「夕立とネコ」
(Episode:HMX−13・セリオ(ToHeart)/小SSシリーズ・その5)


− 1 −

 たたたたたっ。
 学校の帰り。ちょっとのつもりで寄った本屋を出たら、丁度降って来やがった。
 まあ、雲はそんなに無いし、少し雨宿りでもしていればそのうち止むだろう。
 そう考えたオレは、視界に飛び込んで来たゲーセンの入口に駆け込んで行った。
「ふぅ・・・やれやれ、参ったなぁ・・・」
 入口のアーケード部分に立つと、ハンカチで顔や服に付いた雨をふき取る。
 何か、雨は止むどころかだんだん激しくなって来ているような・・・。
「・・・少し遊んでいくか」
 そう思い、オレは店の中に入っていった。


 店の中に入ると、丁度もう一つの出入り口の方から、寺女の制服を着た女の子が入って来るのが見えた。
「へぇ、寺女の生徒でもゲーセンとか来るんだねぇ」
 ま、寺女だからゲーセンに来ない何て事は無いだろうけど。
 そう思いつつ、ふとその女生徒の方を見ると。
「・・・あ・・・浩之さん」
「セリオじゃね〜か。どうしたんだ、こんな所で?」
 何と、入って来た女生徒はセリオだった。
 見ると、オレよりも長い時間雨に降られたらしく、かなり濡れている。
「突然夕立が降って来たので、取り敢えず雨宿りを、と思いまして」
「そうか。 天気予報では一日晴れだって言ってたのにな〜」
「気圧の急激な変化が検知されています。恐らく1時間程度で止むとは思いますが」
 そう言いながら立っているセリオの髪の毛や服からは、ぽたぽたと水が滴り落ちていた。
「それにしては、ずいぶん濡れてるけど、どうしたんだ?」
「実は・・・」
 セリオが口を開こうとしたその時。
「にゃ〜」
 か細いネコの声。
 そして、セリオが押さえているおなかの辺りの上で、何やらもぞもぞ動くもの。
「? ネコ?」
「はい、ネコさんです」
 そう言って、セリオはチョッキから鳴き声の主をそっと出した。
 いわゆるチャトラのネコ。まだ仔猫らしく、セリオの手のひらにちょこんと乗っかって、きょろきょろとあたりを見回している。
「どうしたんだ、そのネコ?」
「・・・通学路の途中で、捨てられていました。箱に入って、『誰か拾って下さい』と書かれた札が付いていまして・・・」
 なるほど、捨て猫か。
「雨に打たれて、かわいそうでしたので、研究所のほうでお世話させて頂こうかと思いまして・・・」
「そっか。・・・優しいな、セリオは」
「い、いえ、そんな・・・」
 オレがそう言うと、セリオは頬を染めて俯いてしまった。
 ふふふ、てれてるてれてる。
「くしゅん」
 と、仔猫がくしゃみをした。
「っと、雨に打たれて寒くなっちまったのかな? こりゃあ、早くあっためてやらんと、風邪ひくかもな」
「そうですね。でも、雨はまだやんでいませんし、次のバスまであと24分あります・・・」
 セリオが、困ったような顔をしてこっちを見た。
 う〜ん、何とかしてやりたいけど・・・。
 そう思った時、ふとひらめいた。
「・・・そうだ。なあ、セリオ、もしよければうちにこねぇか?」
「え?」
「研究所よりは近いから、俺んちでそのネコ世話してやろう。ついでに、お前も服乾かしてシャワー浴びて行けよ。その間にオレが研究所のほうに連絡入れておくからさ」
 セリオはちょっと小首を傾げるような動作をしたが。
「・・・浩之さんさえよろしければ、お願いいたします」
 と、頭を下げた。
「よし、じゃあ決まり。じゃあよ、うちまでまたちょっと濡れる事になるけど、走れるか?」
「はい、大丈夫です」
 そう言って、セリオは再びネコをチョッキの中に入れた。
「にゃ〜」
「大丈夫です、少しの間我慢していて下さい」
 セリオがチョッキの上からそっとなでながらネコにそう言う。
「・・・よし、じゃあ行こうか」
「はい」
 オレ達は頷くと、また雨の中に走り出した。

− 2 −

 シャー。
 風呂場のほうから、シャワーの音が聞こえてくる。
 オレは、セリオを先にシャワーに入れさせると、セリオが連れて来たネコをタオルにくるんでやり、冷蔵庫に入っていた牛乳を温めて、冷ましてからネコに出してやった。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
「よほど腹がすいてたんかな?」
 一心不乱に、ミルクをなめている。
 やがて皿は空になり、仔猫は安心したのか、そのまま寝てしまった。
「・・・おっと、いけね」
 オレは、セリオがうちに来ている事を長瀬のおっさんに連絡すべく、電話をかけた。


「あ、浩之さん」
 電話を終えると、丁度セリオがシャワーから出て来た所だった。
 服は乾燥機に入れてあるので、今はオレが貸したトレーナーを着ている。
「よお、暖まったか?」
「はい、おかげさまで。どうもありがとうございました」
 そう言って、ちょこんとおじぎをする。
「ま、気にしなさんな。制服とか、乾燥機に入れてあるから、もう少ししたら乾くと思うぞ。あと、長瀬のおっさんに電話したら、今会議中だから、あと1時間くらいしたら迎えに来るってさ」
「解りました」
「んじゃ、オレもシャワー浴びるわ」
「・・・あの、浩之さん?」
「ん? どした?」
 続いてオレもシャワーを浴びようとしたのだが、すぐにセリオに呼び止められてしまった。
「あの、ネコさんは?」
「あ、ネコなら、居間のテーブルの上で寝てるぞ。腹一杯になって、安心したのかな?」
「そうですか、解りました」
「んじゃ、そう言う事で」
 オレは、セリオが居間の方に行ったのを見届けてから、シャワーに入った。


 オレがシャワーから上がって来ると、セリオはネコと遊んでいた。
「お? 起きたのか、そいつ?」
「あ、はい。浩之さんがシャワーに入られて、私がここに来ると、すぐにお目覚めになりました」
 そう言って、セリオはネコの頭をなでてやる。
 ネコはネコで、その手にじゃれ付いている。
「・・・さて」
 オレはそれを眺めてから、いすに座るとメモ用紙を手元に引き寄せた。
「さて、じゃあよ、セリオ、ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」
「はい、私でお答え出来る事なら」
 セリオは、オレがそう言うとネコをなでていたてを止めて、オレの方に向き直った。
「にゃ〜」
 もっと遊んで欲しいのか、ネコが不満そうにセリオを見上げて鳴く。
「んじゃ、ネコを飼う上でのポイントとか、注意事項とか、そう言う通り一遍の事、教えてくれねぇか?」
「え? じゃあ、ネコさんは・・・」
「おう、うちで飼ってやる。幸いな事に、オレ自身一人暮らしみたいなもんだし、まあ家族の一人くらい増えても良いかなぁって思ってな」
 セリオは何か考えていたようだったが。
「・・・ありがとうございます」
 といって、ぺこりとおじぎをした。
「気にすんなって。それに、研究所たって、あの環境じゃあ、こいつにはちと辛いんじゃないかなって思ってな」
 オレはそう言って、何度か遊びに行った事がある研究所の事を思い出した。


 窓が開いている筈なのに、色々な資料が山積みになってどこに何が有るのか良くわからない状況。
 そんな所に、遊びたい盛りのこのネコが行く。当然、ネコは机の上だろうと所構わず駆け回る。
 たまたま引っかかったコーヒーカップが、中身をぶちまけて転がり、そこにはHM関係の重要書類があって・・・。
 近くではその惨状を目にした長瀬のおっさんが、真っ白になってその場に座り込む姿。


 ・・・悪いけど、かなり笑える。
「・・・くっくっくっ」
「?」
 オレは、自分の想像に思わず笑っていた。
 そんなオレを、セリオもネコも不思議そうな顔をして見ていた。

− 3 −

 数日後。
「よお、セリオじゃん」
「こんにちわ、浩之さん」
 学校の帰り、ゲーセン前のバス停留所で、バス待ちをしているセリオを見かけてオレは声をかけた。
「そう言えば、この前は本当にお世話になりました。お礼がまだでしたので、何かお礼を・・・」
 そう言って、セリオはぺこりと頭を下げた。
「あ〜、気にすんなって。あのまま濡れたままだったらカゼひいてたかもしれね〜だろう?」
「・・・あの、私ロボットですから、風邪を引くと言う事は・・・」
「あ・・・」
 ひゅ〜〜〜〜〜〜。
 9月の風は、少し冷たかった。
「ま、まあ、そう、アレだ。でも、濡れたままだと体に毒だろう? いくら最新型のメイドロボットとは言え・・・」
「・・・確かに、そうかもしれませんが・・・」
「ま、そう言う事だから。気にしなさんな。オレとセリオの仲だろう?」
「・・・はぁ」
 セリオは小首を傾げていたが、それでも一応それで納得したのか、別な話題を振って来た。
「ところで・・・あの、ネコさんはどうなりました?」
「ネコ? ああ、元気なもんだよ。最近、いつもあいつに朝起こされてな。おかげで朝飯はきっちり食うようになったし、寝坊もしなくなった。こっちがいろいろと助けられてるわ」
 オレは、やれやれと肩をすくめてみせる。
「くすっ・・・そうですか」
 そんなオレを見て、セリオは微笑んでいた。
「・・・そうだ、なあ、もしこれから時間が有れば、うちにネコ見にこねぇか?」
 ふと、オレは思いついた名案を口にする。
「え? でも、宜しいのですか?」
「気にしなさんなって。何でお前達って、そう言う変な所で遠慮するのかねぇ?」
「も、申し訳ございません」
 少しあわてた感じで、セリオがぺこりと頭を下げる。
「いや、せめてる訳じゃないって。そう言う性格なんだろう? んで、どうする?」
「・・・はい、では伺わせて頂きます」
 セリオはそう言って、にっこりと微笑んだ。

− 終わり −