「マルチとマルチ」
(Episode:HMX−12・マルチ&HM−12a1・量産試作機マルチ「真理」(ToHeart)
/羽零さんwebページオープン記念贈呈作品)
ある日の事、マルチが妹を連れて来た。
・・・って言うと何か変かもしれないけど、まあ早い話、マルチの量産試作機がやっと出来上がって来て、マルチがそいつをオレに会わせに来たと言う訳だ。
マルチの奴、よっぽど嬉しかったんだろうなぁ・・・。
「・・・量産試作機?」
「はい、そうです〜。セリオさんと同じように、私も量産試作機が3人作られて、セリオさん達と同じように試験された後、本格的に妹たちが生まれて来るんですよ〜」
ニコニコと嬉しそうにマルチがそう言った。
「なるほどね。で、取り敢えずセリオの量産試作機二人と同じように、来栖川の屋敷で働く事になった、と」
「ま、そう言う事ね」
横でその様子を眺めていた綾香が頷く。
「しかしまあ、当然と言えば当然だけど、本当、そっくりだよなぁ・・・」
オレはそう言って、目の前に並んだマルチとマルチの妹を交互に眺めた。
ただ、何だろう?
違和感みたいな物を、マルチの妹を初めて見た時から感じていた。
「・・・で、名前は?」
「・・・はい、HM−12a1、『真理』と申します。よろしくお願い致します」
抑揚に欠ける声で、マルチの妹・・・真理はそう答えると、ぺこりとおじぎをした。
「・・・何か随分声に抑揚がね〜な」
「あら、浩之は知らなかったっけ? セリオと違って、量産型マルチには感情表現ユニットが無いのよ」
綾香がそう言う。
「・・・本当かよ?」
「そうなんです、綾香さんが言う通り、私の妹たちは廉価版と言う事で、感情表現ユニットは搭載されていないんですよ。ううっ、私がもっとしっかりとしていれば・・・ぐすっ」
「・・・そうか・・・」
そう言えば前に長瀬のおっさんに聞いた事がある。会社の方針で、量産マルチは「安価・ローコスト」を前面に押し出した形で製造されるだろうって。
「ま、でも将来、もしかしたらって事もあるだろう? まだあきらめるんじゃね〜ぞ」
オレはそう言って、マルチの頭をなでてやった。
その後、オレは記念にと、マルチと真理にお揃いの服をプレゼントしてやった。
もっとも、オレに服のセンスが有る訳ではなく、見立ては綾香とセリオにしてもらったが。
二人揃って同じ服を着たマルチと真理。
マルチは嬉しそうににこにこと微笑んでいる。
真理は・・・相変わらずの無表情だったが、見方に寄っては嬉しそうに見えなくもない。
うん、何か良いかも。
それから数日後の、休日の事。
街で綾香とセリオとマルチに捕まって、「遊びにつれて行って」と綾香に言われたオレは、取り敢えず3人を連れてゲーセンに行くことにした。
「ふっふっふ〜」
「な、何だよ綾香、気持ち悪い声出しやがって・・・」
何やら意味ありげににやにやと笑う綾香。
「うふふ、セリオから聞いたわよ〜。浩之、あんた時々この子たちとデートしているんですって?」
「あ、綾香お嬢様、デートだなんて、そんな・・・」
「そうです、恥ずかしいです〜」
マルチとセリオはそう言うと、ぽっと頬を染めた。
へへっ、何か可愛いや。
「デートっつぅか、まあ、学校帰りにオレのひまつぶしに付き合わせてるだけだけどな」
「あら、でもそう言う日の夜、この二人ったらすごく上機嫌で仕事しているんだけどね〜。何か妬けちゃうよね〜」
そう言って綾香はにやにやと笑っている。
全く、コイツと来た日には・・・。
一方のマルチとセリオは、既に真っ赤。『私は真っ赤なリンゴです〜♪』状態になっている。
「・・・おいおい、お前ら、オーバーヒートするんじゃね〜ぞ」
「が、がんまりますぅ〜」「ど、努力致します・・・」
「綾香、お前もお前だ。道のまん中でこいつら倒れたらど〜すんだよ?」
「あら、その時は浩之、あなたが背負って行くんじゃないの?」
「あのなぁ・・・」
そんなやりとりをしながら、とある交差点にさしかかった時。
マルチがかどを曲がった。オレは綾香とセリオとしゃべりながら歩いていたから、少し距離が離れていたため、一瞬姿が見えなくなる。
その時だった。
『ごっちん!』
すさまじい音がした後、どさっと二人分の倒れる音。
「ま、マルチ!」
あわててかどを曲がったおれたちの前に広がった光景は・・・。
「あ、あれ? ど、どっちがマルチだ?」
「な、何でここに真理が居るのよ? しかも、この前浩之が買ったマルチとお揃いの服、よりによって二人とも着ているし・・・」
そう、そこには全く姿格好が同じマルチが二人、倒れていたのだ。・・・いや、片方はマルチの妹だが。
「マルチの妹」ってのは、この前会った量産試作機の真理しかいない筈だから、どちらかがマルチでどちらかが真理と言う事になるが・・・。
「二人とも、ブレーカー落ちか?」
「そのようですね。どうやら、お二人が出会い頭にぶつかったので、ブレーカーが落ちた模様です」
二人の様子を軽く調べたセリオが答える。
しっかし、二人ともブレーカー落ちるなんて、一体どう言うぶつかり方したんだ?
「おい、マルチ! しっかりしろ!」
ぺちぺち。
そうやって、少し時間が経過した後。
ぶううううぅぅぅん。
「おっ」
軽い起動音と共に、マルチが目を覚ました。
「・・・あ、あれ・・・浩之さん・・・」
「ったく、浩之さんじゃね〜よ。心配かけさせやがって。大丈夫か、マルチ?」
「は・・・はぁ・・・」
マルチはまだぼーっとしている。まあ、ブレーカー落ちた後はいつもこんな感じだから仕方ねぇけどな。
ぶうううぅぅぅぅん。
と、セリオに抱かれていた真理の方も起動音がした。
「・・・あ、あれ・・・セリオさん・・・」
「・・・はい?」
「わ、私は一体・・・どうしたのでしょう?」
そして、セリオに抱かれていた『マルチ』も、オレが抱いていた『マルチ』と、全く同じように「普通に」ぼーっとした感じでしゃべったのだ。
「・・・・・・オレ、夢でも見てるのか?」
「・・・・・・夢じゃ、無いみたいね・・・」
綾香も自分でほっぺたを軽く引っ張りながら答える。
一方の「マルチ」達は、意識がはっきりして来たらしく、お互いに何やら言い合っている。
「ま、真理さん、私のまねをしてもダメですぅ!」
「ち、違います! 私がHMX−12ですぅ!」
「・・・・・・」
セリオもこの状況に、どうしたら良いのか解らず困った顔をしている。
おいおいおい!
ちょっと待てよ!
・
・
・
・
・
取り敢えず、そのまま道路上でパントマイム(少なくとも通行人にはそう言う風に見えたに違いない)をマルチ達にやらせて置く訳にもいかず、そこから近いオレの家に落ちつく事になった。
家に帰り着き、他の4人を上がらせてから居間に全員を座らせる。
「・・・どうだ、ちょっとは落ち着いたか、二人とも?」
「「はい・・・」」
同じ声でハモって答えが帰って来る。
・・・なんだかなぁ。
「・・・どう思う、セリオ?」
「・・・恐らく、出会い頭に衝突した際に、何らかの原因でマルチさんのOSを含むデータが全て真理さんにコピーされた結果、このような事態を招いたと思われます」
「それはつまり、マルチの人格が全て真理にコピーされたって事かしら?」
「はい、恐らくは・・・」
「・・・はぁ」
綾香も心底困りきった顔をしている。
「・・・しかし、試作機のマルチに搭載されているOSと、量産型のマルチのOSって、中身が違うんじゃなかったっけ?」
そこで、オレはふと思いついた疑問を口にする。
「いえ、一番基礎になっている、基OS部分は、試作機であるマルチさんの物をそのまま使っているのですよ。人間の方で言う所の・・・そうですね、深層意識とでも言う部分でしょうか」
少し考える風なしぐさをした後、セリオが答えた。
「そうか・・・。しかし、それだったら真理の『人格』とか『記憶』って、どこ行っちまったんだ?」
そこで、もう一つ浮かんだ疑問をオレは口にする。
「・・・最悪の場合、上書き消去された可能性が・・・」
「・・・そうだよなぁ・・・長瀬のおっさんは、出張で明後日まで帰って来ないって言うし・・・」
「あ、じゃあ、あれはどうかしら?」
と、綾香が何やら思いついた風に言う。
「どうするんだ?」
「ショック療法ってやつよ。もう一度、マルチと真理をぶつけて、そのショックで治らないかどうか試すの」
「「ええ〜っ!! 痛いのイヤです〜、痛くされるのもっとイヤです〜」」
「綾香お嬢様、最悪の場合お二人のOS自体に深刻なダメージを及ぼす可能性があります」
「・・・そっか、じゃあダメね」
「う゛〜ん・・・」
数分後、その沈黙をオレは破った。
「ま、何にせよ、こうなっちまったもんは仕方ねぇ。長瀬のおっさん帰ってくるまでは、そのままだな」
「「ええ〜っ! 困ります〜!」」
マルチ「達」がハモって反論してくる。
「じゃあ聞くけど、どう困るんだ?」
「「うっ・・・そ、それは・・・」」
どもるマルチ「達」。
「綾香、何か困った事、有るか?」
オレは綾香にも聞いて見た。
「そうねぇ・・・それほど困る事って無いんじゃないかしら。それに、これはこれで面白いからね〜」
そう言って綾香はマルチの方を見てにやにやと笑ってる。
「セリオ、お前は何か困ったこと有るか?」
「特に問題は無いと思われますが」
その言葉に、オレは頷いた。
「ほら、みんなそう言っているんだから、安心しろ。二日間だけ、我慢すれば元に戻るんだからよ」
「「でも・・・」」
オレは、まだ何か言おうとしているマルチ達の所に行くと、両手で二人の頭をなでてやった。
なでなで。
「「あっ・・・」」
「安心しろ。何かあったら、オレとか綾香やセリオがちゃんとサポートしてやるよ」
「「は、はい・・・」」
なでられて、ぽ〜っとした表情でマルチ「達」は頷いた。
しかし、それからの2日間は、文字どおり「嵐」の様な日々だった。
学校に行こうとすれば、どちらも「マルチ」な訳だから、どちらも学校に行こうとする。
結局、二人とも学校に来ちまった訳だが、おかげでクラスは大騒ぎになったと言う。
来栖川の屋敷では、二人が二人とも「マルチ」らしいドジを発揮してくれて、普段の2倍の被害と騒ぎが起きたらしい。
まあこれは、セリオに後で聞いた話だけど。
でもまあ、オレを含めて周りで何とかサポートした結果、「いつものオレ達らしい」騒ぎで収まったような気がする。
ま、あくまで「気がするだけ」だけどな。
そして3日後、来栖川電工のとある部屋の中。
「・・・なるほど、そんな事があったんですか」
出張から帰って来た所をオレ達に捕まった長瀬のおっさんは、そう言って頭をかいた。
「何のんきな事言ってるんだよ。おっさんが出張行っているおかげで、こっちは大変だったんだぞ」
「いやあ、すまない。でも、こっちもHM関係の仕事でねぇ。他の人間に任せる訳にはいかなかったんですよ」
そう言って、メンテナンスシートに横たわったマルチ「達」を見た。
「でもまあ、これで問題は解決出来る筈です」
そう言いながら、長瀬のおっさんはメンテナンスコンピューターを起動した。
「どうするの?」
綾香が興味をそそられたらしく、横から覗きこみながら質問する。
「えっと、マルチのに限らず、コンピューターのCPUって言うのは、それぞれに固有のシリアル番号と言う物を持っているんですよね。それは、製造段階で焼きつけられる物でして、決して変更される事はないのですよ。で、それを見れば、マルチか真理かと言うのが解ります」
言いながらも作業の手は止めない。流石は技術者と言う所か。
「セリオ、すまないけどサポートを頼むよ」
「解りました、長瀬開発主任。具体的には何をお手伝い致しましょうか?」
セリオがそう言いながら、おっさんの横に立つ。
「ちょっと待ってよ。これが終わってから指示を出すから・・・よし、出て来た」
画面上には、デフォルメされたマルチ二人が何やらアルファベットの混じった文字をしゃべっている絵が表示されている。
良く見ると、右と左でしゃべっている文字が違う。
「ふ〜む・・・なるほど。この状態で言えば、向かって右がマルチで、左が真理だね」
そう言うと、おっさんは真理の方に繋がっている別のコンピュータの方に向かった。
「じゃあ、セリオはそのままマルチの再起動プロセスを実行しておくれ」
「解りました」
「私は、眠れる乙女となった真理の人格を探してみよう。多分メモリーの奥底に押し込められている筈・・・お、いたいた・・・おや?」
と、そこでおっさんは変な顔をした。
「どした?」
「・・・ふ〜む・・・いえね、藤田君や綾香さんやセリオの話を聞いた所で、私も真理の記憶は多分上書きされているだろうと思ったのですが・・・」
「違うの?」
横からまた綾香がのぞきこむ。
こらこら、押すんじゃない!
「ええ。どうも、マルチのOSがそうしたとしか思えないのですが・・・真理の『人格』と『記憶』は、プロテクトがかけられて保護されています」
「へぇ〜・・・」
「だ、だって・・・やっと生まれてきた私の妹ですから・・・」
と、後ろからマルチの声がした。
振り向くと、再起動したらしいマルチがセリオと並んで立っていた。
「私、そういうつもりじゃなかったのですけど・・・真理に迷惑をかけてしまって・・・ううっ、私、姉失格ですね・・・」
そう言うと、マルチは泣き出してしまった。
全く、しょうがね〜な〜。
オレはマルチのそばに行って、マルチの頭をなでてやろうと思った。
と、その時。
「・・・いえ、そんな事はありません。マルチお姉さんはいつも私に良くしてくれているじゃないですか」
振り向くと、そこには真理が立っていた。
「思っていたよりも簡単に元の状態に復帰できました。ただし、今日までの記憶は残っちゃいますけどね」
長瀬のおっさんはそう言って頭をぽりぽりとかいた。
「ま、真理・・・よ、良かったですぅ〜」
マルチはそう言って真理に抱きついた。
「マルチお姉さん・・・ありがとうございます・・・」
そうお礼を言った真理の顔には、確かに微笑みが浮かんでいた。