「ブラザー2、大阪秋の陣出撃」
(Episode:猪名川 由宇(こみっくパーティー)/「Leafin’ Life・本日のお題」第12回参加作品)


- 1 -

 ・・・はぁ。
 よ~やく終わったかぁ。

 オレは、夏こみぱが終わって、一息つけている所だった。
 帰って来て寝転がったオレの家のベッドが気持ちいい。
 は~、幸せだ~・・・。

 しかし、そんなオレのささやかな幸せは、けたたましい騒音と共に破られた。
「こら~っ! 何ごろごろしとるねん! 次のイベントの準備をはよせんかい!」
「だぁ~っ! 解ったから大きい声でしゃべるなって、由宇! 近所迷惑だろう!」
 仕方なく、オレは起き上がった。
「でもよぅ、せめてこみぱの終わったその日くらいはのんびりさせてくれよなぁ」
 オレは、部屋で何やら荷物の整理を始めた由宇に文句を言った。
 って言うか、こいつ、すっかり居着いてやがる・・・。
「何言うてんねん。次の大阪のイベント、出てくれる約束やったろ?」
「・・・大阪のイベント?」


 それは、夏こみぱの準備で大忙しだったある日の事。
 カリカリカリ。
 カリカリカリ。
「・・・なあ、和樹?」
 カリカリカリ。
「・・・あん? どした?」
 カリカリカリ。
「あんた、次の大阪のイベント、来る気無い?」
 カリカリカリ。
「・・・それは、取りも直さず『大阪のイベントに出ろ』と言う事か?」
 カリカリカリ。
「・・・う~ん。まあ、無理にとは言えへんけど、良かったら出て欲しいなぁって」
 カリカリカリ。
「・・・そうだなぁ・・・」
 カリカリカリ。
「・・・ま、一回だけなら出てやってもいいぞ」
「本当に?」
 カリカリカリ。
「ああ。但し今回だけだからな。大学の単位、ちとヤバいんでな」
 カリカリカリ。
「な~んや。大学なんて出ないでも、うちに婿に来れば良い話やん」
 ・・・ぱた。
「・・・あ、あのなぁ・・・」
「ん? 何か問題有る? かわいい嫁に温泉宿付き、しかもサークル参加もし放題。これ以上いい環境は無いと思うで?」
「・・・・・・」
「どうや?」
「・・・取り敢えず、目の前の原稿終わらそうや」
「・・・そやな」


 ・・・そう言えば、そんな事言ってたっけ。
 って、明確な返事した訳じゃないんだけどね。
「大阪のイベントまで、あと3週間。次のこみぱまで、約1ヶ月。まさか大阪のイベント、既刊で済ますつもりや無いやろな?」
 すっかり参加する事になってるし。
「・・・・・・」
 無言で由宇の顔を見つめる。
 ううっ、視線が冷たいんですけど・・・。
「・・・ほんまにそのつもりやったんか?」
 ため息混じりに由宇が言った。
「ま、まあちょっと考えてもみろよ。大阪のイベントが3週間後としても、それから次のこみぱまで2週間程度しかないんだぞ? それをどうやって新刊2冊も出すってよ?」
「・・・うーん、それもそうなんやけど・・・」
「お前だって、前に大阪のイベントがある月はこみぱに来なかっただろうよ?」
 そう言うと、由宇は黙りこくってしまった。
 ま、ここは大阪のイベント参加者には申し訳ないが、既刊で我慢してもらおう。

 そんな事を考えていると・・・。
「・・・そうや! なあ、やったら二人で合作本を2冊作らへんか?」
 ・・・なぬ?
「合作本?」
「そうや。大阪のイベント用に1冊と秋のこみぱ用に1冊や。そうすれば、二人の仕事量は半分になるから、1/2x2=1でいつもと変わらん作業量やろ?」
 ほほう。
「・・・なるほど・・・由宇、ずいぶんうまい方法を考えたもんだな」
「そりゃあ・・・せっかく和樹と一緒に大阪のイベント出れるんやもん。無い知恵も絞るわ」
 そう言うと、由宇はにっこりと笑った。
「じゃ、決まりな」
 そう言って、オレの手を取る。
「? 何?」
「何・・・って、はようちに行くで」
 なんですと?
「おい、もしかしてこれからお前の家に行って作業をするって事か?」
「当たり前やん。それ以外に何が有るって言うの?」
「ああ、悪いけどそれは無理だ」
 そう言うと、みるみる由宇の顔色が変った。
「な、な、なんやて~!?」
「今週は大学の試験がある。それを落としたらマジで単位がヤバいんでな。流石にお前の家まで行くのは無理だわ」
 そう言うと、由宇は途端にがっくりと肩を落とした。
「・・・やったら仕方ないわな・・・」

 そう言う事で、その後どういう風に合作本をすすめるかとかを話し合ってから、由宇は家の方に帰っていった。
 さて、まずはその試験だな。成績が悪かったら由宇にどやされそうだ。
 ・・・イヤ、マジで命の危険にさらされるかも(汗)。

- 2 -

 そんなことや何かで。
 試験は「無事に」・・・とは言いがたいが、何とか通った。

「って事で、今日から本格的に原稿の方を描き始めるけど、そっちはどうだ?」
 んで、さっそく由宇の所に電話しているという訳。
『こっちは順調やで。近いうちにラフ送るからに、きちんと見とき』
「おう、解った。んじゃ、またな」
『あ、ちょっとまちや』
「あん? 何かまだあるのか?」
『その・・・今からでもこっち、これへんか?』
「うーん、今ちょっと資金的に苦しくてな~」
『そっか・・・やったら、仕方ないね』
 少し残念そうに由宇が言う。
「まあ、当日までにはバイトして旅費をためて置くから、それまで悪いが我慢してくれ」
『来てくれたらぎょうさんサービスしたんやけどねぇ』
 うふふと由宇が含み笑いをしながらそう言った。
 がく。
 思わず机に突っ伏すオレ。
「あ、あのなぁ・・・」
『何?』
 電話口の向こうで笑っている由宇の顔が見えたような気がした。
 ・・・小悪魔め。
「・・・イヤ、何でもない。原稿描くわ」
『そやな。ほな、頑張ってや』
「由宇もな」

 かちゃり。
 「ふ~」
 受話器を置いて、オレはため息を一つついた。
 ・・・はぁ、何か疲れた。

 しかし、『サービス』って事は・・・やっぱり、あんな事やこんな事や。
 あまつさえあ~んな事まで・・・。

 ・・・はっ!?
 いかんいかん。
 オレは頭を振ると、原稿描きに集中する事にした。


 翌日、早速ラフが届いた。
 流石に由宇の作業は早いうえにソツが無い。
 で、オレもそれを見ながら話を合わせて描いて行く。

 ・・・とまあそんな感じで、あっという間に大阪のイベント用の原稿と、次のこみぱの原稿が完成した。
「じゃあ、大阪のイベント用の原稿はそっちに送るから、印刷は頼んだ。オレはこみぱ用の原稿の印刷を、千紗ちゃん所でやっとくから」
『まかしとき。・・・ところで和樹、こっちにはいつ来るん?』
「う゛~ん・・・それがなぁ、原稿描きに集中しすぎて、旅費がまだまだ足りないんだ。明日からバイトして金貯めるから、そっちに行くのはイベントの前日かな?」
『う゛~・・・』
「唸ったって無い袖は振れん。ま、悪いが少しの間我慢しておいてくれ」
『うん・・・な、出来るだけはよ来てや』
「解った。最大限努力はしてみる」
『うん。ほな、おやすみ』
「おう」

 ・・・さて、明日からバイトが修羅場だな。

- 3 -

 そして、大阪のイベント3日前。
 ようやく大坂に向かえるだけのバイト代が貯った。
 イヤ、印刷費用とかに取ってある金に手をつけても良かったんだけど、それだと印刷費用が万が一足りなくなった時に困るしな。

 ・・・しかし。
 何か忘れているような・・・。

 ぷるるるる。

 何を忘れているのか思い出そうとしていると、電話が鳴った。
 誰だ?

 かちゃ。
「もしもし、千堂ですが」
『私や。由宇や』
「お、由宇から電話して来るなんて久しぶりだな。どうした?」
『和樹、大阪に来れるだけの資金、貯ったんか?』
「まあな。ばっちりおっけ~だ。後はそっちに向かうだけだ」
『そっか、よかったわぁ』
 由宇はほっとしたようにそう言うと、次の言葉を続けて来た。
『で、いつの夜行バスで来るん?』
「いつの夜行バスか・・・え~っと・・・」

 オレは、ここで、さっき忘れていたものの正体に気が付いた。

「・・・・・・あ」
『あ? あ、何や? 明日か? 明後日か?』
「いや、そうじゃなくてだな。今重大な事を思い出した」
『何やねん?』
「夜行バスのチケット、取ってねぇ・・・」
『・・・・・・』
 しばらく流れる沈黙。
『・・・あ・・・あ・・・』
 オレは、次に来るであろう反応を予測して、受話器を耳から外した。
『あほ~~~~~~~~っ! ぼけっ! スカタン!』
 受話器を耳から外していてもはっきり聞こえて来るんですけど・・・。
 もしそのまま耳に当てていたら、今ごろ耳押さえてもんどり打っていたな。
 そう思うと、こめかみに冷や汗が流れた。
『何考えとるんや! はよ行ってチケット取って来んか~!!』
「解った、解ったから電話口で叫ぶなっ!」
 耳から外したまま送話口に向かって叫ぶ。
「しかし、この時間はもうやっている営業所は無いから、明日、朝一で行って取って来るから。そうしたら、こっちからもう一回電話すっからさ」
『当たり前や! あんたが来ないで、どうするつもりやったんかいな!』
「だから、悪かったって」


 次の日。
 オレは大あわてで夜行バスのチケットを取りに行った。
 ・・・だがしかし。
 帰って来たのは、「その日は予約で既に満席です」と言う、無情な言葉だった。
 ならば他の日を・・・と思ったのだが、それだと今日しかない。
 しかも、今日も既に予約で埋まっているらしい。
 何でこういう時に限って予約で埋まってるんだよぉ~!

 仕方なく、夜行列車を使うことにした。
 そうなると、出発は今日になるが、まあ仕方ないだろう。
 オレは、列車の切符を取ると、急いで家に帰って支度をして、そのまま駅に向かった。
 ま、由宇への連絡は、列車の中から公衆電話を使って出来るから良しとしよう。


 そして、列車は時間通りに発車し、一路大阪へと向かった。
「と言う訳で、急遽列車でそっちに向かう事になったから」
『そっか・・・やったら大丈夫やな・・・』
 ん?
 何か、由宇に昨日ほどの威勢の良さが無い。
「どした?」
『何が?』
「いや、何か昨日ほどの威勢の良さが無いからなぁ」
『うん・・・』
 返事になってないって。
「なあ、何か心配事でもあるのか? オレで良ければ相談に乗ってやるぞ。オレとお前の仲だろう? 何でもいいから話してみろって」
『ううん、そうや無いんや。・・・何かな、和樹にまた迷惑かけてしまったなぁ、思ってな』
「はぁ?」
 オレに迷惑かけただって?
「何の事だ?」
『・・・今回私のワガママだけで大阪に来てもらった様なもんなのに、昨日怒鳴ってもうて・・・』
 何だ、そんな事か。
 オレはワザとらしく一つせき払いをすると、口を開いた。
「気にすんなって。この業界に籍を置いた以上、このくらいの事は日常茶飯事だって言っていたの、どこの誰だ?」
『けどなぁ』
「じゃあ、悪いと思っているんだったら、そっちに行ったらタップリとサービスしてくれ。それで許す」
『ホンマか?』
「ああ、だから気にすんなって。オレだって楽しんでやっている事だし」
『・・・うん、ありがとうな』
「おう。んじゃ、そろそろ消灯時間みたいだし、切るわ」
『うん。気をつけてきいや』
「おう」

- 4 -

 結局のところ。
 大阪のイベントは無事に終わり、オレは一日だけ骨休めのつもりで由宇の家に厄介になる事にした。
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど。なんとか無事に終わって良かったなぁ」
 んで、オレは部屋で由宇と打ち上げを兼ねて飲んで居たりする訳で。
「しかし、和樹の評判、思ってたより高かったな」
「ああ、オレも正直驚いている」
 初出店の筈なのに、オレのブースの前には行列が出来ていて、用意した本はあっという間に完売していた。
 前に由宇が話していた、大阪のイベント参加者の中での評判が良いという話は、満更でもないらしい事を、改めて確認してしまった。
「まあ、コレも由宇のおかげだな。おかげでいい体験させてもらったよ」
「何言うてんねん。あんたの実力や」
 そう言うと、由宇は少しうつむいた。
「・・・でもな、ホント、今回は和樹には悪い事したな」
「あん? ああ、もう気にすんなって」
 オレはそう言って、開いている方の手でひらひらと手を振ると、そのまま持っていた缶ビールを一気に飲み干した。
「けどなぁ・・・」
 そう言いかけて、何かを思いついたらしい由宇は、いきなり立ち上がると電気を消してしまった。
 部屋の中は、窓から入って来る月明かり以外の明かりが一切無くなってしまう。
「な? おい、暗いって・・・」
 言葉は最後まで続かなかった。
 由宇がオレの口を塞いで来たからだ。

「・・・ふはっ。おい、いきなりどうしたんだ?」
 長い口づけから開放されて、オレは開口一番に聞き返した。
「前、電話で『大阪にいったらサービスせえ』って言ってたやん。今回のお詫び代わりに、ぎょうさんサービスしたる」
 由宇はそう言ってにこりと笑うと、そのままオレに覆いかぶさって来て、ふとんの上に転がって来た。
「今日は寝かせんで」
「・・・あのなぁ。立場が逆だろうが」
「ん? そんな細かいことは気にせん事や」
「・・・・・・」
「な?」
「・・・はぁ」
 オレはため息を一つつくと、そのまま由宇を抱きしめた。
「解ったよ。とことんまでお付き合い致しましょうか」
 そう言って、オレはまた由宇の唇を塞いだ。

- 終わり -