*ヨコハマ買い出し紀行オリジナルSS*
(「NA0」氏寄贈)
「ん〜、88,65Mってトコか…30年前より50M近くもズレてるな。そっちはどうだ?」
僕にそう話しかけて来た彼の名はカズヒロ。僕のパートナーだ。
「こっちは79,22M。やっぱり50M近くのズレがあったな。」
「そうか…ま、そんなモンだろ。」
僕の名前はナオキ。カズヒロと僕はとある大学の地質学者の助手だ。その先生の司令で国中の海岸線のズレを調査している。関西の方から関東の方へ向かい、ヨコハマ方面の茅ヶ崎、葉山を経て、今はここ三浦にいる。ここ三浦での調査も大体終わった。しかし、どこもかしこも先生からもらった30年前の地図とはかけはなれた地形をしている。昔渋滞道路と呼ばれていた砂の道を見たときはこの国が、そして世界が確実にその陽光を沈ませかけているという事を実感した。
先生から聞いた話によれば、この国が海に沈んでいく未来を予測した人達が「ノアの箱船」の伝承の通り、大きな船を作って大空に飛び立っていったらしい。今でもその箱船は大空を飛んでいるらしいが僕はこの目で見た事は一度も無い。僕はその箱船が目の前にあったとしても大空に逃げる気はない。「人は大地に足をつけて生きていくもんだ」って死んだ祖父さんが言ってた。僕もそう思う。この時代に生を受けたのだから、この時代の行く末を見届ける義務がある。たとえ未来が海の底でも…。
次の目的地は城ケ島。そろそろここを起つ準備でもしようかと思った。そのとき
「ありゃま!こんな寒いときにそんなズブ濡れになっちゃって…何なさってたんです?」
「うわっ!!」
スクーターに乗った一人の女性が僕たちに話しかけてきた。いきなり後ろから話しかけてきたもので僕は驚いて声を上げてしまった。それを見たカズヒロが隣でケラケラ笑う。
「ちょいと海岸線の調査をね。昔に比べて随分へっこんだよ。そう言うアンタは?」
カズヒロが彼女に問う。
「何かカメラで撮ろうと思って出かけてたんですけど…どうもいつもの事なんですが何も撮らずに帰ってきちゃって…で、何か変わった人達がいるなーって思って…」
彼女は自分から話しかけてきたクセに、テレながら言った。
「僕から言わせてもらえれば十分キミも変わってるよ。」
僕は笑いながら彼女に言った。同時にカズヒロと彼女も笑う。
しばらく3人で笑った後、彼女が言った。
「あ、私この先の「西の岬」でコーヒー屋やってんですよ。よかったら来ます?」
僕とカズヒロは互いに目を合わせた後、彼女に向かってうなずいた。彼女は返事の代わりに微笑んだ。
「俺はカズヒロってんだ。んで、コイツがナオキ。」
「私はアルファって言います。」
互いに自己紹介を終え、僕たちはアルファさんの店へ向かった。
程なくして彼女の店に着いた。ススキの野原の中その店はたたずんでいた。
「ご注文、何にします?」
店に着くなり、彼女は僕たちに言った。
「俺はカフェオレでいいや。」
カズヒロはメニューも見ないでそう言った。
メニューに目を通すとそこには見慣れない名前があった。…メイポロ?
「アルファさん…だっけ、このメイポロって何すか?」
僕はカウンタでエプロンを着ている彼女に尋ねた。
「そういう木の汁のお湯割よ。それにするの?」
「ふ〜ん。初めて聞くな…じゃ、お願いするよ。」
しばらくして彼女は注文を運んできた。彼女も一緒する事になり、話がはずむ。
−ええーーーっ!?歩いて国中まわってるんですか!?−
−まぁね。でもそれが俺達の仕事だから。−
−み…見た事あるのかい!?君。−
−ええ…まぁ…ターポンって言らしいんですよ。ソレ。−
−豆なんかここら辺じゃ買えないっしょ。−
−だからヨコハマまで足運んでるんです。その度に。−
時は過ぎていった……
「アラ、もうこんな時間…今日はもう遅いですし…なんなら泊ってきます?」
彼女は窓の外に沈む夕日を見ながら言った。
「いや…迷惑だろうか「んじゃ、お言葉に甘えて。」
僕が断ろうとしたらそれを遮ってカズヒロが言った。何考えてるんだ…この男。思えば高校時代好きだったコにフられたのもコイツが原因だったな…また何かあったんじゃたまらない。仕方なく僕は妥協した。
「じゃぁお願いします。でもおかまいなく。僕たちはずっとカフェテラスで飲んでますんで。」
そう言って僕はカバンからウォッカとライムジュースと炭酸水を取り出した。
カズヒロが何か複雑そうな表情をして悩んでるが気にしない事にした。
もう夜になった。僕とカズヒロは「Cafe‘Alpha」のカフェテラスで不謹慎にも酒をあおっていた。
突然彼女が見慣れない楽器を持ってやってきた。
「へっへー。おじゃましてもよろしいですか?」
「へぇー、月琴かぁ…。初めて見たよ。」
カズヒロガ彼女を見て言った。
「アラ、知ってたんですか。」
彼女がしてやられたといった顔でカズヒロに言った。
「そうだな。良く知ってるな、お前。」
「昔本で見た事があるだけさ。確か中国の楽器だろ。何か聞かせてくれるのかい?」
アルファさんはうなずくと軽く息を吸った。
夜の潮風にとけて流れるリズムと言えばいいのか。言葉では表現できない。
そんな曲だった。やがて曲は彼女のハミングと重なり、時間を掻き消した−
「おしまい。」
彼女は演奏を終えると軽く笑いながら言った。すると
「おい、あんなにイイもの聴かせてもらっちゃ、こっちも何かやんねぇとなァ?」
カズヒロが僕に向かって言う。
「ああ。もちろん。」
僕はうなずくと壁に掛けておいた袋から一つの弦楽器を取り出した。カズヒロもまた同じような事をしている。
「あの…お二人とも何をなさってるんですか?それに…それ何すか?」
彼女がそう言ったときにはもう準備ができていた。
「コイツはバンジョーっていって、米国のカウボーイ達の間でよく使われた楽器さ。」
カズヒロが手慣れた手つきでチューニングをしながら答えた。
「で、こっちはシタールっていう印度の楽器さ。」
僕もチューニングをしながら彼女に言った。
「で…でもそんな国籍のバラバラな二つの楽器でどんな曲が…?」
彼女はちょっと不安そうな面持ちで言った。
「そ・れ・が、良い曲なんだな〜。ま、聴いてりゃわかるって。」
「じゃ、いつものアレ、いきますか!」
僕たちはお互いに顔を合わせるといっせいに声をあげた。
「天竺」
シタール、バンジョ−。二つの楽器を使ったおそらく新しい音楽。僕とカズヒロが高校時代作ったものだ。中でもこの「天竺」は自信作で旅先、何かのお礼によく弾いていた。
シタールの神秘的な音とバンジョーのワイルドで情熱的な音。静と動。青と赤。その二つのフュージョン。もの珍しい音楽だがアルファさんはしっかりと聴いてくれている。やがて音楽は佳境に入り、締めのニュートラル。
パチパチパチ。
拍手が聞こえてきた。アルファさんのものである。
「すっごーい!音楽って国境を越えちゃうんですね!」
ここに来てなによりも彼女が感激してくれたのが一番嬉しかった。おそらくカズヒロも同じ心境だろう。
「はは…じゃぁ次は中国も混ぜてみますかな?」
「そりゃいいねェ。」
「じゃぁ…適当に合わせて…1…2…3!」
その日…夕凪の時代の夜空に新しい音楽が響いた…