「一目惚れの初恋」
(Episode:HMX−13・セリオ(ToHeart)/「本日のお題・第6回」参加作品)
− 1 〜セリオサイド〜 −
「−−HMX−13型、通称セリオです。よろしくお願いします」
それが、あの方と私が初めて交わした挨拶でした。
それは、私の西大寺女子学院でのテスト運用が始まって、数日が経ったある日の事。
いつものように、私は同時に開発されたマルチさんと一緒に、研究所へのバスを待っていた時の事です。
「おーい、マルチ〜っ」
ゲームセンターの前辺りから、聞き慣れない声がマルチさんを呼びました。
「あっ、浩之さん!」
その方はどうやらマルチさんの学校の方らしく、お隣の学校の制服を着ておられました。
マルチさんは嬉しそうな顔をしてその方−浩之さん−の方へと小走りに駆け寄ります。
その時、何故か私も着いて行ってしまいました。・・・何故でしょう?
マルチさんと浩之さんは、何やらお話をしております。
その時、浩之さんが私に気が付きまして。
私は自己紹介をしてからゆっくりとお辞儀をしました。
その時からです。何故かは解りませんが、浩之さんの事に興味を持つようになりました。
その後、私のスペックのお話や、春木さんと言う方のメイドロボットの方のお話。
そんな話を少ししてから、私達はバスに乗って研究所に帰りました。
帰りのバスの中。
私はふと、マルチさんに聞いてみました。
「−−マルチさん?」
「? 何ですか、セリオさん?」
「−−あの、浩之さんという方はどういうお方なのですか?」
「あ、浩之さんはですねぇ・・・」
マルチさんはにこにこと笑いながら、学校での出来事を、身振り手振りを交えて教えてくれました。
「−−そうですか。いいですね、学校でお友達が出来て」
「お友達・・・ですか?」
「−−ええ。私にはまだ、そんなお友達がいません」
「そうですかー」
マルチさんは何やらうつむいて考えておられましたが、
「・・・じゃあ、セリオさんも浩之さんとお友達になったら良いですよ!」
突然、そんなことをおっしゃってきました。
「−−私と、浩之さんが、ですか?」
「はいっ!明日にでも、学校でお会いしたらお願いしてみますねー」
「−−お願いします」
何故、そう答えたかは解りません。
プログラムの異常?いいえ、チェックしてみましたが、そのような異常は見当たりません。
ともかく、そんな感じでマルチさんは私と浩之さんがお友達になれるよう頼んでくれる事になりました。
研究所に帰ってから、私は開発主任の方のチェックを受けておりました。
「・・・?セリオ、今日、誰か他の学校の生徒と会ったのかい?」
開発主任の片桐さんが、私に接続されたコンピューターを見ながらそう聞いてきました。
「−−はい、バスを待っている時に、マルチさんの学校の男子生徒の方とお会いしました。
−−浩之さんと言うお方です」
「そうか。・・・セリオ、お前、その子の事が気になったのか?」
「−−はい。理由は分かりませんが」
「・・・そうか」
そう言うと、片桐主任はそれ以上何もおっしゃらずに、頭を掻いてから作業を続けられました。
− 2 〜片桐サイド〜 −
いつも一服つける場所は、研究所の屋上と決めている。
この場所は、それ程高くはないが、それでもそれなりに街の風景を眺める事が出来たり、何より他の誰にも邪魔されずにのんびりと出来る事が、気に入っている理由だった。
だが今日は、先客がいた。
「あ、長瀬先輩」
「よぉ。片桐君もここで一服かい?」
長瀬先輩・・・長瀬開発主任は、大学時代からの付き合いで、今はHMX−12、つまりマルチの開発チームの主任だ。
言わば「開発上のライバル」と言う事になるが、別段そんなことを意識した事は無い。
「ここの風景は、この研究所の中では一番ですからね」
そう言うと、私は先輩の横に並んで、煙草に火をつけた。
「そうだねぇ」
煙を吐き出しながら、先輩もそう答える。
しばらく、そうしてゆっくりとした時間を過ごしていた。
「・・・先輩」
「何だい?」
先輩は、ゆっくりと煙を吐き出して、聞き返してくる。
「・・・今日、セリオの奴が、どうやら一目惚れをしたようです」
「ほう。しかし、彼女には・・・」
「ええ。感情ユニットは有りません。だから、私のただの思い込みかもしれませんけどね」
そう言って、ゆっくりと煙を吐き出す。
「だけど、彼女だって女の子ですから、恋の一つや二つくらい、してもいいと思うんですよ」
「・・・」
「そういう意味では、私は先輩とマルチが羨ましいです」
羨ましい。
そう、私は羨ましかった。
先輩と、人間そっくりのマルチが。
私も、本当はマルチのように、一緒に笑ったり泣いたり出来る、そんなメイドロボを開発したかった。
しかし、会社の意向というのは、常に私を逆の方へと向かわせている。
だから・・・だから、羨ましかった。
「そうだな。セリオだって女の子だもんな」
そう言うと、先輩は煙草の火をを消して、吸い殻をポケットの中に仕舞い込んだ。
「私も時々思うよ。君みたいな有能な男が、何でマルチチームに入れなかったのかってね」
「・・・ありがとうございます」
その言葉で、少しは救われた気分がした。
会社は解ってくれない、だけど、会社の中には一人でも分かってくれる人間がいる。
今はそれだけでもいい。
何時か、きっと・・・。
− 3 〜浩之サイド〜 −
昼休み。
いつも通りオレは、充電をしているマルチを見に、図書館に出かけた。
今日も奥のテーブルの所で充電しているはず・・・お、いたいた。
ノートパソコンのモニターの充電進行具合を見ると、96%になっていた。
そして、100%になった時、マルチが目を覚ました。
「・・・あ、浩之さん」
「おはよう、マルチ」
「あ、おはようございますー」
にっこりと笑ってマルチは立ち上がると、手際良くコード類やノートパソコンを片づけ始めた。
「あ、そうだ! あのー、浩之さん?」
「ん、何だ?」
取り敢えず、そばのいすを引っ張り出して座ったオレに、マルチが話し掛けてきた。
「あの、お願いがあるのですが・・・」
「お願い? おう、オレに出来る事なら何でもやってやるぜ。ほれ、言ってみな」
「はい。・・・あの、セリオさんとお友達になって頂けませんか?」
マルチの言葉は、そんな意外なものだった。
セリオ?
セリオ・・・ったら、確か昨日、ゲーセン前でマルチと一緒に居たメイドロボだよな。
「セリオと・・・友達に?」
「はい。私の掃除を手伝ってくれたり、一緒に遊んでくれたり、セリオさんにもそんな『お友達』になって頂きたいのですが・・・」
「なるほど、ね」
意外な申し出。ロボットと「友達」ねぇ。
しかし、マルチを見ていると、「メイドロボ」と言う事すら忘れてしまう。
確かに、マルチとオレは「友達」だと思う。
どうもマルチには頭の中で「ロボット=人間の道具」と言う図式が成り立っている様な感じがあるが、少なくとも俺はそう思いたくない。
人間より人間らしいマルチの事だから。
・・・友達、か。
「・・・あの、浩之さん?」
「ん? あ、ああ」
ぼうっと考え事を始めたオレは、マルチに呼ばれて現実に引き戻された。
「あの・・・やっぱり・・・駄目でしょうか?」
少しうつむき加減に尋ねるマルチ。
「お? い、いや、駄目とは言っていないぞ。うん。他ならぬマルチの頼みだし」
「え、じゃ、じゃあ・・・」
ぱあっと、マルチの表情が明るくなる。
「おう、セリオとも友達になってやるよ」
「わぁっ、ありがとうございますぅ!」
セリオと・・・友達ねぇ。
ま、これはこれで滅多に出来ない経験だから、良しとするか。
− 4 〜イン・ゲームセンター(浩之)サイド〜 −
それから数日後。
オレは商店街のゲーセンに来ていた。
以前、マルチをゲーセンに誘って、エアーホッケーをした、いつものあのゲーセン。
しかし、今日は変わった組み合わせで訪れていた。
「セリオ、お前、こういう所は初めてか?」
「−−はい、初めてです」
無表情なまま、セリオは答えた。
何日か前、マルチに頼まれ、セリオとも友達になる事にした。
バス停でその事をマルチがセリオに話すと、
「−−はい、ありがとうございます」
そう言って、セリオはお辞儀をした。
・・・ん〜、セリオにも表情とかがあったら、楽しいんだろうけどなぁ。
そして、その時の約束で、ゲーセンでエアホッケーをする事になった。
「じゃあ、まずはオレとセリオの対戦だ」
100円を投入口に入れて、出てきたパックをフィールドに置いた。
さて・・・。
マルチは前の対戦の時に、へろへろとしたパックの打ち方しか出来ない事が解っていた。
じゃあ、セリオは?
うーむ、見た感じ、セリオの方が何倍も運動性能とかよさそうだしなぁ。
よーし。
オレは、普通にパックを打った。
ぺしっ。
すーっ。
セリオはそれを見事に打ち返す。
「お、なかなかやるな」
そう言いながら、今度は帰ってきたパックを、少し強めに打ち返した。
ぱしっ。
セリオも見事に反応して、打ち返してくる。
・
・
・
・
・
結果は・・・惨敗。
だんだんエキサイトしてきて、最後には本気で打ち合ったのだが・・・うーむ。
「いやあ、セリオは強いなぁ」
そう言って、オレは額の汗をぬぐった。
「−−ありがとうございます」
律義にお礼を言うセリオ。
「おいおい、別に礼を言う程の物でもないだろう?」
「−−いえ、誉めて頂きましたから」
・・・うーん。
ちょっとだけ複雑な気分。
この辺が、マルチとの違いって奴だろうか?
その後、マルチも混ぜて遊んだ後、バスに乗ってマルチとセリオは、研究所の方に帰って行った。
バスを見送っていると、マルチが後ろの窓から手を振っている。
だが、驚いた事に、セリオもこちらを向いて手を振っていた。
−−相変わらず、無表情なままだったが。
− 5 〜片桐サイド〜 −
「・・・そうか。その、浩之君とゲームセンターで遊んできたんだ」
「−−はい」
メンテナンスの時、セリオと話しながらメンテナンスを行うのが最近の日課になっていた。
そして、今日はその話の中で、驚くべき話をセリオがしてきた。
何でも、この前に知り合った「浩之君」と、ゲームセンターで遊んできたと言うのだ。
セリオは、その事を驚くほど正確に覚えていて、その事を事細かに私に説明する。
もし、この娘にマルチのような感情があれば、にこにこ笑いながら、それでいながら少し恥ずかしそうに話していたに違いない。
研究者としては、それはそれでまた面白いデータが取れるので喜ばしいのだが、何よりその「浩之君」が、マルチにもセリオにも普通の人間と同じように接してくれているのが私は嬉しかった。
そう思うと、私はふっと微笑んでいた。
「・・・セリオ、ゲームセンターで遊んできて、楽しかったかい?」
「−−楽しかったか、ですか?」
あ、そうだ。
セリオには感情は無い。だから、楽しいという感覚が根本的に解るはずが無い。
解っているはずなんだが、ついつい聞いてしまった。
ところが。
しばらく考えた後、セリオは、
「−−はい、楽しかったです」
と、はっきりと答えたのだ。
「?! お前、楽しいって感情が解るのか?」
「−−いえ。ですけど、マルチさんも楽しかったっておっしゃっていますし。
−−ああいう事が、『楽しい』事だと思いますから」
なるほど。
でも、私はその答えでも満足だった。
私の娘は、確実に成長している。
それをしっかりと感じた瞬間だった。
「・・・そうか。良かったな、セリオ」
「−−はい」
セリオはこくんと肯いた。
− 6 〜浩之サイド〜 −
あっと言う間の8日間。
今日でマルチとセリオのテスト運用期間が終わりだと、昨日の帰りにマルチに聞かされた時、少し寂しい気がした。
そして、それはあっと言う間に今日の出来事となっていた。
「−−浩之さん」
「ん、何だ?」
最近では、研究所の帰りのバスを待ちながら、マルチ、セリオ、そしてオレがおしゃべりをするのが日課になっていた。
しかも、時間に正確だとマルチが言っていたセリオが、この「日課」が始まってから、
ずっと早めにバス停に来るようになっていたのだ。
「−−今日まで、本当にありがとうございました」
そう言って、深々とお辞儀をするセリオ。
「おいおい、別にお礼をされるほどの事をした訳じゃないぜ?」
「−−でも、私のお友達になって頂きました」
友達。
セリオは、事ある毎にこの単語を良く使った。
よっぽど嬉しかったのだろうか?
・・・嬉しいと言う感情が解るとは思えないけど・・・。
「何だ。寺女じゃあ友達は出来なかったのか?綾香とかはどうしたんだ?」
逆にオレが聞き返す。
「−−はい。学校ではお友達は出来ませんでした。綾香様はお友達と言うには恐れ多い方ですし」
「はぁ、そんな物かねぇ」
オレなんか綾香とタメグチきいてるのに。
「−−本当に、ありがとうございました。この5日間、とても楽しかったです」
そう言って、再びお辞儀をするセリオ。
色々と話をしていたが、やがて研究所行きのバスが来た。
「・・・じゃあ、二人とも元気でな」
オレはそう言うと、マルチとセリオの頭をなでた。
なでなで。
「・・・あっ」
「−−・・・」
反応はそれぞれ、しかし、二人とも嬉しがっている・・・と、思いたい。
そして、二人はバスに乗り込んだ。
−−ブロロロロ・・・。
バスは走り出し、マルチが後ろの窓から涙をぼろぼろとこぼしながら手を振っていた。
その横で、セリオもこちらを向いて手を振っている。
相変わらず、セリオは無表情だったが、気のせいか、少し寂しそうな表情をしているように見えた。
− 7−1 〜セリオサイド〜 −
「−−マルチさん、このような時間にどこかにお出かけですか?」
研究所の廊下。私は第3研究室に行く途中で、マルチさんと会いました。
「あ、セリオさん」
マルチさんはそう言うと、にっこりと微笑んでこう答えました。
「私、これから浩之さんのお家に行ってくるんですよー」
「−−浩之さんのお宅に?」
「はい。今までのご恩を、少しでも返したくて」
「−−ご恩返し・・・」
その時、ふと私は浩之さんの事を思い出しました。
最後にお別れした時、とてもやさしそうな顔をして、頭をなでてくれた浩之さん・・・。
「−−マルチさん、私も連れて行ってはいただけませんか?」
次に私が口にした言葉は、そんな言葉でした。
「え? セリオさんも一緒にですか?」
「−−はい。私も、お友達になって頂いた浩之さんに何かご恩返しをしたいです」
「そうですね・・・そうですね!じゃあ、主任さんにお願いして、一緒に行きましょう!」
− 7−2 〜片桐サイド〜 −
「−−と言う訳で、私も浩之さんの所にご恩返しをさせに行かせて下さい」
セリオの口から出てきた言葉は、全く意外なものだった。
この辺り、プログラムには無い部分だ。いや、自己進化機能が働いている証拠だろうか?
ともかく、現実に、セリオはこうやって私に頼みに来ている。
マルチの影響だろうか、それともその浩之と言う少年の影響だろうか?
それとも、セリオ自身に・・・。
「そうか。じゃあ、行ってもいいよ」
私はそう言った。
「−−ありがとうございます」
いつものように無表情にお礼を言うセリオ。
その時、私はふとある事を思い付いた。
「そうだ、セリオ。出かける前に、君にあげたいものがある」
「−−私に、ですか?」
「そうさ。まあ、言ってみればシンデレラにかける魔法みたいなもんだが」
そう言うと、私はセリオににっこりと微笑みかけた。
そして、メンテナンスコンピューターから、あるプログラムをセリオに組み込んだ。
正面玄関まで二人を見送っていた私が研究室に戻ろうとして振り替えると、そこに長瀬先輩が立って居た。
「長瀬先輩・・・」
「セリオも行ったのか、『彼』の所に?」
その問いに、私は肯いて答える。
「ついで、と言っては何ですけど。セリオに今晩だけのプレゼントをしました」
「ほう。今夜限りの魔法・・・って言う訳かい?」
「はい。私達の・・・夢です」
「・・・そうだな」
そう言って、私達は二人が出ていった正面玄関を、ずっと眺めていた。
ずっと、ずっと・・・。
− 8 〜浩之サイド〜 −
土曜の夜という事で、財政的に苦しいオレは、普段撮り溜めていたビデオを消化する事にした。
適当なカセットを放り込み、再生スイッチを押す。
「・・・・・・」
何だこりゃ?何でニュース番組が入っている?
しまった、タイマーセット間違ったか?
そんな事をしていると・・・。
ぷるるるる。
ぷるるるる。
玄関の電話が鳴り出した。
「はいはい、今出ますよ〜・・・っと」
今時玄関に電話がある家なんて、うち位なものだろう。
かちゃ。
「もしもし、藤田ですけど」
そして、オレは今、駅前のゲーセンへ向かっている。
いつも近道に使う公園を抜け、歩き慣れた道を通り過ぎ・・・。
駅前の商店街へ出た。
「・・・しかし、マルチはともかく、セリオが居るのに、何で道に迷うんだ?」
先ほどかかってきた電話はマルチからだった。
曰く、恩返しがしたくてゲーセンまで出て来たはいいが、そこで道に迷ったらしい。
しかも驚くべきことに、そこにセリオまで居る、との事だ。
『セリオは確か、人工衛星からのナビが使えるんじゃなかったか?』
電話で聞き返したが、どうもマルチの奴、泣きじゃくるばかりでさっぱり要領を得ない。
放って置く訳にも行かず、ゲーセンまで迎えに行く事にした。
「さて、と。マルチとセリオは・・・?」
ゲーセンの前に着いたオレは、二人の姿を探した。
と、その時。
「ひ、ひろゆきさあぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!」
マルチが先にこっちを見つけたらしく、両手をぶんぶんと振りながらたたたっと駆け寄って来た。
「浩之さ〜ん!」
そして、セリオも涙を浮かべながら走り寄って来た。
・・・って、え?
「せ、セリオ?」
駆け寄って来て、そのまま抱き着いて来たマルチとセリオを受け止めながら、オレはセリオをもう一度見た。
・・・確かに、涙を流している。
「ううっ、来て頂いてありがとうございまふ」
マルチが涙で顔をくしゃくしゃにしながらそう言う。
「お、おお」
一方のオレは、戸惑いを隠せない。
セリオがマルチと同じように涙を流して、俺の服にしがみついているのだ。
って、何時までもこのままにしておく訳にも行かない。
いい加減、回りの視線も気になり始めて来た。
「と、取り敢えずオレの家に行こうぜ、二人とも。な?」
そう言って、二人にティッシュを渡してやった。
「・・・と言う訳なんですよ」
「そうか、しかし驚いたな〜。これじゃあセリオもマルチと同じで、普通の女の子と変わり無いな」
「ふふっ、そうですか?」
嬉しそうにセリオが微笑む。
そう。オレの家に来る前に、セリオの開発者がセリオに「感情」を与えたそうだ。
何でも、それは明日になると自動的に消えるとの事。
まるで、シンデレラが魔女に掛けられた魔法みたいだ。
「しかしよ、感情が手に入ったあまり、ナビの事を忘れているようじゃ、どっちが良いのかわからねーな」
「まあ、今迄に経験した事が無かったですから、こういう事は」
そう言って、セリオは苦笑いする。
「さて、と。じゃあ、早速何かお役に立ちたいのですけど」
そう言って、マルチとセリオが立ち上がった。
それからの二人は、大変な騒ぎになっていた。
特に手に負えなくなっていたのがセリオ。感情を得た嬉しさの余りか、ナビを使える事をすっかりと忘れて居るので、何かと失敗ばかりしていた。
しかし、それでも一生懸命にやってくれている二人に、オレはものすごく感謝した。
そして、時間は過ぎ去り。
「・・・そろそろ、帰らなくてはいけません」
時計を見たマルチがため息交じりにそう言った。
セリオもそれを聞き、悲しそうな顔をする。
しかし、引き止める訳にも行かず、オレはタクシーを呼んだ。
「じゃあ、元気でな」
そう言って、オレはマルチの頭をひとなでしてやった。
「はい。浩之さんもお体に気をつけて」
マルチがそう言って、ぺこりとお辞儀をしてタクシーに乗り込む。
「浩之さん・・・」
「セリオも、元気でな」
オレは、セリオの頭もひとなでしてやった。
すると。
セリオは俺に抱き着いて来た。
「セリオ?」
そして、そのままオレの頬にキスをした。
「・・・一目惚れでした。初恋でした。・・・好きでした、浩之さん」
そうつぶやくと、ぱっと離れてタクシーに乗り込むセリオ。
ばたん。
扉は閉まり、タクシーは走り去っていった。
オレは、セリオのキスの跡をずっと手で押さえていた・・・。
− 9 〜アフターサイド〜 −
「・・・一目惚れでした、だったっけ?」
「もうっ、恥ずかしいから止めてください!」
そう言って、顔を赤くしながらセリオが文句を言う。
「ははは、ごめんごめん」
そう言って、オレは平謝りに謝った。
あれから数年後。
マルチとセリオが来栖川から発売された後、オレの家にマルチとセリオが送られて来た。
しかも、「あの」マルチとセリオだった。
「しかしよ〜。何で消えなかったんだ、あの魔法?」
オレは、前々から疑問に思っていた事をセリオに尋ねた。
「え?ああ、私の『感情』ですか?」
そう言うと、セリオはにっこりと笑った。
「それはもちろん、愛のパワーです!
・・・愛しています、浩之さん・・・」
そう言って、セリオは抱き付いてきた。
「あっ、セリオさんずるいですっ!私だって浩之さんの事・・・その・・・」
マルチがそれを見て文句を言いに来たが、途中でどもってしまう。
全く、しょうがねーなー。
オレは手を伸ばすと、マルチも抱き寄せた。
「あっ!?」
「こういうの、ずるいかもしれないけど。でも、オレの正直な気持ちだ。
・・・二人とも、愛してるよ・・・」
後書き、みたいなもの。
私が今までの人生で2度目に「本気で」手がけた版権ものSSです。
「本気」と書いたのは、今まで書きかけたものはいくつかあるのですが、途中で放り出しているため(苦笑)。
んで、対象となったキャラはセリオ。たまたま、私がよく遊びに行く葉っぱ系のホームページで、小説のみでページを作っていらっしゃる所がありまして、そこでは「お題」と期日を決めて、広く一般からSSを募集、掲載するという手法を取っております。そこで、たまたまセリオを題材にして募集していましたので、前々から参加したかったこともあり、参加することに決定。
んで、いざ書いてみると、つめが甘くなってしまって。ところが、その締め切りはちょうど缶詰仕事が入る1日前。その時まで書き上げられなくて苦しんでいたのですが、結局ほとんど変更を加えないまま送ってしまいまして(苦笑)。
缶詰仕事から開放されてメールをチェックしたら、何と感想が届いておりました。もう、嬉しかったのなんの。ただ、やっぱりつめの甘さは指摘されました(笑)。・・・当たり前か(^^;)
で、今回の時点ではまだ修正は行っておりません。そのうち、必ず行いますので、今は取り敢えず応募したときのままで掲載させていただきます。
なお、応募した作品は「CRUISER」さんが管理なさっているホームページ、「Leafin’ LIFE」に掲載されております。
・1998/02/27:HTML化による改行位置の修正後、掲載。
・1999/08/19:web移動に伴う修正。