「月光浴」
(書き手:NA0さん)
夕暮れ訪れる時間、僕の部屋。左手には木でできたハンドメイドのパレット。
右手には筆とペイントナイフが握られている。今描いているモノ、それはこの一枚の写真だ。ずいぶん古いものらしく、やや色褪せているのだが、それでもこの景色の美しさが伝わってくるのは、写真を撮った人の凄さだろう。
夜の森の中に降り注ぐ月光。月光浴と題されたその写真を見た僕は、絵を描かずにはいられなかった。右手を開け、絵の具をパレットに補充する。
ペンチオイルの匂いが少し鼻を突く。
「お茶、入れたケド、どう?」
そう言って僕の側に一人の女性がティーカップを置いた。中にはいい香りの珈琲が入っている。
「悪ぅなぁ、今手を止めたくなくってさ。」
僕はブラシを休めずに礼を言った。
「絵の調子、どう?良い感じ?」
彼女が僕の絵を覗き込みながら聞いてくる。
「君がくれた写真のおかげだね〜。久々に筆を握ってて楽しくなってきた。」
「そう、だったら嬉しいな。」
荒々しいペイントナイフで縫った絵をペンチオイルと筆で修正して行く。
大きさはF4だが自分で描いていてもっと大きく感じる。いつかこんな所で月光浴をしたいもんだ。できれば………
「あのさ、いつかこの写真みたいなトコ行ってみたくない?」
彼女に問う。その瞬間。
「くおら!ナオキ!てめぇいつまでグースカ寝てやがんでぇ!」
「ん…?」
「ん…?じゃねっつの!もうとっくに夕方だぞ。」
相棒の声で目が覚める。そこに映るのは鮮やかなオレンジの空。
「まったく、昼寝がしてぇなんて言いやがって。どうすんだよ。こんな時間から宿探さなきゃなんねぇなんてさ」
彼はカズヒロ。僕の相棒だ。僕と彼はとある地質学者の助手で、国中全土を歩き回り、地形調査をしなければならない。まぁ測量って程のモノではないので2人でも困る事は少ない。でも宿にはいつも困ってばかりだ。
「悪い悪い。俺だって疲れてたんだ。許してやってくれたもれ」
「許すか!ニヤけたツラして寝てやがってぇ。大方故郷に残してきた彼女の夢でも見てたんだろぉ?その間オレはずっと暇だったんだぞ。」
うるさいカズヒロを尻目に空をふと見上げてみる。
そこには夜を待ちきれない白い満月が浮かんでいた。
その瞬間、さっきの夢…2年前を思い出す。
「月光浴…か。」
「何言ってんだ?そんなコト気にしないで今までしょっちゅうやってたコトだろうが。」
ただの野宿のコトである。
「ん…ちぃと思い出してな…月…か…」
「月ねぇ…何か引っかかってるような…」
二人でしばらく月、月、月と連呼する。知らない人が聞いていたら剣道でもやっているのだろうか?と勘違いするのではないかと考えてしまった。
「月…月…月…月の音…楽器…」
互いに似たようなコトを言い続ける。何か月でひっかかるコトがあるのだ。
「楽器…月の…月琴!」
互いに顔を見合わせ、半年ほど前に立ち寄った珈琲屋の女マスターを思い出す。
「久しぶりに聴きたいな…アルファさんの月琴…」
「そうだな…」
感傷的な顔つきで僕もカズヒロも何かを決断した。
行こう!もう一度。Cafe’Alphaへ!
「思い立ったが吉日。早速旅立ちだ!」
僕等は夜の中、ヨコハマ方面へと足を向けた。
向こうまでは2週間程度かかるだろうか…