− その12 星に願いを… −

「♪さ〜さ〜の〜は〜さ〜らさら…」
 玄関を開けて、まず聞こえてきたのはそんな歌声だった。
「…そうか、今日は七夕かぁ」
「あ、おかえりなさい。マスター。」
 出迎えたセリオは浴衣姿だった。いいなぁ、こういうのも…
「あの、…そんなに見ないでください。」
 頬を赤らめながらセリオがそうつぶやく。ついつい見つめてしまっていた様だ。
「えっ…あ、ああ、ごめん。その…似合ってるよ、セリオ」
「ありがとうございます。これ、お母様が送ってくれたんですよ。」
「ああ、またか…」

 ちょっと前に、「近くにきたから」とか言って母さんが尋ねてきた。
 急だったんでびっくりしたんだけど、その時初めてセリオの仕事ぶりを見た彼女はなんか感動していた。
 カタログで見るよりもずっと表情豊かなうちのセリオを見て、『娘が出来たみたい』と喜んでいた。
 それから数日して、『お古だけど…』という手紙と共に結構な量の女性物の服が送られてきた。
 多少のサイズの違いはあったけれど、それはセリオにとって問題にはならない。
 問題なのはそのほとんどがセリオによく似合うという事だろう。本当にお古なんだろうか?ちょっと怪しい。

「どうしました?マスター。」
「えっ?あ、な、なんでもないよ」
「ふふっ、おかしなマスター…。」
 そう言って部屋に戻るセリオ…と、その綺麗なうなじ…
 お母様ありがとう(爆)

 部屋に入ると、窓辺に笹の枝が一振りあって………短冊がたくさんぶら下がっていた。
「あれも、お母様が送ってくれたんですよ。」
 そうセリオが教えてくれる。
「気が利いてるっていうか…でも、あの短冊の量は一体?」
「あの、近所の方々が、あれを見て『付けさせてください』って来られまして…。」
 確かにこの辺には笹なんてないものなぁ。僕も帰ってくるまで忘れてたし。
「それで、付けさせてあげたんだ」
「はい……あの、いけなかったでしょうか?」
「なんで?」
 そう言ってセリオを手招く。手を上げると一瞬びくっ、となったけど…
「やさしいね…やさしくて、いい子だ」
 そう言ってセリオをなでてやる。
「あっ…そんな……」
 困ったような、嬉しいような、そんな顔のセリオを、僕はしばらくなでていた。

「しかし、いろんな願いがあるものだなぁ」
 悪いとは思うんだけど、目に入ってしまう。
『すちゅわーでスになりたい』から、『金、金、金!』まで、これだけあると、ほんとにピンキリだった。
 『お母様のです』といって見せられたのには『頑張って』とか書いてあったし…ハートマーク付で。
 一体何を頑張れというのか。とりあえず、「理解ある親を持ってて良かった」とでもいっておこうか。(爆)

 夕食後のくつろぎタイム。今日のセリオは『笹の葉さらさら』をオカリナで吹いてくれた。
 どこからか、かすかに歌声も聞こえてくる…

「でも、実際セリオにはあんまり関係ないよね、七夕ってさ」
 演奏が終わったところで、僕はそういった。
「そうですね。」
 七夕っていうのは女の子の手芸の上達を祈る祭りだと聞いた事がある。
 今ではすっかり恋人と、願い事の日のようだけど。
「そういえば、セリオは短冊の願い事、書いたのかい?」
「いえ、私は…。」
 そう言って、恥ずかしそうに少しうつむく。
「なんだ、書いてないの?どうせ僕達の分の短冊も送って来てるんだろ?」
「あ、はい。」
 そういってセリオは、そうっと2枚の短冊を出した。
「ほら、セリオも書かないと」
「私の…願い、ですか…。」
 そこで少し考え込んだ様だったけど、はっと気づいた様に僕に短冊を差し出す。
「私ばっかり、ずるいです。マスターも書いてください!」
 ちぇ、気づいたか。こういうのは恥ずかしいから、あんまりやりたくないんだよなぁ。
「わかってるよ、でも僕の願いは決まってるから、セリオが先に書きなよ」
「えっ…もう…ずるいです。」
 しぶしぶながら、ちらちらとこちらを見ながら、少し考えて書き出す。
「マスターがしあわせに、か…」
「そんな、読み上げないでください!」
 真っ赤になって隠そうとする。もう呼んじゃったから意味ないけどね。
「ごめんごめん。でも、ありがとう、セリオ」
 そう言ってセリオをなでる。でもセリオはごまかせなかった。
「もう…マスターのも見せてください!」
「ん、わかったよ。ペン貸して………っとできた」
「えっ、もうですか?」
「きまってるっていったろ?」
 あっ、と声を上げるセリオをおいて、そそくさと立ちあがると短冊を結びつける。
「もう!ずるいです、マスター。」
 すぐに隣に来ると結び付けたばかりのそれを手に取る。
「…え?マスター…」
「だから、言ったろ?きまってるって」
 そしてセリオをやさしく抱きしめる。
「ありがとう、セリオ。でもぼくは、セリオにも幸せになって欲しいからさ。」
「わ、私の幸せ…ですか…。」
「そうだよ、僕が幸せになる為には、セリオも幸せにならないとね」
「そんな……ありがとうございます、マスター…。」

 涙を流しながら、うれしそうに肩を震わせるセリオを抱きしめて、
 僕は幸せなこの時がいつまでも続く事を、遠い夜空に祈っていた。


<あとがき>

 そんな訳で12話です。かなり季節はずれではありますが…
 書いたのは七夕だったんですけどね,いろいろやってるうちにこんなに経っちゃいました。
 なんか忙しいしねぇ(苦笑)