「例えばこんな猫模様・・・」
(Episode:柏木 楓(痕)/「Leafin’ LIFE・本日のお題」第14回参加作品)


− 1 −

 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴ・・・。
 かちっ。

 朝。
 いつもの癖で目覚ましをセットしていましたけど、今日は休日で学校もお休み。
 おふとんの中でのんびりとしていても良いのですけど。
 でも、やっぱり起き上がって。
「ふにゃぁ〜・・・」
 おふとんの上で、軽く背を伸ばします。
「うにゅう〜〜〜〜〜」
 そして、洗顔。
 ぺろぺろ。
 そして、おふとんから飛び降りて・・・。

 ・・・って、えっ?
「うにゃ!?」
 何か違和感が・・・。
 ふと、壁にかけてある姿見に目が。
 ・・・・・・。
 ・・・そこには、ご丁寧にも。
 頭にはネコミミが生えて。
 お尻の辺りから尻尾が出て。
 手の形が猫の手になっている私の姿が・・・。

「うにゃぁああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!????」

 はっ!
 慌てて両方の手で口をふさぎます。
 今、こんな所を他の人にでも見られたら・・・(汗)。

 どんどんどん。
 と、扉が乱暴にノックされます。
 いきなりピーンチ!(汗)

『楓お姉ちゃん? 楓お姉ちゃん!? どうしたの一体?』
 ドアの外から初音の声が・・・ああ、お願い、そのままそっとしておいて・・・。
『楓お姉ちゃん、変な声上げてたけど、何かあったの? ねえ、楓お姉ちゃん!? 開けるよっ!?』
 がちゃがちゃ、がちゃん!
 扉が開けられ、初音が私の部屋の中に入ってきますが・・・。
「・・・す〜・・・く〜・・・」
 その時私は既におふとんの中にもぐりこみ、取り敢えず狸寝入り。
「・・・あれ? 楓お姉ちゃ〜ん・・・?」
 初音がベットの所まで来ますが。
「く〜・・・す〜・・・」
「・・・な〜んだ、寝言だったんだ。びっくりしたなぁ」
 そう言って、初音は部屋を出て行きました。

 取り敢えず当面の危機は去りました。
 が・・・。
「うにゃにゃ・・・(どうしようかな・・・)」
 このままの姿で居る訳にもいかないですし・・・。
 でも、今日は取り敢えず休日ですし、一日おふとんの中で隠れていれば・・・。
 ・・・休日・・・休日?

 私ははっとして、カレンダーを見上げました。
 そこには、今日の日付に丸がしてあるカレンダー。
 そして、その丸の下には赤い字で・・・。

『耕一さんが来る日』

「ふにゃあ〜!(どうしよう〜!)(涙)」

− 2 −

 30分後、柏木家の門から、こっそりと出て行く影一つ。
 季節は秋とは言え、パーカーのフードの部分を頭からすっぽりとかぶり、野暮ったい長ズボンにスニーカー、手にはご丁寧に手袋まで付けて。
 改めて言うまでもなく、猫化した私です。
 尻尾は、右足と一緒にズボンに入っています。ちょっと歩きづらいんですけど、仕方ありません。


 たんすの中、取り敢えずネコミミがすっぽりと隠れるくらいのフードの付いた服を探して。
 同時にズボン、手袋も。
 変な格好になっちゃうけど、ネコミミのまま外を歩くよりは遥かにまし。
 私はさっと着替えると、机の上に便箋一枚。
 猫の手になっちゃっているから、普段よりもちょっとふにゃふにゃな字で。

『急用が出来ましたので、出かけてきます。          楓』

 ドアをそっと開けて、廊下の様子をうかがいます。
 右、左、もう一度右。
 よし、誰も居ないようです。
 音がしないように、扉を閉めて、そのまままっすぐ玄関へ。

 スニーカーを履いて、これまた音がしないように、静かに玄関を開けて。
「うにゃにゃ・・・(行ってきます・・・)」
 誰にも聞こえないように、こっそり、でも一応の礼儀として、お出かけのご挨拶。


 外に出た私は、そのまま裏道を上って、水門の所へ。
 ここだったら、この時期は誰も来ないので、見られる事もありません。
「にゃぁ・・・(はぁ・・・)」
 水門に腰かけて、思わずため息一つ。

 と、誰も来ないはずの水門への道、足音二つ。
 ネコミミになっているおかげか、普段よりもよく聞こえます。
 こんな所を見られたら・・・。
 でも、逃げるよりも前に、足音の主が出てきてしまって。

「ほら、祐一、水門だよ〜」
「んなの、見れば解るって」
「駅前でね、景色のいい所聞いてきたんだ。で、ここ教えてくれたんだよ〜」
 観光客らしき、男の人と女の人のカップル。
 仕方ないので、私も水門を眺めに来た人のふりをします。
「ね、あの上に行こうよ」
「あんまりはしゃぎすぎて、落ちるなよ、名雪」
「うん、大丈夫だよ」
 二人は、そのまま水門の上、私のほうに近づいて来ます。
 ばれないかな、大丈夫かな?
 どきどきどき。

「あ、誰か居るよ。こんにちわ〜」
 こくん。
 取り敢えず、おじぎ。
「ここ、いい景色ですね〜」
 こくこく。
「私たち、観光で来たのですけど、あなたもですか?」
 ふるふる。
「あれ? じゃあ、地元の方ですか?」
 こくん。
「・・・あの、先程から首振られてばかりですけど、どうかしたのですか?」
 私は、慌てて、手話のまね。
「・・・しゃべれないんじゃないか?」
 こくこく。
 祐一さんと呼ばれていた男の人、ナイスフォローです。
「あ・・・ごめんなさい、無神経な事聞いちゃって・・・」
 ふるふる。

 ところが。
「あ・・・猫さん・・・」
「うにゃ?(えっ?)」
 はっ!
 今、ふるふるした拍子に、パーカーのフードが外れちゃって・・・。
「ね・・・猫さん・・・かわいい・・・」
 私、何か身の危険を・・・。
「そこの君! 早く逃げろ! そいつ、猫系の動物見たら見境無くなるから!」
 私もそう思いました。
 でも・・・。
「ねこーねこー」
 言われる前に。
 逃げるより前に。
 時すでに遅く。
 私は、名雪さんと呼ばれていた人にしっかりと抱きしめられてしまって・・・。
「ねこーねこー」
「うにゃにゃ〜〜!?」

− 3 −

 数分後。
 なんとか逃げ出した私は、少し時間を置いてから、また水門の所に戻って来ました。
 右、左、もう一度右。
 ・・・よし、もうあの二人も居ないみたいです。
「ふにゃぁ〜(はぁ〜)」
 またため息一つ、また水門の所に座ります。

 何か、災難続きだなぁ・・・。

 でも、何でいきなり猫になっちゃったんだろう・・・。
 困っちゃったなぁ・・・。

 ざ〜〜〜〜〜。

 水門から流れる、水の音だけが辺りに響き渡ります。

 私、元に戻れるのかなぁ・・・。

 ざ〜〜〜〜〜。

 黙って水の流れを眺めていると、何故かは知りませんがだんだん眠くなってきちゃいました。
 そんなに寒くもないですし、風邪ひく事も無いですよね。
 私は、水門の上で丸くなると、そのまま目をつぶって。
 水の音が、心地よい子守り歌に聞こえて・・・。


 ・
 ・
 ・
 ・
 ・


 なでなで。
 なでなで。

 ・・・うう・・・ん?

 なでなで。
 なでなで。

 誰かが優しく撫でてくれる、そんな感触。

 なでなで。
 なでなで。

 ああ、耕一さんも、いつもこんな感じで優しく撫でてくれますよね・・・。
 夢の中でも、気持ちいいなぁ・・・。

 なでなで。
 なでなで。

 がばっ!
 このなでなで、夢じゃない!

「あ、楓ちゃん、目が覚めたかい?」
 聞きなれた声。
 視線をあげると、目の前に。
 耕一さんの顔。
 な、なななななんで!? どうして!?

「いや、何となく柏木の家に行く前に、ちょっとこっちを散歩したくなって。で、来て見たら、楓ちゃんが寝てるからさ」
 そう言って、照れたように頭を掻く耕一さん。
 そうだったんですか。
 何か、今日一番に会えて、ちょっと嬉しくて。
 でも、こんな姿が悲しくて。

 そんな私の様子に気がついたのか。
 耕一さんは、また優しく撫でてくれながら。
「でも、猫化してるんだ、楓ちゃん」
「うにゃ・・・(はい・・・)」
 見つかってしまった以上、隠していても仕方ありません。
「・・・ま、大丈夫。オレ、治す方法知ってるから」
「うにゃにゃ!?(本当ですか!?)」
「まあね」
 耕一さんはそう言うと、私のほっぺたに手を添えて・・・。
 えっ? えっ!?
「猫化した姫君の呪いを解くには、王子様のキスって、昔から相場が決まってるんだ」
 えええ〜〜〜〜〜っ!?

 耕一さんはそう言うと、手を添えた私の顔に、顔を近づけて・・・。
 私も、覚悟を決めました。
 そっと、目を閉じます。

 あと3cm。
 2cm。
 1cm・・・。

− 4 −

 どさっ!


「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 目の前に広がる、私の部屋の絨毯。
 ベットの端から、頭から絨毯に落ちている私。

「・・・・・・夢?」

 そして、それを証明するように。
「楓お姉ちゃ〜ん、耕一お兄ちゃん、来たよ〜」
 玄関から、初音の声。


「楓ちゃん、どうしたんだい? 黙りこくって」
 数時間後、私は耕一さんと裏の水門に散歩に行きました。
 私は黙って、水門から水を見ています。
 流れる水の音、弾け飛ぶ水しぶき。
 何もかも夢のままで、でも、現実の私は猫じゃなくて。
「ん〜、どうしちゃったんだい?」
 そんな、黙ったままの私に不安なのか、気を使ってくれてか、ひっきりなしにさっきから聞いてくる耕一さん。
 くすっ。
 夢で驚かされたお返しです。

「・・・夢を、見ました」
 ぽつりと、私、一言。
「夢?」
「はい。ここの水門で、猫になった私を、耕一さんが助けてくれる夢です」
「へぇ、オレが出てくる夢かぁ」
 耕一さん、興味を持ったのか、こっちに来て隣に並んで。
「んで、オレ、どうやって楓ちゃんを助けた?」
 ほら、聞いてくると思いました。
「聞きたいですか?」
 ちょっと意地悪っぽく。
「そうだな、ちょっと興味がある」
「夢の中の耕一さん、『猫化した姫君の呪いを解くには、王子様のキスって、昔から相場が決まってるんだ』って言っていました」
「・・・は?」
 耕一さん、すごく驚いた顔をして。
 それはそうです、私だってびっくりしましたし。
 ・・・夢のお話しですけど。
「・・・マジ?」
「マジです」
「うっわ〜、夢の話とは言え、オレそんな恥ずかしい事言ってたんだ〜」
 耕一さん、恥ずかしがって頭を掻いていましたけど。

 その後、真面目な顔してこっちを向いて。
「・・・でも、現実でも、呪い解きは、王子様のキスだよ、やっぱり」
 そう言って、私の頬に手を当てて。
「・・・私、呪いなんかかかっていませんよ?」
 私は意地悪っぽく答えて。
 でも、その後、ちょっと考えて。
「・・・でも、かかっていなくても、解いて欲しいです」
 そう言って、目を閉じて。


 水門の上、流れる水の音。
 ただ、耕一さんの暖かさだけが、感じられました。

− 終わり −