月光浴--「自転車」
(書き手:綾瀬 雹さん)

 ばちんっ!
 威勢良く金属の弾ける音が辺りに響いた。

「あちゃぁ、このチェーンも限界か。思えばここ数年自転車自体手入れもしてなかったからな。」
 頭を掻き毟りながら僕はそう呟いた。

 僕の名はマサシ。只今旅の途中・・・と言っても特に目的があるわけでもなく、ただ目的地だけを決めてぶらりと行ってくるだけの事なのだが。

「お前も随分と走ってきたからな。なにしろこんな旅をする度お前の世話になったんだ、仕方ないか。はははは・・・」

 笑い声だけが静かに出る中、僕は考えた。
(・・・思えばこんな旅も何度目だろう。旅を続けて何があるわけでもないのに。)

『もう・・・マサシの旅好きにも困ったものね。』

 僕の脳裏に記憶の声が浮かぶ。

『つい一週間前に帰ってきたばかりなのに、また行くの?』
『ははは、病気だと思ってあきらめてよ。』
『それで、今度はどこに行ってくるの?』
『そうだなぁ・・・ナゴヤを通って・・・・叔父さんのいるチバあたりまでかな。』
『今度は随分と遠いわね。それで、いつ帰ってくるの?』
『1年位見ておいて。』
『まぁ。お父さんには言ったの?』
『1年なんて言ったらまた反対されるに決まってるじゃないか。ただでさえ僕の一人旅には反対なんだし。だからこんな時間に出るんだよ・・・』
『・・・しょうがないわね。お父さんからは私から言っておくわ。』
『ありがと。それじゃ、行ってくるね。』

 後ろを振り返らずに僕は自転車を漕ぎ出して行った。
 そして、家を出てから半年が過ぎた。やはり、何を得られるでもなく。

「そういえば、今どこまで来たっけ・・・・」

 背中のバックから一冊の地図を出す。かなりの年代物であちこちシミが出来ているがまだ使える代物だ。
 ま、いきなり水没してたり消えてる道に出くわす事はあるけどそこは旅の楽しみ、と思っている。

 僕は地図を指でなぞって行く。何度も何度も。
 そして、一つの事に気づいた。

(ここって、どこだ・・・?)

 困った。自分のいる位置が分からなくなってしまった。
 分かるのは方位磁石で知る事が出来る方角だけである。

 辺りを見回す。目印や看板も見当たらない。

 近くに人家は無さそうだ。こういう時のために持ってきた修理道具一式もどこかに忘れてきてしまった。
 運悪く食料も昨日底を尽き、残るは水だけだ。
 こんな性格でよく旅が続けられるものである。生きているのが不思議な位だ。

「・・・・仕方ないな、賭けだけど歩くか。一週間前シズオカを超えたからこのまま行けば多分ヨコハマに着く!」

 そう思った瞬間。
 ふと見ると、前から二人組が歩いてくるのが見えた。

 まずは自転車の修理が最優先だ。それさえ直れば後はどうにでもなる。
 僕はその人たちに駆け寄ってこう言った。

「すいません、この辺りに人家ってありました?」
「うーん、このあたりじゃ見てないなぁ。なぁ?」

 もう一人の男性が頷く。

「で、どうしたんだい?」
「あ、自転車のチェーンが切れてしまって・・・」
「自転車って・・・・どこから来たの?」
「トヤマから。旅してるんだ。」
「へぇぇ。ずいぶんと遠くから来たんだね。」

 そして、その男性は少し考えてからこう切り出した。

「あ、僕等今からこの先の喫茶店行くんですけど、一緒にどうですか?そこなら何か修理道具もあるでしょ。」

 後戻り・・・か。しかし、話相手がいるのは何よりも代え難いし自転車も修理できる。これも旅だ。

 僕は笑顔で、
「それなら一緒に行かせてくれないかい?」
「そっか、それならよろしく。僕はナオキ。こっちはカズヒロ。君は?」
「僕はマサシ。よろしく!」

 そう言って歩き始めた瞬間。

 ぐぅぅぅ、きゅるる。

「あ・・・ごめんなさい、あと何か食料を少し分けてもらえます?」

 私たち三人は笑いながら南下していった。