜。
いつもの時間に起きなくて良い幸せをオレは存分に味わっていた。
このまま昼まで寝ていよう。
昼になって、オレは起き出した。
簡単に飯をすませ、勉強をする。
まあ、受験生だし、たまにはしようという気にもなる・・・と言うか、今年に入ってからは去年と比べてもかなりの量の勉強をしていた。
おかげで成績は急上昇、前は中の下をさまよっていたのに、今では上の下から上の中辺りに食い込めるまでに成績が上がった。
まあ、一部相変わらず勉強をコツ良く教えてくれるあかりのおかげでもある。
当然、オレの努力の賜物でもある訳だ。
そして、軽く3時間ほど勉強を済ませた頃。
ぷるるるる。
ぷるるるる。
電話がかかって来た。
時計を見ると、夕方4時を回っている。
誰だ?
ぷるるるる。
ぷるるるる。
「はいはい、今出ますよ」
階段を降りて、玄関に行った。
かちゃ。
「もしもし、藤田ですけど」
『は〜い、浩之。あたしよ、あ・た・し』
受話器から聞きなれた声が聞こえて来た。
が、この1週間その電話の相手に振り回されたこともあり、少し意地悪する事にした。
「は? アタシさんですか?」
『何寝ボケたこと言ってるのよ! 私よ! 綾香よ、あ・や・か!』
「はいはい、電話した時はちゃんと名乗ろうね。で、何の用だ?」
ぶっきらぼうに答えると、受話器の向こうからくすくすと笑い声が聞こえて来た。
『随分と御機嫌斜めね』
「・・・誰のせいだと思ってるんだ?」
『あら、私のせい?』
「はぁ〜、本人に自覚が無いって言うのが一番の問題だよな〜」
わざとらしく大げさに溜め息をつく。
『ふふっ、何かいろいろ聞いて回っていたみたいね』
「誰かの妨害のおかげで、何の情報も得られなかったけどな」
そう言うと、またクスクスと笑う綾香。
「で、何だ一体? 用事が無けりゃ切るぞ」
『何言ってるのよ? うちに来る約束だったでしょう?』
・・・何?
「はぁ? 連休中とは聞いたが、いつとは聞いていないぞ?」
『あれ? そうだったっけ?』
かなりあせった感じの声。
あせる綾香の声と言うのは初めて聞いたような気がする。
・・・って、そんな事は今は関係ない。
「おう。連休中としか聞いていないし、何時からと言うのも聞いていないぞ」
『あ、ゴメンね〜。・・・んで、これからなんだけど、来れる?』
「・・・めんどくせぇ」
正直な感想を口にした。
『え? な、何でよ!? この前会った時には来るって約束したじゃない?』
「もう夕方だぜ? こっちは受験勉強で疲れてるんだ。それに、今日だとは聞いていない。いきなり予定変えられるかよ」
『あら、浩之でも受験勉強なんてするんだ? ふ〜ん・・・』
からかうような口調。
「・・・じゃあな」
かなりかちんと来たオレは、受話器を置こうとした。
『あ、ち、ちょっと待って! 今、迎えがそっちに行ってるのよ!』
かなりあせった様子で綾香が喋って来た。
多分、冷や汗とか浮かべてるんだろうな。
それを想像すると、笑いが込み上げそうになる。
「迎え? 何だそりゃ?」
『今、浩之の家の方に姉さん達が向かっている筈よ』
ぴんぽ〜ん。
それとほぼ同時にチャイムが鳴った。
「・・・そうらしいな。じゃあ、それに着いて行けばいいんだな?」
『そういう事。じゃあ、待ってるからね〜』
そう言って、電話は切れた。
・・・やれやれ。
ドアを開けると、マルチとセリオが立っていた。
「こんばんわ、浩之さん」
「こんばんわです〜」
「何だ、使いってお前達もか?」
「はい。それに芹香様も来ております」
セリオがさす方向に、リムジンのそばにたたずむ先輩の姿があった。
「じゃあ、浩之さん、行きましょう」
「あ、ああ」
マルチに急かされて、オレは鍵をかけるとリムジンの方に向かった。
「よお、先輩。よくうちが解ったね」
「………………」
「え? セリオにナビゲートしてもらってきたって? あ、そうか、セリオは衛星のナビが使えるんだっけ」
「はい。それに以前お邪魔した時の道筋を覚えていましたので」
「そうか」
「………」
「え? さあどうぞって、これに乗って行くの?」
こくん。
先輩が頷く。
「じゃ、じゃあ、おじゃましま〜す」
中に座ると、運転席に見慣れた人物がいた。
「これはこれは藤田様、お久しゅうございますな」
「よお、セバスチャン。 あんたも元気そうじゃん」
「ほっほっほ、まだまだ若い者には負けておられません」
そう言うと、セバスチャンは先輩、マルチ、セリオが乗り込んだ事を確認してから、車を発進させた。
「ところでさ、先輩。そろそろ何が有るか教えてくれてもいいんじゃないの?」
走り出した車の中で、オレは先輩に聞いて見た。
「………」
「え? それは家に着いてからのお楽しみですって? あ、そう」
マルチとセリオのほうを見たが、二人とも首を振るだけだった。
ちぇっ。
「おい、セバスチャン、あんたは知ってるんだろう? 綾香が何を企んでいるのか?」
「企んでいるとは人聞きが悪うございますな。まあ、私も口止めされていましてな。着いてからのお楽しみでございます」
「ちぇっ、何だよ〜」
そう言うと、オレは足を投げ出した。
やがて、遠くからも一目で解る、来栖川の豪邸が見えて来た。
芹香先輩の説明によれば、来栖川のお屋敷は、本邸といくつかの別邸から構成されており、芹香先輩と綾香はその別邸のうちの一つを専用の住居としてあてがわれているとの事だ。
さすがにお金持ちは違うねぇ。
「私達もそこでご奉公させていただいているんですよ〜」
とは、マルチの話。
「あれ? 研究所の方に帰っているんじゃないのか?」
「はい。研究所にも帰っていますけど、週に3回はこちらに来ております。何でもメイドロボとしての学習の一環、と言う事で」
セリオが答える。
「そうか。何か、学校で勉強して家でも勉強して、大変だな〜」
「大変、ですか? 私達は人間の皆様にお役に立つ事が仕事ですから」
そう答えたあと、少しセリオは微笑んだ。
「本当言うと、芹香様や綾香様とお話ししたりするのが楽しいので、と言うのも有るのですよ。学校での事、街での事・・・。もちろん、浩之さんのお話しもします」
「は? オレの話?」
「そうなんですよ〜。浩之さんのお話をすると、芹香様はすごく嬉しそうなお顔をするんですよ〜」
マルチがそう言うと、先輩は顔を赤くして俯いた。
ううっ、やっぱ先輩はかわいいぜ!
「綾香様も嬉しそうなお顔をしますけど」
「………………」
「え? マルチやセリオも、すごく嬉しそうだって?」
こくん。
そんな話をしていると、やがて先輩と綾香の専用の館の前に止まった。
「………」
「え? では行きましょうって? あ、ああ」
オレは、先輩、マルチ、セリオの後に着いてその別館の中に入って行った。
別館と言っても、オレの家の何倍もの大きさが有るが。
先輩はその中をしずしずと歩いて行く。
オレは・・・と言えば、この規模の大きさにちょっとばかり驚かされながらも、先輩達の後をついて行った。
やがて、一番奥まった所と思われる部屋の大きな扉の前で止まった。
「………」
「え? ここですって?」
こくん。
先輩はうなづくと、横によけた。
「………」
「え? オレが開けるの? そ、それじゃあおじゃましま〜す・・・」
きぃっ。
扉は軽い音を立てて開いた。
と、その瞬間。
ぱん!ぱんぱんぱん!ぱぱんぱん!
何かの破裂する音。と同時に、オレの頭の上に何かふって来た。
「げっ!何だ!? ・・・紙テープ?」
『お誕生日、おめでと〜っ!!』
その声のほうを見ると、何と、オレの良く知っている顔ぶれが全員そこに居合わせていた。
あかり、雅史はもとより、志保、委員長、レミィ、理緒ちゃん、葵ちゃん、琴音ちゃん、綾香・・・。
「・・・誕生日?」
「浩之ちゃん、明日は浩之ちゃんの誕生日でしょう? それで、綾香さんが今日にみんなを集めてパーティー開こうって・・・」
あかりがすまなそうに言う。
誕生日・・・言われて見れば、すっかり忘れていたけど、明日はオレの誕生日だった。
「じゃ、じゃあもしかして休みの行事って・・・」
「そう、この為に私が企画したのよ。それで、みんなにも協力をお願いした訳。お気に召したかしら?」
得意げに綾香がそう言った。
「・・・じゃあ、今までオレが必死で聞いて回ってたの、みんな知っていて隠してた?」
「あ、あらかじめ教えて置いたのはあかりさんと雅史君と志保さんと、後はうちのマルチとセリオだけよ。他の人は昨日のうちに連絡入れたのよ」
「・・・はぁ」
オレは、と言えば、情けない事にすっかり呆気に取られていた。
「さあさあ、今日の主役がそんな所にボンヤリ立っていないの!こっちに来て、コップを持って、はい、かんぱーい!」
と言う事で、何が何やら解らないうちに、綾香の主導でオレの誕生日パーティーは始まってしまった。
さすがにこれだけの人数が集まると、にぎやかを越してやかましい所が有るが、まあこれはこれで楽しいイベントなので、今日はその好意に甘えることにした。