「・・・ふ・・・ふ・・・太った・・・」
ヘルスメーターの上、風呂上がりなのだろうか、バスタオルを体に巻いただけのあられもない格好をして居る女の子が一人、表示された数字を見て愕然としていた。
「しょ、しょんな〜・・・500グラムも太っちゃったよ〜・・・。
・・・そ、そう言えば、最近ずっと学校帰りはいつもヒロの奴とヤックに行ってたっけ・・・(汗)」
その女の子は、しばし何かを考えていたが。
「・・・こうなったら、決死のダイエット作戦決行よ!」
決意も新たに、拳を握り締め高々と掲げていた。
「ダイエットは一日にしてならず」
(Episode:長岡 志保(ToHeart)/「Leafin’ LIFE・本日のお題」第13回参加作品)
9月14日。
今日一日をクリアすれば、明日は休みだ。
そう思えば、気分も少しは楽になる。
「ねえ、浩之ちゃん?」
いつもの様に学校に行く途中。
いつもの様にあかりが話しかけて来た。
「あん? どした」
「うん、志保の事なんだけど・・・」
「志保? 志保がどうかしたか?」
ううむ、朝からヤな名前を聞いちまったぜ。
「最近、何か変だと思わない?」
「変? 何が?」
わざととぼけてそう言ってやると、あかりは例の如く困ったような顔をしてこっちをじっと見ながら黙り込んだ。
はぁ、そこまでオレに言わせたいのかねぇ?
ったく、しょうがね〜な。
「・・・確かに、ここんところ何か様子がおかしいよな」
「うん、そうなんだよね」
あかりに言われるまでもなく、志保の様子が変なのは何となく気がついていた。
いつもなら放課後にやかましく人のクラスにやって来ては、やれヤックをかけて勝負だの、やれカラオケだのと、人の迷惑も省みずに引きずり回している。
しかし、ここ一週間は、会っても何か隠しているように、こそこそとしている(様に見える)。
「何か、話しかけてもあんまり元気無さそうだし、どうしたんだろう?」
「どうせまたろくでもない事考えているんだろう? ほっとけほっとけ」
「うるさいわね! 何がろくでもない事よ!」
ほら来た。
「人に隠れて何かこそこそやってるなんざぁ、大昔から大抵はろくでもない事だと相場が決まってんだよ」
そう言って、オレは志保のほうに向き直った。
「人の事情も知らないで勝手な事言わないでよね、人聞きが悪いったらありゃしない」
そう行って、やれやれとでも言いたげに肩をすくめる。
「じゃあ、その事情とやらを聞かせてもらおうか?」
「うっ・・・そ、それは・・・」
オレがそう言い返すと、明らかに志保の奴は動揺した。
ははぁ、どうやらあまり知られたくは無い事らしい。
だったら、その辺でつついて見るか。
「ほれ見ろ。言えないって事はやっぱりろくでもない事じゃね〜のかよ?」
「ち、違うわよ!」
「じゃあ、理由を聞かせろよ」
「あんたなんかに聞かせる理由なんか無いわよ!」
そう言うと、志保はさっさと校門をくぐって行ってしまった。
「・・・何だかなぁ」
オレは肩をすくめると、同じく苦笑いしているあかりと教室に向かった。
その日の放課後。
「浩之」
雅史がオレの席にやって来た。
「よお、どした?」
「今日、部活休みなんだ。一緒に帰らない?」
「ほう、じゃあ、久しぶりに一緒に商店街にでも繰り出すか?」
「いいね。じゃあ、ちょっと荷物をまとめて来るよ」
「おう」
雅史が自分の席に戻ると、入れ代わるようにあかりがやって来た。
「浩之ちゃん」
「おう、どした?」
「今日、一緒に帰ってもいいかな?」
「おう、今丁度雅史の奴と町に繰り出す相談していた所だ。一緒に行くか?」
「うんっ!」
あかりがにっこりと笑う。
「・・・そういやぁ、こう言うイベントには必ず顔を突っ込んで来る奴が居る筈なんだけど・・・」
そう言って、オレがふと教室の入口を見ると、こそこそと教室の中を伺っている奴が居た。
ふっ、素直じゃねぇなぁ。
ココは一つ、オレの人間性が大きい所を見せてやろうか。
「お〜い、志保! お前も行くんだろう? そんな所に隠れてないでこっちに来いよ!」
「え? 志保なの? 志保も一緒に行こうよ」
オレが声をかけると、志保はびくっとして、一瞬逃げ出そうかとしたのだが、あかりが声をかけると、観念したようにこちらにやって来た。
「ヒロ、あんたねぇ・・・」
「あん? せっかくオレが、心を広く持っておまえなんかでも誘ってやろうと言う気になったっていうのに、そういう言い方はねぇだろう?」
「だから、朝も話したじゃないの、こっちには事情が有るんだって」
「それも聞いた。その上で誘ってるんだ。どうだ? 久しぶりに4人一緒に町に繰り出さねぇか?」
「え? 雅史も居るの?」
志保がそう言うと、丁度雅史が戻って来た。
「お待たせ。あ、あかりちゃんや志保も行くんだ」
「と言う訳だ。ほれ、観念して一緒に行くんだな」
オレがにやりと笑うと、志保はこっちをにらみながら。
「わ、解ったわよ! その代わり、貸し1だからね!」
半分ヤケになったようにそう言ってきた。
「そう言えば、春以来だよね?」
「あん? 何が?」
校門前の坂を下っている時、唐突にあかりがそんな事を言った。
「春に3回くらいみんなと一緒にゲームセンターに行って遊んだよね? それ以来だなぁって」
「そういやあ、そうだな」
春、毎日、と言う訳では無いが、そう言えば2〜3回ほどこのメンバーで町に繰り出していたっけ。
「雅史はあれからすっかり部活の方が忙しくなったんだよね。エースも大変ね〜」
志保がそう言うと、雅史は苦笑いしながら、
「エースってほどでもないよ」
と答えている。
「そう言えば雅史、近いうちに秋季大会だったっけ? どうなんだ、行けそうか?」
行けそうかというのは、上位に食い込めそうか、と言う話である。
「何言ってるのよ? うちの高校のサッカー部って、県下でも優勝候補に数えられているのよ。雅史だっているし、楽勝じゃないの?」
「いや、油断は禁物だよ。隣の高校のサッカー部もなかなか強いからね。この前は練習試合で、1点差で何とか勝ったけど」
「だったら大丈夫じゃね〜のか?」
そんな話をしながら、商店街へ向けて歩いていった。
「じゃあ、今日は何をする?」
ゲーセン前までやって来て、オレは他の3人に聞いて見た。
「あんたは何かプランは無いの?」
志保が逆に聞いて来る。
「ま、無い訳ではない」
含みを持たせるようにオレは言った。これは、志保を乗せる為の作戦だ。
「ふ〜ん、じゃあ一つ聞かせてよね、その無い訳ではないプランとやらを」
よしよし、乗って来た。
実は、オレは今日はコレで志保の奴に勝負を挑みたいと言う物があったのだ。
密かに練習も積んである。準備はばっちりだ。
「アレだ」
オレが指差した先には、『DME3』の筐体が有った。
DMEって言うのは、流れて来る曲に合わせて画面を動く矢印の方向と同じパネルを踏んで遊ぶ、今流行のダンスゲームだ。
最近出て来たこの3と言う筐体は、今までの前後左右の矢印以外に、斜め前左右のパネルも加わって、一層難易度が増している。
「え? 私、コレってやった事ないからちょっと・・・」
「浩之、僕もこれはやった事がないよ?」
予想通り、あかりと雅史の奴は困ったような顔をする。
「大丈夫だって、簡単な曲を選べばそんなにばたばたしないでも十分遊べるって。それより、志保、お前はどうだ?」
「ふーん、ヒロ、あんたずいぶんいい趣味してるわね」
・・・何だ?
志保からは、そんな予想外な言葉が返って来た。
「・・・いい趣味してる?」
「コレってさ、運動量結構有るから、手軽で簡単にカロリー消費出来るって、知ってた?」
何だ、その事か。
「そりゃあ、そうだろうな。アレだけ激しく動き回れば、かなり汗もかくし、良い運動になるんじゃね〜の?」
「ふふふふ・・・ヒロ、コレで私に勝負を挑むなんて、いい度胸してるわね〜。その勝負、受けて立つわよ!」
お、何か志保の奴、燃えてやがる。
「ふっ、宿命の対決って奴か」
「そうね」
お互いに不敵な笑みを浮かべてにらみ合うオレと志保。
そばから見れば、きっと火花が散ってるに違いない。
「よし、じゃあ、さっそく勝負だ」
「いいわよ〜。後でほえ面かくんじゃないわよ」
「「ふっふっふ」」
お互い、不敵な笑みを浮かべて、パネルの上に立つ。
『Okay,here we go!』
そして、ゲームが始まった・・・。
「ま、こんなもんだな」
「き〜っ、悔しい〜っ!!」
結果、オレはあっさりと志保から勝ちを奪った。
って言うか、何か志保の奴、初めから疲れていたのか、動きに生彩が無いと言うのか・・・。
「しかし、何か最初っから疲れてるみたいだったけど、何かあったのか?」
「・・・べ、別に・・・」
そう言って志保がパネルから降りると。
どさっ。
そのまま志保は倒れてしまった。
「おい、志保!」
「志保!? どうしたの!? 志保!」
近所の病院に担ぎ込み、診察してもらった先生に、志保の状態を尋ねると・・・。
「栄養不足になっている状態で急激に激しい運動をしたから、軽い貧血状態になったんだね、これは」
と言う答えが帰って来た。
「・・・それってつまり・・・」
「ま、大方、無理して物を食べないダイエットでもしていたんだろう。そんな状態であのゲームをやれば、誰だって倒れるさ」
そう言うと、その先生は肩をすくめて溜め息をついて、
「君たちの年代は、しっかり食べてしっかり運動をしないと、大人になってからの体力が持たないんだよ。この時期に多少太ったからと言って、過度のダイエットは禁物。普通に生活していれば、一日の体重変化なんて誤差のうちだよ」
と締めくくった。
「よお、もう大丈夫か?」
病室に戻ると、志保の奴はもう起き上がっていた。
「・・・・・・」
何やら赤い顔をしてうつむいてやがる。
「浩之、先生、何て言ってたの?」
いすに座っていた雅史が聞いて来た。
「軽い貧血だってよ、栄養不足から来る。ま、医者の先生も言ってたけど、あまり無理すんなよ、ダイエット」
「し・・・仕方がないじゃないの・・・太っちゃったんだし」
志保は下を向いたまま答えて来た。
「医者の先生も言ってたぞ。1日2日の体重変化は誤差の範囲だって」
そう言うと、オレはいすに座った。
「なあ、オレはお前が太ってるなんて思わねぇぜ。あまり無茶すんなって」
オレがそう言うと、志保は、
「・・・う、うん」
と、あいまいな返事をした。
「志保、おばさんあと10分くらいで来るって」
と、そこに志保の家に電話をかけていたあかりが戻って来た。
「うん・・・ありがと・・・」
「んじゃよ、オレ達コレで帰るけど、何かあったら連絡よこしな。あと、明日は休みだから、好きなもんでも食って、ゆっくり休んどけ」
「・・・うん・・・」
そう言うと、オレ達は病室を後にした。
「しかし、ダイエットしてたとは意外だったな」
病院を後に家に帰る途中、オレと雅史とあかりはそんな話をしていた。
「でも、解らなくもないよ、志保の気持ちは」
「うん、そうだよね。志保だって女の子だからね」
オレの言葉に、あかりと雅史がそんな事を言って来た。
「はぁ、そんなもんかねぇ? あいつだったら、いつもくだらねぇ志保ちゃん情報とやらを追っかけているだけだと思ってたんだけどねぇ〜」
「浩之、それは志保にあまりにも失礼だよ」
雅史が苦笑しながらそう言って来る。
「へいへい、解ってますって」
しかし、あいつがダイエットをしてたって事は・・・。
「・・・雨でも降るか?」
「え? 天気は凄く良いけど?」
オレが思わずつぶやいた言葉に、雅史が良くわからないという顔をして答えて来た。
9月15日、敬老の日。
お年寄りに感謝しつつ、おやすみなさ〜い。
ぷるるるるる。
ぷるるるるる。
昼頃、電話の音で目が覚めた。
誰だ、一体?
ぷるるるるる。
ぷるるるるる。
無視していようかとも思ったが、そのままずっと鳴り続けていたので、仕方なく出てやる事にした。
ぷるるるるる。
かちゃ。
「はい、藤田ですが」
『ちょっと〜! 居るなら早く出て来なさいよ!』
受話器からは、そんなやかましい声が聞こえて来た。
「おい、前も言わなかったか? 電話をした時にはまず名乗るのが礼儀だって」
『私も前にも言ったでしょう? 江戸時代じゃあるまいし、そんな事こだわってるの、あんただけだって』
こんな事していると話が進まねぇ。さっさと切り上げよう。
「んで、何の用だ、志保?」
『い、一応、昨日世話になったお礼を兼ねてなんだけどね、パスタのおいしい店を見つけたから、あんたでも誘って上げようかなって思って電話した訳』
「パスタのウマい店?」
『そ。どうせあんた、今まで寝てたんでしょう? だったらそろそろお腹空く頃じゃない? 一緒に食べに行くわよ』
何か、有無を言わさずって感じで話が進んでいるような・・・。
「ま、今日のところは仕方ねぇから付き合ってやるよ。何処で待ち合わせだ?」
『あら、ずいぶん素直じゃない。ま、いいけどね。じゃあ、15分後に駅前に集合しましょ』
「おう、解った」
『じゃ、遅れるんじゃないわよ』
そう言うと、電話は切れた。
「へぇ、結構行けるじゃん。量もなかなか有るし、お前いい店見つけたなぁ」
「でしょう? ココ、クラスの女子の中では結構有名なお店で、一度来てみたかったのよね〜」
んで、今はテーブルを挟んで、志保の奴とパスタを食ってたりする。
「・・・あのさ」
「あ? いきなり静かになって、どした?」
と、いきなり志保の奴が、食べる手を止めて話しかけて来た。
「私がダイエットって聞いて、あんたどう思った?」
「あん?」
何かいきなり話が変な方向に向かったなぁ。
「どう思ったって・・・別に仕方ね〜んじゃねぇの? お前だって年頃の女だったって事だろ?」
「同級生捕まえて年頃の女も何もあったもんじゃないと思うけど」
そう言って志保はけらけらと笑う。
「ばーか。17才って言ったら、年頃も年頃だぞ」
「その割にはずいぶん爺臭いのが一人居るけどねぇ」
「な? てめぇ、人が下手に出れば・・・」
「あら、私は別にあんたの事だって一言も行ってないわよ?」
ぐっ。
やられた。
「・・・ありがとね」
突然、志保の奴がお礼を言って来たので、オレはちょっと驚いた。
「ん? 何だよ突然?」
「昨日、あんたにああ言ってもらって、気が楽になったわ」
何だ、その事か。
「別に。ま、悪友でも友達は友達だからな」
「何よ、その悪友って」
そう言って、顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「ところで、何でいきなりダイエットなんてはじめたんだ? 太った以外にも理由は有るんだろ?」
「・・・太った以外の理由?」
「好きな奴でも出来たか?」
オレがそう言うと、志保は驚いたような顔をした。
「な、何言ってるのよ! そんなの・・・」
「そんなの?」
オレが聞き返すと、志保は一瞬返答に詰まってから。
「そ、そんなの居る訳無いでしょ!」
そう言って、ぷいっと横を向いてしまった。
お? 何か顔が赤いぞ?
「ま、別にいいけどな」
オレはそう言うと、残りのパスタを腹に納めた。
「じゃ、私はこれで」
「おう」
再び駅前。志保は、これから別な用事とやらで何処かに行くらしい。
「今日の所は、昨日のお礼でおとなしくしていたけど。明日からはまたライバルとしての戦いの日々よ。覚悟して置きなさい!」
にやりと笑いながら志保がそう言う。
「おう、いつでもかかってこい。いつでも受けて立ってやらあ」
そう言って、そこで別れた。
その帰り道。
「ヒロの鈍感。そんなんだから、あかりの気持ちにも、私の気持ちにも気が付かないのよ」
そんな事をつぶやきながら、家に帰る志保の姿があった。
「ま、そこがあいつらしいんだけどね」