「『ススキ』で小咄一つ」
(Episode:マルチ、セリオ、ミライ(ToHeart)/リレーSSシリーズ・その2)


− 1 −
(書き手:Holmes金谷)

宅急便屋「まいど〜、ミライさん、宅急便です〜」
ミライ「あ、はーい・・・って、私に?」
宅急便屋「はい、宛て先が、北海道札幌市の金谷さんって方から・・・」
ミライ「あ〜っ! マリモのお兄さんだ〜!」
宅急便屋「じゃあ、ここにサインを」
ミライ「あ、はい。ミライ、っと。コレで良いですか?」
宅急便屋「はい、じゃ、ありあとやした〜」
ミライ「お疲れ様でした〜」


ミライ「さて、何が届いたのかなぁ・・・」

 がさごそ。

ミライ「・・・何? このほうきみたいなの? あれ? 手紙が入っているよ」

『ミライちゃんへ
 めっきり秋らしくなって来た北海道から、ススキを送ります。
 どういう行事に使うかとか、そう言う詳しいことはセリオ姉さんにでも聞いて見てください。
 それではお元気で。
                        北海道のマリモの兄さん』

ミライ「ススキ・・・?」

− 2 −
(書き手:道楽のシマウマさん)

ミライ「ススキ・・・?」

 都合よくセリオ姉さんが登場。

セリオ「何が届いたのでしょうか」
ミライ「あのね、マリモのお兄さんからススキが届いたの。ススキって何のこと?」
セリオ「少し待ってください。いまダウンロードしますから」
ミライ「ふわふわしてるよね、これ」
セリオ「完了しました。花・・・」
ミライ「鼻?」

 鼻にススキを当てるミライ。

ミライ「くしゅん」
セリオ「その鼻ではありませんよ。野に咲く花の一種です」
ミライ「そっか。はやとちりしちゃった」
セリオ「主な使用法は『満月の日に団子の横に飾る』です」
ミライ「団子って何のこと?」
セリオ「少し待ってください。いまダウンロードしますから」
ミライ「満月ってきれいだよね」
セリオ「完了しました。丸くて白い・・・」
ミライ「マシュマロかぁ。あれもふわふわしてるもんね」
セリオ「また違いますよ、ミライさん。満月のように丸いねばねばした食べ物です」
ミライ「そっか。また、はやとちりしちゃった」
セリオ「最近、だんご三兄弟で急に売上が伸びました。」
ミライ「だんご三兄弟って何のこと?」
セリオ「こんなことをしていると終わりませんよ。2進数で一気に伝達します。よろしいですか」
ミライ「はい」
セリオ「1101010101000010101010100101001010101001010010101010100101010101001010101001010101010010101010100100100101010100101010010101111001010001」
セリオ「わかりましたか」
ミライ「うん。マリモのお兄さんがだんご三兄弟が流行するように裏で暗躍した。それが大成功して、もうかったお金でススキ畑を作った。ススキが育ったからミライに送ってきた。そうでしょ」
セリオ「全然違います」

− 3 −
(書き手:M’s flexさん)

 玄関でミライとセリオがちぐはぐな会話をしているのを聞きつけ、掃除中だったマルチも玄関に来る。

マルチ「どうしたんですか?」
ミライ「あ、マルチ姉さん。ほら、北海道のマリモのお兄さんからこんなのが届いたんだよ!」
マルチ「? なんですか、それ?」
ミライ「えっとねぇ、『すすき』っていうんだって」
セリオ「お月見が近いですからね。それも考えて下さったんでしょう」
マルチ&ミライ「「おつきみ??」」
セリオ「古くからの日本の風習です。もともとは農家の民がその年の収穫を祝うものでしたが明治期以降からはそんな祈りの意味は薄れて、純然と『風情』を楽しむ行事になってきています」
マルチ「ミライちゃん、今の、わかった?」
ミライ「プシューーーー(機能停止中)」
セリオ「つまりですね、『今は堅いことは抜きにして、ススキに飾られたお団子を食べながら「お月様がきれいねー」と言ってなごみましょう』ということを言いたいわけです」
マルチ「あ、そうなんですかー」
ミライ「なぁんだ、そっかぁ! じゃ、さっそく「お団子」を用意しなくちゃね!」
マルチ「わぁ、お団子! いいですか? セリオさん」
セリオ「まだ少しお月見には早いんですがススキが枯れないうちにはやってしまいたいですからね」
マルチ&ミライ「わぁい!」

 そして3人は、お月見のための買い物に出る。

− 4 −
(書き手:DOMさん)

 …買い物から帰って来たセリオ、マルチ、ミライの三人は、早速月見団子の作成に取りかかった。

セリオ「粉と水の比率は…」

 サテライトサービスシステムを使って正確な情報を得ようとするセリオ。

ミライ「あああ! お水を入れ過ぎちゃったよ!」
マルチ「それじゃ、もう少し粉を… はわわ、袋ごと入っちゃいましたぁ」

セリオ「温度は…」

 ぼむっ!

ミライ「きゃあああ!? 火が、火が!!」
マルチ「こ、こんな時にはお野菜の葉っぱが一番ですぅ!」

 慌てて手近にあったキャベツの葉をむしりながら、「沸騰している鍋」の中にめったやたらと放り込むマルチ。

ミライ「…マルチお姉ちゃん。ガス栓をひねったら消えたけど?」
マルチ「…良かったですねぇ(にっこり)」

セリオ「味付けは…」

ミライ「お団子はやっぱり甘くなきゃね」

 砂糖を思いっきり入れている。

マルチ「お砂糖だけだと、かえって甘味を感じなくなるそうですよぉ。ちょっぴりお塩を入れると甘さが引き立つって聞きましたぁ」

 塩を振っている…おい、そんなに振っていいのか、マルチ?(汗)

ミライ「でもって、ちょっぴり大人の味を…」

 ミライにとって大人の味とは、インスタントコーヒーに代表されるらしい…

マルチ「日持ちがするようにお酢も入れますですぅ」
ミライ「お酒を入れてさらに大人の…」
マルチ「胡椒で味を引き締めて…」
ミライ「やっぱり日本人はお醤油がなきゃ…」
マルチ「あ、棒々鶏ソースの残りがありましたぁ。これもついでに…」

 もはや必然性を無視した味付け合戦が展開されていた…

セリオ「…お待たせしました。すべてのデータをダウンロードしましたので、きっと立派な月見団子を…」
ミライ「セリオお姉ちゃん!」
マルチ「お団子が出来ましたですぅ!」
セリオ「え…?」

 ふたりは、白い粉と各種調味料で見事に彩られた顔を綻ばせながら、大皿に盛った「団子」をセリオに示した。

セリオ「…………」

 無言で皿の上の代物を見つめるセリオ。
 ミライたちが「団子」と呼んだものは、およそ人間に考えられる限りのあらゆる不定形の見本、ともいうべきものであった。
 …なぜか、「丸い」団子は一つもない。
 しかも、何とも言えない色合いだ。
 全体は灰色に近く、ところどころ黒かったり茶色かったり赤かったり…緑の部分はキャベツの名残りらしい。

セリオ「…………」

 セリオは、慎重に匂いを分析してみた。
 甘そうな、辛そうな、苦そうな、酸っぱそうな、一口でも食べたら絶対ただではすまなさそうな、某鶴来屋の味覚音痴の女会長ですら裸足で逃げ出しそうな匂いがする。

セリオ「……上手にできましたね」

 ♪ 妹思いの長女、長女…
   …団子三姉妹(爆)

 長姉にほめられて嬉しそうな顔をしていたミライは、その時ふと気がついて、

ミライ「だけど、私たち、物が食べられなかったよね?
    このお団子、どうするの?」
セリオ「…………」
マルチ「…………」
ミライ「…………」

 ひゅううううううううううううううううううう…

セリオ「…風もすっかり秋めいてきましたね」

 とりあえず当たり障りのないことを言って時間を稼ぐセリオ。
 姉の体面上、「食事ができないことをころっと忘れていた」とはとても言えない。

マルチ「うう、どうしましょう…?」
セリオ「心配いりません。ちゃんと考えてあります」

 たった今思いついたのだが…

ミライ「どうするの?」
セリオ「…お客様をお招きしましょう」

 見る者を安心させるような穏やかな笑みを浮かべながら、セリオはとんでもないことを言ってのけたのだった…

− 5 −
(書き手:羽零さん)

 ミライが言いました。
「セリオ姉さん、いったい誰を招待するの?」
 すると、セリオが答えました。
「―もちろん、あの方しかいないでしょう」
 マルチが続きます。
「そうです。あの方しかいませんねー」
 ミライは首をかしげました。
「あの方?」
「そうですー。お呼びするのも久しぶりですねー」
「―楽しみですね」
 お姉さんたちは勝手に話を進めています。
「いったい誰のこと…?」

「―それでは、早速連絡しましょうか?」
「あ、私がしますー」
 説明してもらえないミライは、少しふくれました。
「ねえ、だれなのー?」

「セリオさん、番号何番でしたっけ?」
「―はい、○○○の…」
 全く聞いちゃいません。
 なんだか、ふたりともウキウキしているようです。

「ねえっ!!」
「はわ、な、なんですか?」
「―ミライさん、電話中はお静かに…」
「だって、教えてくれないんだもの…」

 電話がつながったようです。
「あ、あの、藤田様のお宅ですか? わ、わたくし、HMX−12マルチと申しますが…
 え? 浩之さんですか? こんにちはー! じつはですね…」

 そばではセリオとミライがこそこそ話しています。
「―というわけです」
「浩之さんのことだったの」
「―ミライさんは、お会いしたことは?」
「ないよ」
「―そうですか…」
「あ、でも、マルチ姉さんからたくさんお話してもらってるから…」
「―マルチさんらしいですね」
 セリオはくすりと笑いました。

 どうやら電話が終わったようです。
「すぐいらっしゃるそうですー」
「―そうですか」
「良かったねー」
「ミライちゃんは初めてですよねー?」
「うん、でも、いい人なんでしょ?」
「それはもう! とっても素敵な方ですー!」
「ふーん…」
 このとき、ミライは自分に何が起こるかを想像だにしていませんでした。

「おーい! 来たぞー!」
「あ、浩之さんですー」
「―早速お迎えに上がりましょう」
「あ、浩之さんに会えるんだね!」
 パタパタパタ…
 三人の足おとが響きます。

 まずはマルチが玄関にたどり着きました。
「いらっしゃいませ、浩之さん!」
「おー、誘ってくれてありがとな」
「今日はお月見もできますー」
「そっか。楽しみだな」
「お団子も食べてくださいね♪」

 次に出てきたのはセリオでした。
「―こんにちは、浩之さん。ようこそいらっしゃいました」
「おっす、セリオ。へへ、うまいもんが食えるなら、どこにだって行くぜ」
「―ありがとうございます」
「…あれ? セリオ、顔に水がついてるぜ」
「―え?」
「…それって、汗じゃないのか?」
「………」
「………」
「―今日は、いい月になりそうです」
「え? あ、ああ…」

 最後はミライでした。
「こんにちは!」
「お、こんにちは」
「!!」
 すると、どうしたのか、ミライは浩之を見るなり、ぴたっとフリーズしてしまいました。
「お、おい、どうしたんだ?」
「………」
「もしもし?」
 マルチとセリオは目を丸くしてミライを見ています。
「―ミライさん、どうしたのですか?」
「自己紹介しないとダメですよー」
 ミライは、はっと我に返り、
「は、は、ははははは初めまして! わ、わ、わ、わたくし、HML…じゃなくて、ええっと…」
「―HMXですよ、ミライさん」
「そ、そそ、そうでした! わ、わたくし、HMX−14ミライと申すものです! い、以後お見知りおきを!」
「あ、ああ…噂はふたりから聞いてるよ。オレは藤田浩之。よろしくな」
 すると、浩之はあいさつがわりにか、ミライの頭をなでなで、としました。
「!!」
「よしよし…ホント、マルチにそっくりだなあ…」
「ひ、浩之さん、下がって…」
「え?」
「離れてください!!」
 浩之は驚いて1歩下がりました。
 そのとたん、

ぷしゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!

 ミライの体から蒸気が噴き出し、そのままへたっと座りこんでしまいました。

「はわ、ミライちゃんどうしたのですか?」
「―ミライさん、大丈夫ですか?」
「お、おいセリオ。どうなってるんだよ? オレ何か悪いことしたか?」
「―いえ、全く分かりません…システムの異常でしょうか?」

 その答えは、ミライだけが知っていました。
 ミライはポォーとした顔をして、誰にも聞こえない声で呟きました。

「…素敵な人…」

 なんと、ミライちゃんは浩之くんに一目惚れをしてしまったのでした。

− 6 −
(書き手:Holmes金谷)

 居間に案内された浩之を待ち構えていたのは・・・。
「色とりどりの崩れかけた何か」(マルチとミライの作った月見だんご(笑))であった。

浩之「・・・何、あれ?」
マルチ「ええっ!? 浩之さん、お月見だんごを知らないのですか?」
浩之「イヤ、月見だんごくらいはさすがに知っているが・・・もしかして?」
セリオ「・・・多分そのご想像は当たっていると思いますよ」
浩之「・・・・・・」

 つつーっ、と、背中に冷たいものが流れるのを感じた浩之。

浩之「ま、まあ、見た目はともかく、問題は味だよな・・・じゃ、じゃあ、いただきま〜す・・・」

 本当に「恐る恐る」という感じで、山と積まれたそれに手を伸ばし、浩之は一つを手に取ると、口に運んだ。

マルチ「・・・(どきどきどき)」
ミライ「・・・(どきどきどき)」
セリオ「・・・(別な意味でどきどきどき(笑))」
(何でメイドロボットのお嬢さんたちがどきどきするのかとか言うツッコミは却下ね(笑))

浩之「・・・お、けっこ〜いけるじゃん、これ」

 次の瞬間、浩之はけろっとした顔をしてぱくぱくと食べはじめた。

マルチ「うわぁ、本当ですかぁ?」
浩之「おう、お前たち、頑張って作ってくれたんだろう?」
ミライ「は、ハイ! 私とマルチお姉さんで、一生懸命作りました!」
浩之「だったら、うまく無い訳ないじゃん。お、そうだ、セリオ、お茶をくれないか?」
セリオ「は、はい、ただいま」
浩之「ところで、セリオはこのだんご、作らんかったのか?」
セリオ「・・・はい、月見だんごの作り方をサテライトサービスからダウンロードしている間に、マルチさんとミライさんが作り上げてしまいまして・・・」
浩之「そっか、じゃあ今度はセリオも作ってくれよな」
セリオ「はい。・・・どうぞ、お茶です」
浩之「お、さんきゅ。(ずずー)ん、いい温度で入っているねぇ。お茶もうまいよ」
セリオ「ありがとうございます」

 こうして、あっという間に浩之は、すべてのだんごをたいらげてしまった。

浩之「ふぅ、ごちそうさん。・・・お、もうこんな時間か。んじゃ、外に出て、月見でもしようか」
マルチ「はい、そうしましょう〜」
ミライ「じゃあ、敷物持ってくるね!」
マルチ「あ、私も手伝います〜」

 二人が居間から出て行くと、浩之はその場にへたり込んでしまった。

セリオ「だ、大丈夫ですか!?」
浩之「は・・・はは・・・ちょいとばっか、無理しすぎたかな・・・」
セリオ「・・・本当に、すいませんでした」
浩之「ん? な〜に、気にすんなって。せっかくあいつらが頑張って作ってくれたのに、それを無駄にする訳にもいかないだろう?」
セリオ「・・・ありがとうございます」
浩之「ま、流石にちょっとばっかりキツいや、ははは。ちと便所に行ってくるわ」
セリオ「はい」

− 7 −
(書き手:羽零さん)

 さて、夜も更けて来ました。

「浩之さん、こっちこっち!」
 ミライは縁側に浩之の座布団を置いて、ぽんぽん、とたたきました。
 自分の座布団は…ちゃっかり隣にくっつけて敷いています。
「おお、サンキュ、ミライ」
「きれいなお月様ですねー」
「―これが『名月』というものなのですね」
 あとの三人は何も知らず、座りました。
「はい、浩之さん、お茶どうぞ」
「お、サンキュ」
「浩之さん、まだお団子食べたい? 作ろうか?」
「い、いや、もうごちそうさま…」
「浩之さん、肩もんであげるね!」
「そうか? すまねーな。これで『肩もみミライ』が追加されたな」
「?」

 ミライは浩之の肩をもみはじめました。
「どう?」
「ああ、気持ちいいなあ…」
「ホント? よかったー」
「ミライちゃん、浩之さんと仲良くなれてよかったですー」
「―そうですね」

 ミライは肩もみを続けます。
「………」
「………」
「………」
 すると。

ぼふっ。

「な、なんだ?」
 ミライが浩之の首筋に後ろから抱きついていました。
「どうしたんだ?」
 浩之が聞くと、ミライはちょっと照れ笑いをしました。
「えへへ…」
「…変なやつだな」
 ミライは首筋から離れると、顔を真っ赤に染めました。

「―ミライさんはいつもこうなのですよ」
「こうって…いつも誰かに抱きついたりしてんのか?」
「―はい」
「ふーん」

 それ以後も、ことあるごとに、ミライは何かと浩之に構っていました。
 月見…と言うよりは、ただミライが浩之の周りをちょろちょろしているだけでした。

「―ミライさん、少し落ちつかれた方が…」

 セリオにたしなめられても、ミライは聞きません。
 恋する乙女は、何も見えなくなるものなのでした。

「くしゅん!!」
 と、不意に浩之がくしゃみをしました。
「浩之さん、どうしたの? 風邪ひいちゃったの? 熱は無い?」
 ミライが浩之にくっついたままで言います。
「はは、少し冷えてきたみたいだな」
「―そろそろ中に入りましょうか?」
「それがいいですー」

 四人はしばし、談笑していました。
 ミライは、終始、浩之にくっついていました。

「浩之さん、どんな食べ物が好き?」
「どこに住んでるの?」
「あ、これ何?けいたいでんわ?」

 そのようにして、会話が進んできたとき、不意に黒い影が茶の間を横切りました。

「はわっ、なんですかー?」
「―どうやら、猫さんのようですね」
「入ってきちゃダメだよー」
「さっき、窓開けっぱなしにしてたんだな…」
 猫は部屋のすみできょろきょろとしています。

「ほら、お外に出ましょうー」
 マルチが近寄ってそっと手を出すと、猫はさっとマルチのふところに潜りました。
「お、なれてるな」
「うん、この猫さん、お友達だもん」
「へー…」
「あ、浩之さんもお友達になりましょうー」
 そう言うと、マルチは浩之に猫を差し出しました。
「―マルチさん」
「大丈夫?」
 セリオとミライがいっせいに声をあげたその時…

「ふにゃっ!」
「はわっ!!」
 猫が浩之に飛びかかりました。
「!!」
 猫はそのまま飛び降りて、窓から出て行ってしまいました。
「浩之さん、大丈夫!?」
 ミライがかけつけました。
 浩之の腕には、爪あとが残っており、じわりと血がにじんでいました。
「いてて…」
「消毒しないと…」
「大丈夫だって、こんなの」
「―いえ、ちゃんと手当てした方がいいですよ」

 浩之はミライの手当てを受けました。
「これで良し…っと。けっこう、深く刺さってたよ」
「わりいな…」
「ふふふ」

「…そういえば、マルチはどこに行ったんだ?」
「―包帯を探してくると言ってましたが…」
「ははは、んな大げさな…」
 そこまで言って、浩之ははっとしました。
「もしかして…」
 浩之は立ち上がりました。
「あ、どこ行くの?」
 ミライの問いに答えず、浩之は部屋を出ました。

 数分後。
「帰ってこないよ。どうしたのかな?」
「―心配はいりませんよ」
 セリオは淡々と答えました。
「………」
「………」
「………」
「…わたし、見てくる!」
「―あ、ミライさん…」
 セリオが声をかける前に、ミライは廊下に出ていました。

「マルチねえさーん…浩之さーん…」
 ミライは台所に来て見ました。
「…誰もいないなあ…」
 勝手口から外に出ようとした、その時。

「ぐすっ、ぐすっ…」
 ミライはすすり泣く声を聞きました。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「なあマルチ、もう泣くなって」
 ミライは勝手口を少しだけ開けて、外を見ました。

 すると、泣いているマルチのそばに、浩之がいます。
「わたしが…わたしが気をつけなかったから、浩之さんが…」
「だから大丈夫だって、こんな傷」
 浩之は必死にマルチを慰めていましたが、マルチはどんどん落ちこんでいくばかりです。
「ううっ、どうしてわたしはいつもこうなんでしょう…いつもいつも、浩之さんにご迷惑ばかりかけて…」
「それはいいっこ無しだって」
「わたし、わたし…やっぱりダメロボットです…浩之さんをいつも困らせてばかりいて…こんなだったら、いっそのことわたしなんて…」

 その時、

 ぎゅっ。

「ひ、浩之さん?」
 浩之がマルチを抱きしめました。

「…そんなこと言うなよ。ちょっと失敗しただけだろ?」
「で…でも…」
「失敗なんて、誰にでもあるさ。失敗したって、マルチは、いつも頑張ってる。それは、オレがよく知ってる」
「…浩之さん…」
「ほらほら、そんな顔、にあわねえぜ?オレは、こんな傷よりマルチが悲しい顔してる方が、辛いな」
「あ…」
「な、笑って見せてくれよ。マルチは、笑った顔が一番だからさ」
「は、はい!ありがとうございます!浩之さん!」
 そう言って、マルチはにっこりと笑いました。

 浩之は、ふたたびマルチを抱きしめて言いました。
「なあ、マルチ。マルチは、世界中で一番、いい子だ。だから…幸せにならなくちゃ、嘘だぜ」
「………」
「…世界で一番いい子のマルチは、オレが世界で一番、幸せにしてやるよ」
「え…」
 マルチは、大きな目をパチッと瞬かせました。
「だから…いつまでも、オレのそばにいてくれ」
「………」
 マルチはまだ、きょとんとしています。
「…な?」
 浩之はにっこりと笑いました。
「は、はい!わたし、いつまでも浩之さんのそばにいます!」
 そうして、二人はもう一度、強く抱き合いました。

「―もうお帰りになるのですか?」
「ああ、結構遅くなっちまったしな」
「浩之さん、また来てくださいねー」
「ああ、マルチもセリオも今度、遊びに来いよ」
「はいー」
「―はい」
「それから…ミライもな」
「………」
「ミライ?」
「……え?」
「どうしたんだ?ぼーっとしちゃって」
「あ…うん、なんでもない…」
「…やっぱり、変なやつだな」
「えへへ…」

「じゃ、またな!」

 浩之を送った、帰り道。
 セリオは先に帰り、マルチとミライがいっしょに歩いていました。

「ミライちゃん、元気無いです…どうしたんですかー?」
「…ううん、なんでもないよ…」
「…そうですか?」
「うん…」
「………」
「………」
「………」
「…ねえ、マルチ姉さん」
「はい?」
「浩之さんって、とっても素敵な人だね」
「はい! とっても素敵な人です!」
「うん…マルチ姉さんは、浩之さんのこと、好き?」
「え…」
 マルチは一瞬、頬を赤らめました。
「…どうなの?」
「…も、もちろん大好きです!」
「………」

 すると、今まで少し影のさしていたミライの顔に、明るさが戻りました。
「へへ、かなわないなあ」
「え?」

「さあ、かえろ! セリオ姉さん、待ってるよ!」
「あ、ミライちゃん、走ると危ないですよー」

 ミライはマルチの手を取って引っ張って行きました。
 風は、いつのまにか、秋のものになっていました。

 北海道から送られてきたもの。
 それは、一つの、誰も知ることの無い初恋の始まりと終わり、そして、たくさんの優しさを届けてくれた、秋の花でした。

− 終わり −